【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達-   作:タツマゲドン

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8 : Change

 コーヒーを飲み好きな医学雑誌を読みながらチャックはビルの一室のクッションの効いた椅子の上でくつろいでいた。

 

「実に平和なものだな。つい夜中まで戦闘があったなんて嘘みたいに静かだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(実に大変なものだな。常に気を緩められない……そういえばチャック先生は「顕微視」は出来ても距離が離れれば探知能力に適性が無かったんだった……)

 

 心の中で感嘆しながらでもハンは一切気を緩めなかった。表情にすら出ていないだろう。

 

 それは相手の女性も同じだった。

 

(この男かなり厄介だわね……あとブラウンとテイラーは上手くやってるか……)

 

 咄嗟にハンが指を尖らせた手を次々と叩き付ける。女が慌てて両腕を交互に回して防御する。

 

「言っとくけど、あたし悪いけど北派なんだよね。勝負は蹴りで決まるからさ」

「いいや、手の技が七、足の技が三、だ。無駄なく最小限な拳こそが勝つ」

「うるさい!」

 

 体勢を低くし、連撃から逃れた女はそのまま右足で下段回し蹴りを放つ。だがハンは後ろに1歩下がるだけでそれを躱した。

 

 回転の勢いを上げると同時に蹴りを更に放つ。それをハンは体を逸らしたり後ろに下がるだけで的確に避けてみせる。

 

 右回転の左回し蹴りを屈んで避けたハンは左回転の右回し蹴りを女の背中に決めた。よろけた女は壁に手を着き、すぐに戻ると攻撃を再開する。

 

 指によって急所を狙った連撃をハンは最小限の腕の動きで防ぐと同時に、攻防一体の動きで相手の行動を抑え込んでいた。

 

 時々足元を狙った蹴りは腰を落として踏ん張る体勢になる事で受けてもバランスを崩さず平然と立っていられる。

 

 拳を打っては引き戻し打っては引き戻しを繰り返す。

 

 女の右腕を左手で下に払い、右手を腹に突き出す。女が拳を防ごうと左手を右にやって防ぐ。この時女の両腕は交差し、内側の右腕がもう片方に抑えられ動かない状態だった。

 

 しまった、と思った時にはハンの左フックが女の側頭部を捉えていた。

 

 痛みに耐えながら後退し、十分に距離を取ったところで向き合った。

 

「クソッ!」(こうなったら使うしか……)

 

 女性らしくない叫びを上げる中、内心では追い詰められていた。巻き付けられている首輪を意識し、「エネルギー」を流し込んだ。

 

 その変化はハンにも見えた。ファッションと思われていたので気にもしなかった首輪が突然「エネルギー」を帯びた。同時に女が空間から吸収する「エネルギー」がその勢いを増した。

 

(あの首輪、「エネリオン」吸収を活性化させるのか?! 管理軍が開発中と噂には聞いた事はあるが……)

 

 一方で女は思念送信通信機を使い、

 

(あたしはこれ以上無理。先に使う)

『了解』

『分かった。では少しでも攪乱させろ』

 

 通信を終えると目の前の相手目がけて突進した。

 

 踏み込みの度に床が割れ足跡が出来る。完全に不意を突かれたハンに向かって正面から衝突する。

 

 衝撃を受け止められずハンは後ろに吹き飛ばされてしまう。体勢を整えようとした矢先、背中に堅い感触、後ろにあった壁が壊れた。

 

 壁を突き破りビルの外に飛び出してしまったハン。自分が出て来た壁の破れ痕から女が飛び出した。

 

 落下するハンに追い付いた女は更に降下キックを命中させ、一体となってコンクリートの地面へ向かって落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数回のレースを終えたリョウは賭け金を受け取り皆に見せびらかした後、のんびりしようかとあてもなく歩き始める。

 

「リョウ、後で昼飯食いに行かねえ? あ、金は勿論勝者が払うって事で」

「えー? 敗者が勝者に奢ってもらうなんて言い度胸だな」

「良いだろ別に、たかが2000ドルの内の僅かだろう」

「……まあ良いけど。後「軍」の仲間にも奢る約束したんだよな」

 

 どうでも良いが、地球暦0017年現在の貨幣は管理軍でも反乱軍でもドルを使用する。元々西暦2030年代から50年代にかけて経済的グローバル化が飛躍し、関税廃止や経済格差減少等あらゆる出来事を起こした。貨幣統一化もその一つに当たる。ちなみに1ドルの価値は地球暦に入ってから調整され、西暦2000年初頭と物価が同等になっている。

 

「そういやお前最近の軍での調子はどうだ? 活躍してるか?」

「まあな。上司がうるさいけど。ストレス発散に管理軍の前線部隊をぶっ壊してやった」

「ハハハ、お前らしいや。程々にな。しかし良いよなあ、音速で走れる力とか俺も持ってみたいぜ」

「そうでもない。こんな力あるだけ不便だぜ?」

「例えば?」

「そうだな……俺がレースする時車のスピードが物足りなくなっちまうんだ」

 

 リョウの冗談に先程まで車を並べ競争していた2人は笑い合っていた。

 

「ところでお前、レックスはどうした? 一緒に来てただろ?」

「ぬっ? ……本当だ、何時の間に。まあ良いや、どうせ来るだろう」

 

 これでこの話題を打ち切ろうとしたその時、廃墟群を駆け抜ける存在が一つ。

 

 音速を超えるスピードのそれをリョウだけがその目に捉えていた。

 

「わりい、メシまで少し掛かりそうだ」

「ふぁっ?」

 

 そう言い残すとリョウは地面を蹴り、1秒後には隣に居た人物の視界から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中で大きく旋回しつつ銃弾を避けながらレックスは右手を出した。

 

 掌から「エネルギー」の放出。「エネルギー」が空間中の空気に触れ、反応する。的確な方向性を持った運動エネルギーが大量の空気分子に与えられ、風が巻き起こる。

 

 風は細い刃となってサングラスの男を襲う。男が避けようと体をスライドさせるが、鋭い気流は男の服を引き裂いた。

 

 空気はレックスに操られ、その勢いや量を増やす。次々と男に切り傷を作り上げる。

 

「喰らいな木偶の坊!」

 

 掛け声と同時にレックスが銃の引き金を引く。動きを制限された相手へ次々と命中する。

 

 それでも相手の男はサングラスの裏に隠れた顔を余裕を持っている様に歪ませもしない。

 

「全然痛がってないじゃねえかお前」

(まだ使うには惜しいな)

 

 男は攻撃を喰らいながらもレックスに向かって銃を乱射し、レックスが飛行しながらそれを避ける。

 

 不意に男が跳び上がり、レックスへ右足で膝蹴りを仕掛ける。対するレックスは相手に対し向かい風を起こし、更には銃を乱射する。

 

 銃弾を喰らっても相手は痛覚に表情を変えない。蹴りの体勢のまま逆風の中を逆らってみせる。

 

 サングラスの奥の瞳がギラっと睨んだ。その時は既に互いの距離は1メートルを切っていた。

 

 右膝を後ろに戻し、代わりの左足を突き出す。意表を突かれたレックスは頭に一撃を喰らわされた。

 

 背中から固まった砂の上に落下し、相手がスタッ、と軽く平気そうに着地した。

 

 レックスに追撃を掛けようと相手が距離を詰める。抵抗すべくレックスは地を背にしたままで蹴りを放とうとした。

 

 だがその必要は無くなった。相手が急に立ち止まったのだ。

 

 直後、男の顔を鋭い物体が掠めた。顔に切り傷を作り、サングラスが取れ落ちた。

 

「レックス、大丈夫か?」

 

 中性的な喋り方だが、その声は紛れもなく女性のものだった。いや、声だけでなく容姿も完全に女性だ。

 

「クラウディア?」

「如何にも。妙に意図的な「エネリオン」がこの辺り一帯に感じられたものでね」

 

 クラウディアと呼ばれた女性は長い銀髪を風に揺らし、サングラスの男に突き出した細身のサーベルを引き戻し、レックス側へ引き下がった。

 

 本名クラウディア・リンドホルム、25歳。女性としては高く身長175センチメートル。銀髪や白い肌、シャープな顔立ちは北欧系だろう。腕を組んだ様はどこか高慢というか自信家の様なイメージがある。

 

「おーい! 待てったら!」

「あの馬鹿やっと来たか……」

 

 レックスはこちらへ駆け寄るリョウの声を聞いた直後、呆れるクラウディアを見てやれやれ、と手を振った。

 

「全く、何処で油を売ってたんだお前は!」

「るせえ! 2000ドルも手に入ったんだよ!」

「お前は遊ぶ事しか考えないのか!」

「お前だって何時も俺を叱りやがって!」

「二人とも黙れよ!!!!!」

 

 いがみ合う二者の間をレックスが割って入って更に大声でなだめた。

 

「ほらリョウ、レックスはお前よりずっと信用出来るぞ。見た目は整っているし、お前より話は分かるし聞き分けも良いし、何よりメリハリが付いている」

「知るか。俺にはギラギラした銀髪に長身で傲慢な胸のでけえ女の方が態度悪くて信用出来ないね」

 

 パシン、と平手がリョウの頭を突っ込んだ。

 

「デリカシーの一つも無いのかお前は!」

「お前だって……」

「もう良いから!!!!!」

 

 またしてもレックスは大声で怒鳴る羽目になった。

 

「それよりあの敵をどうするかだろう」

「たった1人じゃん。それにお前1人だけでも十分じゃね?」

「油断はならんぞ2人とも」

 

 サングラスの取れた男は髪色と同じ茶色い目で3人を観察している。サングラスの裏にある顔はこれといった特徴も無かった。

 

(これ以上は厳しいな、使おう)

 

 装着した首輪に手を触れる。長身の男は自分の体に無理矢理「エネルギー」が吸い寄せられる感覚を味わっていた。

 

「何……」

 

 何だ、とクラウディアが言い掛けたその時、

 

 相手が途轍もないスピードで突進し体当たり。1か所に集まった3人がバラバラの方向へに吹き飛ばされた。

 

 予想していなかった出来事に3人とも驚愕の表情を浮かべる。

 

 それぞれが地面に足を着けた時、大柄な男は猛スピードで逃走していた。

 

「俺が追う!」

「任せた!」

 

 走るスピードにジェット気流を重ね、追跡を始めるレックス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人相をフードで隠した暗殺者に対し、アダムは右半身を前に右拳を胸の高さに上げる。左半身は何もしておらず自然のまま。

 

 相手は唐突に左手の拳銃を向け、引き金を引き銃弾を発射する。音速の10倍、1秒で50発。

 

 常人にはそもそも目に留まる事も無い筈の銃弾をアダムは「感じ」ていた。その動きに合わせ体をスライドさせる。それだけで銃撃が避けられた。

 

 アダムは地面を蹴って後退していた自身を逆に方向転換し、向かって来る銃弾を着実に避けながら一気に距離を詰めた。

 

(分かる)

 

 駆け込みをプラスした真っ直ぐな裏拳気味のジャブが相手の顔面にクリーンヒットした。

 

 よろめき3歩下がった相手は銃を服の下に隠し、ナイフを持つ右手を体の前に掲げた。近寄り、刃を上下左右へ振り回す。

 

 それをアダムは相手の手首を掌で押さえて全て防いだ。

 

 少年の頭部を狙ったフック気味の刺突に対し、左拳を相手のナイフを持つ方の肩に叩き付け、腕が引っ込められる。

 

 向こうが右腕を出せば左拳で打ち止め、左腕は右拳で、右足を出して来れば左足で蹴り止め、左足は右蹴りで。

 

 打ってくる前に止める。しかも上腕や腿は重要な腱や筋肉があり、打ち込まれる痛みもある。暗殺者がフードの中で瞬きをしたのが見えた。

 

 暗殺者は苦し紛れにサマーソルトキックを繰り出す。突然だったがアダムは上体を後ろに倒して避けた。

 

 相手は宙返りと同時に後退し、足を地に着けた時点で拳銃を左手に持っていた。

 

 観戦していたアンジュリーナは変化に気付いていた。

 

「勝っている。でも……」

 

 目の前の戦闘を傍観しているアンジュリーナは、”今まで”はアダムが敵対する人物に負けないか心配だった。(手助けもせず傍観していたのは、いざとなった時に「中和」で相手の動きを止めようと思っていたからである。また、「中和」の際にアダムの動きを止めてしまう懸念もあった)

 

 だが今は考えが180度違っていた。アダムが暗殺者を殺す側に見えた。正確に相手の動きを読み、確実に攻撃を加える。無表情が一層怖く見えた。

 

 残酷さに満ち、慈悲が存在しない。例え命を奪おうとする相手でもアンジュリーナは気が気でなかった。

 

(殺さないで……)

 

 そんな少女の思惑を他所に、アダムは向かって来る銃弾を躱しながら呆気なく相手のすぐ傍まで辿り着いていた。

 

 正面からのナイフを持つ手を左前蹴りで弾き、手からナイフが落ちる。それをアダムは手に取った。

 

 目にも留まらぬスピードで前進したアダムは、その手に握るナイフを相手の左胸に突き刺していた。

 

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