はいかぶりと白雪と眠れる森の 前編   作:とましの

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第2話

祝福の鐘が鳴り響き、城の前に集まった民たちの歓声がそれに加わる。多くの祝福に包まれた場所から離れた城の一角、誰もいない庭園に近衛隊長がいた。すべての喜びに背を向けるようにひとり煙草を吸っている。

そんな近衛隊長の元へ若い兵士がひとりやってきた。

「何か祝い事ですか?」

「第四王子の挙式だ」

兵士の格好でいながら何も知らない相手に近衛隊長ははっきり返す。そうして振り向くと近衛隊長ほどの身丈の若者が立っていた。穏やかそうな面差しの彼はにこりと微笑み、それはめでたいですねと言う。

そんな兵士を見やった近衛隊長は煙草を足元に落とすと火を踏み消した。目元を隠すように帽子をさげると嘆息を漏らす。

「それより調査結果の報告だ」

「はい、あちらは近いうちに国境付近の戦力を増強する計画を立てています。王都では開戦に向けて民たちも緊張した様子でした」

「こっちの城下でも、この数ヵ月でじわじわ戦争の噂が広がってる。王子の成人や挙式で緊張感は薄れてるけどな」

情報のやりとりをした上で近衛隊長は腕を組みどうすべきかと頭を巡らせる。そうしてしばらく考え込んでいた近衛隊長はややあって組んでいた腕を解く。

「長政、おまえしばらくこっちの役職に復帰しろ」

「わかりました。あ、でも別件の魔女の調査がまだ……」

「そっちは後回しにしても大丈夫だろ。魔法使いなんているわけねぇからな」

なぜかこの周辺地域では昔から魔法使い信仰のようなものが存在した。

『希望と正しい心を失わなければ魔法使いが助けてくれる』

そんな言葉を信じている者は多く、近衛隊長の弟ですらそれを真に受けていた。ただ弟の場合は素直で心のきれいな人間であるため、それも仕方ないことなのだろう。けれど国家がそれを真に受けるわけにはいかない。

結論を出した近衛隊長は帽子を脱ぐとそれを部下の頭にのせる。さらに肩をたたくと意地悪い笑みを浮かべた。

「後は任せたぞ。副隊長」

「へっ、隊長はどうされるんですか」

「溜め込んだ休みを消化するわ。末の弟が嫁いで燃え尽きてんだよな」

「それはおめでとうございます…じゃなくて、そんな、こんな時にですか」

あわてふためく部下を尻目に吸い殻を拾った近衛隊長は立ち去るべく歩き出した。軍服の詰め襟を緩めながら階段をあがり、城内へ入ると回廊を進む。

末の弟は第四王子に見初められ、男ながら妃として迎え入れられた。そして大勢の人に祝福されながら無事に挙式の日を迎えている。

それはめでたい事ではあるが、その祝福の中に近衛隊長は入らなかった。

 

長く世話をしてきた可愛い弟が無事に嫁いだ。そのため娘を嫁がせた父親のように気が抜けてしまった。そんな理由で休みを取った近衛隊長は城を離れることにした。

その知らせはすぐに城内を駆け巡り、先日の挙式の主役ふたりにも伝わる。そして花婿である第四王子は確認のためすぐに兄たちのもとへ向かった。そんな第四王子のそばには花嫁として祝福された慶次もいる。

日の当たるテラスに出た第四王子はそこで三人の兄たちを見つけた。お茶を飲んでいたらしい三人の兄は若い夫婦を笑顔で迎えてくれる。

「兄上、近衛隊長が城を離れたというのは本当ですか」

「本当だよ」

第四王子が問いかければ第一王子が返してくれる。そんな王子たちの会話を慶次は戸惑いつつも聞いていた。

王子たちが語る近衛隊長は慶次にとっては上の兄にあたる人物である。けれど上の兄は今までまったく帰宅しなかったため、何をしているのか知らなかった。そのため兄が実は兵士として城で働いているのだと知ったのも最近のことだ。

けれど夫である第四王子の様子を見る限り、本当に兄は休まない人間だったらしい。むしろ休みを取っただけでここまで騒がれては休むことなどできそうもない。

「なあ、真琴。兄ちゃんは少し休んで遊びに行っただけだろ? それだけでそこまで騒ぐことないっていうか、心配しなくていいっていうか」

真琴が兄をとても信頼している事は慶次も知っている。けれど兄はこの中の誰よりも年上で、なによりこの国で一番剣が強いらしい。だとしたら心配する理由はないと思える。

そのため素直にそれを告げた先で第一王子が確かにと同意してくれた。

「慶次の言う通り、近衛隊長は誰よりも強い男だ。酒に酔った暴漢程度なら簡単に潰せてしまうね」

「だが今はあまりに時期が悪いのだ。いつ隣国が攻めてくるとも知れぬ状況で、隊長不在では近衛連隊が動けんからな」

そこで第二王子である政宗がしてくれた説明に慶次は目を丸める。そして真琴へ目を向ければ彼も緊張した様子を見せていた。

「それって、戦争になるかもってこと」

「それは今のところ誰にもわからんよ。ただそうなった場合、信長と俺は指揮官として戦場へ向かわねばならん。そして我々を護衛するのが近衛連隊の役目なのだ」

だからこの時期に隊長が城を離れては困るのだと再度告げられる。そこまで言われてしまうと慶次も素直に納得するしかなかった。そして同時に、なぜ兄は休みを取ったのかと疑念を持ってしまう。

「だったら兄ちゃんを探して連れ戻したほうがいい、よな? 俺が嫁いだからとか理由もよくわからないし」

ひとりだけ情勢を知らない慶次は戸惑いつつも真琴に問いかけた。すると第一王子がカップの中身を飲み干し立ち上がる。

「そういえば君は魔法使いを信じていたようだけど、その気持ちは今でもあるのかい?」

「あ、はい。今は真琴がいるから……助けはいらないけど」

頼る相手がいるからと慶次は照れたように言いながら真琴の手をつかむ。すると真琴は嬉しそうに笑ってくれた。

そんな若い夫婦を前にした第一王子も優しげに微笑んでくれる。けれど不意にその瞳が鋭いものを宿した。

「この城から北へ向かった隣国との国境付近に魔女がいるんだけどね。その魔女は鏡にいつも質問しているらしいんだ。この世で最も美しいのは誰だって」

「この世で一番きれいな人って……まさか真琴は魔女に狙われているんですか!」

「俺より慶次のほうがきれいだろう」

第一王子の話からやや早とちりをした慶次に真琴がすぐ返す。とたんに慶次は顔を真っ赤にさせそんなことはないぞと強く言い放った。

「真琴のほうがずっとずっとずっときれいでかっこいいからな!」

「いや慶次のほうが」

「それダリィから後でやってくれヨ」

夫婦が戯れ始めたところで、第三王子が一言を持って中断させた。そうして若いふたりを黙らせた第三王子は億劫そうな顔でイチゴを食べる。

そんな第三王子を一瞥した第一王子は笑いをこぼして慶次たちを見た。

「先日の挙式で見せた花嫁姿は誰よりも綺麗だったからね。女装の似合う君があの魔女に狙われないかと心配していたんだよ」

「きれいなのは俺じゃなくてあのドレスだったっていうか……」

遠回しに褒められた気がした慶次は顔を赤らめ視線をさまよわせた。

「でも心配してくれてありがとうございます。魔法使いには会ってみたいけど気を付けます」

照れながらもそう告げた慶次はいまだ繋いだままでいる真琴の手をぎゅっと握った。どこまでも仲睦まじい姿を見せるふたりを眺めていた第一王子はふとその目を移す。そして黄緑色の瞳を遠い北の空へ向けた。

「政宗、あの魔女なら居場所を見つけられると思うかい」

「それが近衛隊長の事を言っているのなら、そこまでして探す必要はないだろう。件の魔女は国境を越えた向こう側の人間だ。何日もかけてそこへ赴く間に近衛隊長が戻るだろうからな」

「……そうかな」

「この時期に隊長不在では困るとは言ったが、城下で遊ぶことを否定はせんよ。あの男は隊長になる前もその後も我々に尽くしてくれていたからな」

「それは当然な事だよ。僕はこの国の王となる人間で彼はその臣下だ。常に僕のそばにいて僕を守ることが彼の役目なんだ」

「そうだとしても、人には休みが必要なのだ」

「だとしたら僕のそばで休めばいい話だよ」

優しく落ち着いた性格の第二王子は近衛隊長の休暇に賛成する姿勢を見せている。しかし第一王子は城の外で休むことが認められず眉をひそめていた。

「大切にしてきた弟が取られたからって、すねて城から出ていくなんてどうかしてる」

「娘を嫁がせた父というものは皆そういうものなのだろう。長い使命から解き放たれるのだから、心の整理も必要なのだ」

「だとしても、それは僕のそばでやればいいんだよ」

「しかしここにはその娘がいるからな」

心の整理はできないだろうと第二王子は気遣う言葉を口にする。そうして告げられた本人である慶次に目を向ければ、慶次は奇妙に眉を歪ませて首をかしげていた。

「俺は娘じゃないし、兄ちゃんは父さんじゃないよ」

「慶次、それは言葉のあやだ」

娘ではないと指摘した慶次に真琴が真面目な顔で訂正する。けれど言葉のあやというものがわからない慶次は首をかしげたまま口をとがらせた。そしてそんな慶次の姿があまりにも可愛く思えた真琴は緩みそうになった顔に力を込める。

 

 

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