現代の医術では、高速修復材を使わなければ、艦娘の怪我を完治させることはできない。それが無い船内では、ガーゼや布で応急措置を取るしかなかった。
「んっ……ううっ……あれ?」
吹雪はうっすらと目を開けた。白い天井に柔らかいベッド、ここは一体どこなのだろう?少なくとも目の前に人間がいるのだから、深海棲艦のアジトでないことは確かだ。
「あっ!」様子を見ていた医師が、吹雪が起きているのを見て、マイクに向かって話しかける。
「船長、こちら医療班です。吹雪さんが目を覚ましました」
「了解」男はそれだけ伝えると、仮眠室に向かった。何人かの部下が見舞いに行きたいと申し出たが、大勢で行っては混乱させるからと納得させて、代表として彼が行くことになった。部屋をノックして声をかける。
「俺だ。入っても大丈夫か?」
「どうぞ」吹雪の代わりに医師が答えた。
中に入ると、吹雪は緊張して立ち上がり、敬礼をした。
「お、お目に掛かれて光栄です!柱島鎮守府所属、特型駆逐艦、吹雪型一番艦の吹雪であります!」
「堅苦しい挨拶は良い。こちらこそ、起きたばかりの所を失礼する。
我々は大本営調査一課の者で、俺が団長を務める長岡圭太だ。お前はさっき柱島鎮守府の所属だと言ったが、あの海域で倒れていたのはなぜか聞いてもいいか?」
「はっ!…お恥ずかしい話ですが…」吹雪は今までの経緯を説明した。それと同時に涙が溢れてきて、言葉にならない時もあった。
「大破進撃、補給・入渠なし、よく今まで耐えて来たな。もう大丈夫だ」
泣き止まない吹雪を抱きしめながら、圭太は静かにった。
「…へっ?…どういう事ですか?」吹雪は涙目で圭太の顔を見上げながら聞いた。
「さっきも言ったように、俺たちは大本営調査団でな。鎮守府の運営に、提督が無茶苦茶な事をしていないかを調べるのが仕事だ。その様子だと報告は嘘ではないようだし、あとは現場を見てみるだけだ」
「お願いします!一秒でも早く柱島に向かってください!そうじゃないと妹や、大切な仲間たちが…!」
「分かってる。今、全速力で向かってるさ。お前の仲間は必ず助ける。そして…奴に代償を払わせてやるさ」
そう言って圭太はにやりと笑った。
「あ、ありがとうございます!」吹雪が頭を下げたと同時に、彼女の腹の虫が鳴った。
「あっ…」
「良いんだ。ロクに食べてないんだろう?食堂まで案内してやるよ」
「うぅっ…すみません」顔を赤くして、彼女は下を向いた。
「謝らなくて良い。ちょうど、昼飯時だからな」
ほら、と圭太は自然に手を差し出した。吹雪はそれを弱々しく握ると、食堂まで一緒に歩いて行った。
途中何人かの部下に会い、吹雪は自然と挨拶ができたが、対する彼らは吹雪と一緒に歩く上司を見て、『まるで親子か兄妹のようだ』と思ったそうだ。
食堂は何人もの人間が使用するとあって、鎮守府同様に広かった。白のテーブルクロスで統一され、中は日の光もあってか全体的に明るかった。だが、吹雪が驚いたのは、それだけではなかった。
部下たちが相席となり、料理を一心不乱に食べる者、女性の部下にちょっかいを出して、咎められている者、腹がいっぱいになり、椅子にあおむけで横たわっている者、その全員が笑っている事だった。
「これが…食堂なんですね」吹雪はため息を漏らした。
「あぁ、そうだ。いずれお前の鎮守府もこうなるさ」
「えっ?それはどういう…」
「まぁ今はそんな話よりも、腹ごしらえだ。腹減っては戦はできないだろ?」
吹雪はまだ首をかしげていたが、圭太に促されて食堂へ一歩入った。
「おっ!吹雪ちゃんじゃねぇか!」ひとりの部下が声をかけると、周りの視線が一斉に彼女へと向けられた。
「え、えっと…おっしゃる通り、私は柱島鎮守府所属の吹雪といいます。この度はその、大本営の方々にご迷惑をおかけして、申し訳ありません!しばらくの間、お世話になります!」そう言って深々と頭を下げた。
温かい拍手が送られる。こんな事は、鎮守府ではあり得なかった。
「吹雪ちゃん、こっちで一緒に食べましょ?」女性の部下に促されて彼女はテーブルの椅子に腰かけた。
「ここの食堂の料理は絶品だぜ?俺なんかここへ来てから、三キロも太っちまったよ」
隣に座っている大柄の男が、苦笑いをしながら言った。
「そ、そうなんですか…」
「吹雪ちゃんは何を頼む?なんでも良いわよ」黒髪で長髪の女性が声をかけた。
「じゃあ…鮭の塩焼き定食をお願いします」
「分かったわ。女将さーん、鮭定食一つー!」
「はーい!」
(あれ?…この声どこかで…)吹雪はどこか懐かしさを感じていた。
しばらくして料理が運ばれてきた。ご飯に、鮭の切り身、たくあんに味噌汁というシンプルなものだったが、吹雪にとってはごちそうだった。
「美味しい…美味しいです…!」吹雪は箸が止められなかった。
「そうだろ?美味いだろ?ほらもっと食べろ」
吹雪は言われるまでもなく、食べ続けた。だが、それと同時に妹たちや、親友たちの顔が浮かんでは消えた。
「こんなに美味しいもの、早く妹や皆に食べさせてあげたいです」
「食べさせてやろうぜ…。絶対な」男が言うと、吹雪は「はい!」と元気よく言った。
それと同時にチャイムが鳴り、圭太の声がスピーカー越しに聞こえた。
『まだ食べている者はそのままで聞いてくれ。こちら船長だ。間もなく柱島鎮守府に到着する。知っての通り、この鎮守府は艦娘に対する過度な出撃、提督による艦娘への性的暴行、資源の横領など、様々な問題を抱えている。我々の任務は現提督を更迭し、速やかにその身柄を確保することだ。だが、先述した理由から艦娘は人間に対し、恨みを抱えている可能性もある。気を抜かずに任務を遂行しろ。以上だ』
全員の顔が険しくなった。吹雪の顔も同じようになった。
彼女は外に出て水平線を眺めた。はるか彼方に明かりで照らされた島が見えた。
空はもう日がとっぷりと暮れていた。港を小さなランプのみが照らしていて、鎮守府がうっすらと見える程度だった。それはまるで、地獄への入り口のようであった。
(皆…必ず助けてあげるからね…!)吹雪は心の中でそう誓った。
今回はここまでです。また来週、よろしくお願いいたします。