渋谷さんと友達になりたくて。   作:バナハロ

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喧嘩(1)

 もうすぐ修学旅行が迫ってくる中、俺は一人で出掛ける準備をしていた。修学旅行の準備である。修学旅行先は京都・奈良。控えめに言って楽しみだ。

 必要なのはシャンプーやらタオルやらと生活用品。まぁ、別に今じゃなくてもいいんだけど、後に後に回してギリギリになったり面倒になったりするのも嫌だし。

 靴を履いて玄関を出ると、ゴスッと何かが扉に当たった。

 

「?」

 

 何だろ、中学の時の奴らが俺の家の前に石でも起きに来たのか?恐る恐る、と言った感じで玄関の前を見ると、凛がおでこを抑えて蹲っていた。

 

「あっ、り、凛……」

 

 ヤバっ……お、怒られるかも……。

 俺の恐れは的中し、涙目の凛は下から俺の顔を睨みつけていた。

 

「ご、ごめんね……?わざとじゃ……」

「………」

「ち、ちょっ……りっ、ごめんって……!」

 

 襲い掛かられた。

 

 ×××

 

 鎖骨の辺りに付けられたキスマークを摩りながら、顔を赤くしてる俺は俯いた。うぅ……キスってあんな風に吸われるものだったなんて……。骨、抜き取られるかと思った……。

 今だにドキドキ言ってる心臓をなんとか抑えながら、自分でも恥ずかしくなってる凛に聞いた。

 

「そ、それで、凛?」

「何?」

「その……今日はどうしたのかなーって……」

「んっ、遊びに来たの。それと、ちょっとお願い」

「お願い?」

「うん。ハナコの散歩、一緒に行きたいなって」

 

 ピシッと俺の心がヒビ割れる音がした。

 

「ごめんなさい……」

「えっ、なんで謝るの」

「凛に嫌われるような事したなら謝るから……だから嫌わないで下さい……」

「べ、別に嫌ってないから!そういうことじゃないから!」

「お願い!俺の事好きじゃなくなったのなら身を引くけど、それでも友達でいて!」

「ナル、それ以上言うと怒るよ。私がナルの事、好きじゃなくなるわけないじゃん」

 

 突然、冷たい声がシンッと響いて来た。

 

「だって!俺に犬と出掛けてさせるなんていうのはXXハンターの前にラスボスカマキリを置くようなものでだな……!」

「そ、そんな事はどうでも良いの!冗談でも例えでも比喩でも私がナルの事嫌うとか別れるとか、そんな話しないで!」

「っ……」

 

 そ、そっか……。それは悪かったな……。

 

「ご、ごめん……」

「別にいいよ……。ハナコと散歩さえしてくれれば」

 

 こいつ、そのために……!

 

「それは嫌、怖い」

「このヘタレ!」

「うるせぇ!怖いもんは怖いんだよ!」

「いいじゃん、なんで嫌なの⁉︎」

「怖いから!」

「仮にも私の彼氏が怖いを連呼しないでよ!」

 

 だって怖いんだもん。みんな死に物狂いで襲いかかって来るから。完全に殺しに掛かってるからな。何なんだろう本当に。

 

「ていうか、なんでそんな暴論を……」

「っ、そ、それは……!」

 

 言いにくいことなのか、若干顔を赤らめながら目を逸らした。

 

「……好きなものは、やっぱり共有したいじゃん………」

「………」

 

 そう言われりゃそうかもしれない。俺だって凛と付き合ってからは、色んなゲーム勧めてるし、凛もそれをやってくれている。

 なら、逆に凛の趣味も俺に勧めて来たら応えるのがベストだろう。

 

「でも嫌」

 

 それでも無理です。だって犬に噛まれるの怖いもん。

 

「お願い!犬可愛いから!」

「外見だけな。いや、外見だけ可愛いからその分さらに手に負えない」

「私が守ってあげるから!」

「あー……いや、ダメ」

「なんで⁉︎」

「うーん……だってなぁ……」

 

 大体、散歩行くとしてその後の絵が目に浮かぶし……。

 そんな事を考えながら目を逸らしてると、俺の表情に思うところがあるのかジト目で睨んで来た。

 

「何」

「え、こっちのセリフ……」

「なんか失礼なこと考えてる」

「いや、その……」

 

 やはりそういうところ鋭いなぁ。まぁ、ここで嘘ついて怒られるのはもう学習済みだ。

 なので、正直に答えることにした。

 

「……だ、だって……凛、結局は助けてくれそうだけど、 それまでに俺の事いじるでしょ。最近だって膝の上に座って顔赤くしてる俺を見てニヤニヤして来るし……付き合う前だっていじって来てたし……」

 

 最近のいじりには、こう……過剰なボディタッチがあるから尚更心臓に悪い。この前なんて下半身は下着のままお風呂場から出て来たし。シャツ長いから見えないでしょ?じゃないんだよ。その方がかえってエロいんだよ。誘われてるんじゃないかって思うくらいだ。

 だが、今のセリフは凛の逆鱗に触れてしまったようで、ギロッと睨んできた。

 

「バカ!そんな事しないよ!」

「いや、そう言ってモンハンで俺の剥ぎ取り邪魔したの何回?」

「っ……!もういい、ナルみたいなチキンにお願いしに来たのがバカだった!」

 

 ガタッと立ち上がり、のっしのっしと玄関に向かった。

 

「あ、おい。ゲームして行かないの?」

「しないよ!もうここには来ないから」

「……あれ、もしかして本気で怒ってる?」

「何、今更言ってんの?しばらく私に話しかけないで」

「えっ、ちょっ……り、凛……!」

「……ふんっ」

 

 帰られてしまった。その背中をぼんやりと眺めながら、ゾワゾワと徐々に脳裏を嫌な予感が埋め尽くした。

 ……あれ、これもしかして……凛と、喧嘩した……?いや、それどころかこれ……凛に、振られた?

 

「ま、待って、凛!」

 

 慌てて追い掛けたが、凛は既に家の前からいなくなっていた。や、やばいやばいやばい!振られたくない!死にたくない!

 アパートから飛び出して、凛を追おうとしたが近くに姿はない。そうだ、スマホ!電話すれば……!

 

『お掛けになった電話番号は、電源が入っていないか……』

 

 ……ヤバイ、泣きそう。いや、まだ諦めるのは早いだろ。こうなったら最終手段だ。奈緒か加蓮に電話しよう。

 とりあえず奈緒からだ。なんだかんだ、あいつ良い奴だから相談に乗ってくれそうだし……!

 

『もしもし?』

「あ、奈緒か?俺だけど……!」

『どうした?なんか泣きそうな声してるけど……』

「凛とっ……!凛と喧嘩した……!」

『…………でっ?』

「助けて!」

『……だってよ、加蓮』

 

 え、加蓮と一緒にいるの?

 

『うーん、協力してあげたいけど……。これから私達仕事だし……』

『えっ?今日は別に……』

『仕事じゃん。……凛から泣き付かれて慰めるっていう

『あ、あー……なるほど』

 

 げっ、マジか。俺の命もここまでか……!

 

『あら、二人とも何の話してるの?』

 

 ん、なんだ?別の声が聞こえて来たぞ。

 

『あ、奏』

『実は、凛の彼氏の話で……』

『ああ、あの噂のヘタレゲーマー?鷹宮くんと同レベルの?』

『そうそれ』

 

 おい、どんな噂の広がり方してんだ。てか鷹宮って誰だ。

 

『うーん……あっ、じゃあちょっと代わってくれる?』

『へっ?良いけど、知り合い?』

『ううん。ちょっとお話ししてみたいの』

 

 おい待て。なんでそうなんの。知り合いじゃないのになんで……!

 

『もしもし?えーっと……水原くん、だったかしら?』

「あ、は、はい。えーっと、お姉さんは?」

『速水奏よ。それと、あなたと同い年だから』

 

 あ、そうなのか。てか、お姉さんって……。テンパっててロクな思考回路が成り立ってないな……。

 

「それで、その……俺に何か?」

『聞いたわよ。凛と喧嘩したんだって?』

「あ、はい。なんか怒らせちゃったみたいでして……」

『敬語じゃなくて良いわよ。同い年なんだし』

「そ、そうですか……。じゃなくてそっか、ごめん」

 

 意外とフランクな人なのか?確か、速水奏ってアイドルの人だよな。

 

『あなたの相談に乗ってくれそうな人がいるわよ』

「えっ?」

『その人には私から言っておくから、今から言う場所に行って来なさい』

 

 との事で、とりあえず自殺は延期になった。

 

 ×××

 

 案内された場所は本屋だった。なんでここ?もしかして、知り合いでもいるのか?

 まぁ、あの2人は仕事なら致し方ないし、凛と仲直りするためにも初対面だなんだなんて言ってる場合ではない。速水奏さん曰く、話しておいてくれてるみたいだし……。

 よし、行くか!ドアに手を掛けて入店した。背の高い本棚がズラッと並び、なんだか見た事ない本がたくさん入っていた。

 

「うわっ、スッゲ……」

 

 こういう、難しいタイプの本屋もあるんだ……あ、いやあの辺漫画だ。あっちにはラノベあるし。

 いや、今はそんな場合じゃない。ここにいる俺の協力者って人を探さないと……。

 

「……あのっ」

「ッホワイッ⁉︎」

「ひゃうっ?」

 

 背後から幽霊みたいな声をかけられ、変な声が反射的に漏れてしまった。

 

「………?」

「……あの、水原鳴海さんですか……?」

「あ、は、はい。えっと……鷺沢文香、さん?でしたっけ?」

「……はい、初めまして」

 

 おお、この人が……。……えっ、この人が?この人が恋人同士の喧嘩の話を聞いてくれんの……?だって、こう……綺麗だけど、速水奏さんの知り合いにしては暗めだし、とても恋愛相談をして答えてくれそうな人には……いや、人を見た目で判断するのは良くないか。凛だって見た目の割に甘えん坊だし。

 ………もう甘えてもらえないかもしれないんだけどね。

 

「……はぁ………」

「……どっ、どうしたんですかっ?」

「いえ、その……」

 

 直後、近くの本棚の後ろからガタッと音が聞こえた。ふとそっちを見ると、本棚の本と本の間からすんごい形相で睨んで来てる男がいた。え、何あれ、怖くね?ストーカー?

 

「………」

「……あ、そ、そっちには誰もいませんよ。それより、こちらにどうぞ」

「あ、はい。すみません」

 

 あれ、この人があの人を庇うのかよ。どういう関係なんだ?

 何もわからないまま店の奥に連れて行かれ、レジの向こうに行った。後ろからさっきの男はついて来て、レジに座った。なんだあの人、バイトだったのか?

 ちゃぶ台の前に座らされ、鷺沢文香さんにお茶を淹れてもらった。

 

「……どうぞ」

「……あ、すみません」

 

 俺の前に湯呑みを置く文香さんの親指の腹にタコが出来ていた。そこに出来るタコってゲームしてるとしか思えないんだが……この人、意外とゲーマーなのか?

 

「……それで、どうしたのですか?」

「あ、は、はい。実は、彼女と喧嘩してしまって……」

「……彼女?」

 

 えっ、この人事情聞いてたんじゃないの?

 

「……あっ、もしかして、凛さんの彼氏さんですか?」

 

 直後、後ろのレジで座ってる人から「ブフォッ」と吹き出す音が聞こえた。なんだあいつ、今の話聞いてたのか?てか誰なの?

 

「そ、そうですけど……」

「……わぁ、初めて見ました……。あなたが、そうなんですね。凛さんからお話は聞いてますよ。とても優しくてヘタレな方のようで」

「ヘタレじゃないです、積極的じゃないだけです」

「……同じですよ。私のっ……こ、恋人と……似たような事おっしゃるのですね………」

「はっ?こ、恋人……?」

「……はい。私も、その、お付き合いさせてもらってる方がいまして……」

「………」

 

 こ、この人リア充かよ……。どんな人が彼氏なんだ……?

 しかし、そういう事か。恋人がいるから、この人が俺の相談を受けてくれると。

 

「……それで、何故喧嘩してしまったのですか?」

「あ、はい。それなんですけど……」

 

 経緯を説明した。とりあえず俺のスキルである「犬避け」から始まり、以前噛まれた事、それから今回の事件を全部。

 すると、鷺沢さんは「ふむ……」と顎に手を当てて唸った。

 

「……一概にどちらが悪いとも言えませんね。少し、凛さんが強引だった気がしますが、彼女である立場が同じの私にも気持ちは分かります」

「と、言いますと?」

「……自分が好きなものは、好きな人と共有したいものなんですよ」

 

 ……まぁ、それはそうかもしれないが。

 

「……凛さんは、おそらく犬であなたをからかうつもりはなかったと思いますよ」

「へっ?そ、そうですか?結構、あいつ俺の事いじって来るんですよ?この前なんて、ソロでpso2のSHクロームドラゴンと戦ってたら、いきなり執拗なほど脇腹突いて来て殺されたんですから。レアドロ期待してたのに……」

「……凛さん………。今度、少しお話しした方が良いかもしれませんね」

「そうです、話してやって下さい。彼女としてのお淑やかな振る舞いを……」

「……あなたもあなたですよ。男の子なら、少しくらい怖くても彼女の趣味のために頑張る事を知りなさい」

「……すみません」

 

 うぅ、いやそうかもしれないが……。

 

「でも、少しじゃないんですよ……。もうどの犬もみんな揃って、ハンターを見つけたモンスターの如く襲いかかって来て……」

「……ですが、凛さんはそれも承知のはずでしょう?その上であなたを誘い、守るとまで仰られたのですから、信用しても良いと思いますよ」

「いや、他の事ならともかく、俺をからかう時のあいつの目の輝き方はもう異常で……」

「……いえ、凛さんはあなたがどれだけ犬に対して恐怖心を抱いてるかを知っているのですから、いくら今までからかわれて来たとしても、犬でからかうような事はないと思いますよ。少なくとも私はからかいません」

「………」

「……逆に、多分凛さんは勇気を振り絞って水原さんをお誘いしたと思いますよ。普通、相手の嫌いなものに誘うなんて、相手が好きであればあるほどできることではありませんから……」

 

 そう言われて、少し考えた。確かに、そう言われればそうかもしれない。鷺沢さんの言った通りだとすると、俺はその凛の勇気や心遣いを踏みにじった事になるのか……。

 なんだか、男として情けなく感じて来た。そんな俺の頭を、向かいの鷺沢さんは撫でてくれた。

 

「……大丈夫ですよ。凛さんにも非があるにはありますし、お互いちゃんと話せば、あなた達は仲直り出来るはずです」

「……鷺沢さん……」

「……必要ならば、私もご一緒に謝りますが…どうしますか?」

「………いえ、一人で大丈夫です!」

「……はい。では、頑張って下さいね」

 

 鷺沢さん、優しくて良い人だなぁ。こんな母性の塊のような人、そういないだろ。これは彼氏出来るわ。ただ、彼氏いるのに他の頭を撫でたりする無防備さもあるが……。なんにしても、この人の彼氏はさぞ幸せに間違いない。

 そんな事を思ってるときだ。後ろからゾッとする程の殺気を感じた。後ろを見ると、レジの男の人が俺を睨んでいた。えっ、何?なんで怒ってんの?喧嘩売ってんなら買うぞコラ。

 いつ襲いかかってきても良いように身構えてると、それ以上の殺気が俺の目の前から放たれた。いてつくはどう、と言っても過言ではない。それが後ろの男の人の殺気を一瞬で黙らせた。

 誰かと思って慌てて前を見たが、当たり前だが鷺沢さんしかいない。だが、振り返った頃には鷺沢さんはニコニコ笑顔に戻って俺に優しく言った。

 

「……さ、早く凛さんと連絡を取って、仲直りして来てください」

「………は、はい」

 

 どうやら、この世の「彼女」という生き物はみんな怖いようだ。

 

 ×××

 

 この後、俺と凛は何とか仲直りする事が出来た。

 

 


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