はいかぶりと白雪と眠れる森の 前編   作:とましの

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第10話

「まずはひとりめ……あとはおまえだけだよ」

獲物を追いたてる獣のように楽しげにつぶやいたコジーモは杖を持ち上げる。しかし近づく馬蹄の音に気づいてその視線を移した。

騎馬を操り戦場へ駆け込んだのは借り物の軍服をまとった慶次だった。森で野生の馬を相手にしていた彼は、その後ろに秀吉を乗せて誰よりも早く駆けつけていた。

「兄ちゃん!」

騎馬の足を止めた慶次は馬から飛び降り光秀のもとへ駆け寄る。そんな慶次のそばに降り立った秀吉はまっすぐにコジーモを見た。

「あんたここで何してんの」

「それはこっちのセリフだよ。魔女がこんなところで何をしてるのかな。ああ、もしかして殺されに来てくれたのかな。だとしたら嬉しいね」

まとめて片付くからと笑うコジーモは再び杖を持ち上げる。そんな場面で近衛連隊を連れた第一王子がやってきた。

馬から降りた第一王子は慶次のもとへ駆け寄る。

「何があったんだい」

「わからないけど、兄ちゃんが……どれだけ呼んでも目を開けてくれないんだ」

既に涙をこぼしている慶次は説明しながら光秀の身体を揺すっている。けれど眠ったように目を閉ざしている光秀はぴくりとも反応しない。

第一王子は泣きながら兄の身体を揺する慶次を見つめる。するとそのそばに近衛副隊長がやってきた。

「副隊長、今すぐ近衛連隊に命じて隊長と慶次を安全な場所に……長政?」

命令を向ける途中で違和感を覚えた第一王子は副隊長を見やる。しかし呆然自失の副隊長は第一王子の問いかけに返すことをしなかった。

「あんたら何やっとんの! ここから逃げなあかんわ」

動けない副隊長に顔をしかめるそばに秀吉の声が飛ぶ。そのため第一王子が目を向ければ男が掲げた杖の先に強い光の塊が作られていた。

「魔女は君だけではなかったのかい?」

「あいつが魔法使えるなんてはじめて知ったわ! 長政君も悔しいかもしれんけど…」

そう言いながら副隊長の腕をつかんだ秀吉は相手の異変に気づく。長政の明るく暖かだった緑色の瞳が今は黒く染まっていた。

瞳に闇を宿した長政はゆっくりと男へ振り向く。その様子を見つめていた秀吉は冷たい風とともに雪が降りだしたことに気づいた。

 

 

北から吹き付ける強い風は瞬く間にたくさんの雪を降らせ始めた。コジーモの魔法で吹き飛ばされ折れた木々も雪で白く染められる。

「あなたが隊長を射貫いたんですか?」

長政の静かな問いかけにコジーモは笑みを強めた。

「そいつが勝手にしゃしゃり出てきたのが悪いんだよ。まったくどこの国のヤツもバカばっかで困るよね」

楽しげに笑ったコジーモの杖の先で作られる光は大きく膨らみ輝きを増していた。だが長政が軽く手を振っただけで光は霧散するように広がり消えていく。その変化に驚いたコジーモは何が起きたんだと声を上げた。

「白雪! 今まで生かしてやった恩を忘れて邪魔するつもりか!」

「何もしとらんわ!」

悪態つくコジーモに秀吉は反射的に返す。だが言い返した秀吉は長政の暗い瞳に見つめられ恐怖に固まった。

そうして秀吉が黙り込むと長政はコジーモの足元を指差す。

「うるさいから死んでくれるかな」

長政がつぶやくと同時にコジーモは足元から凍り付き始める。自身の魔法でも止められず助けてくれと叫ぶコジーモだが徐々に身体が凍り付き、やがて氷の塊となった。

そうして人をひとり氷にした長政はため息のように白い息を吐き出す。

「隊長のいない世界なんて……何の価値もないよ」

次に長政は絶望に満ちた暗い瞳で空を見上げる。するとみるみるうちに空が日が沈んだように暗く陰り始める。

「副隊長、何をしているんだ」

「長政君!」

第一王子と秀吉が不安に駆られるまま声をかける。すると長政は強い風に軍服を揺らしながら振り返った。

「だってこんな世界、いらないでしょう」

軍服と同じ漆黒の瞳に笑みを浮かべた長政に今までの穏やかな雰囲気はない。どこかいびつな笑みを浮かべながらその手をあげると地面が大きく揺れ始めた。

あまりの揺れに体勢を崩した秀吉は地面に座り込み第一王子を見る。

「長政君も魔女やなんて聞いてないで」

秀吉の言葉になぜか第一王子は口をつぐみ反論を避ける。そうして問いかけから逃げるように慶次を見た。

いまだに地面は大きく揺れ続け、離れた場所では地割れも起きている。

「慶次、ここを離れよう。このままでは危険だ」

「わかった。王子はこの人と一緒に兄ちゃんを連れて安全な場所に行ってください」

王子の指示にうなずいた慶次はそばにいる魚住を見た。第一王子はそんな慶次に驚き首をかしげている。

「君は何をするつもりだ」

「よくわからないけど長政を止めます。それから兄ちゃんを助けます。眠りの森の呪いだって、きっと解く方法があるから」

強く言い放つその言葉に自失状態だった魚住の目が向けられる。そうして初めて、光秀を兄と呼ぶ若者を見た。

雪まじりの風に金色の髪を揺らしながら立ち上がった慶次は揺れる地面に体勢を崩しかける。しかしなんとか持ち直すと長政の元へ向かった。

「長政! よくわかんないけど俺は兄ちゃんを助けるから!」

「無理だよ。眠りの森の呪いは解けない。だって隊長は他人のことばかりで、自分が愛されることなんて考えてないから」

「だけど長政だって俺だって兄ちゃんのこと好きだろ!」

「……どんなものも、届かなければ意味がないんだよ」

「だけど!」

地面は今も揺れ続け地割れに木々が飲み込まれる。本当に世界が滅んでしまいそうなその状況下で慶次はゆっくり息を吸い込んだ。

「希望と正しい心を持っていたら絶対になんとかなるんだ!」

思いきり叫んでも、目の前にいる長政には届かなかった。さらに地面が揺れて轟音とともに木々がなぎ倒されていく。

やがて空から一切の光が失われ、世界は深い闇に包まれた。

 

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