渋谷さんと友達になりたくて。   作:バナハロ

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プロローグ
出会いは犬の牙と共に。


 ある日、バイトに俺は向かっていた。バイト先は駅の中でよくある、パックの中に寿司を入れて売るテイクアウト型寿司屋。つまり、俺は駅に向かっていた。

 勤務開始時間の15分前には着かなければならないため、正直時間ギリギリだ。そのため、いつもの道を早歩きで移動していた。

 高校に入学して一年が経過し、一人暮らしにも慣れて来たが、まだ少し大変だ。料理も洗濯も掃除も洗い物も全部自分でしなくてはならないから。

 それに、金銭面もしっかり考えなくちゃいけなくて、趣味や娯楽に回す金がない。まぁ、ゲームくらいしかやらないが。

 ゲームの事を考えてると、つい財布の中を見てしまうのが俺の悪い癖だ。今も、ふと財布を覗いてしまった。

 

「………今月は課金に回すのは厳しいか」

 

 クッソー、スタレ引きたいのになー。でも、金がないなら我慢するしかないか。

 小さくため息をついて財布をポケットにしまった時だ。通り掛かったスーパーの入り口でガタンッと音がするのが見えた。そっちを見ると、女性の方がスーパーのカートを段差に躓かせて倒してしまっていた。辺りにはスーパーの袋が散らばっていて、付近には駐輪場がある。

 どうやら、カートで駐輪場まで荷物を運ぼうとしていたらしい。

 

「……………」

 

 こういう時、他に手伝っている人がいれば素通り出来るのだが、一人で拾ってる所を見るとつい助けたくなってしまう。

 俺はその辺に散らばっている袋を持ち上げた。

 

「あの、これ」

「………あら、すみませんっ」

「いえ」

 

 中身も散らばっていたので、拾い上げた。俺の持つ袋の中には飲み物系が多かったため、恐らく飲み物は飲み物でまとめているのだろう。

 なら、それに合わせてペットボトルや缶を拾って袋の中に入れた。

 ようやく全部拾い終えて、カートを立たせた。

 

「すみません、ありがとうございます」

「あーいえいえ。良かったら、チャリん所まで持っていきますよ」

「………なんで自転車だと?」

「え?いや、カート持ってたし駐輪場に行くのかなって思って。駐車場はあそこのスーパー二階にしかないし」

「あ、ああ。そうですか」

 

 ………ストーカーだと思われたのかな。何それ死にたい。

 

「いえ、でも駐輪場ではないんです。ただ、少しでも楽したくてカート使ってただけでして」

「あ、そ、そうなんですか……」

 

 うわあ、外した……恥ずかしい。じゃあ、これさっさと返した方が良いかな。

 

「あ、じゃあ少しだけ待っててもらえますか?」

 

 女の人はそう言うと、少し離れた場所に向かった。いや、こっちは暇じゃねぇんだけどな………。まぁ、そうは思っても断れないんだが。

 女の人はその場から離れて、ベンチに向かった。

 ふとスマホの時間を見ると16時45分、もうバイト先に着いてなきゃいけない時間だ。

 

「………これ終わったら走ろう」

 

 そう決めた時、女の人が戻って来た。犬を連れて。

 

「お待たせしました」

「…………えっ」

 

 え、ちょっ……なんでいんの?嘘でしょ?嘘だよね?

 内心焦ってる間に、犬は俺を見るなり唸り声を上げる。

 

「グルルッ………‼︎」

「? ハナコ?」

 

 ハナコっていうのか……いや、そういうんじゃなくて!やばいやばいやばい、いやでも逃げたらひったくりみたいになるし……!

 

「ワンワンッ‼︎ヴーワンッ‼︎」

「ハナコっ?どうしたの⁉︎」

「ワンッ‼︎」

 

 犬は女の人の手から離れて飛び出し、俺に襲い掛かった。

 

「うおっ……ちょっ、待っ」

「ワンッ‼︎」

「いったァッ⁉︎」

 

 思いっきり腕を噛まれ、俺は袋を落としてしまった。

 

「こ、コラハナコ!やめなさい‼︎」

 

 女の人がリードを引いてなんとか収まるが、唸り声をやめない。俺を見て威嚇し続けている。

 

「ま、待て待て待てタンマ!分かった、謝るから待って!」

「グルルルッ………‼︎」

「ご、ごめんなさい!………どうしたのよ、いつもは吠えるような子じゃないのに………」

「あーいえ、気にしないでください。………俺が犬に嫌われやすいだけなんで」

 

 昔からこうだ。なんか吠えられて噛まれて………お陰で犬が怖くなってしまった。

 

「大丈夫ですか?腕から血が出ていますが……」

「あ、いえ……」

「申し訳ありません……。すぐ近くにうちに着きますから、そこで手当てさせてくれませんか?」

「へっ?あーいやそんな気にしなくて良いですよ全然。………慣れてるんで」

「いえ、血が出てますし……」

「うわっ、本当だ。活きの良い犬ですね」

「と、とにかく、手当てさせて下さい」

 

 いやでもバイトが………時間が無いんだが………や、でも腕噛まれて血が出てる状態でバイトは出来ないよな………。

 

「………すみません、お願いします」

「はい。本当にすぐそこですので」

 

 バイト先には遅れると連絡しておこう。

 

 ×××

 

 家は、何と花屋だった。

 俺は女の人に連れて来られるがまま花屋まできた。その間、犬に威嚇されっぱなしだったが。

 

「少々、お待ち下さい」

 

 女の人はそう言うと、店の中に犬を連れて消えて行った。

 しばらく待たされ、何となくスマホを見た。時刻は16時50分、ま、まぁ最悪10分で着くし……大丈夫だろう。

 すると、女の人が出て来た。

 

「どうぞ上がって下さい」

「……す、すみません。わざわざ」

「いえ、うちの犬の責任ですから……」

 

 店の中に入り、家の中に上がった。店内にはちらほらとお客さんがいた。割と繁盛してるのかな?ていうか、花屋って繁盛とかあるのか?

 店の奥に進むと、レジには随分と若くて可愛い子が立っていた。バイトだろうか、俺とあんま歳変わらないんじゃないか?ていうか、マジで可愛いなこの子。

 

「いらっしゃいませ」

「へ?あ、いや……ど、どうも」

 

 そういうんじゃないんだが……まぁ、お客さんと見られてもおかしくないか。

 すると、お客さんから「すみませーん」と声が掛かった。

 

「あーごめん、凛。ちょっとこの子の腕見てあげてくれる?」

「? どうかしたの?お母さん」

「ハナコが噛みついちゃって。お願い」

「ハナコが?分かった」

 

 すると、女の人はお客さんの方へ行き、俺は若い方の女の子に連れられて店から家になっている所に足を運んだ。

 

「こっち」

 

 靴を脱いで、二階に上がる。おそらく居間と思われる所に来た。

 

「座ってて」

 

 おっと、何でいきなりタメ口になった?客じゃないからか?まぁ、俺はあんま気にしないけど。

 ていうか今更だけど、人の家上がり込んで良いの?バイトでしょ?

 

「腕、見せて」

「あ、ああ。はい」

 

 噛まれた左腕を差し出すと、女の人はキュッと目を細めた。

 

「………なんだ、かすり傷じゃん」

 

 バッカお前犬に噛まれんの超痛ぇんだぞ。てか、なんでそんな態度なの。この店の犬が仕出かしたことだぞオイ。

 すると、女の子は消毒液を取り出して俺の腕に垂らした。

 

「ってぇ……」

「沁みるの?」

「そりゃな……」

「我慢して」

 

 クッ……そ、そうだな。我慢しよう、その態度は。

 その後、絆創膏じゃ傷口が収まらないので、なんかよくわからない包帯っぽい奴を腕に巻いてくれた。

 

「どう?」

「あ、うん。ありがとう」

「ごめんね、うちの犬が」

 

 ………あれ、ぶっきらぼうだった割に申し訳なさそうに見えるな。もしかして、あんま素直な子じゃないのか?

 

「じゃ、俺バイトだから」

「あ、そうなんだ」

 

 立ち上がって出て行こうとした。すると、部屋にさっきの女性が入って来た。

 

「腕は大丈夫ですか?」

「え?あ、はい。一応」

「ごめんなさいね。これ、お詫びに」

 

 女性の方は小さな花束を差し出して来た。申し訳ないが、一人暮らしにとっては死ぬほどいらない。

 

「え、いや大丈夫ですって。これからバイトですし」

「でも、荷物まで拾ってくれたのに………」

「あー………」

 

 ヤベェよ、遅れると言っといたとはいえ、時間がないってのに。……あ、じゃあこうしよう。

 俺は財布の中からうちのバイト先の優待割引券を束で取り出した。

 

「これ持って後でうちのバイト先来て下さい」

「へっ?」

「何も買わなくて良いんで。バイトの遅刻の理由の証人になって下さい」

「そ、そんなので良いんですか……?」

「はい。お願いします。………店長に怒られるんでマジで」

 

 俺、店長からの信用ないからなぁ。

 

「わ、わかりました。どこですか?」

「駅の中のテイクアウトの寿司屋です」

「あ、はい。では、後ほど伺わせていただきます」

「じゃ、俺はこれで」

「はい。本当にありがとうございます。それから、すみませんでした」

「いえ」

 

 挨拶を済ませると、俺はダッシュでバイト先に向かった。

 

 ×××

 

 バイト先に到着し「嘘だったら殺す」と言われ、俺はビクビクしながら働いていた。俺がいなかった空白の10分間はかなり忙しかったようで、それを一人で捌いていた同じバイトの人は一言も口を利いてくれなかった。

 しばらくボーッと品出ししてると、後ろから「あのっ……」と声が掛かった。ふと後ろを見ると、さっきのバイトの子が立っていた。

 

「いらっしゃ……あ、さっきの」

「うん。お母さんに言われてここに来たんだけど……」

「お母さん?」

「あれ?さっき、うちの犬に噛まれた人だよね?」

 

 嫌な覚えられ方だな……。

 ていうか、お母さんってもしかして……。

 

「……親子だったの?」

「何だと思ったの?」

「………ば、バイト」

「バイトの人を家にあげて怪我人任せたりはしないでしょ」

 

 グッ……た、確かにっ……!

 

「で、私はどうすれば良いの?」

「あ、ああ、ちょっと待ってて」

 

 とりあえず助かった。殺されずに済む。

 店の中に入って、店長に声を掛けた。

 

「店長、来たよ!俺が助けた人の娘さん!」

「そうか、ご苦労」

「え?か、確認は?」

「いや、別にその腕の包帯見れば分かってたから、後は誰か来れば信用しようと思ってた」

「ああそうすか……」

 

 この野郎……!まぁ、なんかもう良いや。怒る気力もない。

 俺は店の奥から出て来て、娘さんに声を掛けた。

 

「ごめん、もう大丈夫」

「あ、そう?じゃあ、せっかくだから何か買って行くね」

「え?いや良いよ。ここ高いし」

「何でお店の人がそういう事言うかな……」

「だって高いもん……」

「いいよ、流石に顔出すだけは悪いから」

 

 あ、そう。まぁ買って行ってくれるならありがたいけど。

 娘さんは商品を見ると、しばらく悩んだ後にテキトーに商品を二つとった。うちの中の江戸前寿司にしては、比較的安い奴だ。まぁ、そうなるよね。

 

「これで」

「どうも」

 

 優待割引券をもらった。20%引きである。

 

「お会計1174円でございます」

「……1504円で」

「330円のお返しです」

 

 お釣りを渡すと、娘さんは財布にしまって袋を手に持った。去り際に俺の方を向いて言った。

 

「あの、えっと……水原さん?だよね」

「ああ、うん」

 

 何で知ってんの?と思ったが、名札を見たんだろうな。

 

「今日はありがとう、お母さんを助けてくれて」

「っ」

 

 そう言いながら微笑んだ表情は、とても可愛らしい笑みだった。何処かでアイドルでもやってるんですか?と思う程の笑顔。それに見惚れて「助けたって程の事じゃないから」と言いそびれてしまった。

 

「………じゃ、またね」

「え?あ、うん」

 

 娘さんは出て行った。

 ………確か、お母さんの方はあの子の事を「凛」と呼んでたよな。

 

「……………」

 

 今度、あのお店行ってみようかな。犬に気を付けて。

 

 


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