第67話 在りし日の記憶
夏休みの体育館。
窓を全て開放しても、ジメジメとした熱気は完全に払えず、汗が流れ落ち、シミを作る。そんな暑苦しい熱気すらも感じてはいるが、それを感じさせないほどアリーナで行われているバスケ部の交流試合は白熱していた。浦の星女学院女子バスケットボール部は、創立以来、類を見ない快進撃を見せていた。噂では、冬のインターハイにも出場できるのではないかとまでも言われている。
「いけー!浦女ー!」
相手は県大会常連、中部大会にも多数出場、全国大会出場も経験している県立由比高校*1。そんな強豪の一軍相手に浦の星女学院女子バスケ部は善戦どころか、ほぼ互角、もしくはそれ以上といった戦いを繰り広げていた。第4Qの残りタイムは2分に対し、点差は同点だが、急激に追いついてきた浦女側が流れ的には優勢。浦女側には少しであるが余裕が、由比側には焦りが見え始めていた。ボールが、
「みどり、シュート!」
この瞬間、たった数秒の動作がまるでスローモーションのように見えていた。人一倍飛び上がったみどりの手から射出されたボールは上へ上へと動き、やがて静止したと思えばゴールへと向かって落下し始める。まるで意志を持っているがごとく、ゴールリングに向かう。ゴールしてしまったら、由比側の敗北は決定。ゴールするのは絶対に阻止せなければならない。
由比側の175cm以上の高身長を持っているであろう選手が飛び立った。持ち前の跳躍力と高身長でゴールを阻止するつもりだ。ボール以上の速度で手は徐々にゴールリング上へと近づいていく。届くか、届かないか────
「届かない!?」
指先を、ボールがかすりもしなかった瞬間、由比の監督の表情が一気に変わる。先程まで笑顔でガッツポーズをしていたが、今ではそのポーズのまま口をあんぐりと空けている。由比の選手の目が開き始める。
3秒、、
2秒、、
1秒、、
一瞬で静寂に包まれたコートに、ボールがバウンドする音が木霊する。
ピ──────ッ!
その後にタイマーから発せられる電子ホイッスル。
「やったぁぁぁぁぁ!」
浦女側で歓声が上がると同時に、いつの間にか口を閉じた由比の監督が腕を組みながらパイプ椅子の背もたれに寄っかかった。勝利は、浦の星女学院女子バスケットボール部。練習試合であるが、強豪校の一軍に勝利した瞬間であった。
「「「ありがとうございました!」」」
両校の挨拶後、由比の顧問は、少しぽっちゃりとした身体には酷であろう空間でタオルで顔の汗を拭きながらこちら側へとやって来る。汗がダラダラで髪の毛も薄い、いかにも駅前の飲み屋街やオフィス街、特に新橋に居そうな面構えのオッサンだが、目は強豪校の監督のソレである。つい、背筋が伸びてしまう。
「凄いですなぁ。たった半年でここまで・・・。一体どんな練習をしたんですか・・・?」
「いえ、特に僕は何も。彼女達の実力だと思いますが・・・」
「そんな事ないですよ。初対面の体調も、得手不得手も、試合の状況も見ただけでわかるそうじゃないですか!」
今回の試合もそれでメンバーを決めたのでしょ、と由比の監督は聞いてくる。そこまでしなければ、初戦敗退がほぼ確定していた弱小校が練習試合ではあるが強豪校に勝利してしまうことはなかったはずだと思っているのだろう。だが、僕はただ彼女達を補助しただけだ。ここまで来たのは彼女達の努力のおかげだろう。
「いやぁ、本当に僕は何も・・・」
「自分の才能に気づいてらっしゃらないのですか?もったいない・・・」
由比の監督は、そう言ってまた汗を拭く。彼によると、僕は一流の監督にも劣らない才能を持っているらしく、本当に強い選手を育てれば全国どころか世界も狙えるらしい。
「もし、良ければ特別指定選手の監督をやってみてはいかがですか・・・?」
彼は、名刺を出してきた。彼の名刺ではない。特別指定選手を取り纏めている組織の代表が書かれた名刺だ。どうやら彼は本気のようだ。
「ありがとうございます。でも、僕には彼女達がいます。僕は、彼女達を勝たせたい。彼女達の希望を叶えたい。だから、この話は受けられません」
「わかりました。でも、気が変わったらそこに連絡してください」
名刺を返そうとしたが、彼はすぐに背を向けて由比の選手の方へと歩いていった。彼は、日本の女子バスケットボールを勝たせたくてこの名刺を僕に渡したのだろうが、僕にとってはこの子達を勝たせるだけで充分であった。この名刺は後にシュレッダー直行便になるだろう。
「せんせーい!やりましたよ!勝ちましたよ!」
名刺を片手に立ち尽くしていた僕に、ロブで元気いっぱいな子が抱きついてきた。終盤でみどりにパスを出した乃愛だ。
「ちょっ!?汗凄っ!?びちゃびちゃじゃん!」
「えっ?あーっ!本当だー!ごめんなさーい!」
レディーススーツを汗まみれにした乃愛は、悪びれることも無く舌を出しながら頭をエヘヘと掻く。ため息が出そうな態度だが、頑張った彼女たちに免じて軽く怒るだけにした。そう───
「ふふふ。皆にアイス買おうと思ったけど、乃愛だけアイス抜きね」
「ええええええ!?何で!?」
アイス抜きが確定した乃愛は再び抱きついてきた。先程のような笑顔ではなく、泣き顔だ。
「ちょっ、汗で濡れる!離れて!」
「先生ー、酷いよぉぉぉ!後生だからアイス買ってよぉぉぉぉ!」
腕に蝉のように張り付いた乃愛を離そうとブンブンと腕を振るが、なかなか外れない。その光景を見て、笑いながらであるが、浦女女子バスケ部メンバーがゾロゾロと僕の周りに集合し始める。由比側も選手含め全員が監督の周りに集まっている。向こうはもうすぐ撤収だろう。
「わかった、わかった。由比が帰ってからだからね」
「やったー!」
アイスが乃愛の手にも渡ることがわかった瞬間、乃愛は諸手を挙げて喜んだ。僕やメンバーはもっと喜ぶべきことがあるではないかと、苦笑いをするしかなかったが、コレが乃愛のいいところなのであろう。そうこうしているうちに、由比の監督の総括が終わり、帰校しようとしているところであるのか、監督、選手、部員全員がこちらに歩いてくる。
「今日は、お世話になりました」
「こちらこそ、今日はありがとうございました」
先程まで纏っていた雰囲気を取り払い、由比側も浦女側もお互いに礼をし合う。お互いの礼の後、両校の監督は数歩前に歩き出た。
互いに向き合うと、彼の方が僕のほうを見下ろしているため、さっき以上に身長差がはっきりと分かる。
「次はどこと戦う予定ですか?」
それは、彼の好奇心か、それとも親切心か、それともそれとも、ただの野次馬根性か──
現状の僕にはわからなかったが、とりあえず答えておいて損は無いだろう。
「次は、当目高校です。その次に浜名湖学園」
「当目に浜学ですか・・・」
僕の言葉を聞いた彼は、少し黙り込んだ。少しの沈黙の後にどのような言葉が出るのかが気になった。現状、浦女女子バスケ部は未だ弱小校。焼津市の当目*2にある県立当目高校と浜松市西区、の弁天島*3にある私立浜名湖学園は、両校とも強豪校。浜学に至っては全国大会出場記録もあるほどの強さの強豪校だ。立て続けに強豪校と練習試合を組んでいるのはあまりに狂気の沙汰に見えたのかもしれない。
「彼女達は私たちと同等、いえ、それ以上に強いですよ」
どんな言葉が紡ぎ出されるか不安であったが、彼から発せられた言葉は、それだけだった。
「頑張ってくださいね。貴女がたはもう、強豪校の一員になっていますから・・・」
最後に笑顔を見せながら汗を拭くと、彼は部員達を連れてアリーナから出て行った。しばらくその後ろ姿を見ながら、返答に拍子抜けしていた。5分くらいして、正門からバスの走り去る音が聞こえてきた。おそらく、彼らが由比高校に戻って行ったのだろう。
それから5分ほど経過した。
「買い出し行くよ」
僕の合図でほぼ全員が手を挙げた。この部の方針で、買い出しについて行く人は挙手制、さらに、希望者が多数だった場合はジャンケンで決めるか、先生の指名制になっている。挙手をしている人に目を向けると、その中には乃愛とみどりの姿もいた。乃愛に到っては、1番目立つように両手を上げながら大声で声を出していた。先の程の激戦の疲れなんか感じさせないようである。
この状況で指名するのはさすがに気が引けた。
「じゃあ、ジャンケンで決めて」
その瞬間、挙手をしていた人は一瞬にして円になる。この変な団結力がこのチームを強くしたのだろうか。頭にははてなマークしか思いつかない。
「じゃあ行くよー!」
勝手に仕切り始めた乃愛の掛け声とともにジャンケンが始まった。助手席に座るのは誰になるのか少しだけ気になりながら、真剣な戦い後のくだらない戦いの行方を見守る。最も、このくだらない戦いでも彼女たちは大真面目でジャンケンをしているのだが。そして───
「へへへ」
結局相方は乃愛に決まった。
彼女は、にこやかに僕の車の助手席に座る。
エンジンをかけると、カーステレオからは事故米の処分状況に問題があった会社のニュースが流されていた。正直、この問題については今現在はどうでもよかった。
それほど、充実していたのだろう。
「どこのコンビニします? 」
「今日は淡島側のコンビニにしようか」
車をゆっくり走らせながら相談するが、乃愛は〝今日もじゃないですかー!〟と不満を漏らす。実際のところ、三津三差路のコンビニは駐車場が狭い、なおかつ釣り客の車が多いことが多々あるためこのレガシィでは入りにくい。そのため、行き先はほぼ淡島側、小海のコンビニと決まっていた。
助手席では、乃愛が不満げに頬を膨らませている。
そんな乃愛の様子を見た僕は、農産物直売所の先にある車一台分の横幅がある路肩に車を止め、ガラケーで写真を撮る。
「何で撮るんですか──!」
しばらく乃愛は抗議の声を上げていたが、車を走らせはじめて富士見トンネルを抜け、三津の中心部へと向かう。
「先生」
「ん?どうしたんだい?」
ふと、彼女が僕の方を向き、言い始めた。
「今、どうですか?」
急に出された彼女からの質問。質問の意図がわからず、ただ首を傾げることしか出来ない。そんな僕の様子を見た乃愛は、にこりと微笑む。
「私はですね、
今、すごく楽しいです────
「!!!」
布団から飛び起きた僕の目の前に額縁に入った写真と卓上カレンダーが見える。年月は2016年8月。
ただの夢だった───
そう思いながら時間と日付の確認を行うためにベッド脇に置いていた自身のスマホの画面をつける。日付が分かった瞬間吐き気。今日は忘れたくても忘れられないあの日だった。
込み上げてくるものを押し込むように念じながら口を押え、トイレに駆け込む。
──ああ、クソ
同じ月日が来ると毎年同じことになる。もううんざりだ──
便器の中に昨日の夕食であっただろう何かを吐き出しながら悪態をつく。僕の体はこの日に抗えなかった。
歯を磨いて顔を洗う。ボサついたセミロングの髪をとかし、三つ編みにして先にリボンを括りつける。そして、服に着替え朝食──といきたいところだが、生憎今は夢の影響で全く食欲が無い。
「しょうがない。行くしかないか・・・」
部屋の中央部に置かれた丸テーブルの上に置かれた車のキーを手にすると、曇り空の外に繰り出した──
時間的に余裕が出てきたので1話だけ番外編ストーリーを書きたいと思います
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