たっぷりと説教された後、僕はエルフナインちゃんに先ほどの現象が何なのか聞いてみることにした。見た目は小さいな少女。だからといって侮ることなかれ。彼女はすごく頭がいいのだ。モニタールームで僕たちの様子を記録していた彼女に先ほどの現象について聞くと、彼女は顎に手を添えて、少し考える素振りを見せる。だが、すぐに僕へと向き直り、口を開く。
「皐月さんの話と状況を鑑みるに、おそらく皐月さんは“ゾーン”に入ったのではないでしょうか」
「ゾーン?それってスポーツ選手とかアスリートがなるっていう」
『周りの人間がゆっくりとした動きに見える』『止まって見える』のがゾーン。まさに僕が体験したものだった。ゾーンはフロー状態と呼ばれる、物事に没頭、集中している状態になっている必要がある。そこから更に上の極限の集中状態、ゾーンに入ることができる。
僕の場合は、巻き込まれるまで師匠の拳を避けることに集中していたので、すでにフロー状態にはなっていたらしい。そこで、月読さんを助けなければという想いと窮地に立たされたことから。より集中することになり、ゾーンに入ったらしい。
スポーツ選手やアスリートは意図的にゾーンに入ることができるらしく、当分はそれを目標に鍛えていくと師匠に言われた。まぐれではあるものの、ちょっと内心で歓喜しているところ。すぐこれだ。もう少し余韻に浸っていたかったのだが、
「調子に乗ることは自分の身を危険に晒すことに直結する」
なんて言われてしまった。確かにその通りだ。慢心して危険な目にあうのはごめんである。修行は嫌だが、少しでも使いこなせるように頑張っていこう。もう師匠の修行が辛いことは分かりきっているので、もう抵抗することを諦めてしまった僕は何も悪くない。
余談だが、月読さんのお見舞いに医務室に立ち寄ったところ。大きなたんこぶをつけた雪音さんが泣きながら頭を下げにきた。その姿は見るに忍びなかったとだけ言っておこう。やはり師匠は女性だろうと容赦ない。ーーーしかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。雪音さんはあの時シンフォギアを纏っていたはずなのだが、どうして生身の人間の拳骨でたんこぶができたのだろうか?…………考えるのはやめておこう。OTONAのやることなんて、きっと僕たちには理解できないのだから。
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僕は身だしなみを整えて、おばあちゃんに一声かけてから家を出た。今日は珍しく修行が休みになった。何でも今日から明日にかけて天気が荒れるらしい。てっきり室内でやるものだと思っていたが、休むことも大事な修行だと師匠が言っていた。
今日は月読さんの家に招待されている。以前に約束していた彼女の手料理を振舞ってもらうのだ。女の子の家には初めてお邪魔するので、失礼なないようにしなけらばならない。
まあ、今回は二人っきりということはなく、藤尭さんと暁さんのカップルもいる。一応藤尭さんがいるし、緊張したりとかはないだろう。あれでも藤尭さんは大人だから。藤尭さんは大人だから!何で二回言ったのかは察してほしい。
「藤尭さん。待たせちゃいましたか?」
「いや、俺もさっき来たばかりだからそんなに待ってないよ。それじゃあ、切歌ちゃんたちが待ってるから行こうか」
「そうですね」
藤尭さんはいつものS.O.N.G.の制服ではなく、青いシャツとジーンズといった私服だった。S.O.N.G.の制服が見慣れていたので、何だか新鮮だ。
「藤尭さんはいつも休日は何してるんですか?」
「んー、オペレーターの仕事や書類整理に追われてるから。休日は基本寝てるかな。最近は切歌ちゃんとデートに行く頻度の方が多いけど。いや、本当に切歌ちゃんがかわいくてさ。この間なんかーーー」
「あーはいはい。惚気るな。何ですか?嫌味ですか?休日なにしてる?って聞いただけなのに何で僕は惚気話を聞いてるんですか。あとそのドヤ顔もすぐにやめないと殴りますよ」
「それは勘弁。普段、司令たちの修行を受けてる君に殴られたらタダじゃ済まないから」
「降参」と藤尭さんは両手を挙げて首を振った。降参するぐらいなら最初から惚気ないでくださいよ、全く。
「惚気るわけじゃないけど、皐月くんは彼女ほしいとか思ったりしないの?男子高校生ならそういうこと考えてそうだけど」
「僕ですか?………考えたことは、ないですね」
「本当に?一回もないの?」
「本当にないですって。店の手伝いとか勉強とかでそれどころじゃないので」
「ふーん……」
意味深にニヤニヤと笑う藤尭さん。僕の言葉を信じてはいないのは明らかだった。ーーー確かに、考えたことがないわけではない。けれど、考えるだけで実際に付き合うことはないだろう。そう、断言できる。
ーーーだって、僕は臆病だから。両親のように、またいなくなってしまうのではないかと、ついつい考えてしまうのだ。だから僕は、失って悲しい思いをするぐらいなら誰とも付き合ったりしない。おばあちゃんを家族と思わない、思えないのもそのせいだ。 それが分かっているのに、臆病な僕は一歩を踏み出せない。失うことが、独りぼっちになってしまうのが恐いから。
「……きく……皐月くん!」
「え、あ、はい。何ですか?」
「いや、何かぼうっとしてたから危ないと思って、声をかけたんだけど。大丈夫かい?どこか具合が悪いとか?」
「あー、大丈夫かです。ちょっと考え事してただけなんで。それより、ほら、マンション見えてしましたよ。じゃあ、今から月読さんたちの部屋まで競争しましょうか。よーいドン!」
「あ、待て!僕が君に勝てるわけないだろ!」
「負けたら罰ゲームですからね!」
「はあ⁉︎ちょ、待てよ!」
藤尭さんの制止を振り切り、僕は走った。体を動かさなければ、また考えてしまうから。走っている間だけは何も考えずに済む。競争とは言ったが、あれはただの口実。あの場から一刻も早く走り出すための。
あ、でも藤尭さんへの罰ゲームは本当だったりする。少し暗くなってしまった気分を藤尭さんを弄ることで解消しよう。うん、そうしよう。こうして藤尭さんの罰ゲームは確定したのだった。
「こんにちは、月読さん」
「うん。いらっしゃい。お茶を出すから部屋にあがってて」
「お邪魔します」
出迎えてくれた月読さんの指示に従い、部屋に上がる。月読さんの後をついて行くと、リビングに出た。掃除もしっかりと行き届いているようで埃一つない。心なしかいい匂いがする。……いかんいかん!これでは僕が変態みたいじゃないか。
「いまお茶を持ってくるから、座って待ってて」
「お構いなく」
「しらべー、二人はもう来たデスか?ーーーって、もう来てたデスか。あれ?朔也さんはどうしたですか?」
「藤尭さんならいま酸素不足で玄関に倒れてるよ」
「笑顔で何を言ってやがるデスか⁉︎」
暁さんは青褪めた顔をして、ドタドタと玄関の方に駆けていった。数秒後。暁さんの悲鳴が木霊した。別に死んでいるわけではないので、すぐに蘇生させて戻ってくるだろう。僕と月読さんは敢えて藤尭さんのことをスルーした。酷い扱いではあるけれど、彼女との触れ合いが増えるのだ。藤尭さんも泣いて喜ぶだろう。
「はい、皐月。麦茶だけどいい?」
「うん、ありがとう。頂くね」
カップを受け取り、麦茶を啜る。月読さんは僕の横に座ると、同じように麦茶を啜った。別に、嫌というわけではないのだが、女の子が隣に座ると妙に緊張してしまう。チラッと横目で様子を伺うと、月読さんの頬がほんのりと赤くなっている気がした。
「どうして二人は呑気に麦茶を啜ってるんデスか⁉︎朔也に気付いてるなら放置しないで助けてくれても良かったんじゃないデスかね!」
「いや、だって。ね?」
「うん」
「「その方が面白いし」」
「ここに悪魔がいやがるデス⁉︎」
僕たちはれっきとした人間です。ただちょっと人を弄ったりするのが楽しみな、ね。藤尭さんに肩を貸して戻ってきた暁さん。藤尭さんは蘇生に成功したようだが、まだ肩で息をしていた。当然だ。オペレーターである藤尭さんは運動不足の傾向があるので、全力で走ればこうなるのは当たり前。藤尭さんが完全に復活するまでに、更に数分を要したのだった。
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月読さんが「おさんどんしてくるね」と言って、台所へと消えていった。普段から料理は彼女一人で作っているとのこと。暁さんは以前から彼女に任せっきりだったらしい。
「そういえば」
「どうしたの暁さん?」
「それデス。千佳は年上の人たちはともかく全員に敬語デスよね。名前も呼ぶ時も苗字ばかりデスし。もう少し柔らかくしてもいいと思うデスよ」
「え?そんなこと言われても、これが僕のデフォルトといいますか。癖みたいなものだから」
唐突に指摘してきされたことに、僕は困ったように笑う。基本僕は敬語で話すし、相手のことを苗字で読んでいる。ずっと続けてきたものだから癖となってしまった。小さい頃からの付き合いの剛史は唯一の例外だが。
「じゃあ、この際ですから矯正していきましょう!いつまでも敬語と苗字呼びだと壁を感じるのデスよ」
「まあ、確かに。これから気をつけていくよ」
「まだ固いデスが、いきなり変えろと言うのも無理があるデスね」
「これから少しずつ変えていくさ」
「じゃあさ、俺のこと藤尭じゃなくて朔也でいいよ。俺たちは友人みたいなもんだしさ」
「そうさせてもらいます、朔也さん」
僕も常々まわりの友人に指摘されてはいたので、これを切っ掛けに少しずつ矯正していくことを決めた。
「私のことも名前で呼ぶデスよ」
「分かったよ、き、切歌、ちゃん。なんか、女の子の名前を呼ぶのって恥ずかしいや。………あの、朔也さん?本人の許可をもらっているので、あまり睨まないでください。いまにも呪い殺されそうなんですけど」
「たとえ切歌ちゃんが許しても僕が許すと思うなよッ……!」
呪詛を呟き出した朔也さんから若干距離を開ける。本人の許可をもらっているのだから睨むのはやめてほしい。別に嫉妬するなとは言わないが、もう少し自嘲してほしい。拙いッ。だんだんと子供たちには見せられない顔に!
「もちろん、調のことも名前で呼ぶデスよ?」
「う、うん。分かってるよ」
「じゃあ、調がくるまで練習デス!ほらほら、呼んでみてください!」
「えっ、と。…… しらべ 」
「声が小さいデス!もっと大きく!」
「調!」
「呼んだ?」
「うひぃいい⁉︎つ、月読さん⁉︎いつの間に……!」
「……呼ぶ声が聞こえたから」
切歌ちゃんに促されるまま、僕は月読さんの名前を叫ぶ。そして、気付いたら彼女が背後に立っていた。突然かけられた言葉に素っ頓狂な声が漏れる。僕は聞かれてしまっていたことに羞恥で顔を真っ赤に染め上げた。心なしか、彼女の頬も赤くなっているような気がした。そうだよね。いきなり自分の名前を大声で叫ばれたら恥ずかしくもなるよね!何で叫んだんださっきの僕⁉︎もし過去に戻ららのなら数秒前の自分を猛烈に殴り飛ばしたい衝動に駆られた。
おい、そこでニヤニヤとしてる金髪。君のせいでこうなったんだぞ。叫んだのは僕だが、その原因は明らかに君にあるんだぞ!ーーーお願いです。いや、お願いします!この気まずい状況をなんとかしてください!
この後、切歌ちゃんと朔也さんのお陰で、僕はなんとか事なきを得らことができたのだった。
☆☆☆☆☆
月読さんお手製の料理はどれも美味しくて、箸が止まらなかった。それはもう毎日食べたいと思うほど美味しかった。…………実は料理できるのか少し疑っていたのは内緒だが。ファミレスでの一件からまともに食べることができていないと思っていたため。料理することもあまりないのでは?と一人不安を抱いていたが、杞憂だったらしい。
料理を食べ終えた後、僕は月読さんとの食器洗いを買って出た。流石にご馳走してもらうだけなのは悪いので、せめてこれぐらいはと思ったからだ。
食器洗いを終えた僕は、朔也さんと一緒に帰る用意を進めていたのだが、
「うわぁ、メチャクチャ雨降ってるよ」
「天気予報で知ってましたけど、こんなに酷いとは思ってなかったですよ」
「今テレビでも、暴風雨警報が出てて外出は控えるように言われてるデス。これはもうウチに泊まっていく他ないデスね!」
「いや、でも、流石に男女が一つ屋根の下にいるのは如何なものかと……」
「大丈夫。藤尭さんは切ちゃんがいるし、皐月は変なことしないって分かってるから」
信用してくれるのは素直に嬉しい。……しかし月読さん。それは遠回しに僕がヘタレということなのでしょうか?勝手に想像して、僕の心には深々した傷が残った。
「まあ、仕方ないか。流石にこの雨の中外に出るのは危険だしね。それに俺たちは絶対に間違いを起こさないから大丈夫さ」
「その自信はいったいどこから来てるんですか?」
「もし手を出したら俺たちには司令の鉄拳制裁が待っている」
「………それは、嫌ですね」
キメ顔で言った朔也さんに同意して、深々と頷く。………師匠からの鉄拳制裁、か。きっと、ただじゃ済まないんだろうなぁ。少なくとも生きていることを後悔するぐらいには。最悪の未来を想像して、僕たちは背筋を冷やしてしまった。こうして、僕たちが泊まることが決定したわけだが、どうか何も起こらないことを願うばかりだ。
朔也さんが「それフラグだからね?」と言っているが、旗がどうかしたのだろうか?そんなものは何処にも見当たらないのだが。あとでどういう意味なのか聞いてみることにしよう。
千佳:名前呼びを聞かれて悶える
調:名前を呼ばれて嬉しい
切歌&朔也:二人を見てニヤニヤ(゚∀゚)
今回も急展開ですみません………。
読了ありがとうございました!