Blackest Nightmare   作:パン粉

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Prologue
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 凍てつく暗闇、奮えて悴む指先。吹雪の止まぬこの空間は、人が厚着をせねば活動すらままならないこの地はロシア。毛皮を着込んだ人々の中に、一人だけ黒ずくめの男がいた。ブーツのソールが雪道を踏み固め、ロングコートは強い風にはためく。次第に人気のない彷徨い込み、弱々しい灯りの電灯にもたれる。そこに、また別の男がやってくる。

 

 分厚いコートの内ポケットからタバコを取り出すのを見た黒ずくめは、少しだけ距離を取った。嫌煙家の彼は、その男に警戒心を抱く。この吹雪の中でタバコを吸えるのであろうか。火種はすぐに消えてしまうだろう。狭いこの街路樹の中で、煙が反対側から流れてくると、なるほどな、と黒ずくめは呟いた。

 

「挟み込んでフクロにしようとしたわけだ」

「気づくのが遅かったな。それに、お前は間違ってる」

「へェ。どこらへんが?8人くらいがここを張ってて、スナイパー2人、それに俺の頭にトカレフ突き付けてるバカ1人、その他アンタ含めて5人がその懐のMP5で狙ってるくらいか。当てられるか?この近距離で」

 

 煽り、余裕綽々とした態度で黒ずくめは煽った。顔をサングラスで隠しているものの、その若くて中性的な顔立ちはこの状況を看破しても尚危険ではないといった表情だ。太もものホルスターの、金と銀に光る大型拳銃はまだその時ではないと言わんばかりに沈黙している。

ぐいっとトカレフを頭に押し付けられるが、その力に逆らわずに頭を前に倒すと、そのまま背後にいる男の右腕が滑り、正面に向かって発砲してしまった。ビシッという音が鳴り響く。取り囲んでいた人間の内の一人がその脳天に弾丸を呼び込んだ。そしてその腕を取り、左右に撃ち分け更に2人を撃たせる。真っ白な雪がチークの様に紅く、しかし黒ずんで染まっていく。左足で捕まえた男の胴を巻き込み引っ張れば、スナイピングの盾として受け止めた。腹部貫通、放っておけば勝手に息絶えるであろう。

 

「このブリザードの中で当てるたァ、大したもんじゃねェか元スペツナズ」

「じ、人外がァ……」

 

 突撃してくるのは2人。そしてまだスナイパーが残っている。銃撃をしながら黒ずくめの懐に飛び込むも、屈まれて足を払われる。銃を乱射しながら転けた結果、流れ弾がスナイパーの方にまで飛んでいった。それは肩口にえぐりこみ、MP5Kを奪った男が更に追撃で頭目掛けて銃弾を飛ばしてくる。旧体勢派のテロリストか、と黒ずくめは漏らした。ボルトアクションライフルの銃声、MP5Kにトカレフ。中々潤沢した装備だ。身体検査と称して気絶した男の装備を漁れば、スペツナズナイフとサイドアームにMP443イジェメック、そして白燐手榴弾が3つ。中々物騒なモンぶら下げて、と想いながら、そのMP443で背後を確認せずに発泡した。

 

「やっぱりか。負の遺産まで使い込んでたか。バカなことしやがって」

 

 それは先程倒したはずの男。意識はしっかりしているが、頭に角が、次第に人間の皮を自ら破り、偉業の怪物へと変貌する。黒ずくめの拳をグッと握れば、ベキベキという気泡の破裂音が響き渡って、そして半身を前に出す格闘技のような構えを取った。ご自慢の牙と爪で襲い掛かってくるその怪物、まるでこの世に存在せぬ悪魔のような生物は、男に一矢報いた。

 

「トンマ。サングラスだけ食いちぎって満足か?」

 

 肘を後頭部に落とされては、地面に突っ伏す。そのまま足蹴にされて、立ち上がろうとするも力に抗えない。ぐしっ、という鈍い音が黒ずくめが力を込めると一緒にその空間に反響した。内臓が割れたのか、背骨が折れたのか、詳しいことは分からないが致命傷を負ったことは確かで、牙に引っかかっていたサングラスが落ち、足をその頭に移動させれば、思い切り踏み抜く。地面に広がる血溜まり、ボロボロのサングラスのレンズは微かにそれを映していた。亡骸の腹部を蹴り飛ばせば先程まで寄り掛かっていた街頭に当たり、地面にスルスルと落ちていく。

 

 ――これじゃあいくら数がいても結果は同じだ。

 

 男は、他の遺体が同じように起き上がる事を望んだ。サングラスのレンズの下に隠されていた漆黒の瞳が地面に転がる吸い殻を睨み付ければ足で踏み潰す。それと同時に、やはり他の遺体は異形の怪物へと変化していて、男に食らいつき出した。

 

「随分と嗅ぎ回りやがって……ここで野垂れ死んでもらうぞ、創龍」

「それはこっちのセリフだ、旧体制の亡霊共。ひたすら俺の跡つけてきやがって、おかげでこっちは商売上がったりだ」

 

 創龍――そう呼ばれた男は、戯けたように言うと、ホルスターから2丁の大型拳銃を取り出した。くるくると回すガンプレイをしながら、銃口を化物たちに向ける。トリガーに指を掛ける前に獣は襲い掛かり、創龍の首元へ牙を突き立てようとした。

 

 しかし、銃底がその牙をへし折る。片手の銃は脳天に押し付けられ、躊躇なく弾丸を叩き込んだ。50口径の強装弾、その弾丸の尾は煌きを帯びた黒色をしていて、頭が割れたそれを創龍は蹴り飛ばす。その先には敵がいて、同士討ちと言わんばかり、まるでビリヤードのように弾けた。先程銃底を叩き付けた方の、銀色のデザートイーグルカスタムが、正確に玉を捉える。

 

Get off my sight!!(消え失せな!)

 

 弾丸が一発一発、ガトリングガンの如く発射されていく。50口径アクションエクスプレス、デザートイーグルのために開発されたマグナム弾。それが化物を吹き飛ばしていく。堅い外殻を発破し、中身を肉塊としていく度、血液がそこらじゅうに飛び散った。走り込んで玉として当たらなかった化物には鋭い膝でのなぎ払いをお見舞いする。首がもげ、ぶちゃあと聞いてはいけない音が静寂の中で響いた。

 

 生命をその手で消すという恐怖に普通は震えるものだ。しかし、創龍のその馴れた手つきを見るに、もう幾数も殺めてきたことが伺える。今相手にしているのは人間とは到底言えないから意味合いが違ってくるのかもしれないが、しかしこの激しいブリザードの中に血しぶきを舞わせ、スナイパーライフルを奪っては片手で相手を蹂躙していく。貫通能力に優れた弾丸の特性を使って何体もの怪物の頭を串刺しにしてしまえば、確実に殺すために近づいてから頭を踏み潰す。

 

 血の化粧は雪によく似合う。映えるこの色彩、おぞましいものを感じさせる。しかし、この降り積もるスピードでは誰も気づかないうちに消えていくだろう。

 

「スペツナズ時代に何を学んだんだか。遺産使う前にアタマ使えよ、バカ共」

 

 黒いコートを翻して創龍は消えていく。何かを探しに行くように。ホルスターに銃――花鳥風月をしまい、ゆっくりと歩き出して。

 

 

「負の遺産……?」

「ええ。5年前の陸軍首脳陣が、それを手にしているそうで。今はもう退役してますから、何かしでかすかわからないんですよ」

「その遺産の内容っていうのはわかるか?」

「それも、5年前のモノなんですよ。こう言ったらわかりますよね?」

 

 スラムの外れにある大きな建物。ネオンサインには“Black Cherry”という紫のブロック体のロゴが飾られていた。黒の桜――毒を喰らわば皿まで、そんなような意味の名を含めた便利屋。そんなところの店主として創龍は存在していて、懐かしい客人を迎えてはコーヒー一杯でもてなしていた。

 

 黒いレザーパンツに、白のアンダーウェアと紺色のシェルジャケットを着て、少しだけ古臭いソファに腰掛ける。向かい合うはブロンドの、スタイル抜群の美女。服の上からはわからないが、しなやかな筋肉をつけていて、それは戦闘に特化していた。便利屋で雇っている、大きなリボンをつけて茶色のポニーテールをした女性がトレイを社長机に置き、それに寄り掛かる。ブロンドの美女――サーシャ・グスタフ大佐は、ロシア陸軍の生え抜きで、その手腕は文武ともに比肩する存在がなかなか居ない。その昔、ロシア軍に在籍していた創龍の部下であったこともあり、そこで沢山のことを仕込まれたおかげと言っていいだろう。今はコシュマグラードという陸軍特別部隊訓練所の長を勤めている。

 

 その実力者が、昔の(えにし)で依頼を持ちかけてきたのだ。何事かと思うのはおかしくない。ポニーテールの女性――音姫はそれを聞いてはサーシャに話をする。

 

「調査協力ってこと?」

「ええ。出来ることなら潰しちゃってくれて構わないですけど」

「現体制の軍の対応に拠るな。今のトップって誰だ」

「親和派の人ですね。ソリティウス・ガルガンティア――前に空挺師団の団長勤めてた人で」

「そいつは信頼していい。ガルガンティアは正義に篤い、唯一俺の除隊に反対してたし」

「それ、理由になる?」

「十分だと思います。ただ、ペトロフ准将のことがあるので、警戒はするべきかと」

「アイツ、本当余計なモンしか遺してねェよな」

 

 元上司で創龍が粛清した男の名前がちょくちょく出てくる。その男の遺したデータがこんな迷惑な物件をもたらしたのだ。溜息だって出てしまう、創龍はコーヒーに口をつける。飲み干したサーシャが煎茶を頼むと、またもやポニーテールの男の子が湯呑みを持ってきた。ティーカップを下げれば、創龍とサーシャは男の子にお礼を言った。

 

 にこりと笑って、その男の子は下がる。12歳ほどといったところ、しかしそれにしては身長がやたらと大きい。172cmあるサーシャよりほんの少しだけ小さいくらいだ。それはともかくとして、創龍は自分の鼻筋を親指でなぞると、わかったという。

 

「受けた。サーシャ、コンビ復活だ」

「わかりました。久々に、あなたの片腕を務めましょう」

「頼りにしてるぜ、相棒」

 

 立ち上がっては、二人は拳を突き合わせた。ロシア軍時代は名コンビと言われた二人、その実力を知るものは今のロシアでは先程のソリティウス・ガルガンティアくらいしかいない。不滅の友情は二人を強い絆で結びつけて離さない。その光景を音姫は微笑ましく思って見届けた。

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