目の前に高速で黒と白の陰陽剣が迫る。身体能力を強化する魔法で目は重点的に強化してあるというのに、視認が危うい速度だ。
ギリギリで捉えた白刃は身を低くすることで躱し、もう一方の黒刃は自分の腕と籠手に注ぎ込む魔力を増幅させることで反らすようにして防いだ。
「そろそろ諦めたらどうだ? 手加減してるのか知らないが王の財宝なしでお前が俺に敵うわけがない!」
白熱した思考に任せて迫る双剣を防ぐ、防ぐ、防ぐ。何やら双剣を振るう目の前の男が叫んでいるがそれに構う余裕はない。自分の籠手型アームドデバイスに注ぎ込んだ魔力を相手の剣と接触した瞬間に発散させて、簡易の衝撃波として剣ごと相手を吹き飛ばす。
そこでようやく一息がつけた。
頭を冷静にして周囲の状況をもう一度確認してみる。ここは次元航行艦アースラの訓練室。周囲は高町、テスタロッサ、八神とザフィーラ以外の守護騎士が取り囲んでいる。目の前には模擬戦相手である転生者の少年、工藤千也が自分の与えられた能力を示すように白黒の陰陽剣を構えてこちらを睨みつけている。
対してこちらの状況は与えられた能力である『王の財宝』を剥ぎ取られて、残るは量産型アームドデバイスの篭手のみときた。
「お前がなのはやフェイト、はやてにした仕打ちを俺は許しはしない!ここでお前にはその罪を精算してもらうぞ、王崎!」
工藤がこちらに向けて放った言葉を耳が捉える。それはまるでこちらの罪を謳いあげる裁判官のようで--しかしオレはそれを認めるわけにはいかない。
「……ゴチャゴチャうるせえよ。御大層な文句並べてる暇があったらかかってこいや。てめえの中ではもうオレを倒したつもりかよ?」
そうやって挑発してやれば工藤は瞳に怒りを宿し、こちらにもう一度陰陽剣を構えて斬りかかってくる。『王の財宝』が使えた頃のオレならこの程度文字通り鎧袖一触だが、今は必死こいて防御するしかないのが悲しいところだ。
ああーーなんでオレはこんなところにいるんだろう。
『お前には転生してもらう』
「ーーーーは?」
気が付けば白の中にいた。どこまで見渡しても白しか見えない世界に気付けばオレは立っているようだった。その漂白された世界で唯一目の前に色づくものが存在していた。
ーーそれは虹色に輝く光だった。その光を見ていると何だか落ち着かないような気分にさせられる。この虹色の光が、自分より高次の存在であることを自然と意識させられるような、今まで感じたことのない精神のざわめきだった。
『これは決定事項だ。お前にはこれから《魔法少女リリカルなのは》の世界に転生してもらい、私が望む役割を果たしてもらうことになる。異論反論は受け付けない、質問は許さない。お前は与えられた能力を享受し、与えられた役割を粛々と果たせばよい』
黙って聞いていればベラベラと勝手なことを宣う野郎だ。転生だの能力だの役割だの訳の分からないことを一方的に語ってくる。ーーいやそもそも理解させる気がないのか。この様子だと恐らくオレの反論、抵抗は問答無用で却下されるだろう。
つまり、オレが今すべきことはこの虹色の光の言うことに従うふりをしつつ、情報を引き出すことか? ならとりあえずこちらからも発言させてもらおう。
「あんたがオレに望んでいることがさっぱり分からないが、とりあえずオレはあんたに逆らうつもりはないですよ。その《役割》とやらを果たすためにも現状の説明と、オレに何を望んでいるのかぐらいは説明願いたいですがね」
『ふむ、理論的で話が早い。ならば早速説明しようか。お前は生を終え、輪廻転生を待つ状態だ。そのお前を私がここに呼び寄せ、今から特殊な能力を付与し《魔法少女リリカルなのは》の世界に送る。そこでお前には物語に本来存在しない悪役(ヒール)としての役割を担ってもらうのだよ』
……なるほど多少は理解出来てきた。つまりオレは何らかの原因で死に、強制的に悪役として《魔法少女リリカルなのは》の世界に転生させられるらしい。悪役に相応しい能力もご丁寧に頂ける、と。
冗談ではない。オレは前世は普通の大学生だった。悪役に相応しいような人を陥れて楽しむような精神などもちろん持ち合わせておらず、こんな仕打ちを受ける謂れも無いはずだ。悪役として転生なんぞしてみろ、禄な人生になるはずがない。是非ともこんな役割御免被りたいところだが、恐らくこの宣言に拒否権はないのだろう。
『能力はそうだなーー《王の財宝》をやろう。これがあれば悪役としての役割を存分に果たせるだろう。それとこの能力は役割を果たし終わったら、具体的にいうとA'sが終わったら没収させてもらう。この転生は、私の知的好奇心を満たす為の実験兼娯楽に過ぎない。分かりやすい悪役を物語に組み込んだらどうなるか、を記録するという実験だがA's終了までの期間で充分その目論見は達成されるだろう』
つまりA'sが終了したら私の実験終わりだからもう王の財宝取り上げるわ、ということらしい。余りにも自分勝手なヤツだが、高次の存在ーー面倒だから神と呼称するーーにとっては当然のことなのだろう。
このままだとオレの次の人生は実にクソッタレなものになりそうだが、まだ希望はある。転生させられてから悪役になりうる言動をしなければいいのだ。神といっても転生後に自由に干渉できる訳ではないだろう。俺を送り込んで悪役をわざわざやらせるということがそれを示している。ならばこの場を大人しくやり過ごし、転生後に従わなければどうとでもなる。
『では、転生してもらおうか。ああ、これは慈悲深い私からの忠告だがーー』
漂白された空間に浮かぶ俺の身体が光に包まれる。意識も少しずつ遠のいていくような感覚を覚える。これが転生の合図ということなのかーー
『物語の悪役から外れる行動を取る行動はくれぐれも避けるように。そのようなことをすればお前の第2の命は容易く散ることになるだろう』
オレの目論見を見透かしたような、不吉な忠告を耳にしながらオレの意識は暗転していった。
距離を離した間隙にオレがこんなところにいる理由を思い返していた。とどのつまり、オレは神様とやらに異世界転生させられ悪役を強要されているという訳だ。
その悪役としての場面も今が正に大詰め。善が悪を駆逐し、皆々様諸手を挙げて万々歳というハッピーエンドまであと少しというところだ。実際のところ、原作も終盤に近付いて《王の財宝》がもう不要であると判断され、取り上げられたオレでは工藤に勝つ術はない。すでに敗北は秒読み段階に入っていて、凌げてあと数手というところだろう。
まあ最も勝てる手段があったとしてもオレがそれを実行することは出来ない。そういうものなのだーーーー神がオレにかけた悪役としての役割(ロール)という呪いは。仕掛けは単純、どうもオレが原作の登場人物(キャラクター)である奴らに悪意、害意、敵意といった負の感情を抱いていない状態だと、オレの運というものが極端に低下する呪いがかかっているらしい。
単純であるが故に効果は大きく、オレは今まで悪役としての役割(ロール)を全うせざるを得ないでいた。……誰だって道を歩けば通り魔殺人鬼に遭い、交通事故に巻き込まれそうになり、果ては大規模テロ事件に巻き込まれるのは嫌だろう。
少し思考に耽っていると、距離が離れている工藤が魔力を高めているのを感知した。これは奴の能力(レアスキル)、《無限の剣製》による一斉掃射の前触れだろう。
「……王崎、最後に聞こう。ここで今までのなのは達に対する暴言を謝罪して、態度を改めるのであれば許してやってもいい。なのは達も理解してくれるだろう」
「ハッ、今までオレの王の財宝が怖くてろくに攻めきれなかったチキン野郎がほざくじゃねえかよ」
「お前の能力は危険だから警戒もするさ。ーーーーだが使えないのだか使わないのだかは分からないが、その脅威がないと解れば話は別だ」
工藤の背後に剣軍が出現する。総数は二十余り、といったところか。もう少し多いかもしれないが、どちらにせよこの規模の剣軍を捌くことは今のオレには不可能だろう。……もう少し《王の財宝》を警戒してくれれば数手は持ったはずだが、予想以上に早く勝負を決めにきたな。
実は武力でこの状況を打開する策はないこともない。ないこともないがーーーーそれではオレの目的を遂げることは出来ない。対話で切り抜けようにも悪役としての役割(ロール)を強制されているオレでは不可能だろう。
「それで返答を聞こうか、王崎」
だから、オレの答えは決まっていた。
「謝罪なんざぜってえしねえよ。俺は今まで自分の為だけに生きてきたし、これからもそうする」
「……そうか。残念だよ、王崎」
ーー無数の名剣が、聖槍が、魔剣が、妖刀が豪雨のように降り注ぎオレの意識は途切れた。
『さて、ひとまず御苦労と言っておこうか、我が駒よ』
その台詞を聞いて意識が覚醒した。どうやらオレは神様の創り出したあの白い空間にまた連れてこられたようだ。物語ももう終盤ーー闇の書を倒した後だし、何処かで接触を図ってくるとは考えていたがこのタイミングか。ーー正に思い通りのタイミングと言っていいだろう。
『私の実験も最終段階へと移行している。お前の悪役としての役割(ロールプレイ)では物語を悪い方向に傾ける程の影響力はなかったようだな。プレシア・テスタロッサの起こした事件はほぼ原作通りに収束し、今正に闇の書事件も原作と同じ結末を迎えようとしている。悪役だけではバランスが悪いと思い、正義の味方(ヒーロー)役も投入したとはいえだ。実験とは予測通りにいかぬものよ』
「そいつは申し訳ないですね。まあ、タダの一般人を悪役として配置するのは無理があるってことですよ。次は本物の悪役でも何処かの世界から引っ張ってきたらいいんじゃないですかねえ」
原作通りに進行している? 当たり前だ、オレが悪役としての行動をヘイトを集めるだけで実害がないようなものばかりにしているからな。踏み台転生者のような言動をしつつも、重要な所は邪魔しないように細心の注意を払った。正義の味方の役割であるところの工藤はどうやら原作を知らないようだったし、それならオレさえ余計なことをしなければ物語を原作通りに概ね進めることは難しくない。
『……まあよい。原作よりも良い結末(ハッピーエンド)の可能性はほぼゼロであったが、原作通りの結末に終わるというのは想定していた。可能性は低いと思っていたがな』
どこか悔しがるような感情が伺えるつぶやきだった。
ーーそれだよ。そうだと思っていた、神様(てめえ)は自分の予測が外れれば悔しがると。それこそが突然悪役なんて役割を押し付けられたオレのささやかな復讐の糸口になると。今まで確信は持てなかったが間違いないーーコイツは自分の予測が外れたことに苛立っている。
『……さて、話を変えるが、お前の処遇についてだ。最早物語の趨勢は決し、最終的に敗北する悪役としての役割を果たすために王の財宝を先日取り上げられたお前ではこれ以上物語に関わる事はないだろう。翌日のリインフォースと闇の書消滅をもってこの物語は結実する。お前の役割ももう終わりということだ。私ももう関与することも出来ず、観測、観察するだけとなるだろう。お前はその世界で生きるなり、死ぬなり、好きにせよ』
「そいつはありがたいですね。じゃあ後はオレは
観察するだけと言ったな?とくと見ていろ、クソッタレの神様とやら。オレのささやかな復讐はこれで終わりじゃねぇってことをな。オレが目を覚ましたらーー御都合主義の喜劇を披露してやる。