渋谷さんと友達になりたくて。   作:バナハロ

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友達の友達を友達だと思わない事が友達を失わないコツ。

 放課後。渋谷さんに一緒に帰るのを誘われ、俺は一人で校門の前で待機していた。もう6月の後半なだけあって暑い事には暑いが、去年と比べて涼しい方なのでまだ耐えられる。

 それに、グラブルをしていれば1日3回ずつしかないマグナ討伐でSSRの落ちない焦りから涼しくなって来るはずだ。けど何故だろう、イライラして体温が上がって来てる気しかしない。相変わらずシュヴァリエとセレストはケチだな。

 

「おい」

 

 何処かから声を掛けられた。渋谷さんの声では無い。この学校に俺に声をかけてくる奴が渋谷さん以外にいるか?いないね。つまり、俺に声をかけたわけではない。よって、グラブルを再開した。

 

「おい、おーい」

 

 なんだよ、しつこいな。本当に俺に声をかけてる?………あ、もしかして渋谷さん以外に俺と友達になってくれるって人かな。何それ嬉しい。

 ふと顔を上げてみると、別の高校の制服を着た女の子が立っていた。ていうか、神谷奈緒だった。

 

「………あっ、神谷奈緒さん」

「あ、あたしのこと知ってるのか?」

 

 そりゃ、普段渋谷さんからアイドルの友達の話を聞くときに毎回出て来るからな。たまに写真も見せてくれるし。

 …………あれ?でもそれだけだよね。

 

「………あれ、俺って神谷奈緒さんと面識ありましたっけ?」

「ないぞ」

 

 思わず質問すると、神谷奈緒さんは首を振った。じゃあ何の用だよ。完全に俺に声かけてたよな。

 

「お前、凛の友達の水原鳴海だろ?」

「そうですけど………」

 

 何で知ってるんだ?いや、名前くらい知っててもおかしく無い。渋谷さんから友達の話を俺が聞くことがあると言うことは、その逆もあり得るからな。

 …………だが、問題はここからだ。俺の顔を知ってると言うことは、俺の写真を見たと言うことだ。渋谷さんの持ってる写真は、この前出かけた時のプリクラと女装写真しかない。女装の写真もマズイが、それ以上にプリクラがマズイ。

 あのプリクラはどっからどう見てもバカップルそのものだ。346事務所が恋愛禁止なのか知らないが、禁止だとしたら渋谷さんが怒られるかもしれないし、カップルでないと理解してくれても、パンピーとあんな距離近く写真を撮ってるのだ。怒られるのは免れない。

 

「…………あの写真見たんですか?」

 

 渋谷さんが知らない間に俺の写真を撮っていた可能性に賭けるのと、どっちの写真を見たのかを知るつもりで聞いてみた。

 

「ああ、見たよ。お前ら仲良すぎ。バカップルかと思ったぞ」

 

 そっちかよ、よりにもよって。どうしよう、もし下手に向こうのプロデューサーさんとかの耳に入ったら最悪だ。

 

「………誰かに言ったりは?」

「してない。まぁ、加蓮と卯月が一緒に見てたくらいだ」

 

 よし、ならとりあえず本当のことを言っておくか。

 

「あの、俺と渋谷さんは別に付き合ってなんていないので………。それだけ、そのお二人に伝えてもらってもよろしいですか?」

「そんなこと分かってる。ていうかそんな話をしに来たんじゃ無い!」

「えっ、なんですか」

 

 そうだよ、そもそも何しに来たんだよこの人。ていうか何で俺が怒られたんだよ。

 若干、心の中で文句が湧き上がってると、神谷奈緒さんは俺をジト目で睨んで言った。

 

「お前、凛によくいじられてるみたいじゃないか」

 

 あの人は一体、どんな事を友達に話してくれやがってるのか。マジで女装の話はしてないんだろうな。俺だってしたくてしたわけじゃねぇぞあれ。

 

「いや、まぁそれはそうですけど………」

 

 てか、仮にそうだとしても何が言いたい。君に関係ないじゃん。まさか「そのポジションはあたしのだからな!調子に乗るなよ!」とでも言いに来たのか?

 

「そのポジションはあたしのだからな!調子に乗るなよ!」

 

 まさかの完コピである。テキトーに想像したのに口調まで揃えて来てまぁ。なんだこの人。

 

「ていうか、神谷奈緒さんは渋谷さんにいじられたいんですか?」

「なっ………⁉︎そ、そんなわけないだろ⁉︎それじゃ、まるっきりマゾじゃないか!」

「違うんだ。てっきり、そんな感じのこと言ってるのかと思ってました」

「ちっ、違う!い、いじりたいならいじられてやっても構わないがっ………!お、お前にじゃないぞ、凛にだぞ!」

 

 おい、どんなツンデレだ。それは告白か何かなの?

 しかし、なんというか………何?この人がいじられる理由はよく分かった。確かに、いじりたくなるというか、むしろいじられる星の下に生まれてるまである。

 

「だ、大体っ、お前にそんなこと言われたく無い!男の癖に歳下の女の子にいじられてる癖に!」

「は、はぁ。確かに自分でも情けないとは思いますが」

「お、おう………。も、もしかして気にしてたのか?わ、悪い……」

 

 え、なんか今度は突然謝られたぞ?この子、もしかして良い子なのか?いや、悪い子だとは思っていないが。

 

「あ、いや全然気にしてませんよ。それに、渋谷さんが楽しそうにしてるので、俺も別に良いかなって思ってますし」

 

 今までの奴は俺をいじる事によって別の目的を得ていたが、渋谷さんは違う。俺をいじる事を楽しんでいる。それなら別に構わない。元々、いじられやすいというのは俺が情けないのが原因だし。まぁ、俺も別にいじられたいわけではないが。

 すると、神谷奈緒さんは、今度は意外なものを見る目で見て来た。

 

「……………」

「な、なんですか」

「いや、何でも無い。凛は良い男を見つけたな、と思っただけだ」

「は?俺と渋谷さんは付き合ってませんけど?」

「そういう意味じゃない。………とも言い切れないが、まぁ良いか」

 

 なんなんだ一体。

 

「でも、凛の中のそのポジションを譲るつもりはないからな!」

 

 ほんと、なんなんだ一体。

 

「あたしはな、お前も凛が知り合う遥か前から凛のいじられキャラとして定着してるんだ!それを取られたくない!」

「やっぱいじられたいんじゃないですか」

「ちっ、違う!そういうんじゃないってば!」

 

 誰かー、通訳呼んでくれー。

 

「何言いたいのかイマイチ分かりかねますけど、それなら渋谷さんに直接言って下さいよ。俺関係ないじゃないですか」

「そっ、そんなのなんて言えば良いんだよ!」

 

 ふむ、確かに。言ったとしても「りっ、凛!あたしをもっといじられてやっても良いんだぞ⁉︎」と日本語が破綻させながらよう分からん事を言う未来しか見えない。

 

「じゃあ、神谷奈緒さんは俺に何をして欲しいんですか?」

「………おい、まずはその『神谷奈緒さん』って呼び方を何とかしてくれ。なんでフルネームなんだよ。奈緒で良い。それと、同い年だから敬語も良い」

「えっ………」

 

 敬語はともかく、女の子を下の名前で呼ぶのか………?少し照れるんだけど……。でも、本人の指示なら仕方ないか……。

 

「じ、じゃあっ………な、奈緒………」

「………何照れてるんだ?」

「いやっ、別に………」

…………なるほど、こういうとこか。凛がからかう理由は

「それで、何して欲しいんですか?」

 

 なんか小声で呟いてた気がしたが、さっさと話を切り上げたいので再度問い掛けると、奈緒は急に黙り込んで俯いた。言いにくいことなのか、或いは何も考えてないのか。どちらにせよ嫌な予感しかしないぜ。

 やがて、ようやく奈緒が口を開こうとした時だ。ドスッと後ろから俺の脇腹に指が10本差し込まれた。

 

「お待たせっ」

「っぴゃんっ⁉︎」

「うえっ⁉︎」

 

 思わず酒匂な声を上げて飛び上がってしまった。お陰で奈緒にも悲鳴が伝染した。後ろを見ると、渋谷さんが立っていた。

 

「しっ、渋谷さん!何するんだよいきなり!」

「ごめんね、日直だったから遅れた」

「遅れた方の理由は聞いてないからね⁉︎」

「それより、誰と話して………あれ?奈緒?」

「ねぇ、聞いてる?人の話聞いてる?」

 

 鮮やかに無視して俺の後ろの奈緒に目を向ける渋谷さん。

 

「何でここにいるの?」

「…………」

 

 聞かれるが、奈緒はむしろ俺を気に入らないものを見る目で見ていた。どんだけいじられたいんだよ、この人。

 

「奈緒?聞いてる?」

「っ、な、なんだ?凛」

「いや、なんでここにいるの?って」

「お、おう………。えっと、その、なんだ?」

 

 ………何だよ、この事態は想定してなかったのか?普通、一番に想定するところだろ。

 正直に話せよ、と一瞬だけ思ったが、今回のこれは正直に話せない内容ではある。ここは助け舟を出してやるべきだろうな。

 

「あー、渋谷さん。実は俺と奈緒は………」

「『奈緒』………?」

 

 少し前にゲーセンで知り合ったんだよ、と続けようとしたのに目からビームを撃ちそうな勢いで睨まれたので萎縮してしまった。待って、今なんで怒ったの?どういう事?

 チラッと奈緒を見ると、奈緒は俺の背中に隠れたまま涙目になっている。こいつ、何処までも勝手だなオイ。

 

「………奈緒と、何?」

「……………」

 

 ダメだ、俺も声が出せないや情けない。歳下の女の子に、歳上2人が揃ってビビりまくっていた。

 

「…………なんでも無いです」

「何?」

「………先程知り合っただけの仲です……。奈緒と呼べ、と言われたのでそう呼ばせていただいています……」

「ふーん………。まぁ、どうでも良いけど。それじゃ、帰ろうか。鳴海」

「ふえっ⁉︎いっ、いきなり何⁉︎」

「? 何が?ほら、行こうよ鳴海」

 

 な、何でいきなり名前呼び………。わ、分からない………。女の人って本当に………。

 

「じ、じゃあ、奈緒……。俺達もう行くから」

 

 とにかく、奈緒がここにいるともうダメだと思ったので切り離し作業に入ろうとした。

 

「え、あ、あたしも行くよ!」

 

 お前空気読めよ!何も分かってないのかお前は⁉︎

 渋谷さんは今日はオフらしいから、この後は渋谷さんの家でゲームだと思うんだけど………。

 そんなわけで、三人で帰宅し始めた。男1:女2、それも女の方はアイドルという誰もが羨ましがるシチュエーションなのに、全然嬉しく無い。だって会話が一切無いんだもん。渋谷さんは不機嫌で、奈緒は怯えている。まるで喧嘩中の二人の間に挟まれてる気分だ。

 

「き、今日はこの後どうする?」

 

 何とか会話をしようと話題を提示してみた。

 

「お金ないんでしょ?」

「無い」

「じゃ、私の部屋でゲームしよう」

「っ⁉︎りっ、凛の部屋に行くのか⁉︎」

「ああ、うん。俺、金無くて」

「これからしばらく電気代の節約のために私の部屋でゲームする事になったってだけ」

「だ、だけって………」

 

 ………あー、まぁ奈緒が顔を赤くするのも分かる。俺と渋谷さんは友達だけど、普通はあまり異性がお互いの部屋に入ったりするものじゃないからなぁ。

 

「あ、奈緒。モンハン持ってる?もしアレなら一緒にやろうぜ」

 

 我ながら良い事言った。ゲームはすべての諍いを解決できる。知り合い同士なら尚更な。

 

「良いね、奈緒も一緒にやろうよ」

 

 さっきまで不機嫌だった癖に、渋谷さんも突然ノリノリになった。まぁ、ゲームは大勢でやる方が楽しいしな。

 

「3○Sならあるけど、モンハンは………」

「じゃ、今から買いに行こうか」

「まぁ、それくらい良いけど………。あたしも一緒に行って良いのか?」

「良いよ。………良いよね?鳴海」

「う、うん………?」

 

 あの、名前呼び少し慣れないんだけど………。てか、何で今少し睨んだの。

 そんなわけで、近くの古本屋にきた。ここなら古本屋なのにゲームだろうと何だろうと何でも置いてある。奈緒が中古のモンハンを手にとってレジに並んでる間、二人きりになれたので渋谷さんに不機嫌の理由を聞こうと声を掛けた。

 

「ね、渋谷さん」

「……………」

 

 あれ、返事がない。なんでだ?ていうか、なんでむすっとしてんの?

 

「………渋谷さん?」

「……………」

「あの、怒ってる………?」

「……………」

 

 …………いや、怒ってるよなこれ、聞くまでもなかったわ。なんでだろ。俺、何かしたかな。内心、焦って原因を探ってると、若干ぷくっと膨らんだ顔のまま口を開いた。

 

「………私の方が、奈緒よりも友達歴長いよね」

 

 うおっ、いきなり何の話だ?ていうか友達歴って何?俺が知らないだけかその単語。おそらく、友達としての歴史の事だと思うが……。

 

「そ、そうだね。奈緒とは友達ですら無いし」

 

 さっき会ったばかりだからな。

 

「………それなのにさ、なんで私は苗字にさん付けなの。奈緒は下の名前で呼び捨てなのに」

「…………えっ?」

「………なんか、負けた気がする」

「えっ、あの……もしかして、突然俺のこと下の名前で呼び始めたのって………」

「…………」

「おふっ⁉︎」

 

 突然、脇腹を突かれたが、文句は出てこなかった。なんか、今の話を聞いた後だと、初めて渋谷さんが年下って感じがしたような気がした。てか、余りにも可愛すぎた。その後の脇腹への照れ隠しがまた余計に可愛い。

 その事がおかしくて可愛くて思わずニマニマしてると、顔を若干赤らめた渋谷さんが俺の肩を殴った。

 

「………その顔ムカつく」

「ムカつかれても良いや」

「〜〜〜ッ!」

「あっはっはっはっ、痛いから何発も殴るのやめて泣きそう」

「っ!っ!っ!」

「痛いってば。謝るから殴るのやめて」

 

 何でこんな肩パン上手いんだよ……。これ今日は腕上がらねーよ。

 まぁ、つまり渋谷さんの事も「凛」と下の名前で呼べということなんだろう。少し照れるけど、まぁ人の名前を呼ぶのは慣れだ。

 すると、奈緒がレジから戻って来たので、早速声をかけてみた。

 

「よし、じゃあ行こうか、凛」

「………うん、鳴海。照れてるのバレてるからね」

「……………」

 

 ………やっぱ呼ぶのも呼ばれるのも恥ずかしいです、はい。

 

 ×××

 

 この時、俺はまた同じ過ちを繰り返したことに気付いていなかった。

 

 


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