今更言うことでもないが、季節は真夏。太陽系のネームシップ、太陽さんがフルパワーを持って地球を熱し続ける季節であり、従って太陽系惑星三番艦に住んでいる我々にとってはゼットンが地球に滞在しているような気分になる季節でもある。
まぁ、一言で言えばクソ暑い季節なわけだが、去年までの俺は、そんな季節に外で待ち合わせしているリア充を見るたびに「こいつらバカじゃん?」と思っていた。だってこのクソ暑い中表で待ち合わせなんて砂漠で待ち合わせするようなもんでしょ?修行僧なの?ましてや楽しみ過ぎて早く来てしまう、とかゲームの発売が楽しみで夜中から並ぶオタクと同レベルである。お前らよくそれでオタクをバカにできるなオイ、とまで思う。
しかし、現実とは奇妙なもので、いざ自分がデート(というより女の子との外出)となると、とりあえず楽しみ過ぎて早く来てしまうわこれ。夜中からなかなか眠れず、知らない間に朝の4時には待ち合わせ場所に来ていた。ちなみに集合時間は9時半である。
まぁ、夜中の間は割と涼しかったのだが、日が昇るにつれて暑さも倍増、修行僧だったが心の中は楽しみ過ぎてソワソワしている。
昨日、奈緒に選んでもらった服なので、ファッションについては問題ない。それと、汗かいた時のためのスプレーとかも選んでもらったので、これなら何とかなりそうだ。
現在、時刻は7時半。待ち始めてから約3時間半、駅を通る人の姿もちらほら見えて来て、なんか俺の事ジロジロ見られてる気がする。ま、今のウハウハな俺にその程度の視線の圧力は効かないがな!
そんな事を考えながら小声で歌を口ずさんでると、後ろから声をかけられた。
「あのー……」
「はい?」
あれ、お巡りさん?なんだろ、事件かな?でも俺何も関わってないし怪しい人も見てないよ?
「あなた、朝の4時からここにいますよね?」
「? はい。何せ女の子とデートなもので。あっ、どう?汗臭くない?」
「ちょっと臭いよ。……じゃなくて」
「マジか、じゃあスプレー使おうかな」
「いや、警官が職質かけてんだから少しは緊張感持てよ。ちょっと不審だよね、君。ちょっと署の方で話聞かせてくれる?」
「………えっ?」
怪しい人を見てないどころか怪しい人になってた。
「い、いやいやマジでデートなんだってこれから!いや、デートっつーか女の子の用事に付き合うだけなんだけど………!」
まぁ、凛にとっては好きな男とのデートの参考にする為のお出掛けだからな。デート、というのは俺が勝手に言ってるだけだ。
しかし、目の前の警官は別の意味で捉えたようだ。
「………それ、ストーキングって事か?」
「はっ?いやいやいや!本人同意の上だから!」
「いや、ストーカーはみんなそう言うんだよ。とにかく、ちょっと署の方へ………」
おいおいおいおいマジかよ。女の子、それもアイドルとデートしようとして補導なんて笑えんぞ。それどころか凛に迷惑が掛かるまである。
どうしよう、逃げるか?いや、正直持久戦は負ける気しないが車や自転車、バイクを使われたら勝てる気しない。何より、ここで逃げたらストーカーを認めるようなものだ。
だが、凛を呼べばアイドルと二人で出掛ける事をバラすようなもんだし………。やっべ、詰んでないこれ?
「何してんの?」
冷や汗をかいてると、後ろから声を掛けられた。俺も警官も振り返ると、凛がキョトンとした顔で立っていた。服装は、まさかのポニテにミニスカートだった。俺の心のライフにダイレクトアタックされ、ポーっと凛を眺めてると、俺の頬をグイーッと抓られた。
「ねぇ、聞いてる?」
「ふぇっ?……って、いふぁふぁふぁ!な、何すんだよいきなり⁉︎」
「いや、何してんの?何したの?」
「あ、ああ……えっと、なんだ?」
どうしよう、なんて説明したものか。朝の4時から待ってたなんて言えないし、職質かけられていたなんてもっと言えない。
すると、警官の方が説明し始めた。
「いえ、こちらの方が今朝の4時から駅前でこの辺りをウロウロしていたもので、不審者かと思って声を掛けさせていただいたのですが」
「よ、4時………?」
あ、凛が少し引いた。
「しかし、お連れ様がいるのは本当でしたか、失礼致しました」
「あ、いえ。俺も早く来すぎたなとは思ってたので。すみません、紛らわしい行動を」
「いえ。では」
「あ、はい。すみませんでした」
「その前にサインをいただけますか?」
「はっ?」
凛からサインをもらって、警官は引き返して行った。その警官の背中を見つめながら、凛は小首を傾げた。
「何なの一体?」
「何でもないよ。さ、行………」
行こう、と声をかけようとしたが、凛の服装は昨日、加蓮に選んでもらったものであることを思い出した。つまり、代理とはいえ俺のために選んでくれた服だ。
ゴクッと緊張気味に唾を飲み込んでから、何とか照れと恥ずかしさを押し殺して、目を逸らしながらボソッと呟いた。
「………その、とても似合って、ますよ……。そ、その…服………」
「はっ?………あ、ああ、そういうコト」
何故か敬語で褒めると、渋谷さんも褒められた事を察したのか、頬を赤らめて目を逸らした。赤くなった頬は徐々に濃さを増していき、それと共に凛の頭から湯気が出てきた気がする。
………えー、何この空気。やっぱ言わない方が良かったのかな。ナンパ男みたいに思われた?いや、それはないか。あ、もしかして好きな男に言われた時のことを想像したのか?俺も凛に同じ事言われたら照れるだろうからなぁ。
なんて事を考えながらウンウンと頷いてると、ズボッと脇腹に突きが入った。
「ひょわっ⁉︎なっ、だから何すんだよ!」
「ううううるさい!ナルの癖に!いいから行くよ!」
赤くなった顔を俯いて隠しながら、俺の腕を引っ張って歩き始める凛。なんなんだ一体。
………そういえば、まだ時間7時半くらいだよな。凛も来るの早かったけど何か他に用事があったのかな。
×××
電車に乗って30分ちょっと経過。遊園地に到着した。凛は俺の左腕にしがみついて、腕を組むようにして歩いている。お願いだから男の理性について考えて欲しいが、多分考えた上でからかってる、或いはデートの予行演習のつもりでやってるだろうし、我慢しておくことにした。
チケットを購入し、遊園地の中へ入った。なんかヤケに楽しそうな凛がウキウキした様子で聞いてきた。
「ね、何乗る?」
「好きなのにして良いよ」
「ナルが決めてくれなきゃ意味ないじゃん、ナルの好みを知るために来てるんだから」
「俺のじゃなくて男の、だろ」
「どっちも一緒なの。ほら、早く」
まぁ、それがお望みならそれでも良いが………。そもそも俺は遊園地自体好きではない。この絶叫系アトラクションが存在価値の9割を占めてる施設を、絶叫系アトラクションが苦手な男が楽しめるわけがない。
しかし、普通の男子高校生の好みのために遊園地と言ったのは俺だ。ここは普通の男子高校生になり切って答えるべきだろう。
「………じゃあ、とりあえずジェットコースターで」
つまり、自爆に近い運命を辿らなければならない。まぁ、これも凛のためだ、我慢しよう。
「やっぱりナルもああいうの好きなんだ」
「ま、まぁな。男だからな」
「関係あるのそれ?ま、いっか。乗ろう」
との事で、ジェットコースターの列に並んだ。さて、今のうちに精神統一でもしておくか。
「あ、一応聞くけどさ、凛ってジェットコースター乗れんの?」
「私?当たり前じゃん」
「………なるほど」
嫌な予感がしてきたぜ。いや、今は考えないことにしよう。
それよりも、ジェットコースターが苦手である事を悟られないようにしないと。
並ぶ列が進む事が、まるで絞首刑台に向かって行くような気分だった。
「ナル?」
「ふぁい⁉︎」
「………なんか顔色悪いけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫」
クッ、顔に出すなよ俺。凛を不安にさせるつもりかバカたれ。
大きく深呼吸すると、列が前に進んだため、俺はまた一歩踏み出した。
で、とうとう俺達の番になった。よりにもよって、座席は先頭。隣の凛は大喜びだけど、俺は顔色が真っ青になって行くのが鏡を見なくても分かった。
「よし、やっとだね」
「お、おう」
ウキウキしながら凛は席に座り、俺も覚悟を決めて隣に座った。
ガタンっと座席が揺れ、ライドがゆっくりと動き始めた。このゆっくりなペースで坂道を登るのがもうほんとに悪趣味………。
「来たね、ナル………ナル?」
「…………」
「………もしかしてさ、ナル」
「…………」
「………ジェットコースター苦手なの?」
「…………」
直後、最高到達点に達したライドは、一気に急降下した。
「ッーーーーーーーー‼︎」
声にならない叫び声が俺の口から漏れた。
〜5分後くらい〜
ベンチに座らされて、俺は凛に説教を受けていた。
「言ったよね、私はナルの好みが知りたいって」
「………はい」
「ナルが無理するようじゃ意味ないの。それじゃ楽しめないし、私の知りたいことも知れないの」
「………はい」
「本当はアレでしょ、遊園地もそれほど好きじゃないんでしょ。男子高校生なら好きそうとか、そんなので選んだんでしょ」
「………はい」
「バカ」
「………はい」
全部看破されました。
「で、でも、凛が知りたいのは初恋の男の事で………」
「でもも何もないから。ナルはそんなの気にしなくて良いの。私が知りたいのはナルの事なんだから」
「………はい、すみません」
イマイチ、俺のことを知りたいというのはよく分からないが、とにかくもう少し言葉を素直に受け止めるべきだった。
何はともあれ、もう少し休みたい………。そう思った時だ。凛は俺の腕を掴んで引っ張った。
「あの………凛さん?」
「ほら、次の乗るよ」
「えっ、いやあの……少しキツイのですが……休ませてくれると……」
「嘘つきのお願い聞いてあげるほど、私優しくないから。ナルが遊園地に来たいって言ったんだし、無理矢理にでも乗り物乗せるからね」
「えっ、ちょっ……いや嘘つきっていうのはまた違う気が………」
「良いから、行くよ」
この後、メチャクチャ引っ張り回された。
×××
いよいよ、最後の乗り物に向かった。乗るのは観覧車。けど俺の体力は限界だった。特にあの、なんだっけ?フリーフォール?あれ考えた奴マジふざけんなよ。いつか殺してやるからな。
二人で個室に入り、ガタンと揺れて動き始めた。ようやく落ち着ける、そう思って一息付いてると、凛が少し申し訳なさそうな顔で声をかけてきた。
「ナル」
「? 何?」
「………ごめんね」
「え、なにが?」
何急に?
「………その、無理矢理連れ回しちゃって」
「あ、いや大丈夫だよ、別に。元々は俺が悪いんだし」
「……そう、だけど」
「凛が気にすることじゃないよ」
そう言ったけど、凛は少し気にしてるみたいで俯いたまま顔を上げない。本当に気にしてないんだけどな、自業自得だし、
まぁ、最後の最後でこの雰囲気は嫌なので、少し元気を出してもらうことにした。
「それに、お化け屋敷に入った時の屁っ放り腰の凛が見れて楽しかっわひゃあ⁉︎」
「余計な事は思い出さなくて良いの」
脇腹を突かれた。ていうか、今更だけどなんで俺と凛は観覧車で隣に座ってんだ?普通お向かいに座るもんじゃないの?………それに、なんか距離近いし。いや、こっちとしては良いんだけど……その、なんだ?好きな人いるのに良いの?みたいな。
「わぁ………」
隣の凛から声が漏れた。釣られて顔を上げると、いつのまにかてっぺん近くまで来ていたようで、また全体が見渡せる位置に来ていた。もっと奥には夕日が見える。
もっとちゃんと見ようと思って、凛と一緒に窓際に並んで立った。スゲェな、東京でもこんな景色が観れるのか。
「………綺麗」
そう呟く凛の横顔を見ると、思わず見惚れてしまった。夕日に照らされて、綺麗な風景を眺め感動してる凛の表情は、普段の倍近くに綺麗に見えた。
「………ほんと、綺麗だな」
凛の横顔をボンヤリと見たまま、俺の口からぽろっとそんな言葉が漏れた。
すると、ふと凛がこっちを見た。ガッツリ目が合い、お互いに頬を赤く染めて慌てて窓の外の風景に目を逸らした。
………やばい、今の、凛に綺麗と言ったと思われたか……?じゃなきゃ凛が顔を赤くする理由なんかない。ていうか、実際凛が綺麗だって言ったんだが、まさかそれを察されるとは………!
二人の間に、気まずい沈黙が続く。そもそも、凛には好きな男がいる。なのに、俺なんかが凛に「綺麗だ」だなんて言ったら困惑するのは当然だ。
頼むから凛に別の理解をしてもらいたかったが、おそらく無理だろう。だって今の反応を見ればそうだもん。
その直後だった。ガタンっと観覧車が揺れた。唐突な事で俺も凛も体勢を崩し、俺は椅子に座り込み、その俺の上に凛は倒れ込んで来た。
あと数ミリで口と口がくっ付きそうな距離だ。俺も凛も顔が真っ赤に染まる。夕陽の所為だと言い訳したいが多分無理だろう。
『乗車中のお客様にお知らせ申し上げます。ただいま、機器のトラブルにより、一時アトラクションを停止させていただいております。誠に申し訳ございません』
そんなアナウンスが流れてきたが、頭に入らずに二人揃ってその場で固まった。
離れるべきなんだろうけど、離れるのは名残惜しい気がする。いやまぁ、その、何?そもそも俺は乗られてる側だし、離れられるのは凛だけだから。
………ていうか、なんで凛は退かないんだ?そして、なんだよその赤く染まった顔は。まるで好きな人とトラブルで近距離に接近してきたようなその顔は何?………もしかして、凛の好きな人って……。
そう思った直後、凛が若干離れた。で、俺の膝の上に座ったまま、緊張気味にゆっくりと唇を開いた。
「………ねぇ、ナル」
「なっ……なんでしょうかっ……」
「…………」
声をかけて来た割に何も言わない。言うべきか言うまいか迷っているんだろう。まるで告白する直前のようだ。
やがて言う決心をしたのか、顔を赤く染めたまま呟くように且つ、ハッキリ俺の耳にまで聞こえる音量で言った。
「………実は、さ……。その、私………」
………えっ?ちょっ、えっ………?これ、マジ………?
「私、その……ま、前から………」
あ、やばい………。なんか、緊張感が俺にまで移ってきた。ていうか、俺はそれで良いのか?普通、こういうのって男から行くものなんじゃ………!
「私………な、ナルと……!」
やばいやばいやばい俺の返事は決まってるけどこういうのは男から行くべきだろでも凛もせっかく決心してるんだしここは最後まで聞いてやるべきなんじゃいや、でも、しかし………!
「……………」
「……………」
緊張感と胸の高鳴りが最高潮にまで達し、俺も凛も顔を真っ赤にしたまま固まった。沈黙が長い。
だが、やがて、凛が目を逸らしながら苦笑いを浮かべてボソッと呟いた。
「………か、帰ったら、ゲームがしたい、です………」
「………………」
告白だと勝手に思い込んでいた自分の短絡的思考、甚だ恥じたい。
過去最大級に恥ずかしくなり、俺は両手で顔を覆って情けない震え声で返事をした。
「………好きにしてください……」
「…………畜生」
お互いに向かい側の席に座って顔を覆い、それからは別の意味でお互いに一切話すことは無かった。