「あ、おばあちゃん。豪風雨で外に出られなくて、友達の家に泊まることになったんだ」
『友達って、お嬢ちゃんのことかい?』
「まあ、そうだけど」
『そうかい。まあ、アンタも年頃の男なんだ。ヤるにしても程々にするさね。ああ、みなまで言わなくていいよ。あとは帰って来てから根掘り葉掘り聞くさ』
「うん。僕はおばあちゃんが何を言ってるのか一つも理解できないや」
いったいこの人は何を宣っているのだろう。保護者としてあるまじき発言なのは間違いない。
『それだけかい?なら、もう切るよ。おやすみ』
「おやすみなさい」
電話を切り、携帯をポケットにしまう。いつものおばあちゃんの対応に思わず、ため息が漏れた。揶揄っているのか、本気で言っているのかいまいちよく分からない。
廊下からリビングに戻ると月読さんたちの姿がなかった。そこには、ポツンとソファーに座ってテレビを見ている朔也さんだけだった。
「二人は?」
「先にお風呂に入ってるよ。……分かってると思うけど覗きは犯罪だ」
「言われなくてもそんなことしませんよ。それぐらいのモラルは弁えてますから」
僕の答えに満足そうに頷くと、視線を再びテレビへと戻していた。ちょうど今放送されていたのは某歌番組。毎回の視聴率が高く、僕が生まれる前から放送されている。特にすることがなかった僕ら朔也さんの隣に腰を下ろして、テレビに視線を向けた。ぼっーとしてテレビを見ていること数分。朔也さんがおもむろにぼそりと囁いた。
「……切歌ちゃん、いまはお風呂にいるんだよな。いや、しかし調ちゃんもいるわけだし」
「あんたはいきなり何を口走ってる。おい、数分前の自分の言動を思い出しやがれ」
「冗談だよ冗談。暇すぎてつい」
「暇だからって……。言って良いことと悪いことがありますからね。それでなくても朔也さんは世間から見たら犯罪者予備軍なんですから」
「ぐっ……⁉︎いや、しかし。お互い愛し合ってるし、健全なお付き合いをしてる。今じゃ年の差カップルだっているんだ。だから、大丈夫……な、はず」
「それ、ちゃんとこっち見て言ってくれません?」
だんだんと自信を無くしていく朔也さんの語気は弱い。とうとう目すら背けてしまう始末。一応、罪悪感を感じているのなら、この人が間違いを起こすことはないと思う。多分。
「ま、別に貴方のことを悪く思う人はいませんよ。少なくとS.O.N.G.のみんなはね」
「それが唯一の救いだよ……。でも、好きになっちゃったんだからしょうがない」
「最後で惚気なければ、ちょっと良い話で終われたのに。最後に台無しにしやがったよこの人」
「二人ともー!お風呂空いたデスよ」
朔也さんに呆れていると、切歌ちゃんがお風呂から上がってきた。まだしっかりと拭けていない髪には雫がついている。何でも朔也さんに髪を拭いてもらうらしい。しかし、お風呂を頂くのはいいのだが、僕は着替えを持っていないのだが……。
「それならこの家に置いてある僕のを使いなよ。サイズは合うはずだから安心して」
「そうなんですか?ありがとうございます。サイズが合うのはいいんですけど。僕からしたら、この家に朔也さんの私物があることに不安を覚えます」
「いや、偶に泊まったりすることがあったからさ。わざわざ持っていくのも何だし、切歌ちゃんの提案で置いておくことになったんだよ。逆に俺の家にも切歌ちゃんの私物あるし」
「もういいです。これ以上は耳が痛いので」
これ以上は耳が痛いし、殴り飛ばしたくなりそうなので早々に話を切り上げる。朔也さんから着替えを受け取り、脱衣所へと向かった。あのカップルと同じ空間にいると疲れるので、お風呂に入って癒されることにしよう。
そして、僕は脱衣所の扉を開けた。開けて、しまった……。
「えっ……」
「あ、月読さん……」
扉を開けた先には一糸纏わぬ肌を露わにした月読さんが立っていた。普段ツインテールにしている髪は下ろされていて、濡れたことでより黒く輝き、艶やかな雰囲気を思わせる。対照的に肌は白く透き通っていて、黒と白の絶妙なコントラストを演出していた。バスタオルで体を隠しているのだが、それが逆に隠しきれていない艶かしく濡れた肌を強調させている。このまま、ずっと見ていたい。そう思った。
ゴクリと生唾を飲む音が嫌にはっきり聞こえる。だんだんと月読さんの頬に朱がさしていくのが分かった。そこで、ようやく僕の正気が戻り、体温が急上昇していく。
「ご、ごめんなさい!すぐに出ます!」
それだけ言って、僕は脱衣所の扉を勢いよく閉めた。ダッシュでリビングへと戻ると、二人がキョトンとした顔で僕を見つめてくる。
「どうしたデスか?」
「いや、その、何と申しましょうか……。あれどうしたの二人とも?そんな青褪めた顔をして。後ろに何かある、の……」
僕の後ろを見て、何かを恐がるように抱き合っている二人。おそるおそる振り返ると、そこには着替えを済ませた月読さんが立っていた。いつも無表情なのだが、今回は更に刺すような冷気を醸し出していてとても恐い。その雰囲気は師匠との修行の次に恐かった。
「……正座」
「はい」
「何で、確認もせずに入ってきたの?」
「いや、切歌ちゃんが空いたっていうから。もういないものだと思って……」
「それでもノックぐらいはするべき。……それと、私の裸を食い入るように見てた」
「あの、それは全面的に僕が悪いといいますか。僕も男なので、その、月読さんみたいに綺麗な人の裸を見てしまったら目が奪われるのも仕方ないわけで」
「……それでも見ていい理由にはならない」
「おっしゃる通りでございます」
僕の額と背筋から留めなく冷や汗が流れる。さっきから頭の中では警鐘が鳴り響き続けていてうるさい。月読さんはジッーと視線を突き刺してきていて、真っ直ぐ彼女を直視することができなかった。
「ま、まあ調。千佳も反省しているみたいですし、そのぐらいに……」
「元はと言えば切ちゃんがちゃんと伝えなかったのが原因。こっちに来て。切ちゃんも正座、あと藤尭さんも」
「あ、はいデス」
「え、僕は全く関係ないはずじゃ……何でもないです」
こうして、切歌ちゃんと朔也さんも仲間に加わり、僕だけに向けられていたプレッシャーが幾らかマシになった。朔也さんは完全にとばっちりなのだが、月読さんの無言の圧力に黙殺される。月読さんの機嫌が戻り、僕たちが解放されたのはそれから一時間後のとだった。
☆☆☆☆☆
ちゃぷん。
お風呂に浸かることで、先ほどまで正座をしていた疲れが溶けて消えていくようだ。こうやって体を伸ばして入れる浴槽はやっぱり最高だ。ウチの浴槽は少し小さく、足を伸ばすことができない。偶に行く銭湯だけが伸び伸びと浸かれる場所だった。
(月読さん、怒ってたなぁ……)
いきなり裸を見られたのだから、当然の反応だ。なのに、何故僕はこんなにもショックを受けているのだろう。僕自身のことなのに、僕はいま、自分のことがよく分からなくなっていた。
どうしてなのか考えていると、思い浮かんだのは先ほどの一糸纏わぬ月読さんの姿。綺麗だったなぁ……って、いかんいかん!削除しろ!早急に記憶から消し去るんだ!……そういえば、月読さんもここに浸かってたんだよな。
瞬間、僕は自分で頬を殴り飛ばしていた。完全に今のはアウトだよ。それ以上は朔也さん以上に駄目だよ。立ち去れ煩悩!煩悩退散煩悩退散!
お風呂から出る頃には、僕の顔は打撲だらけになっていたのは言うまでもない。結局、答えを出すこともできなかった。
「千佳には調と寝てもらうデス」
「君は何を言っているんだ」
唐突に切歌ちゃんが言い出した言葉に突っ込んだ。人が良い気分でいたらすぐこれだ。思わずため息が漏れる。
「何でそうなるのさ」
「今日は私、リビングで朔也さんと一緒に寝るんデスよ。だから、千佳の寝る場所が私たちの部屋しかないのデス」
「だったら、僕は廊下で寝るから毛布だけ貸してよ」
「客人にそんな真似させられないデス!」
「男と女を一緒に寝させようとしてる時点で、今更君が真面なことを言っても何の説得力もないのだけれど……」
これで常識人を自称しているのだから困ったものだ。僕が毛布を貸して欲しい旨を伝えると、またも忽然と現れた月読さんに手を握られていた。
「そろそろ月読さんが突然現れても驚かなくなってきた僕がいるよ。……あの、僕の手なんか取っていったいどうしたのでしょうか?」
「……部屋に行く」
「まさかの切歌ちゃん側だと⁉︎年頃の男女が同じ部屋で寝るのは問題があると思うんだ!」
「その理屈なら、切ちゃんたちはどうなの?」
「……まあ、アレだ。朔也さんはあれでも大人だからね。一応」
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「えっきし!……きっと、千佳あたりが俺ことを馬鹿にしたな。あとで説教してやる」
お風呂に浸かっていた藤尭の直感は正しかった。
説教しようとして千佳に説教され返したのは、また別の話。
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「いいから、行くよ」
「うぁ、ちょっと待って‼︎」
僕の煮え切らない態度に気を揉んだ月読さんは怒ったように歩を進めた。後ろから「ごゆっくりー♪」と嬉しそうな声が飛ぶ。怒鳴り返したい気分だったが、月読さんがどんどん歩いて行くのでそんな暇はなかく。何よりそんな余裕、今の僕には一ミリもなかった。
部屋に連れてこられた僕は手持ち無沙汰で立ち尽くしていた。月読さんはベッドの横に布団を敷いてくれている。普段は二人でベッドを使っているらしい。
え?これ本当にここで寝るのか?絶対に眠れない自信あるんだけど。
「はい。ここを使って」
「えっと、ありがとう月読さん」
「…………」
「月読さん?」
僕が声をかけても月読さんは反応してくれない。それどころか頬を膨らませて唸っている。どうやらまた馬鹿な僕がやらかしたようだった。
「………………たのに」
「え?」
「さっきは、名前で呼んでくれたのに」
「え、いや、その、あれは……」
「切ちゃんと藤尭さんのことは名前で呼ぶのに、私だけ呼んでくれないの?」
先ほどとは打って変わって、月読さんは瞳に涙をためて上目遣いで聞いてきた。……それは反則だと思う。
「そんなことないよ」
「じゃあ、名前を呼んで」
「調………ちゃん」
「ちゃんは要らないから」
「調……」
「もっと大きく」
「調!」
「うん。私は、調だよ。千佳」
「あれ、今僕の名前を」
「千佳に名前を呼んでって言ってるのに、私だけ苗字呼びは違うから」
「そっか」と苦笑する。彼女は優しく微笑んだ。切歌ちゃんが太陽なら、調の笑顔は夜空に輝く月のようだった。頬が熱くなっていくのを感じる。
早く寝てしまおうと、敷かれた布団に寝転ぶ。すると、調が隣に添い寝してきた。体を抱え込むような仕草は猫を思わせ、無性に抱き締めたくなる愛らしさがあった。
「……ベッドはそっちですよ、調さん」
「少しだけ話そう?あとでちゃんとベッドに行くから」
「まあ、そういうことなら……」
渋々と納得し、調の方に体を向け直す。直接顔を合わせる形になり、若干の恥ずかしさが残るが、話すならこれが一番だろう。
「じゃあ、千佳の誕生日は?」
「八月七日。花の日って覚えるんだ。つく、調は?」
「二月十六日。千佳のだいぶ後になる」
「好きな食べ物は?僕はカレーなんだけど」
「強いて言うなら、ハンバーグ。初めて食べた時からずっと好き。今度は逆に、嫌いな食べ物は?ちなみに私は特にない」
「うーん、納豆かな?あの臭いとネバネバが苦手でさ」
僕たちは語り合った。誕生日、好きなものや嫌いなもの、とにかく何でも話した。いつの間にか、この部屋に来た時に感じていた不安は消えていた。それはきっと、調と話すことが安心して落ち着くから。
何で街でノイズに襲われた時、彼女がどう思うのか考えたのか。何で調の名前を呼ぶ時、切歌ちゃんに比べて気恥ずかしかったのか。今、ようやく分かった。
ーーー僕は、調のことが好きなのだ。異性の女の子として彼女を意識している。誰かを失うことが、恐くて恐くて堪らない癖に。独りで良いと言いながら、本当は誰かとの繋がりを心の底では求めていて。そんな臆病で弱虫な僕だけど。それでも、僕は調のことが好きだ。どうしようもなく、好きになってしまったのだ。
調への恋心を自覚し、安心してしまったのか。僕の意識はだんだんと眠りへと落ちていった。
「千佳?」
私が声をかけても返事はなく、規則正しい寝息が聞こえる。どうやら眠ってしまったようだった。今日はいろいろとーーー主に調の説教ーーーあったから疲れてしまったのだろう。
そこで、ふと先ほどの脱衣所での出来事が頭を過ぎった。見られた。それはもうバッチリと。食い入るように。
思い出してしまった私の頬は熱を帯びていく。そっと、両手で触れる。頬とは違い、手は冷たくてとても気持ちいい。私がこんな風に恥ずかしいのも全部ーーー。
「千佳のせいだ……」
彼に私の手料理を褒められて嬉しかった。彼と一緒に過ごす時間が楽しかった。彼に名前を呼ばれて、すごく嬉しかった。出会った当初は気になる人だった。惹かれている程度にしか思っていなかったけれど。本当は私ーーー。
「ーーー千佳のこと、大好きなんだ」
いつの間にか好きになっていた。気付いたらマムやセレナ、マリア、切ちゃん。そして、S.O.N.G.のみんなよりも大好きになっていた。
千佳も寝てしまい、私も寝ようと立ち上がる。いや、今日ぐらいは千佳と一緒に寝たい。大好きだって分かったら、少しでも長く彼の側にいたいと思った。千佳には、私も寝落ちしてしまったと言えば納得してくれるはずだ。だから今は、今だけは、このまま。千佳の胸に縋るように抱きつく。彼から私と同じシャンプーの香りがして、何故かそれが堪らなく嬉しい。切ちゃんが藤尭さんとのペアルックを自慢してきたことがあったけど、こんな気持ちだったのかな?
思い出して、クスリと微笑んだ。そして、私は千佳の温もりを感じながら意識を手放した。
「……なんでやねん」
今朝、目が覚めて僕が最初に放ったのは突っ込みだった。目が覚めたら調の顔が目の前にあって、気持ち良さそうに眠っているものだから気が動転してしまった。
抱きつく調からシャンプーのいい香りがする。それがどうしようもなく僕の理性を刺激した。僕の中の悪魔が囁きかける。
『別に襲っちまえばいいじゃねぇか?目の前で無防備にしてる調が悪いのさ』
(い、いやしかし)
『駄目だよ!そんなことしてしまったら調を傷つけるだけだ』
天使も登場。そこから天使と悪魔の言い争いが始まったが、それは調が朝食の準備のために起きるまで続けられた。その間、僕は悶々として時が過ぎるのを待つことが余儀なくされたのだった。
余談だが、朝食を作る調の手伝いをしていると妙にツヤツヤとした切歌ちゃん。げっそりと搾り取られたような朔也さんが腰を押さえながらリビングへとやってきた。昨晩、何があったのか察した僕たちは朔也さんを白い目で見つめていたそうな。
こんな日々が、ずっと続けばいいと思っていた。けれど、現実は残酷でそう上手く事が運ぶことはない。知らぬ間に日常を脅かす脅威がゆっくり、着々と近付いていて来ていて。ーーーすでに、平和な日常に亀裂が入り始めていた。
千佳:調への恋心を自覚
調:千佳が大好きだと気付く
朔也&切歌:……昨晩はお楽しみでしたね
お気に入りと評価お願いします!読了ありがとうございました!