一人暮らしは基本的に金がない。家が金持ちならまだしも、俺の家はそうでもないので、相当無理して一人暮らししている。よって、バイト代もほとんど生活費に回すしかなくなっているのだ。
それに、俺は友達付き合いも大事にしたいタイプなので、もし遊びに誘われたらいつでも行けるように、毎月少しずつバイト代を貯めてある。まぁ誘われたことはないが。
だからこそ、今のバイト先は神だ。廃棄を持ち帰って家で食えるから、食費が浮く。これほど良いバイト先はない。
今日も俺は余った寿司を持って家に帰宅していた。今日は売れなかったからなー。これで3日は保つぞ。消費期限?知るか。食えりゃ良いんだよ。
そんな事を考えながら歩いてると、後ろから「わっ」と声が聞こえた。ビクッとして慌てて振り向くと、渋谷さんが立っていた。
「驚いた?」
「驚いたよビックリした……」
「今バイト終わり?」
「そう」
「そっちは……」
こんな時間に何してたんだ?と思ったが、多分アイドル関係だろうな。前に「テレビ見た方が良いよ」と言われて、ヨ○バシでテレビ見たら渋谷さんが普通に映ってたし。ビビり過ぎて腰抜かすかと思ったわ。
こういう事はあまり言わない方が良いのかもしれないけど……まぁ、テレビ見たら?と言ってきたのは向こうなので大丈夫だろうな。
「もしかして、アイドル関係の仕事終わり?」
「………テレビ見たの?」
「うん」
すると、渋谷さんは少し迷ったような表情を浮かべたが、すぐに言った。
「ま、いいや。一緒に帰ろう?」
「りょ」
二人で帰宅し始めた。アイドルの話をしようと思ったが、渋谷さんは俺の手元の袋を見て先に言った。
「………何それ?」
まぁ、アイドルのことは後で良いやと思い、その話になった。
「ああ、廃棄の寿司。捨てるのもったいないからうちで食べんの」
「………ふーん、バイトしてるとそういうのあるんだ」
「まぁ、場所によると思うけどね。なんかいる?」
「え、良いの?」
「誰にも言わなきゃ良いよ別に」
本当は絶対ダメだが。まぁ、渋谷さんはあげた優待券使って、たまに買い物してってくれてるし、大丈夫だろ。
袋の中からえんがわ三貫入ってる小さいパックを渡した。
「ありがと。明日学校で自慢しよ」
「言われたそばから何言ってんの⁉︎ダメだってば!」
「分かってるって」
クスクスと微笑みながら、えんがわを鞄にしまう渋谷さん。畜生……本当、人をいじる時は活き活きしてやがんなぁ。
「にしても、たくさん持って帰ってるね」
「まぁ、一人暮らしだからね。常に金欠状態だから。電気代とかも少しでも浮かすために、パソコンは学校の、テレビはヨ○バシカメラで、家に帰ったら飯と風呂と歯磨きだけ終えてすぐ電気消して寝るようにしてるよ」
「いや、流石にやり過ぎだと思うけど………」
ま、お金はこれで徐々に貯まりつつあるんだけど。でも、高校上がってから友達あまりいないんだよなぁ。やっぱ、部活に入ってないと友達作りは厳しいか………。
………あれ?ていうか、渋谷さんって俺の友達だよな……?遊びに行っても良いんじゃないの?
「………あのさ、渋谷さん」
「何?」
「今度の日曜とか暇?」
「へっ?」
思い付きで聞いてみると、渋谷さんがキョトンとした。
………あれ?俺今何をしようとした?これ、見方によってはデートに誘おうとしてるんじゃ………。
「な、なんでっ?」
「いや、何でもない………」
あ、あっぶなかった〜……。ついうっかりチャラ男になる所だったぜ………。女の子を気軽に遊びに誘うなんてどうかしてるわ。
「それよりさ、えんがわで良かったの?他に食べたいのあったら……」
「………あのさ」
「えっ?」
「実は、日曜日に映画観に行く予定があったんだけど、急に友達に仕事が入っちゃったから、誰と行こうか悩んでたんだよね」
「…………えっ?」
そ、それって………?
「………さ、誘ってくれてるの……?」
「いや、他に誰か良い人いないかなーって相談してるだけ」
ニヤニヤしながらそんな事を言われた。クソッ……!俺と渋谷さん共通の知り合いなんていない。俺が誘うのを待ってやがるな……!
「………良いの?」
「何が?」
「………そのっ、俺なんかと……一緒で……」
「や、だから他に一緒に行く人を相談してるだけだってば」
「………………」
くっ、意地悪い奴め………!
「だったら、神谷さんとかと行けば良いだろ」
「奈緒仕事」
「じゃあ、もう一人の北条さんだっけ?」
「加蓮も仕事」
「嘘つけ!」
「ホントだって」
ダメだ。嘘かホントかの水掛け論は無意味だ。ていうか、思いつくアイドルの誰を出しても「仕事」の一点張りだろう。
………まあ、渋谷さんと映画に行くのは、決して悪いシチュエーションではないし、むしろ最高だと思う。お願いしよう。
「………じ、じゃあ……その、俺と一緒に、行く……?」
「うん、良いよ」
良いよ、じゃねぇよ。アレだけ誘うように仕向けておきながら……!いや、でもこの際我慢だ。それより、女の子と二人で出掛けられるんだ。こんなに良い事はないだろう。
俺は照れを誤魔化すように渋谷さんに確認した。
「………じゃあ、日曜日で良いの?」
「うん、良いよ。日曜日の朝10時に駅前で」
よし、日曜日の朝10時だな?楽しみになって来やがったぜ………!
そんな話をしてる間に、渋谷さんの家の花屋に到着した。
「じゃあ、また」
「うん。またね」
手を振って別れた。さて、家帰ったら私服全部引っ張り出さないとな。
×××
時早くして、日曜日。駅前に到着した。10分ほど早く着いてしまったが、まぁ楽しみだったので仕方ない。
辺りを見回しても渋谷さんの姿はないため、多分俺が先に着いてしまったんだろう。まぁ、渋谷さんは本来、友達と観に行く予定だったんだし、楽しみにしてたとしても早く来る理由なんてないからなぁ。
「………今のうちに飲み物買っとくか」
近くにコンビニがあったので飲み物を買いに行った。映画館高いし。買う物は無論、天然水。高くても100円だし。
フ○ミマに入ると、ちょうど渋谷さんが出て来た。
「あっ」
「っ?」
手元には飲み物が入ってる袋がある。
「どうも。俺と同じ事考えてる」
「何、飲み物買いに?」
「うん」
「じゃ、私外で待ってるね?」
「え?う、うん」
せっかく会えたんだし、一緒に来てくれりゃ良いのに………。
俺は飲み物コーナーで予定通りに天然水を買った。レジの前の列に並びながら、ふと思った。そういえば、渋谷さんがここにいるって事は、少なくとも渋谷さんって俺より先にここに着いてたって事だよな?…………もしかして、渋谷さん………。
「飲み物だけじゃなくて、なんかコンビニでやらなきゃいけないことあったのかな………?」
例えば、アイドル関係で出掛ける予定があって、そのチケット取ってたとか?それなら、今、渋谷さんの財布にはお金がたくさん入ってることになるよな。カツアゲには気をつけるようにしないと。
そう誓いながら飲み物を買い、コンビニを出た。
「お待たせ」
「あ、うん。じゃ、行こっか」
二人で電車に乗った。隣の駅にデパートというか大型のショッピングモールがある。その中に映画館があるのだ。
「そういえば、ようつべで動画見たよ。アイドルの」
「見たの?」
「うん。渋谷さん、まぁアイドルだから当たり前かもしれないけど可愛かったよ」
「あー………」
バレたか、みたいな顔をする渋谷さん。いや、違うな。若干照れてるんだあの人。
「………どのユニット?」
「なんだっけな……と、ト……トワイライトアクシズ?」
「トライアドプリムスね」
「そうそれ。知り合いだからかもしれないけど、渋谷さんが、その……一番可愛く見えたよ」
「や、やめてよ……」
あれ、照れてる?アイドルなら、可愛いとか言われ慣れてるもんだと思ってたけど。
何か話そうと思ったが、一駅なのですぐに電車から降りてしまったため、会話が途切れてしまった。
駅の目の前に大型ショッピングモールがあるので、すぐにお店に入った。エスカレーターで上がる間、今やってる映画のポスターがあったため、聞いてみた。
「えーっと……何見るの?」
「んー………これっ」
渋谷さんが指差したのは、まさかのホラー映画だった。苦手なわけではないが、別段好きでもない。
「ホラーかぁ、まぁ良いけど」
「怖いの?」
「いや、見たことない。まぁ、でも小学生の時とか怖い話の本とか読んでたから大丈夫だとは思うけど」
「なーんだ」
「え、なーんだってどういう意味?」
「てっきり、そういうの苦手なんだと思ってたから」
いや、それでなんで残念そうなんだよ………。
エスカレーターから降りて、二人で映画まで向かった。チケットを購入し、トイレだけ済ませて映画館に入った。
椅子に座り、しばらくスクリーンを眺めた。
「………ちなみに、渋谷さんは平気なの?ホラー」
「私?私は平気だよ」
「ふーん……」
「奈緒はダメなんだけどね」
「奈緒って、神谷奈緒?」
「うん。だから、本来なら奈緒と来る予定だったの」
「酷い事するな………」
でもなんか、アイドルもなんだかんだ言って普通の女子学生なんだなって思うわ。
「ま、俺はホラーとか多分効かないから」
「でも見た事無いんでしょ?」
「まぁね。何とかチビらないようにするよ」
「………チビったら他人のフリするから」
「……………」
割と辛辣だな、この人。すると、映画が始まった。
×××
怖かった。超怖かった。何これ、今のホラーってこんなにクオリティ高いの?いや、昔のホラーも見たことないけど。これ作った奴絶対サイコパスだわ。
けど、その……なんだ?それより怖い事があった。隣の渋谷さんだ。
「ーっ、ーっ……!」
超怖かったみたいで、俺の腕に超しがみついてる。上映中なんか、ビクッと震えたり涙目で「あわわわ……」とか呟いたり、可愛いなんてもんじゃねぇ。流石、アイドルだ。
じゃあ、何が怖かったかって?渋谷さんの握力だよ。俺の手を握ってる時、驚く度にミシッて手から音が鳴ってた。冗談抜きで死ぬかと思った。
で、未だに渋谷さんは涙目で俺の手から離れない。胸が当たってて柔らかいのだが、そんなのに気を回す余裕はないくらいに体全体で腕が圧迫され、へし折れそう。
「あ、あの……渋谷さん?」
「………っ!」
声を掛けると、正気に戻ったのか手から離れた。でも手は握っていた。
で、何を思ったのか、しばらく下を向いてると、精一杯無理したニヤついた笑顔を作って俺を見上げた。
「………ど、どう?怖かった?」
そんな状態でからかおうとするなよ……。もしかしてこの人、本当はいじられ属性もあるんじゃないの?
「………ああ、怖かったよ」
とりあえず、当たり障りのない返事をしておいた。すると、なんか安心したのか、渋谷さんは少し明るくなって続けた。
「こ、怖かったんだ?」
「………渋谷さんは?」
「………うん、まぁ、怖かったと言えば怖かったかな?」
いや、ガッツリ怖がってんじゃん。とも思ったが、「全然怖くないよ?」と見栄を張らない辺りはまだ素直と捉えよう。
「とりあえず、昼飯にするか」
「う、うん……。そうだね」
「何食べたい?」
「任せる………」
………なんかあんま食欲なさそうだな………。相当ビビってるし。これは、フードコートで好きな物食べさせた方が良さそうだ。
「フードコート行こう」
「わ、分かった………!」
「えっと……手は繋いでた方が良い?」
「………お願い」
顔を赤くしてボソッと呟いた。死ぬ程可愛いが、握力が可愛くない。帰ったら湿布貼ろう。
そう決めて、とりあえず手を繋いだままエスカレーターを降りた。