最近、新しい日課が出来た。別に毎日、グラブルのマグナと島ハードを回るとか、そういうのじゃない。
毎朝のジョギングである。というのも、凛という恋人が出来た今、俺が最も注意しなくてはならないのは、幸せ太りというものである。毎日イチャイチャしながらゴロゴロダラダラとゲームをしているようでは、いつか太ってしまう。
それの対策として、毎朝走り込みをしているのだ。凛には勿論、内緒である。や、内緒っつーか言う必要がないだけだけど。
そんなわけで、今日も今日とて、その走り込みの真っ最中だ。一人、人気の無い早朝にたったかたったかと足を動かす。特に決まったコースがあるわけでは無く、何となく走ってる。月曜と時々土曜はコンビニを通るが。
そんな時だ。後ろから女の子が俺を抜いて行った。あの子も走り込みだろうか。身長は俺より少し低いくらい。髪は灰色でショートヘアの女の子が、俺の前をサクサクと進んで行った。
「………」
……まぁ、その、何?……気に入らない。
加速して、その女の子を追い抜いた。前を走り、そのままたったかたったか走ってると、その女の子はさらに俺を追い抜いた。
「………」
俺は女の子を追い抜いた。
女の子は俺を追い抜いた。
俺は女の子を追い抜いた。
女の子は俺を追い抜いた。
俺は女の子を追い抜いた。
女の子は俺を追い抜いた。
「ッ…ッ…ッ…!」
「ッーッーッー!」
気が付けば、二人揃って全力疾走していた。
ヘトヘトになるまで走り抜き、気が付けば公園で二人して倒れ込んでいた。
「……お、おまっ……中々っ…はぁっ……やるなっ……!」
「はぁっ、はっ……お、お兄さんっ……こそっ……!」
何をやってんだ俺は……。いや、この子もだけど……。
とにかく、少し水分が欲しい……。ヘトヘトになった身体を無理矢理起こして、自販機に向かった。
スポドリを二本買って、片方を女の子に手渡した。
「どうぞ」
「……あ、ありがとうございます……」
二人でスポドリを一口飲み、こくっこくっと喉を鳴らし「プハア!」と一息ついた。
「……ふぅ、お兄さん足速いですねっ!」
「え?あ、あーまぁね。君も速いじゃん」
「私は陸上部ですからっ」
「あ、そうなんだ。道理で。でも、中学生くらいでしょ?俺、高校生だから、やっぱ君は速いよ」
「えっ……」
女の子の瞳に警戒色が見えた。え、何か悪い事言ったかな……。
「……あの、なんで私が中学生だと……」
「え?ああ、推理したんだよ。女性は男性より精神年齢が二つ歳上って言うでしょ?今、俺17歳だから精神年齢は通常なら15歳、だけど俺ってガキっぽいからさらに一つ減らして14歳。その俺と同レベルになって、さっき争ってたから14歳くらいかなって」
「その推理ガバガバな気がしますが、大体当たってるのがすごいです……」
「あ、マジで14?」
「いえ、13です」
ああ、そうなんだ。まぁどっちでも良いけど。
「けど、安心しましたっ。ストーカーさんなのかと思ってすみません……」
「いやいや、それはないから」
ていうか、そんなことしたら凛に自分をストーカーさせるまで調教されるわ。あいつの愛は重いからな。や、割とマジでメタルマン並みの重さ。
「俺、水原鳴海」
「あ、私は乙倉悠貴ですっ」
「そろそろ続きする?」
「そうですね。どこまで競争しますかっ?」
「いや競争じゃ無くて……。普通に走ろうよ」
「あ、そ、そうですね……。じゃあ、行きましょうかっ」
スポドリを手に持って二人で走り始めた。
とりあえず、乙倉さんに合わせて走る。公園を抜けて住宅街を抜けると、土手に出た。近くには川が流れている。
せっかくなので川沿いを走る事にしたのか、乙倉さんは土手を走り始めた。二人で川沿いを走ってると、乙倉さんが声をかけてきた。
「水原さんは、毎日走ってるんですか?」
「あー、まぁ。最近始めた。乙倉さんも?」
「はいっ。部活が陸上部なのもありますけど、他にも体力を使うことをしてるので」
「へー。何してんの?」
「え?えーっと……言って良いのかな……」
「あ、無理には聞かないけど。言いたくない、或いは言えないならいいよ別に」
凛が彼女なだけあって、人に簡単には言えない何かをしてるのはよく分かる。まぁ、凛がアイドルなのはみんな知ってるだろうけどね。
「すみません。一応、プロ……じゃない、上司?の人に聞かないと分からなくて……」
「いいよ別に。気にしないで」
……なんか、いつもの俺とは違う気がすんな。何というか、運動してる時に人と話してるからか、普段より爽やかになってる気がする。俺にこんな一面があったのか……。
「でも、大変だな。中学生のうちからそういうのは」
「はい。でも、とてもやり甲斐のあるお仕事なので、とても楽しいですよっ」
「それは何より」
……待てよ?中学生だよな?仕事って……どう考えても新聞配達か芸能界なんだが……アイドルとか?
いや、まさかね。多分、親が自経営してる店とかのお手伝いだろう。そんなポンポンとアイドルと知り合いになれてたまるか。
「水原さんは高校生ですよねっ。アルバイトとかしてないんですか?」
「してるよ。駅のテイクアウトの寿司屋。来てくれるなら優待券あげるけど。20%オフの」
「わー!ほんとですかっ?欲しいですっ」
「じゃ、今度また会ったらあげるよ」
「ありがとうございますっ」
「あ、でもわさび食える?サビ抜きはネタある時じゃないと作れないから、なるべく昼から18時くらいまでに来ないと作れないよ」
「大丈夫ですよっ。食べられますから」
「へ、へぇー……大人だな……」
「……わさび食べられないんですかっ?」
「………」
……食べれるもん。うちの寿司はわさびほとんど乗ってないし……。ネギトロ巻きと鉄火巻きにはたっぷり入ってるから食えないけど……我慢すれば何とか……。
「ま、まぁ、人の好みと年齢は関係ありませんからっ!」
「乙倉さんは良い人だなぁ……」
「そ、そんなことないですよっ」
俺の周りのトラプリどもなら間違いなくからかってくる。そんな悪女に囲まれてる俺の唯一の天使がこの子だ。
「そ、そうだっ。良かったら、私の作ったミックスジュース飲みますかっ?スポドリ奢っていただいたお礼に、今度作って来ますよっ」
「え、いやそんな手間掛かることは良いのに……」
「いえ、趣味みたいなものですからっ。今度、会う時にどうですか?」
「……そう?悪いな」
「いえいえっ」
ミックスジュースか……。うちの凛に作らせたらどうなる事だろうか……。絶対、嫌がらせで唐辛子大量にぶち込まれる。
そんなことを話してる時だ。ワンワンワン!と鳴き声が聞こえてきた。俺の一番苦手な鳴き声だ。
冷や汗をかくのと同時だった。声の聞こえてきた方を見ると、犬が牙をむき出しにして襲い掛かってきていた。
「っ⁉︎」
「きゃっ」
うろたえた俺の身体が横の乙倉さんにぶつかり、俺と一緒に土手から転がり落ちた。
転がりながら、何とか乙倉さんに怪我をさせないように、腕を引っ張って土手をゴロンゴロンと転がり落ちた。途中、頭とか腰とかを強打したものの、乙倉さんだけはなんとか怪我をさせないように抱きかかえてると、ザブンっと水の中にダイブした。
「ガボッ……⁉︎」
「っぷはっ……!ぺっ、ぺっ……!」
「っ、はぁ!はぁ……ご、ごめん、大丈夫か?」
「は、はいぃ……」
二人揃ってビショビショになりながら川から顔を出した。ふと顔を上げると、目の前に乙倉さんの顔がある。あと1cmほどでキスしてしまいそうな距離だ。
ボンッ、と俺の上に乗っている乙倉さんは顔を真っ赤にしたが、俺は凛である程度慣れていたので、落ち着いて声を掛けた。
「ごっ、ごごっ、ごめん!ち、ちちち近いよな!」
「いっ、いいいえ!こちらこそ……!お、重いですよね!今退きますねっ」
全然落ち着いてなかったが、乙倉さんも落ち着いていないのでイーブンだ。
慌てて俺から離れる乙倉さん。で、二人して水の中で顔を赤らめる。ど、どうしよう……。初対面の女の子とこんな……。しかも中学生の子を相手に……。
そんな事を考えてる時だ。再び「ワンワンワン!」の鳴き声。俺に襲い掛かってきた犬が猛然とこっちに駆けつけていた。慌てて逃げようとしたが、足を滑らせて再び水の中へ。
その隙に距離を詰めた犬は、俺にワイルドに襲い掛かり、足に噛み付いた。
「ガルルァッ!」
「ぎゃー!いだだだだ!てめっ、離せ離して離れて下さいお願いします!」
「きゃっ⁉︎み、水原さんっ、大丈夫ですかっ?」
「大丈夫だよ、それそういうの慣れてるから」
「えっ?」
突然、氷のように冷たい声が割り込んできた。犬なんかよりよっぽど恐ろしい声。その一言でキ○タマ鷲掴みされてる気分で命の危険を感じている。
当然、乙倉さんもその声の方を見た。そこには、俺の彼女である渋谷凛様が立っていた。
「り、凛さん⁉︎」
「おはよう、悠貴」
「どうしてここに……?」
「ん、犬の散歩してたら偶然。……ほら、ハナコ。美味しいのは分かるけど離れなさい」
「いだだだだ!足もげる、足もげるっつーの!お前らにはほんと俺がどんな風に見えてんだよ⁉︎」
凛が犬のリードを引っ張ると、犬は俺に唸りながらも、ほぼ無理矢理といった形で離れた。
そんな事よりもまずい。まるで浮気がバレた気分だ。全然、そんな気無いのに……。
「で、ナル。どういうこと?」
「へっ?な、ナル……?」
「ど、どういうことって何がでしょうか……」
「私、煩わしいの嫌いなの。今ので察せなかったのなら、ハナコのリード手放すけど」
「……朝のジョギング中に、そちらの乙倉悠貴さんと偶然出会まして、色々あって一緒に走っていた次第でございます」
「色々って何?」
「ちょっと、説明しにくいんです!でも誓って浮気とかではないので信じてください!」
「は?う、浮気……?へくちっ!」
一人、取り残されてる乙倉さんがくしゃみをした事により、凛は小さくため息をついた。
「……ま、話は後で聞くよ。とりあえず、ナルの家に行こうか。悠貴はシャワー浴びないと風邪引いちゃうしね」
「はっ、はいっ」
「……なんで俺だけ区切られたのでしょうか……」
俺の疑問は答えられる事なく、自宅に向かった。
×××
乙倉さんがシャワーを浴びている間、凛の尋問が始まった。ちなみに、ハナコは渋谷家に帰された。
事情をつまびらかに全て話すと、凛は小さくため息をついた。
「……ったく、本当に彼女をイラつかせるの上手いんだから」
「えっ……?」
「まぁ、ホントの話みたいだし、別に今回は不問にしてあげる」
「あ、ありがとうございます……」
助かった、のか……?ていうか、俺も早くシャワー浴びたいんだが……。タオルで体は拭いたものの、このままじゃ風邪引くわ。
と、思っていたら、凛は俺の前に座り込んだ。
「で、ナル?」
「は、はいっ」
「過程はどうあれ、さっき悠貴を抱き抱えてたよね?」
「えっ?いやあれは不可抗力……」
「抱き抱えてたよね?」
「は、はい……」
その直後だった。凛は俺に向かって抱きついてきた。ギュウッと抱きついた直後、俺の耳元で小声で囁いた。
「……悠貴の匂いが私に変わるまで、このまま耳を攻め続けるから」
「えっ……?せ、攻めって……」
直後、俺の耳の中に凛の舌が侵入して来た。ビクンッと俺の背中は跳ね上がったが、凛にガッチリと身体をロックされているため動けない。
「らーれ、りがはらいかられ♪(訳:だーめ、逃がさないからね♪)」
「っ、ひゃわっ……!り、凛……!どこをっ、舐めて……!」
な、何この高度な変態プレイ……!あ、ダメだ。脳が蕩ける……。頭が、真っ白になって……。
でも、情けない話で凛の方が俺より力は強い。ゲームは弱いが。ここから抜け出す事は出来ない。
なんとか乙倉さんの匂いが取れるまで待たなきゃいけないが、乙倉さんの匂いが取れるまでっていつまでだよ。お前ほんとに犬か。
あ、ダメだ。そもそも、凛の身体が密着してる時点で興奮はやばい。俺の陰部は徐々に肥大化していった。
密着してる凛が、それに気付かないはずがない。
「れろっ、ちゅぱ……。……ふぅん?興奮してるんだ?」
「ーっ!」
「……この変態。……れろっ」
た、だめだ……!これ以上はっ、死ぬ……!
そう思った時だ。洗面所の扉が開いた。
「シャワーいただきまし……あっ」
乙倉さんが出てきた。俺は即座にヤバいと思ったが、凛は気付いてるくせにやめようとしない。
そんな俺達を見て、乙倉さんは「……し、失礼しました……」と洗面所に戻った。
とにかく、俺はどんなことがあっても女の子とのああいったトラブルは絶対に避けようと心に誓った。