金曜日の夜。加蓮はパソコンをカチカチと見ていた。山手線の二人の動画が始まるまで残り5分程。それまでの間、手を止めてぼんやりと画面を眺めていた。
しばらく眺めてると、パッと画面が映った。バルファルクと山手線が競争してるコラ画像だ。先週の放送ではなかったはずだ。まぁ、凛にそんなスキルがあるとは思えないので、おそらく水原鳴海とやらがやったんだろうと容易に想像出来た。
上野『あっ、あー。聞こえる?聞こえてます?みなさん』
鳴海改め上野の声が聞こえて来た。予定の時間より、まだ4分早い。
上野『すみませんね、もうあと4分あるので、それまで少々お待ちくださいませ』
初めてここで画像を出したからわざわざ一言置いたのだろう、とすぐに加蓮は察した。
しばらくそのまま待機してると、コンコンとノックの音が聞こえた。パジャマ姿の卯月と城ヶ崎美嘉が入って来た。
「あ、加蓮ちゃん。始まっちゃった?」
「ううん、まだだよ」
「何なの?面白いものって」
「良いから座って座って」
美嘉にこれから何を見せるかは伝えていない。とにかく面白いことがあるから泊まりに来い、との事で誘ってある。二人は加蓮の隣に座ってパソコンの画面を見た。
「………え、何これ。どういうこと?」
美嘉がキョトンとした顔で聞くが、二人とも説明を加えようとしない。加蓮はニコニコ微笑みながら言った。
「まぁまぁ、とにかく見ててよ」
「にしても、凛ちゃんの生放送かぁ。少し楽しみだけど、少し怖いね………」
「生放送?」
「あー、美嘉は気にしないで」
そう言いながら、確かに加蓮にも不安はあった。毎回毎回延長している。と、いうのも、凛……渋谷が死にまくるからそうなるのだが。
「そういえば、結局奈緒ちゃんは来ないの?」
「うん、一応誘ったんだけどね………。なんかどうしても外せない予定があるとか何とか」
「そうですか………」
「ま、予定があるんじゃ仕方ないよ」
「あ、お菓子と飲み物用意しといたから食べて良いよ」
「あ、ありがとうございますっ」
そんな話をしてると、放送が始まった。画面は変わっていないが、声が聞こえて来た。
渋谷『えー、皆さんこんばんは。山手線渋谷駅です』
上野『上野駅です』
渋谷『今晩もね、上野さんが私の所に遊びに来たと言うことでしてね』
んんっ?と美嘉は眉をひそめた。明らかに聞き覚えのある声だ。上野の方はともかく、渋谷の方はほぼほぼ間違いなかった。
「………え?凛ちゃん?」
「当たり!」
「何してんのあの子⁉︎」
「ゲーム実況ですよ?」
「ブハッ!」
今度は吹き出した。さらにあり得ない言葉が卯月から何食わぬ顔で飛んで来て、笑いと驚きが混ざり合っていた。
「げ、ゲーム実況⁉︎凛ちゃんが⁉︎加蓮は知ってた⁉︎」
「うん」
「卯月も⁉︎」
「私は見るの初めてですよ?知ってはいましたが」
「まぁ、とりあえず見ようよ」
加蓮に言われて、画面を見た。
上野『そこでですね、渋谷さん。実は今晩、ゲストがございまして』
その言葉に、加蓮と卯月は「んっ?」と声を漏らした。ゲストとは珍しい。まぁ、まだ5回目の生放送なのだが。
渋谷『ほう!それは一体どちら様です?』
「プハッ!凛が『ほう!』って…………!」
「美嘉、抑えて」
上野『池袋駅!入って来て下さい!』
池袋『ぷっ、プァアアァア〜ン……間もなく渋谷、渋谷。お出口は』
聞き覚えのある声に、今度は三人が噴き出した。
上野『いやもう着いてるから。本当に間ぁ無いから』
渋谷『プッはっはっはっはっはっ!』
上野『いやいや笑ってないで続けて下さいよw』
渋谷『っふふっ……こ、これはこれは池袋駅!初めましてどうも!』
池袋『お、おうっ。うっ、上野駅にっ……突然、呼ばれてな……!』
若干、照れた声で途切れ途切れにそう言う池袋の声は、どう聞いても奈緒の声だった。それに、加蓮も卯月も美嘉もお腹を抱えて笑い始めた。
「なっはっはっはっ!なっ、奈緒っ……!な、何してんの………!」
「奈緒ちゃん……っ!ふふっ、ぷふふっ………!何で池袋……!」
「いやいやいや!凛ちゃんの下手な演技もっ、ぷはっはひ………!」
三人揃って悶えてる間にも放送は続いた。
上野『と、いうわけでですね。今回はこの三人で、クエストの方を進めて行こうと思っていますので、皆さんどうぞよろしくお願い致します』
渋谷『ちなみに、アレですか?池袋さんはこれからずっとれぎゅらーですか?』
上野『いやいや、それは今日の活躍によっては採用してやっても構わないということで………』
池袋『無理矢理連れて来ておいてなんで上からなんだよ!』
渋谷『上野だけに?』
池袋『プフッ』
上野『いやそんなゴミみたいなダジャレいいから始めましょうよwww』
渋谷『〜〜〜っ!(爆笑中)』
池袋『〜〜〜ッ!(伝染)』
上野『いつまで笑ってんねんお前ら………!話進まねえからはよしろやッ………!』
と、まぁ三人の笑いが重なること10秒、ようやく笑いの引いた渋谷が電源を入れた。
基本的に、画面は渋谷の画面が映り、上野と池袋はその画面の後ろをチョロチョロと動く、という事になる。つまり、渋谷が落ちると誰も画面に映らないということになってしまうのだ。それでも何度も落ちてるのが渋谷なのだが。
渋谷『では……今回の討伐目標を発表しましょう』
池袋『まぁ、今回はね。あたしが初めてということですのでね』
渋谷『バルファルクのG級を、狩ろうと思っています』
上野『前回とあまりレベル落ちてないんだけどwww』
渋谷『それで池袋さんはモンハン歴はどれくらいで?』
池袋『5日』
渋谷『いwつwかwww』
上野『安心してください、渋谷さん。俺がこの5日間、ほとんど毎日鍛えていたので、まぁ少しは役に立つと思いますよ』
まぁ、実際はほとんど毎日三人でプレイしていたのだが。
放送の様子を笑い終えた美嘉はぼんやり見ながら、キョトンとした様子で加蓮に聞いた。
「この上野って人は誰なの?」
「その人は凛の友達。水原鳴海って言うんだって」
「………ふぅーん?後で詳しく」
凛への加害者が一人増えた瞬間だった。
生放送は続き、ようやく集会所に全員が集まった。
渋谷『実はですね、わたくし前回の敗戦を機に、とうとう私の天職というものを発見しました。その名も、太刀です』
上野『それ職じゃなくて武器でしょ』
渋谷『いやほんとに。太刀にしてからもうバルファルクなんてランポスと変わらないから』
上野『いや変わるでしょ間違いなくwww』
渋谷『いやほんとに。ていうか、上野さんも武器変わってません?』
上野『ああ、俺も変えたよ。双剣に』
渋谷『池袋さんは何使うんですか?』
池袋『あたし?あたしはハンマーだけど』
渋谷『誰も盾も遠距離も持ってないんですけどwww』
上野『じゃあ、とりあえずバルファルク行きましょうか』
三人で遺群嶺に向かう様子を、加蓮と卯月と美嘉は爆笑しながら眺めた。
×××
1時間が経過した。バルファルクの突きが渋谷を貫通し、力尽きた。これによってクエスト失敗5回目である。
渋谷『ちょっ、待ってよ!それは無理でしょ』
上野『頼むから学習してくれwその突きエリアルで跳ぶのは無理だからwww』
池袋『何してんのほんとにさぁwww』
渋谷『いや池袋に笑われたくないんだけど。空中からの急降下全然避けれてないし』
池袋『いやいや!あたしはまだ始めて5日だから!』
上野『俺から言わせりゃどっちもどっちなんだけどな………(小声)』
池袋『…………』
渋谷『…………』
上野『痛い痛い!無言で叩かないで!』
渋谷『とにかく、もう一回行くから』
リスナーによって草まみれになっている画面を見ながら、美嘉はボソッと呟いた。
「なんか、あれだね。上野って人良い人だね」
「? そうなの?」
「私達は会ったことないので分かりませんけど……そうなんですか?」
「いや、何となくそう思っただけ。このゲームの難易度がどれくらいなのかわからないけど、凛ちゃんと奈緒ちゃんが下手なのはよく分かる。その二人に文句一つ言わずにここまで付き合ってあげてるんだから偉いなーって」
「そりゃまぁ、生放送だからね」
「あーでも確かに。そう言われるとそうかもしれませんね」
「あとちょくちょく後ろに映ってるのしか見えないけど上手いよね。たまにモンスターに乗ったりしてるし、攻撃ほとんど受けてないし、自分がHP全快なのに二人のHP減ったら全体回復アイテムみたいなの使ってるし」
「それは普段、凛から聞いてるよ」
「ていうか、他2人がそんなに上手くないからなんじゃ………」
そんな話をしてる間にリトライし始めた。渋谷はキャンプに飛ばされ、移動し始めた。
「でも、確かに上野と知り合ってから凛って少し明るくなったよね」
「あー確かにそうですね。事務所に来る時はたまに目の下にクマがクッキリと出てますけど」
「でしょ?これはラブコメの波動を感じるよね」
「うん。てか、もう話すわ。凛と上野……ていうか水原さんで良いや。水原さんってさ、ほとんど付き合ってるんだよね」
「………へっ?どういうこと?」
「んー、なんていうか……友達だって言い張る割りに距離感がおかしくてさ」
「確かにそうですね………。凛ちゃんと水原さん、すごい仲良いですもんね」
「そうなの?……いや、でも男女間の仲良いって言っても……」
「泊まりまでしてるからね」
「………はっ?と、泊まり……?」
「しかもゲームやっててそのまま寝落ちっていう泊まりの仕方」
「あとあれですね。プリクラとか撮ってますね」
「それくらい普通じゃないの?」
「異性で肩を組んだり頬をくっ付けたりしてても?」
「…………付き合ってないの?それ」
美嘉の確認に、卯月と加蓮は自信なさげに頷いた。
「じゃあ、奈緒ちゃんは?」
「それは知らない」
「はい。何で二人の間に入ってるのかすらイマイチ分かってませんから」
「分かってないんだ………」
そんな話をしてると目の前でバルファルクがダウンした。そこに渋谷が大タル爆弾を置き、それに気付かなかった池袋がハンマーで爆弾をぶん殴って二人揃って爆破して力尽きた。
「……ぷふっ」
「何してんのあの二人本当に………!」
二人でキャンプに戻され、アイルーの荷車に運ばれてその辺に転がされた。
池袋『痛い痛い!ぺちぺち叩くな!』
渋谷『ちょっとさ、お願いだから池袋周り見てくれない?』
池袋『こんな序盤から爆弾使うなよ!』
渋谷『いや、そうじゃなくても味方をハンマーでぶん殴り過ぎだから』
笑いながら二人がそんなやりとりをしてる時だ。画面に【上野が力尽きました】の文字が出た。
それによって、もはや声にも出ない笑い声をあげる二人と加蓮達三人。
渋谷『っ………っ……なっ、何してんの上野しゃん……!』
上野『二人がアホ過ぎて笑ってボタン動かせないんだよ!』
報酬が0になり、また最初からである。そんな段々とアホ一色になって来た生放送を見ながら、美嘉はボソッと呟いた。
「………あたしもやってみようかな」
「「っ⁉︎」」
その言葉に、卯月と加蓮が大きく反応した。
「な、何言ってんの⁉︎やめなよ美嘉!」
「そ、そうです!二人はたまたま人が集まったからかもしれませんが、普通生放送ってこんな簡単に人来ないらしいですから!」
「いやいや、生放送じゃなくて。モンハンを」
「え、み、美嘉がゲーム………?」
「うん。面白そうじゃない?」
「面白いんだろうけど………」
「良いですね!実は私もやりたかったんです!美嘉ちゃん、一緒にやりませんか⁉︎」
「卯月⁉︎」
「良いね、じゃあ早速明日にでも買いに行こうか」
「はい!」
「っ、わ、私も買うからね!」
ゲーマーが三人増えた瞬間だった。
×××
さらに一時間半が経過した。バルファルクに上野が乗ってダウンを取った。倒れてる所に、乱舞でフルボッコにした。
渋谷も鬼神斬り、池袋もハンマーをぶん回しながら回転し始めた。ダウンが終わり、立ち上がったバルファルクは翼を360°に振り回したが、それをも上野は回避すると乱舞を繰り返す。狂走薬グレートによってスタミナが減らないため、鬼神化は途切れなかった。
しばらく攻撃を回避したまま至近距離で斬り続けていると、ようやくバルファルクが足を引きずり始めた。
渋谷『来た!イケる!』
池袋『どうする?捕獲する?』
上野『いや罠効かないから。このまま殺しましょう』
さらに上野はちょうど良いところに段差があったため、そこから飛び降りて狩技を使って尻尾を切断し、怯んだところを渋谷と池袋がまた叩き始めた。
上野『どうぞ、あと少しで死ぬと思うんでやっちゃってください』
渋谷『よっしゃ!オラァッ‼︎』
池袋『ボッコボコにしてやる!』
上野『倍返しだァアアアアッ‼︎って?』
そんなトークをしながらバルファルクを叩いてると、池袋のハンマーが後ろから渋谷を思いっきり殴り上げた。
池袋『あ、ごめん』
渋谷『あんたほんと良い加減にしてくんない?本当に』
池袋『な、なんだよ!わざとじゃないんだから仕方ないだろ!』
上野『いやいいから戦って下さいよw』
バルファルクがまた立ち上がって足を引きずり始めた。それを見るなり、上野は閃光玉を投げた。
上野『とりあえず押さえときますね』
池袋『よしきた!今だー!やれー、やれー!』
渋谷『次、誤打したらほんとに叩くから』
池袋『あっ』
渋谷『………』
池袋『叩くなって!脇腹を突くのもやめろ!』
上野『もう俺がやっちゃいますよ?』
池袋『それはダメ待って!』
大慌てで池袋はハンマーを振り被った。直後、混乱してるバルファルクの尻尾が直撃した。池袋は力尽きた。
池袋『あー!待て待て待てお前ら殺すなよほんとに………!』
渋谷『桜華鬼神斬‼︎』
上野『おほー、上手い』
目的を達成しました、の文字が画面に出た。それに「おお!」と加蓮、卯月、美嘉の三人は声を漏らした。
「やっと終わった………」
「すごかったですね………。奈緒ちゃんと凛ちゃんの足の引っ張り合いがもう………」
「これ、過去の奴もあんの?」
「あるよ。長過ぎるから分割して置いてある」
「………見よう。でも、私としては上野のプレイをもう少し見たいかも」
「上野は3○Sしか持ってないらしいから、仕方ないね」
そんな話をしながら、加蓮は「888888」とだけコメント入れてパソコンを閉じた。