8月13日朝。富士山の麓の市街地に、朝日が差し込んできた。
街灯が消え、ビルとビルの隙間が明るく照らされ、昨日まで濁流がゴウゴウと音を立てて流れていた狩野川は、照り付ける朝日を反射するまで、青く透き通っていた。
「んんっ、ああ・・・」
渡辺家2階のベランダで、百香は朝日を浴びながら伸びをし、眠たい目をこする。
「結局、ここに戻って来ちまったなあ・・・」
そう言いながら百香がベランダの欄干に肘を置き、堤防の先に少しだけ見える狩野川の水面を見た。
「でも、嬉しそうじゃん」
「曜。起きてたのか」
いつの間にか百香の横に来ていた曜は、百香と同じポーズをしながら百香の横顔を見ていた。
「うん。ベランダに百香ちゃんの姿が見えたから出てきちゃった」
そう言いながら〝にへへ・・・〟と笑う曜の顔を見ると、自然と百香の顔にも笑みがうまれていた。
「でも良かった。浦女に戻ってこれて」
「確かにな」
あれから、いろいろと大変であった。静岡の親戚の家に送ってしまった荷物は宅急便会社に連絡をとり、その日のうちに戻してもらったり(送料が倍になってしまったが)、沢木さんに〝やっぱり浦女に戻る〟と言い、新静岡高校と浦の星女学院両校に送る予定であった書類を止めてもらったり、居候する予定であった親戚に連絡を取ったりと、ここまでしてくれた母と沢木さんに、百香は頭が上がらなかった。
「百香ちゃんが抜けたAqoursじゃ、もうそれはAqoursじゃないもん」
「そこまで私はAqoursの一部になってたのか・・・」
「4月、入部届を出したときから私や千歌ちゃんは百香ちゃんのこと、Aqoursの一員だと思ってたけど?」
「かなわないな。曜姉も、千歌姉も」
〝ははっ〟と、軽く百香が笑うと、少し塩気が混じった海風が百香の髪をなびいたのだった。
「それじゃあ、母さん。学校行ってくるから」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。あ、百香。少し待って」
「?」
百香と曜は、部活の練習をしに家を出ようとし、リビングのソファーに座っていた母に挨拶をしたところ、百香だけが呼び止められた。
「曜、先に行っていて」
「リョーかいヨーソロー!」
曜が先に玄関から外に飛び出すように出ていくと、リビングには百香と母の2人の姿だけであった。
「それで、母さん。何だい?」
「みんなに受け入れられたのねって思っただけよ。
「母さん・・・。どこでその名前を・・・」
母は、意味ありげな顔をしながら前世の名前を言われて驚いた顔をしている百香を見ていた。
「母は、なんでも知っているのよ」
「ははは・・・。母さんにはかなわないや・・・」
母親は強い。それは、どの世界でも、どの時代でも共通のことであった。
「呼び止めて悪かったわね。ほら、学校行ってきなさい」
「あ、ああ。行ってきます!」
百香は、母に背中を押され、玄関から飛び出していった。
生暖かい海風は、今だけ不思議と心地よかった。
第7話(第60話)
雲ハ晴レナイ
8月はもうすぐ中旬から下旬に差し掛かる前までになっており、中部ブロック静岡県予選まで残り1週間ほどとなっていた。ダンスレッスンをしているAqoursの中には百香の姿もあり、夏の暑い日差しと温度で熱された屋上で汗水を垂らしていた。最初はぎこちなかった百香の動きは、たった1日でもうすでに周りのAqoursメンバーに合わせられるほどになっており、ほとんどの形は完成したように思われている。
練習は午前と午後に合わせて行われ、夕方3時50分には練習を終了した。バスで帰る渡辺姉妹と善子のために、午後4時30分に浦女の前を通過するバスに合わせるためだ。
「じゃあ、この後で解散となるけど、鞠莉たち3年はどうするよ」
「私たちは事務処理が残ってるから残るわ」
練習着から制服に着替えながら百香が鞠莉に聞くと、鞠莉は軽く返した。この更衣室の中にいるのは百香と鞠莉だけであり、他のAqoursメンバーはもうすでに着替えを終えて更衣室の外に出ていた。
「わかった。じゃあ、私たちは先に帰るわ。
あ・・・」
「?」
百香が先に着替え終わり、更衣室から出ようとドアノブに手をかけたとき、百香は何か思い出したように振り返った。
「その・・・、すまなかった。いろいろ事務処理ふやしてしまって」
「いーのいーの。結局百香は浦女に戻ってきた。それだけで充分じゃない。それに、私は気にしてないわよ」
百香は申し訳なさそうに鞠莉に謝ったが、鞠莉は気にせずからからと笑うだけだ。
「ありがとう」
百香はそう鞠莉に言うと、鞠莉は先ほどの顔とは打って変わってやわらかい笑顔になった。
「あ、あとちゃんと寝なさいよ。夜更かしはノーよ」
「ばれちまったか。じゃあ、また明日」
「そうね。またね」
百香と鞠莉はクスっと笑いあった後に小さく手を振りあい、百香は更衣室から出て先に更衣室を出た曜と善子の後姿を追ったのだった。
「全く・・・。Aqoursって一癖も二癖もある面倒くさい人が多いわね。まあ、私もだけどね」
鞠莉は、百香が完全に更衣室から出た後、誰にも聞こえないような声でつぶやき、小さく微笑み、その後に気を引き締めたのだった。
鞠莉は理事長室に着くと、スクールバッグをソファーの横に荒々しく投げ出し、事務処理を始めた。
「どうしたんですか鞠莉さん」
「いえ、なんでもないの」
「そう言ってるけど、結構焦ってるよ?」
先に理事長室のソファーに座りながら座卓で事務処理を始めていたダイヤと果南が、鞠莉の異常さに気づいていた。
「そうかな?アハハ」
鞠莉はそう言いながら事務処理を始めていく。だが、笑いながらもいつものふざけたような日本人が想像する外国人の話し方をしていない。
「ちゃっちゃっと今日の分を終わらせましょう」
「はーい」
鞠莉はにっこり笑いながらダイヤと果南を見たため、果南は返事をするだけにした。そう返したのは〝今の鞠莉には余裕がない〟と、そう判断した果南の心遣いだろう。
いつもは雑談をしながら事務処理を行うのだが、今日の鞠莉は雑談どころかカップに注がれたコーヒーすら飲まないで事務処理を進めている。
そのためか、理事長室の机に積み上げられた期限が今日までの書類は30分程度で片付いでしまった。
「じゃあ、これから用事あるから私は先に帰るわね」
「え、ええ。わかりましたわ」
「気をつけてねー」
床に放り投げてあった自身のスクールバッグを拾うと、鞠莉はスマートフォンで誰かを呼び出しながら理事長室を出ていった。
そんな様子を見たダイヤと果南はいったん事務処理を行う手を止めて理事長の机の上に置かれている一枚の紙を見た。
「やっぱり、これだよね」
「これしかありませんわよ」
机の上に置かれていたのは、水に濡れた部活申請書であった。そう、これは千歌、曜、百香が一番初めにスクールアイドル部を申請したときの書類だ。この書類を鞠莉が見つけたのは昨日のことであった。
百香が転出するための書類を廃棄した後、ダイヤの生徒会の仕事の手伝いをしに生徒会室に向かった。その時、ダイヤがこの申請書を懐かしく眺めていたことから、鞠莉は最初にスクールアイドル部を作ろうとしたのがこの3人だと知ったのだった。
鞠莉にとって〝千歌と梨子が最初の創設メンバーだ〟そう思い込んでいたため、このことを知って驚いた。
ここである一つの疑問が生じる。なぜ鞠莉はあんなに焦っていたのか。その答えは一つである。
あの百香の姉だからだ。
日常では百香と正反対のような性格であるが、ところどころ似ているところがある。今も、もしかしたら不満をため込んでいる可能性が高い。その不満が爆発してしまうと、百香と同じ状況になってしまうことが考えられてしまう。
再びそのようなことになってしまうことが鞠莉にとって恐ろしいことだった。あのようなことが起きてしまうことは防がなくてはならない。
不穏な空気は、まだ払拭できていない。
時間的に余裕が出てきたので1話だけ番外編ストーリーを書きたいと思います
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渡辺百香と前世の娘
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スクスタ時空─スクフェス!─
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百香とルビィの入れ替わり!
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スクスタ時空─虹学・Aqours対決!─
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ロリ辺百香