事務所。奈緒と加蓮は二人でコーヒー(砂糖入り)を飲みながらお話ししていた。
「でも、やっぱあたしは思うんだよ。なんだかんだ言ってプリキュアは初代が最高だなって」
「もう分かったよ………。お願いだからもう少しJKっぽい話しよう」
「な、なんでだよ。クラスの男子はウルトラマンの話とかしてるぞ!」
「いや、男子は女子より精神年齢が2歳下って聞くし………。ていうかそれ、ネタとして話してるんじゃないの?」
「うぐっ………」
確かに、なんか「3分しか保たねえとか戦えんのかそれwww」とか言ってたのを思い出した。
「な、なんだよ!加蓮はプリキュアとか見なかったのかよ!」
「んー、私はセーラームーンとかのが好きだったからなぁ」
「古っ。加蓮って歳いくつ?」
「………奈緒より歳下だよ」
「いっ、いふぁふぁふぁ!頬を引っふぁるふぁ!」
なんてやってると、凛が入ってくるのが見えた。イヤホンの繋がったスマホを見ながら。
すぐに奈緒は声をかけようとした。
「あ、おーい。り……」
「奈緒、待った!」
「いふぁふぁふぁ!頬から手を離ふぇ!」
その奈緒の頬を引っ張って加蓮は止めた。手を離すと、奈緒は涙目で赤くなった頬を押さえながら加蓮を睨んだ。
「………い、いふぁい……」
「ちょっと凛の様子おかしくない?」
「いやまず謝れよ!」
「あの子、あんなにスマホ使うような子だったっけ?」
一切、無視されて奈緒は仕方なくため息をつき、話題にのることにした。
「別に音楽くらい聞くだろ。自分達のライブ見てるんじゃないか?」
「でもさ、最近はライブがあったわけでもないし、そんな歩きながら見るほどのなんてある?」
「………気になるなら声かければ良いだろ」
「うん、そうする」
加蓮は楽しそうに凛の後ろに近付いた。凛は椅子に座り、そのままスマホを見つめている。そーっと加蓮はその画面を覗き込むと、モンスターをハンターが討伐していた。クリア動画というものだ。
「えっ」
思わず声を漏らし、加蓮は気付かれないように退散した。
「どうだった?」
奈緒に聞かれ、加蓮は気まずそうに答えた。
「………いや、その、なに。よく分からない」
「は?」
「………ゲーム実況動画見てた」
「………ハ?」
奈緒も思わず眉をひそめる。「ゲーム実況?あの凛が?」みたいな顔だ。
「え、何のゲーム?」
「なんか、モンスターを人と猫が討伐しようとしてる奴。どこかで見た気がするんだよなぁ」
「………モンハン?」
「あーそれそれ!それのゲーム実況見てた!」
「………凛が?」
奈緒に疑わしそうな目で見られ、加蓮は珍しく慌てた様子で言った。
「本当だって!奈緒も見てきなよ」
「………嘘だったら?」
「ジュース一本。ほんとだったら奢ってもらうからね」
「よし、のった」
言われて、奈緒は凛の背後に歩いた。スマホを覗き込んだ。自販機に向かった。
「コーラで良いからねー!」
注文すると、加蓮は凛の隣に座った。最近の凛はゲームにハマっているようで、それは間違いなく最近知り合ったという男の先輩の影響だ。その話を聞き出そうと思った次第である。
「凛」
「? あ、加蓮。いたんだ」
「何見てるの?」
「ん?モンハンの実況動画」
「またあの先輩の影響?」
「まぁね。面白かったから買ってみたんだけど、やっぱ難しくて」
「えっ、か、買ったの?」
「買ったよ?ほら」
鞄から3○Sを取り出した。
「わ、わざわざ買ったんだ………」
「まぁね。で、実況動画見ようと思ってさ」
「そこまで本気で………」
「だって面白いんだもの」
そのセリフに加蓮は若干、引きながら苦笑いを浮かべた。すると、奈緒が飲み物を持って帰ってきた。
「おーい、加蓮。買って来たぞ」
「はい、どーも」
奈緒は飲み物を加蓮に渡すと凛の隣に座った。
「凛、モンハンやってるのか………?」
「一応ね。まだまだ下手だけど」
「お、おう………。なんていうか……凛って、意外とハマりやすいタイプだったんだな……」
「奈緒はやってるの?」
「やってないよ………」
「加蓮は?」
「やってない」
「二人共やんないの?人生の半分損してるよ?」
「凛、待って落ち着いて」
あんまりな言い様に、流石に加蓮が口を挟んだ。
「凛、そんなにゲーム好きだったの?」
「うん、私もびっくりしてる。だってゲームなんて全然興味なかったもん。あったんだね、私にもゲーマー心って奴が」
「うん、その言い草がもう呆れるを通り越して面白いんだけど……」
困り顔で加蓮は奈緒を見ると、奈緒も「そうだな」と相槌を打った。
「凛、待て。お前はゲームにハマるとダメなタイプだ。なんというか、ハマり過ぎて自己を壊滅させそうな気がする」
「どういう事?」
「具体的に言うとだな、1週間やり込んだ後に急に冷めて『私はこの1週間何をしてたんだろう………』って絶望するタイプだ」
「…………はい?」
「奈緒、何言ってるか分からないけど、私もその絵が何となく想像出来る」
加蓮にまで賛同され、凛は何となく不愉快そうに眉を吊り上げた。
「………別に、その時はその時だし」
「ま、まぁ、凛がそれが楽しいって言うなら別に良いけどよ………」
「なら良いよ。二人もやれば良いのに」
「「やらない」」
声を揃えられても、凛は特に反応しなかった。
その凛に加蓮はため息をつきながら言った。
「しかし、よくその男の人のためにわざわざゲーム機まで買ったね」
「別に水原くんのためじゃないよ。ただ、私が楽しかっただけ」
「ふーん………?ちなみにきっかけは?」
「まぁ、色々あったんだよ。一緒にゲームしたりして」
「へ?ゲームを?」
「うん。この前、ゲーセンで会ったから、色々あって水原くんの家でモンハンを………」
そこまで言って、凛は「しまった」といった顔になった。それと共に、ニヤリと微笑む加蓮と奈緒。
「水原くんの部屋で⁉︎」
「どういう事だ凛⁉︎男と二人で部屋にいたのか⁉︎」
「色々の部分を詳しく!」
「なぁ、凛っ?本当に友達同士なんだろうな?」
流れるような二人からの質問攻め。凛はそれを真顔で受け止めた後、俯いてため息をついた。
やがて二人を見下ろして、ニコッと微笑んだ。直後、椅子から下りて逃げ出した。
「あっ、逃げた!」
「待てええええ!」
「無理無理無理無理。面倒臭いわもう」
小声でぼやきながら逃げ出す凛。だが、突き当たりに出たところで歩いてた卯月とぶつかった。お互いに後ろに尻餅をつき、凛は恐る恐る前を見た。
「きゃっ!」
「っ!ご、ごめん卯月!」
「い、いえ………凛ちゃん?何かあったのですか?走ってるなんて珍しいですね………?」
「ちょうど良かった!助けて!」
「は、はい………?」
キョトンと首を捻る卯月だったが、尋常じゃない凛の様子に何かを察し、凛の手を握った。
「付いてきてください」
すると、後ろから奈緒と加蓮が追い付き、それに気づいて卯月と凛は走り出した。
「待て、凛!何があったか教えろ!」
「絶対嫌だ」
「卯月!凛は男の子と一緒に一つ屋根の下でゲームした過去を隠蔽しようとしている!」
直後、卯月は驚く程、ピタッッッ‼︎と足を止めた。お陰で手を握られていた凛は卯月の後頭部に鼻をぶつけた。
「凛ちゃん、どういう事か詳しく!」
「加蓮!それはいくら何でも卑怯でしょ!」
「知らない、関係ない」
凛はとりあえず個室に連行された。
×××
観念した凛が大体のことを話すと、三人は「おおーっ」と声を漏らした。
「………付き合ってないのそれ?」
「ないよ」
加蓮に聞かれ、ノータイムで答えた。実際、付き合ってないしお互いにその気はない。
「まぁ、確かに私も少し距離近いかな、とは思うけど。でもお互いにそういう対象じゃないから」
「確かに、凛はそういうのドライそうだもんな」
「………二次元に恋してる奈緒に言われたくない」
「なっ、何をうっ⁉︎」
その二人のやりとりを聞いた直後、卯月は少し引いたような苦笑いを浮かべた。
「えっ………奈緒ちゃんって、そういう人なのですか………?」
「ま、待て待て!違うぞ卯月!あたしはちゃんと三次元の男の人が好きだ!」
「プロデューサーみたいな?」
「そうそう、ああいう気遣いのできる大人の………って、かっ、加蓮!」
顔を真っ赤にしてうがーっと食い掛かる奈緒を片手で制しながら、加蓮は凛を見た。
「なーんだ、つまんないのー。付き合ってるとかだったら面白いのに」
「残念だったね」
「でも、最近凛ちゃん楽しそうですよ?」
卯月が口を挟むと、凛の耳が微妙に動いた。
「未央ちゃんも言ってましたけど、スマホでその人と連絡とってる時とか、とても楽しそうな表情をしてますよ?」
「………ほほう?」
「なっ、何バカ言ってんの卯月。そんなの、ありえないから」
少し頬を赤らめてぷいっと目線を逸らすが、そこで加蓮が反応した。
「へー?そうなんだ?私達の前だとあんま表に出さないのに」
「っ………そ、それは……」
「卯月の前だと、あまり恋愛ごとに興味無さそうだから油断しちゃうんでしょ?でも、そういうのに未央は鋭そうだからなー」
「っ、ち、違うってば!」
訂正するも、加蓮はニヤニヤを止めない。その時だ。凛のスマホから着信音が鳴った。画面には「水原鳴海」の文字。無視することにした。
「凛ちゃん、誰からですか?」
卯月が逃がしてくれなかった。
「家」
「水原さんからですか」
逃げでも無駄だった。まぁ、バレた以上は仕方ないので、応対する事にした。
「もしもし?」
『ああ、渋谷さん。実はさ』
「今忙しいから後でね」
『え?ちょっ』
即行で切った。
「え、もう切ったのか?」
奈緒に引き気味に言われたが、凛は無視してスマホをしまった。
「ま、とにかくそういう事だから。残念ながら、三人の期待してるようなことはないよ」
「でも、そうなのかな。その男の子の方は案外、凛のこと気に入ってるかもよ?」
「ないってば」
「ふーん、まぁ会ったことないから私にはなんとも言えないけどさー。もう少し何かこう、面白い事があっても良いのに………」
「でも、凛ちゃんがゲームにハマるのはなんだか意外ですね」
「それみんなに言われるよ………。そんなに意外?」
「そりゃそうだろ。実況動画まで見て勉強してるんだもんなー」
「でも、この実況動画の人の動き、すご過ぎてあんまよく分からないんだよね」
「そうなの?」
「うん。だから、やりづらいというか参考にならないというか……」
「あ、そういえばあたし、メチャクチャ面白いゲームプレイ実況の人達知ってるぞ」
「kwsk」
「なんだっけな、名前は確か………」
凛はこの後、帰ってからそのプレイ動画を見た。モンハンのプレイ実況は残念ながらやっていなかったが、とりあえず凛はそれを見ながら心の中で呟いた。
(………ゲーム実況、か……)