冬休み、凛が忙しそうにしてるため、俺は暇をもてあますことになっていた。
だが、年末は一緒にいる約束をしてしまってるし、実家に帰るわけにもいかない。一人でゲームとかやってたが、どれも一人でやっても楽しくない。やはり、凛と一緒じゃなければ嫌だ。
……はぁ、今日はせっかくのクリスマスなのに、顔も合わせられないカップルなんて俺達くらいじゃねぇのか。
なんだか憂鬱だが、まぁ仕方ないね。その分、バイトはたくさん入れたし、来月の俺の財布は分厚くなる事だろう。この金で凛に何か買ってやるか。
でも、凛に会えないのは寂しいわ、やっぱり。多分、人一倍カマちょのあいつもだろうけど、何か会えるキッカケは無いかなーなんて思ってしまうのは悪いことだろうか。
……悪いよな。凛の邪魔する事を願ってるようなもんだし。もう少し我慢出来るようにならないと。
「……なんか漫画読もう」
ゲームやると凛のこと思い出しちゃうからな。
駅前の古本屋に歩いて漫画を読み始めた。ソードアート・オンラインの漫画の方。
……アスナとキリトが目の前でイチャイチャしてやがる……。こいつらはいつでも会えて良いなぁ。
「……って、いかんいかんいかん」
恋愛要素の絡むもんは読んではダメだ。目の前でイチャつかれて腹立つことこの上ない。
別の、もっとこう……ゴリゴリのバトル漫画を読みたい。そう思って、ナルトを手に取った。最後のナルトvsサスケが見たい。
そう、この最後に吹っ飛んだ腕が血で繋がってんのはマジでズルいわ。サスケも死ななくて良かった。ぶっちゃけ絶対死ぬと思ってたから。
そう思って読み進めてると、ナルトとヒナタが結婚し、子供に恵まれてるページを開いて漫画本を閉じた。
……どいつもこいつも畜生め。だめだ、ドラゴンボールもワンピースもBLEACHも多少の恋愛要素が必ず絡む。なんだよ、強けりゃリア充かよ。
あー、なんで彼女いるのにこんな思いしなきゃいけないんだか。
「……誰かに構ってもらおう」
古本屋を出てスマホを取り出した。L○NEの友だちの所を眺める。乙倉悠貴、神谷奈緒、河村優衣、島村卯月、北条加蓮の五人。あとは家族とバイト先しか入ってないので除外。
……誰を選んでも凛に狩られる未来しか見えない……。いや、許可取れば平気なんだろうけど、それでも理屈ではなく本能で殺される。
「はぁ……我慢するしかないか……」
まぁ、幸いスマホにこういう時のために撮っておいた渋谷凛画像集がある。そこ、むしろストーカー臭がするとか言わない。
俺と凛が二人で大学に行って同棲が始まるまではずっと一緒に居られるわけじゃないんだから、このくらいは当たり前だろう。
「よし、帰ろう」
とりあえず、何してても凛と繋がる事はわかった。なら、何もせずに寝てれば良い。
……はぁ、嫌な冬休みだな……。凛にバレたら怒られるかも……。でも、会いたい思うと辛くなるだけだ。それなら、むしろ凛に怒られたいわ。あれ、なんか自分で自分が何考えてるのか分からなくなってきた。
ダメだ、あまりの悲しさに脳が働いてない。しっかりしろ、俺。俺は彼女いるんだ、悲しいクリスマスでもリア充なんだ。
「……あっ」
い、今目の前でカップルがキスをした……。
ぜ、全然……! 全然悔しくなんかねーからなー!
心の中で捨て台詞を吐きながら、走って自分のアパートに帰った。さっさと寝る! もうこんな日は寝るに限る!
そう決めてアパートに到着すると、どっかで見たことある犬が俺のアパートの前で座っていた。
「……あ、凛の犬」
「ガルルルッ……!」
な、なんで、ここに……ちゃんと家で繋いでないのかよ……あ、リードが切れてる……。
や、ヤバイ……狩られる……! 凛に狩られる前に……。
その場で動けなくなってると、俺に牙を剥いていた犬はその怒りを鎮めると、俺の前に歩いて来た。
な、なんだ……? まさか、サイレントキラーの如く気配を消して暗殺するつもりか⁉︎ で、でもダメだ……! 怖くて、動けない……!
一人情けなく犬の接近を許してると、犬は俺の足の臭いを嗅ぐと、俺の顔を見て逆の方向に体を向けた。まるで「ついてこい」と言われてる気分だ。
「え、ついて行けば良いのか? 凛の犬」
「ガルルルッ!」
「違ったハナコ様!」
言葉わかんの⁉︎ 嘘でしょ⁉︎
と、とにかく逆らったら殺されそうだし、付いて行くしかないか……。
切れたリードの先端を握って歩き始めた。……ていうか、凛のご両親の許可はちゃんと得てるんだろうなこの犬。
「……一応、連絡しておくか」
と言っても、俺が連絡すると怪我の心配とかされそうだしな……。
……あれ? そういえばそもそも、こいつは俺と散歩するためにここに来たのか? わざわざ見かけたら噛みに来る癖に?
「……もしかして、寂しいのか?」
「わん」
あ、寂しいんだ……。多分、家族は仕事で忙しかったりするんだろう。普段なら凛が構ってくれるが、その凛も仕事でいないからうちに来たんだろう。
いや、それでもなんでうちに来るんだよ。いつも俺のこと噛んでくる癖に、自分が退屈になったら甘えてきやがって。
「……けっ、調子の良い野郎だ」
「グルルルッ……‼︎」
「う、嘘です……すみませんでした……」
違った、この犬にとって俺は奴隷と変わらないようだ。
正直、生きた心地がしないが、殺されるよりはましだ。千切れたリードを手に取って散歩を始めた。
目の前の犬改めハナコ様が歩き、俺がその後をついて行く。俺が散歩させられている気分だった。
しかし、俺を先導してると言うことは、この犬にも行きたい場所があるのか? 或いは、散歩コースが決まってるのか。いずれにしても、良い暇潰しにはなりそうだな。
一人と一匹で冬の街を歩く。雪は降っていないが、明日の夜辺りには来そうな天気だ。
俺はともかく、ハナコ様は寒くないのかな。だってそれ全裸でしょ? ……あ、そうだ。
「ハナコ様」
声を掛けると足を止めた。ポケットからホッカイロを出すと、ハナコ様の首輪に手を伸ばした。
「これ、使うか?」
「ガウッ!」
「余計なお世話でしたねすみません!」
だ、だよね……。うちの実家の猫にも同じことして怒られたし……。
とりあえず、黙ってハナコ様の後を続いた。
しかし、こうして東京で散歩するのは初めてかもしれない。高校入学してからはなるべく外に出ないようにしていたし、凛とは出掛けずにゲームしてることの方が多かったから。
東京なんてビルばかりだと思っていたが、そうでもないみたいだ。民家の間を歩いてる限りは割と田舎と変わらないかもしれない。いや、うちの方の田んぼと山と川しかないど田舎とは流石に違うけど。
寒いのを除けば、こうしてるのも悪くないなんて思いながらのんびり歩いてると、ハナコ様が横の公園に入った。
「ここ?」
「わん」
ふむ、いつもここに通ってんのか。確かに凛の家から見ても、散歩の休憩場所として使えそうな距離にある。
こりゃ俺も休憩しようかな、自販機あるしとか思いながらベンチに座ると、ハナコ様が公園の隅の草の中で脱糞してた。
「……」
……あの、スコップとか袋とか無いんですけど。どうしてくれんだよこの駄犬……。
えーっと、こういう場合はどうすりゃ良いんだ……? 放置もするわけにいかねーし……どうにかしてその辺に埋めれば良いのか?
しかし、都合よくスコップなんてないだろ……あ、あったわ。子供の忘れ物っぽいのが砂場に。
それを手に取り、糞の横を穴掘って、木の枝で摘んで穴に入れると、塞いだ。
「ふぅ、良い仕事した」
お前一つ貸しだからな、とか思いながら自販機でコンポタを買ってベンチに座って一息ついた。
「ふぅ……」
時刻は19時過ぎ。そろそろ帰ったほうが良い気もするが……まぁハナコ様に俺は抗えない。
生類憐みの令然り、お犬様が満足するまで俺はお付き合いさせてもらうとしよう。
そんなわけで、散歩を再開した。それからハナコ様に続いていつもの散歩コースを歩いた。
最初は犬について歩くのなんて、キラが出現した後の犯罪者の心地だったが、中々楽しくなってきた。
特に、凛がいつも見ている風景を眺められて、なんだか少し嬉しい気がする。彼女のことは胸のホクロの数まで知りたい派だからな。まぁ、実際に凛の胸なんて見たら気絶しそうなものだが。いい加減、このヘタレ根性をなんとかしたいぜ。
そんなこんなで、さらに散歩を続けた。というか、散歩長くない? さすがに疲れて来たんだけど……。
かれこれもう三時間くらい歩いてるぞ。凛っていつもこんなに長く歩いてんのか? いや、そんなわけないよね。
「ハナコ様、まだ散歩する?」
「ガウ」
「そ、そうですよね……すみません……」
まぁ、ハナコ様も寂しいんだろう。たまには一人、何もかも忘れて歩き回りたくなるよな。
仕方ない、ここは男を見せるところだろう。ハナコ様の寂しさが消えるまで付き合うとするさ。
そんな時だった。ハナコ様の鼻がピクッと動き、何処かに顔を向けた。で、慌てて走り出したため、俺も引っ張られる形で走り出した。
「っ、は、ハナコ様⁉︎」
な、なんで急に走るの⁉︎ なんかあった⁉︎
スイスイと街を抜けて、走った先は駅だった。って、駅⁉︎ この駅は割と大きくてイルミネーションすごいんだから、クリスマスにここに来るとカップルがたくさん……!
そう思った頃には遅かった。カップルだらけのキラキラしたイルミネーションの中、俺は犬の散歩をしていた。
どこを向いてもイチャイチャしてるカップルだらけ。明らかに俺だけ浮いていた。
だが、無邪気にもハナコ様はハッハッハッと息を切らして駅の方を黙って眺めて動こうとしない。
「あ、あの……ハナコ様、帰りません?」
「グルルルッ……!」
「っ、す、すみませんでした……」
……な、なんだよぅ……。というか、犬にここまで怯える俺ってなんだよ……。
そんな風にクリスマスにショックを受けてる時だった。わんっ、とハナコ様が吠えた。
何事かと思って辺りを見回した時だ。
「……ハナコと、ナル……?」
聞き覚えのある声が聞こえた。ふとそっちを見ると、凛が驚いた表情で立っていた。
え、なんで凛がいんの……? と、思ったのもつかの間。ハナコ様がキャンキャン騒ぎながら俺の足元を飛び跳ねた後、凛の方に走って胸に飛び込んだ。
「きゃっ、は、ハナコ……! ていうか、どんな組み合わせ……?」
「あ、ああ……えっと……」
ど、どうしよう……なんて言えば良いのかな……。犬に連れ回されてましたなんて言えねーよな……。
でも、他になんて伝えれば……いや、とりあえず何か言わないと……。
「……き、来ちゃった……」
言ってから後悔した。俺は彼女かよ……。
案の定、凛の方からプフッと吹き出すような声が漏れた。
わ、笑われた……。頬を赤らめて、俯きながら凛の顔を見上げると、目尻に若干、涙を浮かべて微笑んでいた。
「もうっ……何それ」
微笑んだ凛は、ハナコ様を左手で抱っこしたまま俺の方に近寄り、右腕を俺の後ろに回して抱きしめてきた。
「っ、り、凛……⁉︎」
「会いたかった、ナル……」
「な、泣くほど……?」
「……クリスマスだからね」
「関係あんのそれ……?」
そう言いながらも、気が付けば俺も凛を抱きしめていた。ああ、久し振りの凛の声、凛の匂い、凛の温もりだ……。ずっとこのままでいたいと思ってしまうほどだ。
しかし、いつまでもこうしてると目立ってしまう。大胆にハグしてる奴らなんて俺らくらいだ。
「凛、移動しよう」
「……離れちゃうの?」
「凛の部屋でくっ付けば良いさ」
「……そうだね」
そう言うと、凛は俺から離れてハナコ様を地面に置いた。
俺と凛はハナコ様を眺めた。おそらくだが、多分この子が俺と凛を引き合わせてくれたんだろう。定春くらい頭の良い犬だ。
「……ありがと、ハナコ」
同じ事を思った凛がハナコ様の頭を撫でて、二人でハナコ様のリードを持って凛の部屋に帰宅した。