第一王子は不機嫌な様子でどこかへ行ってしまう。そしてそんな第一王子が恐ろしくて声のかけられなかった慶次は
兄のもとを訪れていた。下の兄は書記官として城で働いている。昔から賢く何でも知っているこの兄は城でも重宝されているらしい。
「みっちゃん聞いてくれよ!」
書庫に駆け込み兄を見つけた慶次は勢いのまま口を開く。すると兄から静かにするよう告げられてしまった。
そのため慶次は周囲をきょろきょろと見回した上でごめんと返す。
「兄ちゃんが眠りの森の呪いを受けるって魔法使いさんが教えてくれたんだ」
「魔法使いですか?」
「北の国の白雪さんだよ。知ってる?」
いつも真面目な兄はこの時も真面目に話を聞いてくれた。そんな兄に問いかけると兄は手元の本を棚へ戻しながらひとつうなずく。
「北の国の元王子ですね。雪のように清楚な外見からそのように呼ばれているそうです。しかし北の国は十年前に王家が失われているんですよ」
「どういうこと? 王様たちは?」
「王家が失われる少し前に他界したそうです。暗殺されたとも聞きますね。そして国の実権を握ったのはひとりの魔女でした」
「それは魔法使いさんじゃないの?」
「違いますよ」
短い言葉で否定した兄は移動することを告げて歩き出した。書庫を出ると慶次について来るよううながし歩き進む。
「魔女はとても見目麗しい姿をしていたそうです。そして魔女である事を隠して王に近付き妾妃となりました。そのため暗殺されたと言う者もいるんですよ。魔女が王を殺したのではと。そうして王子は城を追われました」
「白雪さんかわいそうじゃないか」
「ええ、しかし彼は一国の王子ですから、逃げるばかりではありませんでした。魔女に立ち向かい見事打ち倒すことができたんですよ」
悪い魔女を倒したと聞いた慶次は輝く瞳で歓声をあげた。
「白雪さんすごい人なんだな」
「しかし魔女を倒したことで王子はその血を浴びて力を譲り受けてしまいました。そこで大臣が王子を指差して言ったそうです。『魔女が国を滅ぼしに現れた』と。そうして魔女となった王子は再び深い森の中に逃げ込み今に至ります」
「それは絶対に大臣が悪いヤツじゃないか!」
「そうでしょうね。その大臣は、今は北の国を統治していますから」
「そんな悪いヤツはやっつけないとダメだろ。なんで誰も白雪さんを助けないんだよ」
「誰が彼を助けるんですか?」
「へ?」
不意に兄から向けられた言葉に慶次は目を丸める。正しい行いをした者が追われ、悪意ある者が王になっている。そんなことは認められない慶次だが、兄はそう考えていないらしい。
「だって悪いヤツだよ?」
「これは異国の話です。それに口出しなどしては内政干渉になりますよ」
「ナイセイカンショウってわからないけど、ほっとけないよ」
「では軍を率いて隣国に攻め込みますか? そうなれば戦う相手は北の国の軍となります。つまり無関係の兵士を死に至らしめる事になりますが」
「それはダメだけど、だからって」
「多くの犠牲を払いながら魔女を救おうとは、誰も思いませんよ」
「なんでだよ。みんな冷たいよ。兵の人たちが死ぬのはダメだけど、せめて白雪さんの味方になってあげろよ。そうしないと白雪さんひとりぼっちじゃないか」
孤独ほど恐ろしいものはないと、かつて独りだった慶次は顔をしかめる。おそらくどこの国の王様も、ひとりで森の中に暮らす寂しさを知らないのだろう。だがそれを知っている慶次は見て見ぬふりなどできなかった。
「北の国を攻めるとかしなくても、例えば白雪さんをここに呼ぶとかしてもいいだろ。ひとりぼっちで森にいるなんてダメだよ」
「北の国の王子をかくまえぱ北の国との関係を悪化させる危険性があります。それを良しとするほど、この国は強く大きくはないんですよ」
「そうなの?」
「それでなくとも今は東の国との関係が悪化していますからね。下手なことをすれば、北と東の二国を相手に戦争となりかねません。ただ…」
何か言いかけた兄はわずかに逡巡した後に視線を落とした。
「東の国との関係悪化は不自然だと、兄と話したことがあります」
「兄ちゃんと?」
「ええ、一時は姻戚関係にあった国から戦を仕掛けられる理由がわかりませんから」
「インセキってなに?」
「結婚することで親戚となる者のことですよ。あなたが第四王子と結婚することで、あなたと他の王子たちは家族となりました。それを姻族と言います。その親戚関係を姻戚と言うんですよ」
「おお、なるほど。この国と東の国は前に結婚して親戚になったってことか」
兄の説明を聞いて理解した慶次は納得したようにうなずいた。けれど今はその話をしている場合ではないと思い出した慶次はすぐに話題を戻す。
「それで兄ちゃんはなにか言ってた? 兄ちゃんがピンチだって白雪さんが教えてくれたんだ。だから真琴たちが探してるんだけど」
「あの人は大切なことほど誰にも言わない人ですから、俺も何も知りません。しかしこの時期ですから、そう遠くには行っていないと思いますよ。役目がありますから、近場で何か調べているのだと思います」
「やっぱりそうだよな。近衛隊長だから」
やはり王子たちを守るように国の事も大切に考えているのだろう。そう納得した慶次はそれを真琴に伝えると告げて走り出した。いつものように早計な弟を見送った兄は、ひとり立ち止まり窓の外へ目を向ける。
「あの子に嘘をつくのはこれで最後ですよ」
広間に王子四人が集まりこれからの対応について話し合う。老齢の国王はほぼその仕事を三人の王子たちに任せていた。そのこともあって今回も上三人の王子たちが中心となっていた。
広間へ飛び込んだ慶次は真琴のそばに駆け寄る。いつもの事だが真琴は兄王子たちの前では発言を控える傾向にあるらしい。
「みっちゃんのとこに行ってきたんだけどさ。兄ちゃん城からそんなに離れてないっぽいよ。役目があるからそんなに遠くに行かないだろうって言ってたから」
「それなら捜索もすぐに終わりそうだな」
「うん、だけど眠りの森だっけ? それってどんな呪いなんだろうな。みっちゃんに聞くの忘れててさ」
兄を連れ戻したとして、その呪いがどんなものかわからないでは対処できない。そう考えた慶次は真琴に問いかけてみた。すると真琴は首を横に振りわからないと返す。
「兄上たちはさっきの魔女を捕らえて説明させるべきだと話してる」
「悪いことしてないのに捕まえるのか?」
「一応表向きは、この城への侵入罪として捕らえる算段になってる」
「だけどあの人はいい人だよ」
「あくまで表向きの話だ。そうしないと北の国と揉めてしまうからな」
「あ、そっか」
さすがに賢い王子たちは慶次と違って様々なことを考えているらしい。それに助ける気のない兄とも考える姿勢から違う。
「白雪さんは森でひとりぼっちらしいからさ。助けてあげたいって考えたんだ」
「慶次は優しいな」
「そんなことないよ。真琴も王子様たちもみんな優しい」
安堵の笑みをこぼした慶次は真琴の言葉に照れながら手を繋いでいた。そんな若い夫婦の脇で新たな命令を受けた兵士たちが走り出す。
そして近衛連隊の今の指揮官である副隊長の長政は帽子を脱いだまま王子の説明を聞いていた。その上で城に招いた魔女の対応をと命じられる。もちろんそれまでに隊長が戻れば、その役は隊長に引き継がれることになるだろう。
「長政、あの魔女もどきが少しでも不穏な行動をした時は容赦なく始末しても良いからね」
そこで第一王子から物騒な命令がくだされて副隊長は苦笑いを浮かべる。
幼い頃に城の前に捨てられていたと言う彼は発見者によりそのまま城内で育てられた。さらに第四王子と同い年ということもあり、子供の頃から一緒にいることが多かった。
そしてその流れのまま軍属となり、今は近衛連隊の副隊長となっている。そんな経緯の持ち主は王子たちの性格を熟知していた。時に物騒な物言いをする第一王子と、それをいさめる第二王子。さらにそんなふたりのやり取りを傍観する第三王子。彼らは三人で話し合い、この国をより良い方向へ導いてくれていた。
そんな王子たちの話を聞いていた長政に真琴が寄り添い耳打ちする。
「長政、魔女の相手をしていて身の危険を感じたときは俺か誰かを頼るんだぞ」
「ありがとう、真琴」
ささやくように告げるのは、王子としてではなく幼馴染みとして言いたいためだろう。そう認識した上で長政はにこりと微笑んだ。
「でも真琴はあまりあの人に近づいては駄目だよ。魔女の血は、それを浴びただけで人じゃなくなるって何かで読んだ記憶があるから」
「ああ、たしかあの魔女もそうやって魔女なったと聞いたな」
「後でまた調べておくけど、だから真琴は気を付けないと。もう真琴ひとりの身体じゃないんだから」
最後は茶化すように言えば真琴は顔を赤らめる。そんな素直な幼馴染みに長政は穏やかな笑みをこぼした。