翌朝、目を覚ましてとりあえず起き上がった。布団の中では渋谷さんが寝息を立てている。相変わらず可愛い顔している。あれだけ夜遅くまでゲームやってたら、いびきの一つくらいかいてても良さそうなのに、驚く程静かに寝ていた。
…………これって勝手に写真とか撮ったら犯罪なんですかね。いや、一緒に生放送やるような仲である俺と渋谷さんの関係なら、別にいつでも寝顔くらい見れるし、なんなら今までも結構見て来たけど、今日は何となく写真に納めたくなった。
ま、平気だよね、バレなきゃ。そう思って、スマホを取り出して渋谷さんの顔にスマホを合わせた。カシャっとシャッター音が鳴り、保存された。
よし、任務完了。そう思ってスマホをポケットにしまいながら朝飯を作ろうと思った時だ。ティッシュ箱の角を踏ん付けて足首を捻った。
「っ⁉︎」
身体は大きく傾き、踏んづけた左足で右足を蹴って大きくすっ転んだ。倒れた先には、渋谷さんの布団がある。
あ、これヤバい、と自覚した時にはもう遅い。俺の顔は掛け布団の上に落ちた。布団の上で寝転がってると、渋谷さんがのそっと起き上がるのを感じた。チラッと見上げると、不機嫌そうな渋谷さんが俺を見下ろしていたので、俺は慌てて目を閉じて死んだふりをした。
「…………何してんの?」
「……………」
「………ねぇ、シカト?」
「………ぐほっ」
「………いや、ぐほっじゃなくて」
「………………」
………バレテル。どうしよう、写真撮ろうとしたらティッシュの角を踏んづけて足首捻ってすっ転んだとは言えない。
どうする、言い訳を考えろ。いや言い訳なんて考えようがないよね。渋谷さんが上半身だけ起き上がれてるところを見ると、おそらく膝の上に俺は顔を埋めてるんだもん。どんな偶然があったらこんな事になるのかねって話ですよね。
………いや待て。逆転の発想だ。襲ったことにしちまえば良いんだ。いや、性的な「襲う」ではなく、枕投げ的な「襲う」だ。俺と渋谷さんが友達同士であることを利用すれば良い。
そう決めると俺の行動は早かった。布団を掴んで勢いよく振り上げ、渋谷さんに襲い掛かった。
「ガォー!」
「はっ?な、何をっ………きゃあっ⁉︎」
渋谷さんを掛け布団で包み込み、そのまま敷布団の上に押し倒した。えっと、どうすれば良いんだこれから?まぁ良いや、勢いで誤魔化せ!
「渋谷凛は落とし穴に掛かった!このまま捕獲用麻酔玉を……」
モンハンのアイテムを使った癖に存在しないモノローグを入れながら自分でもわけわからずわしゃわしゃしてる時だ。
「ふんっ」
「あふんっ⁉︎」
驚く程鋭い蹴りが俺の鳩尾を的確にブチ抜き、俺はその場で腹を抑えて蹲った。………ていうか、今の一撃で頭冷えたわ。完全にセクハラじゃん。いや布団一枚間にあるからセーフな気もするけど……。
後悔してると、俺にゆらりと立ち上がる影が掛かった。ヤバい、怒り浸透殺意沸騰か………?なんて思いながら見上げると、思いの外好戦的な渋谷さんが布団を持って立ち上がっていた。
「………なんのつもりか知らないけど、普段の仕返しのつもりならこっちも容赦しないからね」
「へっ?あっ、いやっ………」
「水原鳴海は落とし穴に掛かった!」
「ボフッ!」
布団に包まれた。渋谷さんはかなり手馴れていて、あっさりと俺を布団の中に巻き付けると、その上に馬乗りになった。多分、神谷奈緒さんがよくやられてたんだろうなぁ、可哀想に。
そんな他人の同情をしてるのも束の間、渋谷さんは跨るように布団包みされてる俺の上に寝転がると、俺の両足を掴んだ。
「っ?な、何する気………?」
「寝てる女の子を襲った事を後悔させてあげる」
「……………へっ?」
直後、足の裏をくすぐられた。
「あっひゃひゃっふぁふぁっ!やっ、やめっ…やめろぉおおおお‼︎」
「絶対嫌」
「ふぁひゃひゃひゃひゃひゃ!」
こ、こいつ………!なんでこんなにイキイキしてやがるんだ⁉︎
体をよじらせようにも文字通り手も足も出ないしどうしようもない。………待てよ?俺の上に渋谷さんは寝転がり、俺の足の裏をくすぐってるって事は、今俺の顔の方に向いてるのは………。
恐る恐る下を見ると、パジャマ越しとはいえ目の前で俺の上から何とか落ちないようにしようとしてる渋谷さんのお尻が超揺れていた。
「おおおおっふぁっふぁっふぁ⁉︎」
「どうする?謝る?」
「あっ、あやっ……謝ります!謝りますから退いてっはははは!」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなふぁっはははははは‼︎」
「ちゃんと言えるまでやめないからねー」
バカやろっそれどころじゃねぇんだよ‼︎すごい、目の前がすごいフリフリしてる!無自覚って怖い!
「ごめんなひゃい!ごめんなひゃい!ごめんなしゃ……はははは!」
「うん、良し。これに懲りたら下克上なんて考えないこと」
「はぁ、ひぃ……」
息を切らしながら、俺は布団から脱出した。朝からすごいもの見てしまった………。実は前から考えてた下克上はやめておこう………。俺年上なんだけどな………。
そんな俺の気も知らずに、渋谷さんはマイペースに言った。
「じゃ、着替えるから。向こう向いてて」
「………ごめん、渋谷さん。今日は洗面所で着替えてくれる?」
「? なんで?」
「………いや、ちょっと色々と事情が……」
「まぁ、良いけど………」
渋谷さんは洗面所に向かった。今、下着になられて何かの間違いで見てしまったら色々危ないかもしれないからな。
そう思いつつ、俺も着替え始めた。
×××
朝からハードな体験をしてしまったが、まぁそれは良い。料理をして心を落ち着けたから。
二人で朝食を終えて渋谷さんに聞いた。
「今日はどうする?」
「んー、モンハンはー……夜でも出来るし………」
「え、夜やるの?明日、仕事って言ってなかったか?」
「あー………そっか。そうだったね。じゃあ、今日はモンハンやる?」
「休日の昼間っからゲームってそれで良いのか、JK」
「んー、じゃあ出掛ける?と言ってもお金ないでしょ?」
確かに、モンハン買ったし金ねーわ。じゃあ、今日はモンハンしかないかな。
お金をかけないで遊ぶ方法………。小学生の頃はよくカードゲームとか鬼ごっことかしてたっけな………。いつからお金を使わないと遊べなくなったんだろう。
「んー、じゃあハナコの散歩は?」
「端的な死刑宣告?」
「だよね………」
それなら金使ってでも出掛けた方がマシだ。むしろ、金払うから勘弁して欲しいまである。
「じゃ、今日は私の買い物に付き合ってもらおうかな」
「は?」
「私、夏物の服が欲しいから。それの荷物持ちとかどう?」
「まぁ、それなら良いけど」
「よし、決まり」
服屋かー。荷物持ちにされる未来しか見えないが、そもそも俺に金がないのが悪いんだし仕方ないよね。
歯磨きをして、一応財布を持って出掛けた。しかし、デパートとかあんま行かないんだよな。駅に行けばあるにはあるけど、中は入った事ない。正直、服とかあんま興味ないけど、せっかく行くなら少し見ておこうかな。
「夏物ってどんな服着るの?」
「んー、私は割と大人しい奴が好みかな。ピンクとか黄色とかそういうのはあんま着ないから」
「あー確かに渋谷さんは青とか合いそうだよね」
「うん。青とか紺とか……まぁ、組み合わせによって服の色とか変わるんだけどね」
「そういうものなのか………」
「やっぱり。思ったけど水原くんってあんまオシャレとか気にしたこと無いでしょ」
「うっ………し、仕方ないだろ。一人暮らしだと服とか最低限のものしか買えないし………」
「まぁね。でも、少しは気を使った方が良いよ。じゃないとモテないし」
「…………別に、彼女は欲しいけど作るのは半分諦めてるから良い」
「意外。彼女とか欲しいんだ」
そりゃ少しは欲しいとか思うよ。でも、俺は身長も低いし友達も渋谷さんしかいないし、何より友達を作ろうとすればいじられるキャラが定着してしまっている。いじられキャラは基本的に合コンの幹事とか司会と一緒でモテないそんな役回りになることが多い。
だから、少なくとも高校出るまで彼女作るのは諦めているし、諦めるべきだと思っている。
「まぁ、諦めてるけどね。そういうのは大学で頑張るよ」
「なんで?高校に良い子いないの?」
「いないよ。高校生活が始まって一年と三ヶ月過ぎたけど、一番話すのは渋谷さんだけだよ」
「えっ……わ、私?」
「うん。何なら男女含めて話すのは渋谷さんが一番多いかも」
「………これからはもっと遊ぼうね。いつでも呼んでね」
「………同情はいらないから」
他の友達とか一切いないわ。いじられキャラを認めれば友達作れるだろうけど、もう彼女作るための捨て駒になるのはゴメンだ。
そんな話をしてると、駅のデパートに到着した。店の中に入り、渋谷さんは慣れた様子で服屋に向かった。俺はその後ろをついて行く。………レディース服ばかりだな。俺、ここにいて良いんかな。
ビビってると渋谷さんが前から俺の手を握った。
「離れてると変質者扱いされるよ」
うっ、た、確かに。ここレディース服だし。でも急に手を握られると少しドキッとするのでやめていただきたい。いや、今更恥ずかしがること無いかもしれないが。
渋谷さんは無理矢理俺の手を引っ張って自分の隣に立たせると、ようやく手を離してくれた。
「隣にいないとストーカー扱いだからね」
「は、はいっ」
「前にプロデューサーが私と奈緒と加蓮の後ろからついて来てたら知らない間にお店の人に注意されて軽く警察沙汰になってたから」
服屋って電車の中以上に冤罪が生まれるんじゃないだろうか………。まぁ、とにかくそういうことなら従おう。渋谷さんの隣を歩いた。今更だけど、渋谷さんとほとんど同じ身長って高二男子として少し情けない。今日は牛乳飲もう。
しかし、改めてこうして歩いてると、周りの人から見たら俺と渋谷さんはどう見えてるのだろうか。渋谷さんって表情はクールだし帽子を被ってるとはいえ、髪は長いのでどう見ても女性だ。仮にも同じ歳くらいの男女が歩いていたら、少なからずカップルに見えたりするものだろうか。
別にどう見られようが、ここですれ違った人達と二度と会うことはないのだし、俺と渋谷さんは友達同士であることには変わらないから良いんだけど、気になるには気になる。どこまで小心者なんだ俺は。
すると、渋谷さんは良さそうな服を見つけたのか足を止めた。グレーのカーディガンだ。
「…………」
黙って手にとってその場で着始めた。ちょっ、勝手に着てしまって良いのか?店員さんとかにバレたら怒られるんじゃ………!
「大丈夫だよ、別に試着くらい」
「心を読むなよ………」
「表情を読んだんだよ。どう?」
言いながら、渋谷さんはカーディガン姿を俺に見せてくれた。とても似合っているけど長袖じゃんそれ。
「…………夏なのに長袖着るの?」
「そういう見方しか出来ないわけ?」
「いや、だって夏に長袖って………」
「良いの。女の子は実用性よりもオシャレだから」
そういえば、モンハンも最初は外見重視にしてやがったな………。最近はようやくガッチガチのガチ装備してくれてるけど。
「それに、このカーディガンは生地薄いし平気だよ」
「まぁ、そこまで言うなら………」
「それよりどう?似合う?」
ふむ、似合う?か………。まぁ、似合うには似合っているけど……。
「素人意見で良ければ」
「ん?良いよ」
「グレーより白のが良さそう」
「………白?私が?」
「あ、いや素人どころかオシャレの『お』の字も知らない俺だからそう思うだけで、俺なんてセンスのかけらもないと思うし!」
「んー………まぁ、着てみても良いけど………」
そういうわけで、渋谷さんはグレーのカーディガンを脱いだ。それを俺は預かり、ハンガーに掛けてる間に白のカーディガンを着始めた。
普段、明るい色は着ないからか、さっきとは違って少し恥ずかしそうに聞いて来た。
「…………どう?」
「あ、ダメだ。グレーの方が良いや。全然似合ってない」
「………結構はっきり言うね」
「いや、俺が着させたわけだし、そこはハッキリ言わないと」
渋谷さんから白のカーディガンを預かり、元の位置に戻した。しかし、頭の中でイメージしてる事と実際は大分変わるんだな。オシャレってやっぱ難しい。
ふむ、と顎に手を当てて渋谷さんと他の服を見比べてると、渋谷さんからボソッと声が聞こえた。
「んー、まぁ気を使われるよりマシかな」
「へっ?」
「いや、プロデューサーとか、よく気を使って何でも似合う似合う言うから」
「ふーん………」
俺、そのプロデューサーって人知らねえんだけどな。まぁ、比較対象に出すという事は男の人なのだろう。
「それに、割と真面目に選んでくれるんだね」
「それは、まぁ………せっかく一緒に来てるんだし、何か言わないと意味無いかなって………」
「まぁ、そうだけどさ」
「あ、でもセンスないから黙ってた方が良いかな」
「そんな気を使わなくて良いよ。何か言ってくれた方が私も楽しいし。足を引っ張られても」
「お、おう………」
それ結局どっちなんですかね………。まぁでも、そういう事なら何か言おうかな。そう思って、とりあえずバレないようにスマホでオシャレについて調べ始めた。