はいかぶりと白雪と眠れる森の 前編   作:とましの

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第8話

国境で襲撃を受けて四日、光秀は潮の香り漂う東の国の王都へたどり着いた。国境で襲われた魚住は戻る必要ができたからと光秀に同行してくれている。そのため光秀は潜入する手間が省けた。

現地の人間と一緒なら入る際など何かを疑われる恐れがない。そして王都に入ってしまえば、このふたりと一緒にいる理由もなくなる。

「じゃあここまでだな」

活気に満ちた街の中心近くで、光秀は同行してくれたふたりに目を向けた。すると同行者の透がそれはいけないと言い出す。

「ここまで同行してくれた礼としてごちそうくらいさせてくれ。だが俺はこれから報告に行かなければならないからな。魚住さん、もう少し彼と一緒にいてくれないか」

何かと話を進めたがる透の発言に魚住と光秀は同時に眉を浮かせる。今までの道中もほぼすべてをこんな流れで宿などを透が決めていた。そしてその辺りで特に意見のないふたりはそんな透に従ってきている。

そして今も、魚住は透の頼みに応じる姿勢を見せていた。

「俺は構わないが、光秀はそれで構わないか?」

「ああ、まぁ構わねぇけどよ。花買って海に行くだけだから退屈だと思うぞ」

「そんなことはないさ」

海に行くだけだから楽しいことはない。そう告げた光秀に魚住は大丈夫だと笑った。

 

 

透と別れて魚住の案内のもとで海へ向かう。その途中で花を二組買うと夕暮れの街をゆっくり歩いた。この街は王都であり、東の国最大の港町でもある。そのため商人や品物の出入りも多く、栄えるのは当然のことだった。

ただふと通りすがった男女の会話が漏れ聞こえて光秀は足を止める。男女はいつ西の国が攻めてくるのかと不安がっていた。

男女の後ろ姿を眺めていた光秀は魚住に呼ばれて前へ向き直す。すると魚住は怪訝な顔で男女の立ち去るほうを見た。

「知った顔がいたのか?」

「あー、いや他人の空似だったわ」

軽く誤魔化して再び歩き出す。潮の香りはますます強くなり、やがて光秀の耳に波の音が聞こえ始めた。ただ光秀の頭の中は海よりも先程の会話のほうが気になる。

光秀の国には『いつ東の国が攻めてくるのか』と不安を抱く者がいた。しかしこちらでもそれとよく似た現象があるらしい。

やがて海にたどり着くと光秀は海に花を投げた。海面に浮かぶ花束は波にさらわれ流れていく。それを眺めながら光秀は遠い水平線に目を向けた。

そんな光秀を横目に眺めていた魚住は真面目な顔のまま口を開く。

「あの花は、大切な人へのたむけか」

「まぁな」

「……そうか」

両国でそれぞれ同じ噂が発生するとはどんな現象か。それを考えながら水平線を眺めていた光秀は遠くに帆船を見つける。

「あれって貿易船ってやつか?」

「ん? ああ、そうだな」

「へぇ、意外と小さいな」

海に浮かぶ船を眺めながら光秀はポツリとつぶやく。義理の父親はあんな小さな船で世界を渡っていたようだ。それはなんとも危険な旅だったに違いない。

そんな事を考えていると魚住に肩をたたかれた。

「あれは遠くにあるから小さく見えるだけで、実際にはかなりの大きさだぞ」

「なら簡単に沈むわけじゃないんだな」

「どんな大きさの船でも嵐に飲まれれば沈むこともある」

一概に大きければ良いというわけではない。そんなことを真顔で語る魚住を見上げた光秀は口許を緩めて笑った。

「…やっぱ、そんなもんだよな」

母と義理の父は新婚旅行の途中で船とともに海へ沈んでしまった。正確にどこで沈んだのかはわからないが、船の残骸がどこかの岸に流れ着いたらしい。その知らせを受けたのは光秀が今の慶次ぐらいの年の頃だった。

「悲しむ人間がいるのに、そんな危険な場所になんて行くもんじゃねぇよな」

自分はともかくとして慶次の悲しみようは計り知れなかった。しかし自分は兄としてそんな慶次を支えることも何もしてやれてない。慶次を守り支える役目を弟の三成に任せて、光秀自身は他の始末をしていた。

むしろ貿易商を営んでいた義父が残した借金をすべて返済するのに手間取っている。さらに光秀では扱えない義父の会社や船などを人に渡す必要があった。船も会社も放置していては労働者が路頭に迷う。そのためすべての事を迅速に行わなければならなかった。

そうしていつの間にか月日がたち、慶次との距離も離れていた。

「光秀に悲しむ人間はいないのか」

過去に思いを馳せていた光秀のもとへ、不意に魚住の声が流れ込んだ。そのため光秀は過去に半歩足を踏み入れたまま、暗い瞳で魚住を見上げる。

「なんでそんなことを聞くんだよ」

「おまえは戦い慣れているからな。西の国じゃなくても、どこかの国の軍属か傭兵なんだろうと考えてた。だがそうやって死地に立つような仕事をしているのなら……」

「なぁ、魚住。俺はガキの頃からいらない存在だったんだよ」

光秀の告白に魚住は目を丸めたまま固まる。絶句したように黙り込んだ魚住を見つめていた光秀はややあってその顔を背けた。視線を落とすように波打ち際を眺める。

「けど、こんな俺でも……」

「魚住さん!」

夕暮れの静かな海にひとつの声が飛び、続けて複数の砂を踏む足音が近づいてきた。

光秀は口を閉ざすと剣の柄に手を乗せながら振り向く。するとやって来たのは藍色の軍服の一団だった。

槍を手に立ち並ぶ軍人の中からまだ幼さの残る顔立ちの若者が出てくる。若者は嬉しそうな顔で魚住の元へ駆け寄ると良かったと声をかけてきた。

「国を出る予定だったと灰原さんから聞いて驚きました。それと国境で襲撃にあったとも聞きましたが、大事に至らなかったようで何よりです」

「心配をかけてすまなかった」

「いえ、無事のお戻りがかないましたので」

若者は心の底から嬉しそうな様子を見せていた。そんな若者から目を背けた光秀はひとり吐息を漏らす。

どうやら魚住はこの国でそれなりの地位にある重要な人物らしい。そして透が報告をすると言っていた相手は城の人間で兵を動かせる地位にある。そこまで考え、魚住に個人的な話をしなくて良かったと光秀は心から思った。

「それで…あの、魚住さん、こちらの方が助けてくださったという……」

「ああ、それも透から聞いたのか。国境で西の兵に襲われたところを助けてもらった」

魚住がそう言い放つと周囲の兵士たちがざわめいた。やはり西の国は戦の準備をしているのだとささやく者もいる。そしてそれと同じように若者も憤った様子で顔をしかめていた。

「魚住さん、我が国も急いで戦の準備を始めましょう。まずは国境の防衛を考えなければいけませんね」

若者はそう言うなり魚住を促すように歩き出してしまう。そうして魚住に背を向けたため、若者からは魚住の表情が見えなかったのだろう。

しかし光秀はその時の魚住が傷ついたような顔を見せていたのを見逃さなかった。

「待てよ」

それが口をつぐんだ魚住のためだったのかはわからない。光秀は反射的に口を開いて、立ち去ろうとしていた若者の足を止めさせる。

「おまえたちはおかしいと思わねぇのか。姻戚関係にあった国同士が突然こんな関係になることを」

光秀の問いかけに若者は眉を潜めたまま首を横に振った。

「おかしいと思います。なぜこんなことになったのかと、この国の誰もが考えています。けれど現実問題として西の国は戦の準備を進めています。そして陛下はお優しい方なので兵であっても血を流させたくとおっしゃられます。しかし俺は、俺たちはそんな陛下の御身と玉座こそを第一に考えているんです」

西の国に攻め込まれ、王に何かあってはいけない。そう強く言い放った若者はその顔を魚住へ向けた。

「魚住さん、先の第二王子のご子息は西の国の方です。けれど敵国の方を、正当な血筋だからとあなたを差し置いて玉座にお迎えできません。ですからどうか御身を大事にしてください。ましてや単身で西の国に行こうなんて」

「……心配をかけたことはあやまる。だが俺は西の国がどんな所か知らない。なぜ我々に刃を向けようとするのかもわからない。そうやって何も知らないまま、兵を死地に送りたいとは思わない」

ふたりが言葉を交わすそばで光秀は目を見開いたまま固まった。

魚住がこの国の王であったという事実はもちろん驚く。なにせあの時、襲撃を受けた魚住を守る者は誰もいなかったのだ。

そしてさらに、襲撃者たちが魚住だけを狙ったのも気になる。戦えない透を追うこともしないで全員が魚住ひとりを狙う。それは連中が魚住こそが標的と定めていたに他ならない。

東の国の王を知り、それを西の国の兵に扮して襲わせる。そんなことができる者など滅多にいるものではない。さらに魚住を害したことで両国が戦争状態となった際に得をする者となればさらに限られる。

そこまで考えた光秀は額に手を当てそういうことかとつぶやいた。そんな光秀のつぶやきを聞いた魚住は少し困惑した様子で光秀に手を伸ばす。しかし肩に触れようとしたところで手を止めると、触れることを諦め声をかけた。

「隠してたことはあやまる。だが光秀、俺は……」

「いや、そうじゃねぇ。おまえじゃねぇんだ。あいつら北の国の軍属だ」

隠し立てたことを謝罪しようとする魚住に光秀は端的に結論を述べた。とたんに魚住は眉を浮かせて光秀を見つめる。

「それは国境で襲ってきた連中のことか」

「ああ、おかしいと思ってたんだ。偽物のくせして動きだけは良かったからな」

「だが連中は西の国の軍服をまとっていたと透も言っていた」

「透の言うとおり、あれは近衛連隊によく似てたわ。けど考えてみろよ。西の国の近衛連隊は城と王家を守る精鋭だ。そんな連中が国境なんかに行かねぇだろ。東の国の近衛がどうなのかは知らないけどな」

そう言いながらも光秀は視線を若者へ向けた。とたんに若者は背筋を正して確かにとうなずく。

「あなたの言う通り近衛は城を離れません。離れることがあるとするなら、お守りする方が外へ出られた時だけです」

「そいつらが単独で国境にいて、しかも旅人に扮した魚住を襲うのはおかしいだろ」

「確かにそうですね。しかしなぜあなたは襲撃者の軍服が近衛の物だとわかったんですか?」

生真面目な態度もそのままに若者は光秀に疑念を向ける。すると光秀は意地悪そうに笑って簡単だろと返した。

「あいつらこの前、王子に連れられて花嫁探しに国中走り回ってたからな。西の国で近衛連隊を知らないヤツはいねぇよ」

「花嫁探し……ああ、そういえば第四王子がご結婚されたそうですね。たしか近衛隊長のお身内の方と」

「おかげで城下はすげぇお祭り騒ぎだったらしいわ。それこそ戦なんて頭から消えるぐらいにな。つーか、あんなど派手な挙式した直後に戦仕掛けられるほどあの国は裕福じゃねぇだろ」

「だとしたら西の国が戦の準備をしているという噂はどこから生まれたものでしょうか」

「季節が冬に向かってるからな。あったかい土地が欲しいってヤツがいるんだろ」

若者の質問に返した光秀はその目を魚住へ向けた。

「良かったな。おまえがうまくやれば戦は回避できそうだぞ」

「だがその話が事実だとしたら両国の国境に北の国の軍が展開している事になる。下手をすれば国境を封鎖されてしまうな」

「だな。商人が通れなくなったら西の国は干上がるわ」

のどかな小国である西の国は山で採れた鉱石などを売って国を保っている。そしてそれを売るには東の国の港が必要だった。東の国へ通ずる街道は西の国の命綱と言っても過言ではない。

「つーわけだから、俺は帰るわ」

急いで帰国して対策を練らなければならない。そう考えるまま光秀は魚住に背を向け歩きだした。魚住はそんな光秀の手をつかもうとしたが、すぐにその手を止める。

あとほんの少し伸ばせば触れられる程の距離にいても触れることをためらう。そんな魚住の姿を見つめていた若者はふたりの関係に気づいて眉を浮かせた。

そして笑顔をこぼした若者は改めて自国の王を見上げる。

「魚住さんはあの方を追ってください。我々も準備ができ次第お二方を追います。ですからできるだけゆっくり進んでいただけると助かります」

若者の親切な申し出に魚住は驚いたように目をしばたかせた。しかしすぐに離れてしまった光秀の背中を見ると短い謝罪を口にして走り出す。

 

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