今年も残り二日、そんな日に俺と凛は秋葉原でゲームを購入した。今年最後の生放送を無事に終え、次の生放送はレトロゲームでも、というわけでゲームを買いに来ていた。
とりあえず、次にやるゲームは決まったので、購入した所だ。この前の放送は凛に足引っ張られっぱなしだったからなぁ。今回はもう少し頑張ってもらいたいものだ。
そんな事を考えながら歩いてると、凛が「あっ」と声を漏らした。
「ね、ナル」
「何?」
「ちょっとヨ○バシ寄っても良い?」
「良いよ。なんか買うん?」
「ん、いや卯月に一緒にプラモ作ろって言われて、どんなのがあるのか見ておきたいの」
……あの人、ビルダーになったんだっけか。まぁ、うん。頑張って下さい。
「しかし、ガンプラねぇ……」
「ナルも作る?」
「いや、凛と二人でなら作るけど……」
「もちろん、そのつもりだよ」
「なら良いよ」
そんな話をしながら、二人でヨ○バシに入った。プラモが売ってるのは6階。普通ならもっと客で賑わっていても良い場所だが、閉店間際の時間だからか、あまり人はいない。
「これはさっさとプラモ見て回らないとな」
「? なんで?」
「閉店時間が近いからだよ。お店の迷惑だろ」
「別に気にしなくて良くない? 私達、お客さんなんだし」
「出たよ、バイトしたことない奴のセリフ。バイトしてる身としては、閉店間際まで居られると迷惑なんだよ」
夏休み前にバイトに入ってきた河村くんも言ってた。締め作業が遅くなるし、店長とか早く帰りたい族だから機嫌悪くするし。
しかし、忘れていたが凛は個人経営の花屋の娘だ。「こいつ何言ってんの?」みたいな顔で聞き返してきた。
「むしろ年末にもお客様に立ち寄ってもらえるなんてありがたいことでしょ。数多くあるお店の中、どんな理由であれ自分達のお店を選んで立ち寄ってくれるんだから」
「……」
……うん、負けたわ。これは凛が正しい。
「……その通りだわ」
「でしょ?」
「流石、花屋の娘だね。説得力が違ったよ」
「むしろ当然な考えだと思うけど……」
もうその辺の意識が一流と三流の差だな。
「すごいな、やっぱり凛はカッコ良い」
「……カッコ良い?」
「え? うん」
「……か、可愛い……じゃなくて?」
「……」
訂正、超絶可愛い。
なんかもう色々とキュンキュンしてしまった俺は、エスカレーターで凛の肩を自分の方に抱き寄せた。
「うん、やっぱり……その、可愛いわ……」
「照れながら言ってちゃ意味ないよ」
俺の方に体重をかけ、肩に頭を置いて俯いた。その凛の頭に手を置いて撫でてあげた。
「いつのまにか、追い越したぞ。身長」
「……うん。たくましくなったね」
「へぇ、凛が俺を褒めるなんて、明日は槍でも降ひゅっ⁉︎」
突如、脇腹に爪先が入り、変な声が漏れた。
「おまっ、何すんだよ⁉︎」
「もう少し、中身もたくましくなればね……」
「どういう意味だよ⁉︎」
「彼女にいじられるようじゃ、まだまだだよね」
ふふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らし、俺とは反対側を向く凛。
……少し、イラっとしたので後ろから抱き締めてやった。後頭部に顔を近づけ、揉み上げを掻き上げて赤く染まっている耳を出してやった。いや、赤くなってるのは耳だけじゃない。
「……顔を真っ赤にしておいて、よく言うよ」
「……うるさい」
「やっぱ可愛いよ、凛」
「……ほんとにうるさい」
最近はようやく主導権を握れるようになってきた。別に支配したいわけではないが、いじられた分だけ仕返ししてやりたいと思うのは俺だけではないはずだ。
まぁ、やり過ぎればうちの地元のカスどもと同じなのでこの辺でやめておくが。
目的地の階に到着し、エスカレーターを降りた。天井からぶら下がっている案内板を見てプラモコーナーに向かったのだが……俺も凛も言葉を失った。
「うお、すごっ……」
「これ、プラモ……?」
プラモデルなのか、それともロ○ット魂なのか知らないが、ショウケースにガンダムとかマジンガーとかゲッターが並んでいた。
「すごいね……。完成度あげればここまでになるんだ……」
「なんか、少しやる気になるかもな」
「ていうか、こういうのって他のヨ○バシには無いよね……」
「まぁ、秋葉のだからだと思うしかないよね」
少なくとも、俺が過去に行ったヨ○バシには無かった。池袋の電気屋にはこんな感じのあった気がするが……忘れちゃった。
「って、時間無いんだ。閉店時間には出なきゃいけないのは変わらないし」
「あ、そ、そうだね。今度ここに来たときはもっと早く来ようね」
「だな」
とりあえず、切り替えてプラモを見学した。
お互いにお目当てのプラモを見繕い、割と値段が安かったので購入してプラモコーナーを出た。
閉店まで時間がないようで、店内にメロディとアナウンスが流れる。
「いやー、つい長居しちゃったね」
「30分だけどな」
「店側からしたら長居されてる方だよ」
「まぁね。でも、良いの買えたし良いじゃん」
「うん」
しかし、買っちまったなあ……。その場のノリにしても、ゲームも買ってるのに金使い過ぎた気もする。
しばらくは金使えないかな……なんて反省しつつも、やっばり凛と一緒にプラモを作るのが楽しみだったりする。
ちなみに、買ったのは俺がサザビーで凛がνガンダム。どんなロボット……じゃない、モビルスーツだっけ? なのか知らないけど、カッコ良いのが買えたから良かった。
「あ、ナル。エレベーター7階で止まってるからすぐ来るよ」
「マジか、ラッキー」
そう言ってボタンを押した。すぐにエレベーターが降りてきて、二人で乗り込んだ。
店内に他にお客さんは少ないので、乗ってるのも俺達二人。1階のボタンを押して、扉を閉じた。
「いやー、買っちゃったね」
「それな。次からはもう少し我慢しないとな……」
「うん……。将来、子供とかできたときに甘やかしそうで今から怖い……」
まぁ、その辺はまだ先の話だ。
凛も同じ事を思ったのか、天井を見てホッと一息ついてから呟いた。
「もうすぐ年越しだなー」
「そうだね。今年も色んなことあったね」
「ああ。まさか、彼女が出来るなんて思ってもなかったから」
「それはナルが自分のことを正しく評価してないからだよ」
「そうなん?」
「そうだよ。奈緒と加蓮と卯月も言ってたよ。普通に良い人なのに、自分に対してだけ良い所を見ようとしないって」
ふむ……まぁ、実際、良いとこあると思ってなかったからな。今はもちろん、そんな事はない。何処かは知らないけど、何処かしら良い所があるんだろう。じゃないと、凛が俺と付き合ってくれているはずがない。
「まぁ……今はそんなことないから」
「だと良いけどね」
「最近はほら、クラスに友達でき始めたし」
「え、そ、そうなの?」
「みんな凛が目的だったんだけどな。彼女、とは言わないまでもアイドルと知り合いになりたい、みたいな」
「へぇ」
「最近じゃ、休み時間に次の授業の確認とか一緒にトイレ行ったりしてるよ」
「……遊びに行ったりは?」
「……誘われたことないです」
「……ごめん」
……ま、実際は凛がいるからだと思うけどね。みんな気を使ってるんだろう。俺に、というよりも凛に。
「凛は友達と遊んだりしないのか?」
「私はあんまり。たまにご飯行くくらいかな」
「いじられてない? 大丈夫?」
「ナルとは違うから」
あーそう。悪かったね、今もクラスメートからいじられる事が多々あって。
「……ま、その俺に最近、可愛い可愛い凛ちゃんはいじられてるんだけどな」
「も、もう……! 怒るよ」
「ジョーダンだよ」
「むー……最近、なんか主従逆転してる気がする……」
……主従って、俺は飼われてるのかよ。
少し呆れ気味にため息をつくと、不満そうな顔をしていた凛は急に優しい笑みを浮かべた。
「……ま、でもさ、ナル」
「何?」
「私、今年が今まで生きてて一番楽しかった。やっぱり、ナルと一緒になれたのが一番大きいから」
「……」
……ダメだな、やっぱこいつには勝てない。俺は顔に手を当てて熱くなった顔を隠した。
「何々? ナル、照れてるの?」
「……るせーよ」
「ふふ、やっぱナルも可愛いね」
……ホントうるせーから。
凛のいたずらっ子のような笑みから逃れるように、ふと扉の上を眺めると、エレベーターの明かりは未だに5階を指していた。
……あれ? おかしいな。割と話し込んでた気がするんだけど……。なんだ? 表示の故障か?
「ナル? どうしたの?」
「……や、なんか様子がおかしくて……」
「ナルはいつもおかしいじゃん。簡単に顔赤くして」
「いやそういうんじゃなくて……5階の表示のままなんだよ」
「へ? あ、ホントだ。ていうか、エレベーターならそろそろ一階に着いても良い頃だよね」
「ああ。……あれ? てかこれ、エレベーター止まってね?」
「……」
……凛の表情に冷たい汗が浮かぶ。というか俺もだ。
「い、いやいやいやいや落ち着け」
馬鹿野郎、これまで取り乱してどうする。こういう時の対処法はあるだろ。例えばほら、エレベーター内のボタン押すとか。
幸い、救助ボタンは付いている。
「落ち着いて、凛。ほら、これで助けを呼ぼう」
「あ、そ、そっか」
「大丈夫、こういう時こそ冷静に……」
……あれ、通じない。け、どういうこと? 故障?
「な、ナル……? どうしたの?」
「い、いやいや! どうもしない! ちょっとボタンの押し方間違えただけで……!」
「通じないの?」
「……」
「……」
……気まずい空気がその場を支配した。俺も凛も何も話さない。というか話せない。
どう声をかけたらよいのか分からないでいると、凛が小さくため息をついた。
「……はぁ……サイアク」
「……だ、大丈夫だって。俺がいるから。いつか助けも来るから」
「大丈夫、そこまでうろたえてないから」
……それなら良かった。まぁ、今晩はもう飯済ませてるし、最悪のケースの明日の朝までは保ちそうだな。
「へくちっ」
うう、寒っ……。エレベーター内はクーラーとか効いてないんだよな。まぁ、このくらいなら問題ないか。田舎っぺは簡単には風邪ひかない。
しかし、一緒にいる凛はそうもいかないようだ。壁にもたれかかってる俺の隣にスススッとすり寄ってきた。
「? どうしたの?」
「寒いんでしょ? くっ付いてようよ」
「……どうも」
凛の肩に手を回し、さらに自分の方に抱き寄せる。凛は俺の肩に頭を乗せた。
「ふふ、やっぱりどんな状況でもさ、ナルと一緒なら楽しいね」
「……俺もだよ。凛と一緒なら怖くない」
両腕を絡ませ、ずっと立ってるのは疲れるのでそのまま座り込んだ。
×××
一時間半が経過した。助けが来ない。
ずっとこの状況だから恐怖はないが、それ以上に退屈の一言に尽きる。
俺も凛も、座ったまま二人のコートをお互いにシェアして布団のようにかけたままボンヤリしていた。
「ラバーストラップ」
「プーギィ」
「イカロス」
「諏佐佳典」
「リビングデッドの呼び声」
「エリクシール」
「ルカリオ」
「オーバーロード」
「ドバシキカメラ」
訂正、ボンヤリとしりとりをしていた。
が、まぁこうしてるのも限界はある。凛の方が飽きてしまったようで、その場でため息をついた。
「はぁ……もう無理……飽きた」
「だよな。俺も疲れてきたとこ」
「正直、1、2時間もすれば助けは来ると思ってた」
まだ1時間半だけどな、なんてツッコミも出ない。なんと言うか、精神的に参ってきた。正方形の何もない空間でこうしてるのは中々に辛いものがある。
しかし、1時間半ってことは閉店してからそれなりに時間は経過してるはずなんだが……。
もしかして、年末だからやっぱトラブルがあったりしてんのか? うちのバイト先でも、年末は変な客増えるからな。警備員の見回りがここまで行き届いてないのかもしれない。
監視カメラを見れば一発のはずだけど、それでも来ないってことは監視カメラも止まってるってことか?
「……はぁ、故障は直しとけよ。なぁ、凛?」
「……」
「凛? どうした?」
いつの間にか、俺と凛の間は半人分のスペースが空いていた。あれ、なんだろ。もしかして俺、加齢臭とかしてる? いやそんな歳なはずないんだけど……。
と思ったら、なんかお尻を浮かせて、足の裏をスリスリと地面に擦り付けている。
……あ、もしかして……。
「……トイレか?」
「ーっ!」
「おふっ⁉︎」
ノーモーションからの裏拳が見事に俺の目前で静止した。冷や汗が俺の頬を伝る中、凛は輪廻眼より恐ろしい眼力で俺を睨んだ。
「……詮索するな」
「ご、ごめんなさい……」
や、でもこればっかりは詮索するでしょ。明日の朝まで保つものじゃないし、漏らさせるわけにもいかない。
「だ、大丈夫か?」
「……ま、まだ、平気……」
「そ、そう……」
辛くなったら言えよ、なんて言えなかった。言ってもらっても俺に出来ることは、さっき購入したフ○ンタのペットボトルを差し出すくらいだ。
「それならくっ付いてたら? 体冷やさない方が良いでしょ」
「む、無理無理無理! おしっ……尿意を我慢しながら、ナルにくっ付いてるなんて……」
あ、小さい方か。不幸中の幸いという奴かな。
まぁ、確かにそれは恥ずかしいかもしれない。俺だっておしっこ我慢するために人肌を求めて凛にくっ付くのは無……。
「……」
「……」
え、なんでこの子、くっ付いてくるの?
「……凛?」
「……その、ある種……興奮、しそうで……」
「……」
あれ? この子、いつからこんな変態に? つーか、さっきトイレについて詮索するなって言ってたのは何処の誰だっけ?
……なんか、変な空気になってきたな。さっきとは別の意味で重苦しくなってきた気がする……。
俺も凛も黙り込んだまま、しばらく頬を赤くしてると、凛が小さくくしゃみし、身体をブルリと震わせた。
……これ、割と限界じゃない?
「……あ、あの、凛?」
「……な、何?」
「これはあくまで最終手段で、俺の口からはやれとは言えないし、決して変な趣味ではないことを前置きしておくけど……」
「だから何?」
「……その、最悪……ペットボトル、あるから……それで……」
「ーっ、ば、バカ! 本気で言ってんの⁉︎」
「だ、だって! 漏らすよりはマシでしょ!」
「い、いや……! それは、まぁ……」
「この時間じゃ、多分下着売ってる店は閉まってるし、何より太もも痒くなるし!」
「わ、分かるけど……うう……」
「あくまで最終手段だから! もちろん、俺は耳塞いで背中向けてるから!」
今日の凛はスカートだから、あとはパンツさえ脱げばしゃがむだけで用を足せるし、監視カメラが作動していたとしても、何をしてるのか見えないはずだ。
……まぁ、もちろん問題はあるけどね。俺だって外で凛にそんなことさせたくない。
「……ま、まぁ……最終手段だから(3回目)。別に考えなくても……」
「……トル」
「へ?」
「……ボトル、取って」
「え、ええっ⁉︎ 今ですか⁉︎」
思わず敬語になっちゃったよ!
「そ、そういうのは早い方が良いに決まってんじゃん!」
「や、早計じゃないかい⁉︎」
「じゃない! ほら、早く!」
くっ、本人がそういうなら仕方ない……!
ペットボトルを差し出すと、代わりに脱いだパンツを手渡してきた。
「……持ってて」
「お、おお……」
「……む、向こう……向いてて……」
「っ、わ、悪い!」
慌てて背中を向けた。
……え、マジで? マジでするの? 嘘だよね? 凛ちゃん?
チラッと後ろを見ると、壁に向かってしゃがみ込んでいた。おいおいおい、なんか俺にまで罪悪感が……!
その時だった。エレベーターの扉からガクンと音が聞こえた。
「凛、待て!」
「ふえっ⁉︎」
直後、ガガガガッとこじ開けられる音が響く。エレベーターの扉が開いた。
「お待たせしてすみません、救助に来ました」
「! すみません、俺より凛を!」
「へ?」
「トイレだよ‼︎」
「あ、そ、そうですか」
5階よりも若干、低い位置で止まっていたので、救助の人に引き上げてもらわなければならない。
凛の脇に手を突っ込み、上の人に差し出した。向こうも凛の身体を引き上げてくれる。
これで何とか一件落着……そう思った時だ。自分のポケットの中にパンツが入ってるのに気付き、反射的に上を向いてしまった。
当然、スカートの下からは凛の何も履いていないお尻が丸見え……。
「ーっ⁉︎」
意識した直後、俺の鼻からは血が垂れて後ろに気絶するように倒れ込んだ。
後日、どうやってエレベーターから助かったのか、記憶から消えていた。