翌日、駅前。俺は一人で奈緒を待っていた。凛の誕生日プレゼントを買うためだ。ていうか、まさか誕生日だったとは。マズイな、友達の誕生日を知らないなんて。道理で凛がソワソワしていたわけだ。あの子、わりと子供っぽいし。
しかし、どんなものを渡せば良いか全然分からん。そのために奈緒と出掛けることになった。奈緒ならJKだしどんなものが喜ばれるか分かるはず………。
「お、お待たせっ」
聞き覚えのある声が聞こえて振り向くと、奈緒が立っていた。
「おお、よし行こうか」
「ああ。しかしお前、友達の誕生日くらい覚えててやれよ」
「いや、それは本当にその通りです……」
いや、覚えてないっつーか知らなかったんだけどな。まぁ、それならそれで仕方ない。来年からはちゃんと当日に祝うとするさ。
「それよりどうする?何買ったら良いの?」
「鳴海のあげたいもので良いんじゃないか?」
「………W○iUとか考えてたけど」
「………ま、まぁ、それも悪くはないが……」
アレならスマブラ最新作あるしな。でも、なんか違う気がする。
「それよりも、こう……もう少し女子っぽいものをだな」
「だよなぁ。次に考えたのは女子っぽく衣服なんだが、スリーサイズを知らなくてペケ。次は衣服から手袋やマフラーを考えたんだけど、季節が違うからこれもダメ。髪結ぶゴムも考えたんだが、そもそも髪結ばないからゴム使わないし」
それに、なんかポニテにして欲しいみたいな意図があると思われたくないし。
そこまで言うと、奈緒は今更気付いたように呟いた。
「………あれ?男子から女子へのプレゼントって選ぶの難しい?」
「ああ。昨日の夜はずっと悩んでた」
せめて秋ならまだマフラーや手袋はいけるんだけどな………。
「………まぁ、そのためにあたしを呼んだんだろ?なんとか考えてみるよ」
「助かる」
流石、オタクでもJKだ。心強い事この上ない。
「とりあえず、駅に行くぞ。この辺の駅は広いからなんでも置いてある」
「よし来た」
とりあえず、二人で駅の中に入った。ここの駅デカいからなー。何でも売ってるだろうし。
「実際、奈緒だったらどんなのが欲しい?」
「あたし?あたしはアニメのフィギュ………いや、アレだ。ハンカチとか?」
いや隠さなくて良いだろ………。もうバレてるんだから。
「いやハンカチはダメだ。意味によっては別れや手切れって意味になるらしいから」
「そうなのか?ならー……なんだろうな………」
「夏に必須なものとかないの?」
「そう言われてもな………。別に、夏に拘らなくても良いだろ。鳴海なら、凛につけて欲しいアクセサリーとかでも良いと思うぞ」
「アクセサリー?」
「ああ。カチューシャとかでも良いんじゃないか?」
「いや俺は別にカチューシャ大好きってわけじゃないし」
「例えだよ。要は、そういうアクセサリーとかでも良いんじゃない?って事だ」
「なるほどな………」
アクセサリーか………。ふむ、となるとポニテ厨の俺としてはやはりヘアゴムか………。でもあまり金かからないよなそれだと。
アクセサリー……そういえば、モンハンの装備で確かそんなのが……いや護石じゃなくて。何だっけな、なんとかシリーズ………。
顎に手を当てて思い出そうとしてると、奈緒がクスッと微笑んだ。
「? 何?」
「いや、アホの鳴海でも割と悩むことあるんだなと思ってな」
「誰がアホだ」
「いや、アホだろ。鈍感だし」
「いやいや、俺敏感だから。特に悪意には」
「そっちも鈍感だろ。だから毎回凛にいじられるんだろ」
「うぐっ………た、確かに………。いや、でも他のは鈍感じゃないから別に」
「………じゃあ、もし自分に好意を寄せてる女の子が近くにいたら気付く?」
「そりゃ気付くよ。俺だって一応、彼女欲しいし。まぁ、いじられキャラは合コンの幹事みたいなものだから、誰かに好かれることはないんだがな」
「………一応聞くが、好意を寄せてる女の子は近くに?」
「いない」
「はい鈍感」
「なんでだよ⁉︎」
別にそこまでじゃないでしょ!少なくとも鈍くはないだろ。大体、そんな言い方したら誰かが俺に好意を寄せてるみたいで………あ、もしかして。
「………奈緒って俺の事好きなの?」
「ブッファ!」
うおっ、凛の時も思ったけどアイドルって結構簡単に吹き出すんだな。まぁアイドルだって人間だし当たり前っちゃ当たり前だが。
「なっ、何言い出すんだよ急に⁉︎」
「いや、自分が好意持ってるからそういう風に言うのかと………ごめんな、気付いてやれなくて」
「ちっがう‼︎謝るな!全然、お前の事なんか好きでもなんでもねぇからな⁉︎むしろ、あたしのポジションを奪った奴で少し恨んでるくらいで………!」
「あ、やっぱいじられたいんだ」
「いじられたくない‼︎」
じゃあ何なんだよ一体。いや付き合ってもらってる側だし、もうこれくらいにしておこう。周りの注目集めちゃってるし。それより、何を買うかだ。
何かアクセサリー、アクセサリー………。ああ、そうだ。モンハンでそんな防具があったって所で………。思い出した、三眼シリーズだ。あれ確かピアス、首飾り、腕輪、腰飾り、足輪だったよな。………上三つはともかく、腰飾りと足輪ってなんだ?
「なぁ、奈緒」
「分かったか⁉︎あたしいじられたくもないし鳴海の事を好きなんかでもない!」
えっ、こいつ今までずっとその弁解してたの?
「分かった分かった。で、凛へのプレゼントなんだけど……」
「………何、決まったのか?」
「ピアスと首飾りと腕輪、どれが良いかな」
「お、おう………。何処からその意見は出てきたんだ?別に良いと思うが」
「モンハン」
「………ああ、三眼シリーズか」
あ、分かっちゃうんだ。この人も大分毒されて来たな。
「その三つならなんでも良いと思うぞ」
「いや全部買おうと思って」
「はっ?全部⁉︎」
「二万もあれば足りるかな」
「足りないよ!百均じゃなきゃ無理だ!」
「いや流石に百均のものはあげられないけど………」
「せめて二つに絞れ。さすがに三つは無理だ」
ふむ、そう言うなら………。どうしようかな。ま、その辺は商品を見ながら決めるとしようか。
「よし、とりあえず見て回ろう」
「三つにするのか?」
「いや、二つにするよ。どれにするかは見て決める」
「分かった」
と、いうわけで、いろんな店を回り始めた。
×××
二時間後、ピアスと首飾りを買って駅ナカを出て改札口にきた。まさか、良い感じに二つセットのものが売ってるとはなぁ。しかも、凛に似合いそうな青色、いや水色かな。澄んだ薄い青。これなら喜んでくれるだろう。
「よーし、良いもの買えた。あとは凛と会うだけだ」
「ああ、いつ会うんだ?」
「今日」
「はぁ?凛って今日仕事だろ?」
「午前中だけな。午後は15時から空いてるから」
「く、詳しいな………」
そりゃ夏休みの予定は一緒に立てたからな。
ふと時計を見ると、既に13時半を回っている。そろそろお昼にちょうど良い時間だな。
「飯にしようぜ」
「うん。何処で食う?」
「うちで。俺が作るよ」
「ええっ?いや、そんな悪いって………!」
「いや、プレゼントが思いの外、高くて外食の余裕ない」
「………でも、お母さんに……」
「怒られたのは泊まりでしょ?飯食うくらい大丈夫でしょ」
「まぁ、そうけど……」
「てか、頼むから来てくれって。お願い」
「分かったよ………」
よし、決まり。さて、帰ろう。
「………言っておくけど、飯食っても誕生日パーティーの準備は手伝わないからな」
「何故バレたし⁉︎」
「………鳴海の考えてる事なんてすぐにわかるから」
「………な、奈緒にまで……」
「いや、分かりやすいんだよお前………。あたしはもうプレゼント渡したし。大体、誕生日過ぎてからパーティーって………」
「……………」
「今年はプレゼント渡してお祝いの言葉だけあげれば良いんじゃないか?」
「………そうだな。じゃあ、とりあえず凛の仕事終わるまで待つか」
「飯はどうすんだ?」
「食べ行こうぜ」
「飯代は良いのか………」
いや、パーティーしなくなっちゃったし良いかなって。
「とりあえず、飯食ってからゲーセンでも行くか」
「えっ、ゲーセン?」
「うん。あ、なんか予定あった?」
「…………」
すると、奈緒は顎に手を当てて悩んでるような表情を浮かべた。むむむっと唸りながらボソボソと呟いてたので、とりあえずこっちから提案してみた。
「………凛に見つかったら厄介だしな……」
「もし予定あるなら無理しなくても良いよ」
「…………」
そう言ってから10秒ほど経過。ようやく奈緒は口を開いた。
「………すまん、凛に悪いし今日はやめておくよ」
「りょ。じゃ、帰るか」
凛に悪い、というのは正直よく分からないが、まぁこちらから突っ込む所ではないだろう。
ちょうど場所は駅の改札だし、ここでお別れかな。あ、その前に渡しておかないと。
「奈緒」
「? 何?」
「えーっと、どこだっけ……あ、あった。はいこれ」
袋から小さい箱を取り出した。中身はヘアゴムだ。ていうか、お金なくてそんなんしか買えなかった。まぁ、奈緒はいつも髪をまとめてるし、大丈夫だとは思うけど。
「………なにこれ?」
「今日、付き合ってくれたお礼。ホント、助かったわ」
「……………」
すると奈緒は一瞬、キョトンとした後に、嬉しさを噛み殺したような複雑な表情になった。あれ、もしかしてヘアゴムいらなかったかな。いや、でもまだ箱開けてないから中身分からないはずなんだけど。
「………なるほど、これは凛は大変だな………」
「? 何が?」
「いや、何でもない。ありがとな」
「いやいや、こっちの台詞だから」
「じゃ、また今度。また生放送やろうな」
「おお」
それだけ挨拶して、奈緒は改札に入ろうとした。その時だった。
「…………何してるの?」
驚く程、冷気のこもった声が聞こえた。俺も奈緒もビクッと肩を震わせてそっちに目を向けた。凛が氷のオーラを醸し出して立っていた。
「あ、りぃっ、凛………」
え、なんで怒ってんの………?目からハイライトが消えて闇に囚われてるサスケみたいな目に………。思わず噛んじゃったよ……。
そんな凛は俺と奈緒の怯えを知ってから知らずが、ジロリと目を向けると、冷たい口調で言った。
「………ふーん。二人共、随分と仲良くなったんだね。プレゼントをあげてもらうような仲になるなんて」
え、えぇ〜……?な、何この空気。なんでこんな浮気がバレた修羅場みたいな空気になってんの………?
奈緒に説明を求めようとしたが、奈緒は俺の背中で震えているだけだ。おい、こんな状況前にもあったよな。
「あ、ああ………。まぁね」
「うん、この前も二人きりで生放送してたみたいだしね」
「いや、あれは………」
「うん。私が急に仕事入っちゃったからだよね。ごめんね」
め、目が謝ってないんだけど………。いや、凛なら仕方なかった事は理解してると思う。ただ、理解はしても納得はしてないって顔だ。
「いや、そんなの気にしてないから………」
「で、今日は二人で何してたの?」
話切り替わるの早ぇーなオイ………。まぁ、ある意味ではちょうど良いかもしれない。奈緒と別れてから、うちでプレゼント渡せば良いよな。
そう思って、とりあえず奈緒と別れようと声をかけようとした時、先に奈緒から耳元に声をかけて来た。
「………プレゼント渡せ」
「は?」
「早く」
「今?」
「今!」
「いや、でも家で渡した方が………」
「いいから!」
「随分仲良さそうだね?もう私がいなくても二人で生放送したら?」
ヒソヒソ話してると、気温がさらに下がったような声がした。夏なのに鳥肌が立って来たんだけど。
「わ、分かったよ………」
奈緒にそう言うと、コホンと咳払いして袋を凛に差し出した。凛の頭上には「?」が浮かんでいる。
「はいこれ」
「? 何?」
「誕生日プレゼント。奈緒から聞いたけど、10日だったんだって?」
「っ………」
「今日は奈緒に手伝ってもらってこれ買ってたんだ。多分、気に入って貰えると思うんだけど………」
「……………」
差し出すと、凛は俯いた。それと共に、氷点下まで下がったように感じていた空気が一気に蒸し暑い夏の気温に戻った気がした。
凛は俯いて口に手を当てたままフルフルと震えて動かない。奈緒を見ると、奈緒は少しニヤニヤと微笑んでいた。え、何?立場逆転?都落ちでもしたの?もしくは下克上。
………あれ、もしかして凛って具合悪いのか?もしそうだったら危ないので、俺は肩に手を置いた。
「り、凛?大丈夫?」
「うるさい、触らないでっ」
「おひゅっ?」
正面からお腹を突かれ、変な声が漏れた。いや触らないでって酷くね………?少しショックを受けてると、ニヤニヤしてる奈緒が凛に声を掛けた。
「凛、そんな言い方したらダメだろー。ちゃんとお礼言わないと」
「な、奈緒………!」
「ほら、鳴海の顔を見て」
「ちょっ、奈緒っ。今は本当にダメったら………!」
抵抗は虚しく、奈緒は凛の両腕を封じ込めて、凛の顎をつまんでこっちを向かせた。その凛の顔は、嬉しくて嬉しくて仕方なくて、勝手に頬が緩んでしまう、そんな顔をしていた。
いや、あの………そんなに喜ばれるとこっちまで照れてくるんだけど………。
「いだっ⁉︎」
すると、凛の踵が奈緒の脛を的確に捉えた。奈緒が脛を押さえて蹲ってる間に、すぐに自分の顔を両手で覆う凛。
そのまましばらくフリーズ。俺もどうしたら良いか分からず、ボンヤリしてしまった。
やがて、ようやく落ち着いたのか、凛が顔を上げた。あっ、そういえばまだおめでとうって言ってなかったな。
「………な、ナル……?ありが」
「誕生日おめでとう、凛」
「ーっ!このっ……!」
「ふぁひゅっ⁉︎」
直後、またお腹を突かれた。しかも今回はくすぐりではなく貫通する勢いで。
見事に鳩尾に入り、お腹を押さえて蹲ってる間に、凛は顔を隠しながら奈緒の手を引いてプレゼントの袋を持って改札に向かった。
「行くよ、奈緒!」
「えっ?ど、どこに⁉︎」
「奈緒ん家!」
「なんでだよ⁉︎」
「今日泊まる!」
「急に⁉︎」
二人は俺を捨て置いて改札に歩いて行ってしまった。何だよ……そんなに俺、悪いことしちまったのか………?グフッ。