「アバダッケッダーブラァァァァッッ‼︎」
およそアイドルとは思えない咆哮が真横から聞こえ、俺は思わず笑いを堪えた。相変わらず、ゲームをやるとキャラが変わる奴だ。まぁ、その方が放送向きではあるのだが。
ちなみに、やっているゲームは相変わらずモンハンである。一々、声に出して必ず殺す魔法を叫んでいるのは「弓が強い」という噂を聞きつけて即弓に転職し、最初の出撃で「アバダケダブラ」と何となく唱えながら弓を射ってレイアの尻尾を叩き斬ってから、ここぞという時は全て呪文を唱えるようになった。ちなみに、初回以外でうまくいった試しはない。
「渋谷さんさぁ……もうその、何? ジンクス辞めたら?」
「ジンクスじゃないから! これ、私の魔法だから!」
「まだ使えるレベルまで達してないって。あれ力のある魔法使いじゃなきゃ効果無いからね?」
「私より腕相撲弱いくせに!」
「いやそういう力じゃなくて‥……てか、渋谷さんって何となくスリザリンっぽいよね」
「……どういう意味? ねぇ、どういう意味?」
「あ、いや……く、クールでセブルスっぽいと……」
「ねちっこいって意味? それとも根暗って意味? それとも物事の良し悪しの判断がつかないって意味?」
……あ、ヤバい。地雷踏んだなこれ。ホント、凛の地雷って何処に潜んでるか分からないわ。目に見える地雷は避けられるけど、それ以上に見えない地雷を踏んだ時が厄介だ。
「じ、冗談だから怒らないで……それより目の前の敵に集中しましょうよ」
「後でじっくりお話だから」
‥……俺、明日には死んでるかもしれないな……。
しかし、真面目な話、あまり叫ばない方が良い気もする。渋谷凛と渋谷駅の時では全然、声もキャラも違うけど、何度も放送してるとファンにならバレる気もするんだよな……。実際、事務所じゃ後輩の女の子にバレかけたらしいし。
一応、後で怒られるついでに言っておくか。まぁ、アイドルオタクとゲームオタクは相入れない所もあるし大丈夫だとは思うが。
「って、渋谷さん前前前!」
「僕を探し始めたよ?」
「違うから! 乱入来……!」
力尽きた。
×××
「眠い……」
「自業自得だから」
昨日の夜、夜中まで怒られた事により、全然寝かせてもらえなくてゲロ眠い。怒ってたのに一緒に登校するために朝まで押しかけてきた辺り、やっぱアイドルは相当な神経の持ち主だなと思いました。
「凛……その、悪かったから登下校中に腕を組むのやめない? すれ違う男子達の嫉妬ビームが普通じゃないんだけど……」
「知らないどうでも良い関係ない」
「おい、最後のは無くないよね。それ、交通事故の運転手が『俺は関係ない』って言ってるのと同じなんだけど……」
「ごちゃごちゃうるさい。迷惑なわけ?」
「……めいわくじゃないです……」
弱過ぎだろ俺……。実際、迷惑なわけではないとはいえ。ただ周りが怖いだけで。
「ナル、今日の放課後は暇?」
「暇だけど……」
「じゃ、遊びに行こ。たまにはゲーセンとか」
ひえーい、周りの人にしっかりと聞こえる声で……。おかげで背筋にブフーラされたのかと思ったわ。
「返事は?」
「は、はいっす。クイーン!」
「よし」
ボケが通じなかった。まぁ、実際、クイーンみたいな貫禄だし気付かないのも無理はないが。
そうこうしているうちに学校に到着した。昇降口が別のため、校門の所でさよならバイバイ。ようやく周りからの嫉妬ビームから解放される……。
半ばホッと胸を撫で下ろしていると、頬に柔らかい感触が触れた。何事かと横を見ると、凛が頬にキスしていた。
「はえ?」
「じゃ、放課後にね?」
楽しげに俺に手を振り、凛は立ち去った。ブフーラじゃなかったわ、ブフダインだった。それも、氷結ブースターされてる。
周りからの視線に耐えながらも教室に向かい、自分の席に着く。まぁ良いさ。こんな視線に晒されるのももう慣れたもんだ。人間は理不尽から逃げるのではなく立ち向かう事で前に進めるのだ。良いゲームだった、P5。
そんな事を考えていると、後ろの席から何か会話しているのが聞こえた。
「な、昨日の見た?」
「見たよ。生放送だろ? 山手線の」
……うお、とうとううちのクラスにまで……? なんか目の前で自分の放送の話されるのは少しくすぐったいな……。凛とかアイドルだし、これが日常なのだろう。図太いわけだ。
「相変わらず、渋谷へたくそだったな」
「なんで尻尾振り回してる飛竜種に突撃出来るんだろうな」
まったくだよ。少しは敵の動きを読んで欲しいものだ。
「って、そんなこと言いたいんじゃなくて」
「何?」
「その渋谷の声なんだけどさ、渋谷凛に似てね?」
「ーっ……!」
吹き出しそうになったのを慌てて堪えた。え? 今なんて?
「そう?」
「そうだろ。や、キャラは全然違うし、そもそも渋谷凛は『アバダッケッダブラァァァァッッ‼︎』なんて叫ばないけど、でもなんか声は似てない? ほらこことか」
そう言って、後ろの席の男はスマホで動画を再生する。比較的、落ち着いている時の凛の声が聞こえ、もう一人の男も同意するように呟いた。
「あ、確かに似てるかも」
「だべ?」
まずいな……まずいまずいまずい。人の意見なんてゴ○ブリと一緒だ。同じ意見を持つ奴は、ネット上には一人いたら三十人はいると思った方が良い。いや、三十人じゃきかないかも。
とりあえず、凛には少し注意しておこう。‥‥とはいえ、今、あいつが俺の言うことを聞くとは思えない。さりげなく遠回しに言うしかないか……。
「はぁ……」
‥……今から気が重いな……。
×××
さて、早くも放課後になったわけだが。何一つ、案が思いついていない。どうしようなこれ……。
だって、俺が遠回しに伝えようとした時に限って、凛はこっちの真意に気付くんだもの。しかも触りの部分で大体、把握するからタチが悪い。
「……はぁ」
彼女とデートなのに憂鬱に感じるのは贅沢な悩みなのだろうか……。いや、贅沢なんだろうな。でも憂鬱だ……。
ため息をつきながら教室を出ると、横からドスっと頭を叩かれた。
「何、憂鬱そうな顔してんの?」
「あ……凛」
「あなたに沈んだ顔されると、私まで鬱になるからやめて」
「……」
……なにそれ、ちょっと嬉しい。悩みなんか一気に吹っ飛んじゃうレベルで。
まぁ、俺一人で悩んでたって仕方ないよな。とりあえずこの後のゲーセンデートは楽しむとして、その途中か後に折を見て相談しよう。
「何やる?」
「まずはー……あれやろ。ゾンビの奴」
ウ○ーキングデッドだ。ゾンビを撃ったり射たり殴ったり爆破したりしてハイスコアを目指すゲームだ。ノーコンでクリアしたい所だが、まぁ凛がいる時点で無理だろうし、楽しめれば良いか。
ゲーセンに到着し、約束した通りのウ○ーキングデッドに入った。外観は車のような筐体で、その中にクロスボウの形をしたコントローラが入っている。
「見てなよ。今度こそ、ノーコンで1ステージ目までクリアするから」
「最初にやってた時と随分、目標が下がったなぁ。前はノーコンクリアだったのに」
「うるさいから。今回こそ余裕だから」
「余裕って……いつもヒィヒィ言いながら……」
「アバダケダブラ」
「ふぁぐっ」
横から脇腹を突かれ、俺は横に腰をのけ反った。お陰で反対側の壁に腰をぶつけてクリティカルダメージが入る。
「てめぇ……」
「自業自得だから」
クソッ……今更だが、やっぱり年上としての威厳がないなぁ、俺は……。まぁ、別になんかもうここまで来るとこういうやり取りが楽しくすら思えてくるようになってるんだけどね。
せっかくだし、楽しまないと。凛の分と合わせて200円投入し、ゲームを始めた。
〜5分後〜
「アバダッケッダーブラァァァァッッ‼︎」
隣から咆哮が響き渡る。凛がいつもの山手線のノリでゲームにのめり込んでいるからだ。ちなみに、相変わらずの全力ノーコンガンナーである。
や、この際、凛がどんなにコンティニューしようと良いわ。ただ……その、何? あまりその声は……特に昨日の放送の直後だし、お願いだから身バレは勘弁願いたいものだ。
「凛、凛。少し声抑えて……」
「うぎゃっ! ちょっ、死ぬって! なんで当たんないの! 頭狙ってんじゃん! お前マジふざっ……ナル! 助けて!」
「あーはいはい……」
まぁ、序盤はまだ余裕あるし、助けてあげよう。少しでも凛に落ち着いてもらうために。
このゲームはヘッドショットしないとゾンビが死なない。だから、他のゲームよりも正確さが求められるのだが、凛の射撃は頭どころか身体にも当たらない。一生懸命、威嚇射撃をしているようにしか見えないのだ。
一生懸命、威嚇射撃している、という絵を凛に当てはめるのはそれはそれで可愛いのだが、生憎、後が怖いのでほっこりしている場合ではない。手早く片付け、撃つと爆発する近くのガス缶などを利用して先に進んでいった。
……まぁ、実際のゲーセンでこんな大声で叫んでいる男女がいたら、誰も怖がるなり気持ち悪がるなりして近寄って来ないだろうし、多分大丈夫かな。
そう思うことにして、俺もいつもの山手線のノリとオフレコのノリの中間くらいで遊ぶ事にした。
〜10分後〜
結局、凛はアレから18コンしたが、何とかクリアした。こういうときの負けず嫌いな凛の性質はゲーセン側からしたカモでしかない。クリアするまで100円玉を投げるから。
流石に、俺もコンティニュー分まで出してあげてると破産するので、出してあげられない。
「なんで当たらないのかな……」
「そりゃパニクってるもの……。もう少し落ち着こうよ……」
「落ち着いてるから」
‥‥自分を客観視できないっていうのも中々、大変そうだなぁ……。本当はビデオとかで撮って物証として提出したい所だけど、流石に録画しながらゲームはクリアできない。懐事情的にも、俺はなるべくならノーコンクリアしたい所だし。
そんな事を話しながら筐体から出ると、目の前でマスクをつけた女の子と目があった。思わず身バレしたのかとドキリと心臓が跳ね上がる。
「あ、あの……」
「あれ? あきら?」
え、知り合い? まぁ、身バレじゃなくて良かった……いや、良くないわ。今の声が聞かれていたら、凛の音量的な意味でフルボイスが聞かれてることになる。俺と二人の時だけあの大声を出す凛としては、なるべく聴かれたくない所だっただろうに……。
「ど、ドウモ……凛サン」
「うん。どうしたの? こんな所で」
うわあ、無かったことにしてる。何事もなかったかのように話を進めてる。ホント、こういうとこすごいなこいつ……と、思ってると、どうやらあきらさんとやらが話があるのは俺の方のようだ。ジッと顔を見られている。
「あの……違っていたらとても恥ずかしいんデスが……」
「はい?」
「……もしかして、その……山手線の上野サンでは⁉︎」
「……えぇへ?」
今なんて?
「さっきのプレイ中の渋谷サンに対する冷静におちょくるようなツッコミと、その上で展開される的確なプレイ……そうデスよね⁉︎」
「え、あ、いや……」
「じ、実は私……上野さんの大ファンで! ま、まさかこんな所でお目にかかれるなんて……! よ、良かったら私ともプレイしませんか⁉︎」
どうやら、自分を客観視できていないのは俺ものようだ。何はともあれ……。
「……だってよ? 返事してあげたら?」
「……」
凛の機嫌が昨日の夜より悪くなってるのは、これから先に起こり得る波乱の火蓋にも思えた。