2016年8月某日──
海沿いを沿って走る県道を焼津方面に向けて、僕は1台のハイブリッドカーを走らせていた。この白のセダンは、購入時期にちょうどマイナーチェンジをしたこと、ハイブリッドであることによる燃費の良さ、そして、前の車、青のステーションワゴンに染み付いた思い出を、乗り換えることで完全に忘れ去りたかったからだったからだ。
しかし、向かっている先は僕が愛した彼女達の最期の地。こうして車を走らせているということは、僕は忘れることができていないということだ。忘れたい過去は、いくら自分自身から切り離そうとしても金魚のフンみたいにずっとくっついてくるのだ。
以前、国道であったという面影も全く感じられない車通りの少ない県道。しばらく車を走らせていくと、大きく口を開けているトンネルがある。浜当目トンネルだ。ここを抜ければ焼津市街地までかなり近づくが、そんなことは今は関係ない。車をトンネルではなく、横の側道へと突っ込ませる。側道へ入った直後はに聳え立つフェンスゲート。車はここまでだ。
車を降り、フェンスゲートを乗り越える。道一杯に広がり、なおかつ扉は施錠されている。はたから見れば来るものを拒んでいるように見えるが、上は有刺鉄線すらないがら空き様。すぐに乗り越えてゲートの先に進む。
ゲートの先。それは、トンネルを通る県道の旧道だ。季節はもうすぐ秋だが、車1台すら通らない放棄されたこの道路には、踏みつぶされることを忘れた雑草が青々と茂っている。法的には立ち入り禁止区域になっているはずだが、このような廃道に立ち入っても誰も監視なんてするはずがない。
しばらく歩くと、〝416〟と書かれた青色の県道標識が立っていた。廃道になってもう8年程経つのに、この標識は未だに撤去されない。後ろにあった赤色の仮設ロックシェッドは姿かたちも無いのに、なぜこの標識は撤去されないのだろう。
疑問に思いながらも先に進む。路肩を拡張するためだけに架けられた唐沢桟道橋を渡り、もはや機能しているのか不明の3つの木製A型バリケードを越えると、法面に衝突痕が残っているという、土砂崩れだけが発生したと言うのにはいささか不自然に崩落した現場が現れる。
ガードレールは宙に浮き、路面のアスファルトは亀裂が走り、所々が崩落しているどころか、ほぼ道路が残っていおらず、法面のコンクリートだけという区間すらあり、対岸に渡るのはほぼ至難の業となっている。
この場所で彼女達は最後を迎えたのだ。崖下を見下ろすと、崩落して海に落ちそうになっているアスファルトに、あの日のマイクロバスがそこにあるように見える。
幻覚だとわかっているが、どうしてもそこに行きたかった。彼女達がそこで待っているかもしれないからだ。だが、怖さで足が竦んで向かえない。今回も、花束を現場に手向けることしか出来なかった──
聞いた話によると、あの日、スリップして法面に衝突した衝撃でバスの助手席から後方の路面に投げ出された僕は、上から押し寄せる土砂に巻き込まれずに済んだ。だが、バスに乗っていた彼女達と運転手は投げ出されずにバス車内に残ってしまったらしい。
事故の衝撃からなのか、彼女達は気を失ったらしく、上から落ちてくる土砂に反応することは出来なかったらしい。僕も同じく投げ出された時に気を失ってしまったらしく、後続のドライバーから揺さぶられるまで目を覚まさなかったらしい。あの時の記憶は酷く曖昧でその確証も無く、この記憶はほとんどテレビや新聞の媒体で知ったものであるのだが。
胸ポケットからタバコを1本出そうとし、思いとどまり手の動きを止める。
「チッ・・・」
こんな場所でタバコを吸おうとした自分自身に嫌悪感を感じ、舌打ちをする。
何時からこうなってしまったのか───
そう思いながら、崖の前に手向けられた花の前に腰を浮かせながら座り込む。
「あれ?あなた、あの時の──」
急に声を掛けられた。
こんな場所で声を掛けてくる。もしかしたら道路管理者か警察官かもしれない。〝不法侵入している人がいました〟と通報されたのか──
振り向くと、そんな感じの全くない中年男性。格好も、長袖のシャツとベージュのパンツで至って普通。
この出会いは偶然であったが彼女の未来を決定づけた再開でもあった。
先程とは場所は変わり、夫婦が営む隠れ家的な小さな喫茶店。先程の場所とは崩落現場の手前に位置している。小さな駐車スペースに沼津ナンバーのセダンと、仙台ナンバーのコンパクトハイブリッドカーが止まっている光景は些か違和感をかんじる。
そこの窓際のテーブル席に僕と先程の男性は腰を掛けている。
「いやぁ、まさか当事者に会えるとは思ってませんでした」
「それは私もですよ」
そう言いながら、僕は吐きそうな気持ちを抑えながらアイスコーヒーを1口飲んだ。
「すみません、こんな事を聞くのアレなのですが、あの時の記憶とか残っていますか?」
「あの時のですか・・・?」
男は、僕の言葉を聞きながら怪訝な顔をした。無理もない。深刻な事故は心に傷を負っているケースが多く、事故の状況について話したくないことが多いからだ。実際、話を聞いている僕自身、今朝全て出したはずなのに胃の中から何かが込み上げてくる違和感を感じが止まらない。
「はい。そうです」
「・・・。わかりました」
僕の覚悟の決まった目を見たのか、彼は彼自身の記憶を語り出した。
「あの時の私は、ちょうど静岡を旅行中でした────
8月も既に末日。秋に向けて季節が移り変わる9月を迎えそうになっていても、まだまだ暑い日が続いていた。
そんな日差しに照らされながら、1台の黒い車が赤信号で停車していた。
「暑いなぁ・・・」
燃費を良くするために最大限弱くした冷房では涼しくなりきらない。そんな男の車の前にジャージ姿の女子学生を一杯に乗せた1台のマイクロバスが現れ、男の車の前を進行方向と同じ方向に曲がって行った。
「お、何かの大会かな?」
男は頑張れよーと小さく言い、青になった信号を合図にアクセルを軽く踏んだ。
車は東海道本線と併走後、橋で駿河湾上を少し走行した後にトンネルが多く位置する海岸沿いの道に出た。
男はカーエアコンを止めると、車内の窓を全て全開に開けた。
「やっぱり海沿いはコレだよなぁ!」
そのまま車は順調に走り、先程の信号で前に出たマイクロバスの後ろ姿が見えるようになるまで近づいた。
少し速度を落とすか───
男がそう考えた瞬間、ドン!という音が響き渡った。
「な、何だ!?」
音と同時に振動。男はハンドルを取られそうになり、咄嗟にブレーキを強く踏む。
ガードレールスレスレになりながら必死にハンドルを操作し、どうにか車を擦らずに止めた。
「と、止まった・・・」
男は、息を切らしながらハンドルに顔を埋め、呼吸を整えた。
ハンドルから顔を上げた男の先には、先程まで前を走っていたマイクロバスは土砂に乗り上げた後に何回か回転したのか、全体がグシャグシャの状態でガードレールにぶつかって停車していた。
男はすかさず車を飛び降り、マイクロバスに駆け寄った。
後部座席のドアは歪み、開かない。前も同様だ。
「開かない・・・!!!」
中でぐったりしている少女達の姿を見た男に焦りが募る。
「バール使いますか!?」
「はい!ありがとうございます!」
ちょうど男の車の後ろに工務店のバンが止まっていた。工務店に乗っていた男性は車に載っていたバールを持ってきていたため、男は借りることにした。
ドアと車体の隙間にバールを入れ、力を込める。メキメキ・・・と音を立て、助手席が開いた。
「開いたっ・・・!」
車内に乗り込み、助手席に座っている女性を引きずり出そうとしたが、シートベルトが絡まって外せない。
男は直ぐに男性からハサミを借り、シートベルトを切った。
「よし、出しますよ!」
「「せーのっ!!!」」
バリバリバリ・・・
男たちが力を合わせると聞くに絶えない音を出しながらドアは空いた。かろうじて空いたドアから女性を出し、男の車と工務店の車の間まで連れて行った。女性をゆっくりと道路に下ろし終えた時、男はある事を思い出した。
「あ、救急車!」
「あっ・・・!忘れてた・・・」
そう、2人共警察消防に連絡するのを忘れていたのである。これでは、いつまで経っても警察消防は来るはずない。男の携帯電話は車の中であり、何度もポッケを触っても中に携帯電話など無い。
「俺が電話します」
「よろしくお願いします!」
だが幸い、男性のポケットには携帯電話があった。男は男性に連絡を任せ、次の人を救助に向かおうとした。
が────
ドン、ドドン────
3回の破裂音が県道に響き渡った──
「破裂音───」
「はい。その破裂音の後に、地面が崩れて土砂と一緒にバスが───」
そう言い、男は目を背けた。しばらくすると男は突然立ち上がり、泣きながら土下座を始めて喚き始めた。僕は困惑した。
「俺があの時、海に飛び込んでいればもっと助かった!俺はあの時飛び込む勇気がなかった・・・!ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」
最後の方はもう、絞り出すような声だった。涙がポタリ、ポタリと床に滴り、小さな水溜まりを作る。
「あ、貴方のせいじゃないですよ!」
僕は男の前に座り込むと、男の顔を上げる。この言葉は本心だ。男のせいにしようとは微塵も思っていない。彼は命の恩人なのであり、事故の本当の詳細を教えてくれたのだから───
「それより───」
この言葉に男は顔を上げる。
「その破裂音のこと、詳しく聞かせてください」
にこりと、僕は男に微笑んだ。
時間的に余裕が出てきたので1話だけ番外編ストーリーを書きたいと思います
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