ある日、私はいつものようにナルの部屋に遊びに来た。呼び鈴を押すと、数秒してからナルが玄関から顔を出した。
「ん……凛、どうしたの?」
「遊びに来たの。ゲームやらない?」
「了解。入って」
「お邪魔しまーす」
部屋に上がり、靴を脱いで部屋の奥に進むと、背後からカチャリと鍵を閉める音が聞こえた。その音がいつもより静かに冷たく私の耳に響いた。
閉めたのはもちろん、ナルしかいない。いつもと様子の違うナルに気になったので聞いた。
「……ナル?」
「何?」
「ど、どうしたの……? 鍵なんて、閉めて……」
気になって聞いてみたものの、ナルは薄く冷たい笑みを浮かべたままこっちに歩いて来た。私は思わず後退りしたが、すぐに壁際に追い詰められてしまった。
その私の顎に、ナルは親指と人差し指を添えて、くいっといつの間にか私より高い位置にある自分の顔の方に向けた。
「……凛、かわいいよ」
「うえっ⁉︎ なっ、何⁉︎ いきなり……!」
「そうやって、普段はそっちからグイグイ来るのに、珍しく怯えてる凛はとても可愛いな」
「ーっ⁉︎」
「……いじめたくなるくらいに」
直後、私の陰部に電気が走ったような快楽が走った。ズボン越しに、ナルの中指と人差し指が私の秘部に当てられていた。
「ーっ、なっ……ナル……⁉︎ いっ、いきなり…何を……!」
「……凛はさ、同意を得られるよりもこうして無理矢理不意打ちで犯される方が好きなんだろ?」
「そっ…そんなこと……!」
「その割にはよく濡れてるじゃん」
「〜〜〜っ!」
恥ずかしさと驚きと小さな歓喜で涙が浮かべられてる目でナルを睨むが、ナルは全く平気そうな顔で私を見下ろしていた。
「凛……可愛いよ。その食べられる直前のウサギみたいな顔……」
「っ……っ……」
「……どうして欲しい? 正直に答えてごらん?」
「……」
私は唇を震わせながらも、抵抗する事さえ敵わず、むしろ懇願するように答えた。
「……私を、後ろからメチャクチャにっ、して下さい……!」
「おーい。起きろ凛ー」
「わひゃあっ⁉︎」
直後、目を覚ますと共に目の前に奈緒の顔があってビックリし、思わず顔面に枕を叩きつけながら上半身を起こした。
「わっぷ⁉︎ なっ、何すんだよ凛⁉︎」
「ーっ、ーっ……!」
ゆ、夢、か……! 私ってば……なんて夢を……!
いまだにバクバク言ってる心臓を片手で抑えながら、荒れてる呼吸を整えた。
「……どうかされましたか? 凛さん……」
文香も同じように声を掛けて来た。加蓮も心配そうな……いや、あれは心配してないな。むしろニヤニヤしながらこっちを見ていた。
冷静に現状を把握することにした。現在、トライアドプリムスの沖縄での撮影会。それに彼氏の修学旅行が重なったとのことで追いかけて来た文香との四人部屋。
今日はその最終日だ。ナルと全然会えなくなり、出発日前日にディープキスをして成分を補充したものの、やはりその反動で変な夢を見てしまったようだ。
「……大丈夫ですか?」
「……う、うん……平気」
「おい、あたしに枕投げたの謝れよ」
「もう朝?」
「……はい。おはようございます」
「おい、凛? あたしだって怒る事は怒るんだぞ?」
「じゃあ、もう準備した方が良いかな」
「……そうですね。あと20分で朝食のお時間ですから」
「凛、おーい! 泣くぞあたし!」
言われて、私はとりあえず下半身にだけ掛かってる布団をどかそうと思って手をかけた時、下半身に違和感を感じた。
周りのメンバーに見られないように布団の中でズボンの中に手を突っ込んでパンツに手を当てると、真夏の寝汗よりもじっとり濡れていた。
「〜〜〜っ⁉︎ わ、私シャワー浴びる!」
慌てて洗面所に入った。
「どうしたんだ? 凛の奴」
「……? 何かあったのでしょうか?」
「文香さんなら分かりそうな生理現象だよ」
そんな声が扉の向こうから聞こえて来た。加蓮には後で口止め料を払わないとね……。
×××
シャワーを浴び終えてからスマホを見ると、ナルからL○NEが来ていた。
上野ナル『今日帰って来るんでしょ?』
上野ナルって……もう別人の名前だよねそれ……。
半ば呆れながら返信した。
渋谷凛『うん』
上野ナル『じゃ、改札にいるから』
渋谷凛『了解。お土産買って行くね』
それだけ言ってスマホの画面を落とした。……名前、上野ナルで良かったかもしれない。水原鳴海とかだと朝の夢を思い出しちゃうかもしれない。
「……はぁ」
……だめだ、なんて変な夢を見ちゃったんだろう……。忘れないと。
とりあえず、着替えとドライヤーと歯磨きを済ませて洗面所を出た。下着とか櫛とかを鞄にしまい、いつでも帰れる準備を済ませると、加蓮や奈緒、文香が待っていた。
「お待たせ」
「じゃ、行こうか」
加蓮の合図で四人で部屋を出て廊下歩いた。朝食はビュッフェ。四人でお皿に並んでる食材を取って席に座った。
「……加蓮、ポテト取りすぎじゃないか?」
「良いじゃん、好きなんだもん」
「残しても食べてあげないからな」
「なんでよー。良いじゃんー」
「……ま、まぁまぁ、もし食べられなかったら私がお手伝いしますから」
「おおー、さすが文香さん! 彼氏持ちは違うね!」
「……そ、それは関係ないと思うのですが……」
なんてみんながお話ししてる中、私も呆れたように口を挟んだ。
「文香、あまり加蓮を甘やかさないようにね。その子、すぐに調子に乗るから」
「……そうですか?」
「ちょっとー、人を子供みたいに言わないでよー。大体、凛だって彼氏に甘やかされてるじゃん」
「わ、私の場合は良いの。恋人なんだし」
「うわー……奈緒、今の聞いた?」
「ああ。バカップルまんまだな。甘やかされてる感がすごい」
「うるさいよ」
まったく、この二人はすぐにそういう話を……。
「大体、文香だって今はお姉さんしてる分、彼氏には甘えてるんでしょ?」
「っ……そ、そうですね……。私は、恥ずかしながら甘えてしまっています……」
うっ……文香は素直だな……。そういうところが大人というかお姉さんっぽいと言うか……。
まぁ、かくいう私もナルに甘えてる自覚はある。私より女子力高いし。とりあえず、みんな満足したのかとりあえず席に座った。
いただきます、と手を合わせて食べ始めた。
「ん、美味しい」
「それなー」
「でも、唐揚げはナルの作った奴の方が美味しい」
「……そうですね。この卵焼きは千秋くんの作った奴の方が美味しいです」
「あ、このほうれん草のバター炒めはナルのが美味しい」
「……こちらのウィンナーは千秋くんの方が美味しいです」
「……」
「……」
私と文香はジロリと睨み合った。
「ナルの方が料理うまいからね? そっちの彼氏がどうなのか知らないけど」
「……いえ、千秋くんの方が美味しいです。誕生日に作ってくれたケーキは絶品でしたから」
「ナルは元々家のお手伝いとかしてたんだろうね。だから料理上手なんだよ。所詮、一人暮らしを始めるために……ようは自分のために料理ができるようになった人とは出来が違うから」
「……千秋くんが料理をするのは私のためですから。恋人のためへの料理が一番美味しいと思いますよ?」
「それ所詮、精神論だよね。私は『誰かのための料理』を作ってきた期間の話をしてるから」
「……期間が長ければ技術が上なわけではありませんから。凛さん、私よりゲーム歴長いですけど私より上手くないですよね?」
「……私は下手でも良いもん。ナルと組めば大体の敵は倒せるし」
「……千秋くんの方が上手ですけどね」
「……」
「……」
え、何? まさかあのヘタレキングよりナルの方がダメだって言いたいの?
私と文香の間でバチバチと火花を散らしてると、横から加蓮が口を挟んで来た。
「二人とも、惚気合戦は場所を選んで」
「……」
「……」
顔を赤くして二人して黙った。
×××
長い時間をかけて最寄駅に到着した。改札を通ると、ナルが待っていた。
「おかえり」
「ただいま。今回は大丈夫?」
「ああ。奈緒から凛の水着写真送られて来たし」
「……そっか」
その件に関しては奈緒を怒る必要があるな……。
すると、ナルが私のスーツケースとリュックを持ってくれた。
「俺が持つよ」
「……良いの? ありがと」
「じゃ、帰るか。家まで送るよ」
「うん」
二人で駅から出た。駅の駐輪場にはナルの自転車が止まってた。
「良いよ、乗って」
「え?」
「凛疲れてると思ったから自転車で来たんだ」
「わざわざありがとね」
やっぱり、ナルは優しい。そこらにいる男の優しさではないよね。
ありがたく自転車に乗って、二人で帰宅し始めた。
「ね、ナル。うちに泊まっていかない?」
「え、でも疲れてるでしょ?」
「ナルがいれば疲れなんて感じないの」
「着替えは……」
「私のがあるじゃん」
「えぇ……なんか今更ながら女装してる気分で嫌なんだけど……」
「可愛いから大丈夫だよ」
「嬉しくないからな。……はぁ、彼女に可愛いって言われる俺は何なんだよ……」
可愛いものは仕方ないじゃん。
そんな話をしてるうちに、私の家に到着した。それと共にナルは私の背中に隠れた。
「……何?」
「ハナコ」
「了解」
ほら可愛い。仕方ないのでハナコに挨拶してからリビングに行っててもらうと、二人で家の中に入った。
「ただいま」
「あら、おかえりなさ……あ、鳴海くん。いらっしゃい」
「お邪魔します。……あの、凛が泊まっていけって言うんですけど……ご迷惑じゃないですか?」
「平気よ。避妊はしっかりね?」
「なっ、何もしませんよ!」
……え? しないの? あ、いやまぁその辺は後で聞けば良いかな。
っと、お母さんにもお土産渡さないと。ナルに持ってもらってる鞄から大きな袋を取り出した。
「あ、お母さん。お土産」
「あら、わざわざごめんね」
「ちんすこうとサーターアンダギーの冷食」
「ありがとう」
「他にも色々入ってるから。お父さんと食べてね」
「うん」
それだけ言って二人で私の部屋に上がった。あー、疲れたけど楽しかった。プロデューサーも普通に観光としても色んな場所連れて行ってくれたし。
そんな事を考えてると、ガチャリという嫌に静かな音が耳に響いた。ふと後ろを見ると、ナルが私の部屋の扉を閉めていた。
「……えっ、なんで閉めるの?」
聞いたものの、返事はない。ナルはキョトンとした様子のまま私の方に歩いて来た。
……え、ちょっ、嘘でしょ……? まさか、夢と、同じ……?
思わず私も同じように後退りしてしまったが、ナルは歩みを止めない。私の方にまっすぐ歩いて来て、私の方に手を伸ばした。正直、満更でもなかった私は覚悟を決めるようにキュッと目を瞑った。
何をされるのか、ディープキスか耳を舐められるのか無理矢理目を開けさせられるのか……と、思ったらナルは私を思いっきり抱きしめて来た。
「ああああ……やっと、やっと凛に触れる……」
「……」
……ああ、だよね。ナルだもんね……。でも、こっちの方がナルらしいし、別に良いかな。私もナルを抱き締め返した。
「んー……何日か振りのナルの匂い……」
「……今日は風呂以外こうしてくっついてような……」
「うん……」
しばらく抱き合ったけど、抱かれる(意味深)ようなことは無かった。