ナルの修学旅行最終日となった。私は東京駅の新幹線改札口前で待機していた。
確かナルの部屋に忍び込んで勝手に閲覧したしおりには、終わったら東京駅で解散と書いてあったはずだ。
いい加減、禁断症状が出そうになって来たので、とりあえずいち早く出迎えて抱きつこうというわけだ。
しかし、キツかったなぁ……この五日間。部屋に残ったナルの残り香やナルの寝顔写真でなんとか乗り越えられたけど、やっぱり夜は寂しくて泣いちゃったし。
……そういえば、ハナコが慰めてくれたなぁ。くぅーん、くぅーんって。うちのペットほんとに優しくてかわいい。願わくば、私の彼氏にも優しくしてあげて欲しい所だ。
そんな事を考えながら、ナルの帰還を待った。一応、サプライズのつもりのため、本人に迎えに来てることは伝えていない。
……まぁ、私の誘惑を「ホモなの?」ってレベルで堪えてるナルだし、案外けろっとしてるような気もするけどね……。
なんて考えながらしばらく待機してると、大阪方面から東京に来る新幹線が来た。
今度こそナル達の新幹線かな?とワクワクしてると、正解のようでゾロゾロと学生服の生徒達が出て来た。
先生に集合され、何か話すと解散してみんな帰宅し始めた。
「……」
……ナルの姿が見えない。何してるんだろう。
他の生徒達がゾロゾロと帰宅していく中、私は何とか姿を見られないように顔を隠しつつ、ナルの姿を探した。
私の目はナルを見つける事に関しては千里眼を超えてるので、見逃すはずはない。
……何してるんだろ、ナル。そう思ってるうちに、ほとんどの生徒が改札から出て行ってしまった。
まさか、対水原鳴海用特殊千里眼の精度が落ちてる……?そう思った直後、一番後ろから亀みたいな速度で歩いてくる男子生徒が見えた。
そっちに目を向けると、ナルがヨロヨロと歩いて来ていた。え、何してんのあの子。なんであんな腰曲がってんの?杖にしてるのは……木刀?
疲れた、のかな。それともイジメられた?だとしたらその人のこと暗殺しなきゃいけないんだけどな……。
色々と困惑してると、ナルが私を視界に入れた。直後、脱兎の如く走って来た。地面を蹴ってスーツケースと木刀を持ったまま猛然と。
新幹線の切符を入れ、改札口にスーツケースを手放して通し、本人は側方倒立回転を改札の上で華麗に舞ってから通り過ぎ、スーツケースの上に着地してそのまま私の方に向かってくる。
え、ちょっ……何?何してんの?すごくない?WAR F○AME?と狼狽えたのも束の間。スーツケースの上から跳んで私に飛びついて来た。
「りぃーーーんーーーッ‼︎」
「ええええっ⁉︎」
なんで跳ぶのなんで跳ぶのなんで跳ぶの⁉︎
とりあえず受け止めようと思い、私も手を広げてナルの体を掴むと、勢いを逃すように左に回転し、何度か回ってからようやく落ち着いた。
「な、ナル……?どうしたの?」
「……さみしかった」
「グッ……!」
な、何これ……誰?ギャップ差による可愛さの破壊力がヤバ過ぎてダメージが……!
「ど、どうしたの?そんな、寂しいなんて……」
「……修学旅行の間、まさか彼女に会えないのがこんな苦しいものだとは……最初の3日は平気だったんだけど……その後から凛の幻覚を見始めて……」
「私も見たよ、ナルの幻覚」
「ヤバイと思ってスマホに入ってる凛の写真見たんだけど、もう時すでに遅しって感じで……」
……そっか。それならナルに写真以外も……例えば、そうだな。パン……いやブラでも渡しておけば良かったかも。
「……まぁ、話は帰ったら聞くから、とりあえず戻ろう?」
「ところでなんで凛はここにいるの?」
「迎えに来てあげたの」
「ーっ……」
……迎えに来てあげただけで照れるってどこまでピュアなの、私の彼氏。
×××
で、ナルの部屋。荷物を整理することもなく、ナルは私にずっとくっついていた。普段とは全く逆である。
私の膝の上に頭を置いて、ぎゅーっとしがみついてるナルを見て、私の思う感情は一つだけだった。
「……尊い……」
何この子、ほんとに何?なんだろう、可愛い彼氏って。え、ほんとに何?この人。
「……あの、ナル?」
「……ごめん、もう少し待って」
「う、うん……」
そのまましばらく抱き枕にされた後、満足したナルがようやく離れた。
「ふぅ……もう大丈夫。悪いな、凛」
「いや、それは良いんだけど……。何、そんなに私がいないとダメだったの?」
「うん」
「えっ?」
思いの外、即答で返して来た。え、私がいないとダメなの……?依存されてると思えば嬉しいけど……。
「もうほんとに。凛がいなくなって初めて分かった。彼女と一緒にいられない時間があんなにキツイとは……」
「……ま、まぁ、そうだね。私もキツかったし……」
「だから、その……もうしばらく凛と離れたくない」
「〜〜〜っ……」
……まずいな、なんと言えば良いのか……。まぁ、一言で言えば死にそう。まさか、そっちからガンガン来る時が来るとは……。
でも、いつもからかってる立場でこの真っ赤になった顔を見せるわけにはいかない。
「あれ?凛、顔赤……」
「ーっ!」
慌ててナルを抱き締めて誤魔化した。危ない危ない、バレるとこだった。
と、思ったら、ナルは抱きしめ返して来た。で、グイっとこっちの方に体重をかけ、私を押し倒して顔の横に手をついた。
「……やっぱり、真っ赤だ」
「……な、ナル?どうしたの……?」
なんか、前より積極的な気が……。というか、私が力でナルに負けるなんて……。
「……まぁ、修学旅行で色々あったんだよ」
「色々、って……?」
「まぁ、その……何?修学旅行で一人で歩いてたからかな、小早川さんとかいう人が塩見さんって人と逸れて迷子になったらしくて」
……聞き覚えがあるなぁ。というか、彼女といるのに他の女の子の話?
「塩見さんを探すまでの間ずっと一緒に居たんだけど、なんか相談乗ってくれてさ。クラスに友達いないとか、彼女になめられまくってるとか」
「で?」
「男ならもっと男らしくしろ、みたいなアドバイスもらって。だから、その……何?凛の前だけでも、男らしくいようと思って」
今回は許す、紗枝には今度着物のコスチュームが買えるまでメセタ回収手伝ってあげよう。
男らしく押し倒される、という事は……つまり、その……アレだよね。エッチなこと、だよね……。
それも、ナルの方から来てくれる。告白やキスは全部私からだったけど、エッチだけはナルの方から……!
フッと目を閉じて、気持ち唇を尖らせてキス待ち顔という奴になった。さぁ、いつでも良いよ……!
「……」
「……」
……あれ?中々来ないな……。もしかして焦らしてる?まったく、相手にリードを任せるのも中々不安になるなぁ……。まぁ、私はナルの攻めならどんなのでも受け入れるけど。
「……」
「……ふぅ」
……あれ?一息つく声が聞こえたような……。ていうか、幾ら何でも遅過ぎじゃない?
恐る恐る目を開けると、ナルはいつのまにか私の上から退いて何故か筋トレをしていた。
「……え、ナル?何してんの?」
「……まずは、男らしくっ……筋肉から……!」
「……」
こいつ、本当に……!流石にカチンと来た。や、本当に。
せっせと腕立てをするナルの背後に忍び寄り、腰の辺りに馬乗りになった。
突然、44kgの体重をかけられたナルはズコッとその場で崩れ落ちた。
「っ⁉︎ な、なんぞ⁉︎」
「はいこのまま腕立て100回」
「り、凛!無理だから!これは無理!」
「男らしくなりたいんでしょ?」
「いや別にゴリラになりたいわけじゃねーから!」
「女の子一人乗ったくらいで腕立て出来ないんじゃ男と言えないから」
「……り、凛。なんか怒ってない……?」
「別に。ほら早く」
潰したまま動かなかった。
×××
夜中。ゲームをしてご飯を食べ終えて、今はお風呂。ナルは先にお風呂に入って、今は布団を敷いている。
……しかし、ナルには本当に不満しか出ない。なんだろうね、あの子。ムカつくというかなんというか……超ヘタレ鈍感というか……。
私のムラムラはどこで発散すれば良いのか全然分からない。ナルの部屋でマスタ○ベーションなんてしたくないし……。
私だってそれなりに勇気を振り絞ってるんだから、断るにしてもちゃんと応えて欲しい。
「……はぁ」
もしかして、ナルって性欲とか無い病気なのかな……。
どうせ相談するなら、私に誘われてる事も相談してくれれば良いのに……。
……奏さん辺りに相談してみようかな。あの経験豊富そうな人なら何でも答えてくれそう。男の上手な誘い方とか。
そんなことをぼんやり考えながらシャワーを終えて湯船に浸かった。
「ふー……」
……気持ち良い。最初はナルの残り湯に浸かるだけでも興奮したけど、かなり慣れたな……。
小さく息を吐きながら下を向くと、控えめな胸が目に入った。私のユニット組んでる人って、基本的に胸大きい人が多いよね……。
卯月も未央も奈緒も加蓮も普通に83以上ある。「3しか変わらないじゃん」という人は視力を思い出して欲しい。小数点の世界なのにかなり見え方が違う、それと同じだ。数字が大きい人には小さい人の気持ちが分からないというのも。
……もしかして、ナルは大きい人じゃないと欲情しないのかな……。
「……奏さんにもう一つ相談してみよう」
そんな呟きを漏らしながらもしばらくボンヤリした。
10分後くらい、ボンヤリし過ぎてたのか逆上せてきたのでお風呂から上がった。
体を拭いてパンツを履いて、パジャマに着替えた。ドライヤーで髪を乾かし、洗面所を出ると布団が敷いてあった。
「お待たせ、寝よっか」
「……」
声をかけるも、ナルから返事はない。ただ布団の上で座っていた。
「ナル?」
背後に近づいて、あすなろ抱きしながら声を掛けた直後だ。
突然、振り向いたナルは私の唇に唇を重ねて来た。ググッと押し付けられること数秒、後ろに押し倒され、そのまま固まった。
ようやく離れ、プハッと二人して息を吐いた。思わず口を手の甲で拭いながら聞いてしまった。
「……な、何……?」
「……」
顔を真っ赤にしてる癖に、少しでも男らしくあろうという決心だろうか、顔を隠さずに私の顔の横に両手をついたナルは、震え声で言った。
「……小早川さんに相談した時、『346アイドルについて語るスレ』みたいなのを見つけたんだ」
「……で?」
「……それで、その……中には『渋谷凛ちゃん、あの子を犯したい』みたいなコメントがあって……」
あの人なんてもの見てるの……。いや、案外見て笑ってそう。周子さん辺りと一緒に。
「それで……その、本当はお互いに18歳まで待とうと思ってたんだけど……万が一、変なストーカーに襲われるなんて事になったら嫌だから。……だから……」
「……」
……まぁ、言い分は分かった。
「……でも、なんで……そんな、急に……。ナルなら、私に許可とか、求めてると……」
「……凛が誘って来てるのは分かってたし、それに……」
そこで言葉を切って、少し目を逸らした後に再び私と目を合わせて言った。
「……凛は、こういう方が好きだと、思って……」
「……」
その通りだよ本当に。
「で、でも……ゴムとか……」
そう聞くと、ナルは自分のズボンのポケットから箱ごと取り出した。
「京都産」
ゴムに京都産も何もないでしょ……。あ、ようじ屋のゴムとか?そんなのあんの?
でも、ここまでされたら私も断れないかな。受け入れようと思った時、ナルが突然顔色を悪くして聞いて来た。
「……あの、ほんとに良い?」
「……」
やっぱり、ナルはナルだったか……。多分、さっきの流れもチキッただけなんだろうな。
とにかく、その問いにはこちらからのディープキスで応えた。
そこから先は何をしたのか深く言えないが、とりあえず奏さんに相談する内容がなくなったとだけ言っておく。
×××
翌朝、目を覚ますとナルの姿はなかった。
私は初夜を迎えた事を思い出し、その辺に散らばってる寝間着と下着をつけた。
居間に入ると、ナルは朝ご飯を作っていた。
「おはよう、凛」
「……あ、うん。おはよう」
……顔を見ると昨日のことを思い出して顔が真っ赤になってしまう。うう……ナルの奴、エッチになるとあんなサドになるんだから……。
頬を赤らめてる私とは対照的に、ナルは平気な顔でフライパンを振っていた。
……なんか、ムカつく。私だけ意識してバカみたいじゃん。
脇腹を突いてやろうと思い、台所に移動してナルを見ると、何故か裸エプロンだった。
「……え、ナル?どうしたのその格好」
「? 何が?」
「いや……え、そういう趣味?」
それは正直引くんだけど……。
と、思ってると、ナルが張ってるフライパンの上には菜箸とスプーンが乗っていた。
「って、ナル⁉︎何してんの⁉︎」
「何って、朝飯作ってんだよ。もう少し待っててな」
「何を食べさせる気⁉︎」
え、何?どうしたのこの子⁉︎
色々とワタワタしてしまったが、とりあえずガスは消さないと危ない。
慌てて火を止めると、ポタッと何か垂れる音がした。赤い水滴がナルの指から垂れた。
「って、何その大量の切り傷⁉︎」
「裂傷ダメージ入った」
「な、何言ってんの⁉︎ちょっ、ナル落ち着いて!」
「落ち着いてるよー、俺はー。あははははー」
そんなわけで、ナルと初夜を迎えて、ナルが壊れた。ヘタレが頑張って勇気を振り絞って性行為をすると、バグが発生することがわかった。
ナルのバグは一週間続いた。