「ふぅ…助かったわ…」
崩壊した学園、その瓦礫の下から微かに誰かの声が聞こえたとティナが言っていた。
慎重に瓦礫を取り除いたそこに見えたのは、堅牢なゲートだった。
解放されたそこから最初に出てきたのは、楯無さんだった。
「やっと…やっと出られたぁ…」
「学園が…壊れてる…」
「外の空気、心地いい…」
それから出るわ出るわ、学園に残っていた生徒達が。
ものの数分で、籠城をしていたらしい生徒達の全員が出てきた。
訊けば、学園地下のシェルターに温存されていた非常食糧で食い繋いではいたが、空調が壊れ、蒸し風呂状態になっていたらしい。
整備課の生徒で修理していたが、焼け石に水。
それが祟って水が底を尽きる寸前になっていたらしい。
「何があったかを話すわ」
俺達は事情は大体は把握しているつもりだったが、実際に経験したことのある人から話を伺ったほうが、より正確性が増すだろう。
そう思い、俺達は静かに聞くことにした。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
あれは、1年生が臨海学校に出向いたその日の夜だった。
突如として上空から野太い閃光が落ちてきた、それには見覚えがある。
かつて凛天使が用いていた、アリーナの電磁シールドをもたやすく貫通して見せた大型砲撃兵装。
「最初の一射は、教職員寮が狙われたわ。
それだけで学園に残留していた教職員が半数亡くなったわ。
でも、即座に緊急警報を発令する事までは出来た。
だけど、そこから先は地獄だった、学園全土で通信が繋がらなくなったのよ」
だから、生徒達にどこへ避難すればいいのか、何が起きているのかも連絡することが出来なくなった。
混乱は一瞬で学園全土に広がった。
「目につく範囲の生徒達をとにかく避難させるのが精一杯だったわ。
だけど、それは敵勢力にとっても同じ、手当たり次第に射撃、爆撃、砲撃を繰り返していたわ。
すぐに動けるのは、私とフォルテちゃん、ダリルちゃんの3名だけ。
それで残り380人以上の避難をさせるのは過酷すぎた…。
通信もできず、対応も遅れ、避難も遅れ、防衛範囲が必要以上に広がり…35名の生徒と10名の教職員がテロ攻撃に巻き込まれ、死亡したと確認したわ」
私達は…守り切れなかった…。
確認と言っても、地下シェルターに逃れられた生徒の人数と、学園の名簿を見比べての人数差を算出した程度に過ぎないけれど…。
「できるだけ保護シェルターに放り込んで、日本本土側に救難要請を出したけれど、今になっても通信が繋がらない。
妨害電波が飛び交っているのはそれで理解出来たわ。
そして…君達が帰ってきてくれるのを待つしかなかった、それまで籠城していたのよ。
今に至るまで、地上がどうなっているのかも確認出来ていないわ。
それに何より…なぜ防衛力が低下したこのタイミングで学園が狙われたのかも判らないのよ…!」
「それなら俺達は知ってますよ」
…へ?
答えが妙なところから返ってきた。
確かに、情報ネットワークが途絶していた私達では知る事が出来なかったけれど、皆が把握している?
でも、その情報は私達にとっては貴重なものである事は確かだった。
そして語られるその理由に…もう、呆れる他に無かった。
それはあんまりにも身勝手で…後先も考えていないものだった。
「それで、その大バカ者は連行されたのですか?」
虚ちゃんはいつにも増して迫力を出しているようにも見えた。
避難を促す役割を追ってくれている中、跳弾で傷を負い、包帯で片目を隠している状態だけれど、それ以外は至って良好みたいで安心している。
「いえ、それが…」
ティナちゃんが気まずそうに視線を反らす。
ラウラちゃんは忌々しそうに、シャルロットちゃんは本気で頭を抱え…メルクちゃんはため息をこぼし、ウェイル君は頭を横に振り…。
鈴ちゃんは額に青筋を立てて…
「織斑 千冬が、どこかに逃がしました」
思わぬ事態に本気で気が遠くなる。
なんで解雇された織斑先生が臨海学校に行っていたのか、とかも気になるけれど、これは日本本国は全世界から悪い立場に追いやられる。
その事をあの人は理解しているんだろうか?
ただでさえ立て続けに国際問題を飽きもせずに頻発させては、大問題になっているというのに…。
「それと、お兄さんは、織斑 全輝に斬りつけられました」
「事実ですよ、コレがカルテになります」
「……ああ、はい」
情報のラッシュにもう頭が追い付かない。
お願いだからこれ以上の情報はノーセンキューよ…。
「新宿の爆撃テロも篠ノ之の手引きだった」
「ウェイルの顔写真もネットワークに露見させてました」
「学園のIS、コアもすべて奪われたそうです」
………完全にキャパシティオーバーよ………もう耐えきれずに私は気絶した。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
その日は学園に残された生徒達を本土側へ運搬するだけで日が暮れた。
アルボーレを使うことにもなったが、やはり人命救助にも非常に有効だ。
だが、クレーター付近で夜営して過ごすわけにはいかないので、近隣のホテルを使用することになった。
ホテルにとっては思わぬ金ヅル…というわけにもいかず、人命保護の為に無償で部屋と食事を提供してくれた。
楯無さんは部屋に籠ってあちこちに連絡を始めているらしい。
先程まで気絶していたのに、起きた途端にハードワーカーモードに入っている。
他の部屋では、あちこちから呼んだ医者によって適切な医療処置を施しているそうだ。
「今日はもう出来る事は無さそうだな」
ベッドに寝転がり、腕を広げると、俺の腕を枕にする人物が…3人。
鈴とメルクとティナだ。
結構な人数がホテルに泊まることになるが、部屋数の節約ということで3~4人で1部屋を使用することになったわけだが、俺はこの3人と同衾ということになったわけだ。
「…なんでそろって俺の腕を枕にしようとするんだ?」
メルクは兎も角として、だ。
ヴェネツィアでは夜風が激しいとき、夜間に雷が鳴り響く時はベッドに飛び込んできていたな。
学園に編入した以降はそれこそトーナメント戦の時に、ティナと組む事にした以降はずっとだ。
「私は、日常ですから」
これはメルクのカミングアウトだ。
「交際相手なんだから良いでしょ!」
これは鈴のカミングアウト
「ベッドが2つしかないんだから誰かが一緒に寝るしかないでしょ?」
最後にティナが要らん火種をブッ込んでくる始末、さてはお前はこの状況を楽しんでるな?
…俺は床で寝るべきか、廊下で寝るべきか、ロビーのソファで寝るべきか…。
「「「ジャン!ケン!ポン!」」」
そんな心境の俺の眼前20cmで平和的に争っていた、言ってて意味が判らない。
ともかく俺はそのまま寝ることにした、逃げようとしても無意味だろうからな、もう勝手にしててくれ。
「…くぅ…」
翌朝、息苦しさで目を覚ます。流石に気なってみてみれば…
「どういう状況だよ、これは…?」
右腕にはティナ、左腕にはメルク、胸の上には鈴がうつ伏せの状態で寝ていた。
寝苦しいのはコレが原因か…起きるか。
「起きろお前ら!」
ちょっと乱暴的かもしれないが力尽くで叩き起こした。
寝苦しい状態にされた仕返し程度には良いだろう。
不機嫌そうな表情をされたが、それに対しては廊下の自動販売機でジュースを買ってきて許してもらうことにした。
ホテルの自動販売機は値段が高めなのは納得できないけどさ…。
「ティナはアセロラドリンク、メルクはロイヤルミルクティー、鈴はリンゴジュースだったな」
ついでに自分の分、ストレートティーの確保もしておいた。
今頃は三人で仲良くしているだろうとは思う、この点に関しては心配はないだろう。
Prrrrrrr!
「んぉ?」
俺の携帯端末に一本の連絡が入ったのはその折だった。
朝食の為、ロビー横の食堂に集まった生徒の姿は陰惨たるものだった。
クラスメイト、友人、姉妹を失った生徒も少なからず居ただろう、怪我を負った生徒は更に多い。
フォルテ先輩は左手がギプスに包まれているが、右目は包帯で厳重に覆われている、失明でもしているのかもしれない。
ダリル先輩は右腕の袖が空調に合わせて揺れている。こちらは右腕を欠損したらしい。
楯無さんも、顔を包帯がグルグルと巻かれているが、右の眉の上から左頬にかけて大きな裂傷を負っていた。
他の生徒もあちこち包帯を巻いている生徒が多い。
それにしても、関わることが少なかった上級生が30人以上亡くなったというのは、なかなか信じられない。
学園長も居るが…車椅子に座り、奥さんに押してもらっている。
「全員食堂に集まったようですので、ここで全員に通知します」
全員が着席したのを確認したのか楯無さんの話が始まる。
これは今後のことにもかかわる重要な話だろう、誰もが静まり返る。
「7月6日の深夜、IS学園にテロ組織が侵入し、学園は壊滅的な被害を受けました。
生徒は35名、教職員10名がこれによって帰らぬ人となりました。
また、先の新宿爆撃テロでも3名の生徒が亡くなったと推察されます。
そして…学園の校舎は全壊、配備されていたIS、コア、兵装の殆どが強奪されています。
施設、設備、学園領土、それらが再建不能に陥ったのが現在の状況です。
並々ならぬ倍率をも乗り越え、当学園に編入、入学、在籍している皆さんには申し訳ありませんが、本日を持ってIS学園を閉鎖します!」
誰も何も言い返せなかった。
隣に座るメルクが教えてくれたが、前代未聞の出来事だそうだ。
世界中から生徒を預かっている学園がテロリストに負けて閉鎖というのだから。
しかも30人以上が亡くなったというのなら、それは更に酷い状況といえる。
幸いなのは、その人命を失った悲しみ、怒り、憎しみをぶつける相手が居る事だろう。
「後になってから判るでしょうから、先に言っておきます。
今回の新宿爆撃テロ、学園襲撃には、テロリストを誘導した愚か者が居ます。
その人物は『篠ノ之箒』『織斑 全輝』、動機こそ
もしも、今後どこかで発見した場合は速やかに警察へ通報してください!」
動機は伏せてくれたか、これで俺をテロリストに突き出そうとしているような奴に対して抑止力を出したという事になるだろう。
「日本出身の生徒には、帰りの切符を日本政府が用意してくれます。
それまでホテルで待機を、外国出身の生徒はそれぞれの大使館へ向かってください、話はつけています。
それじゃあ、生徒会長からの最後のお話はこれにて終了です。
朝食を終えた後は、各自部屋に戻るなり、大使館へ向かうなりご自由にどうぞ、以上!」
これ以上は騒いでもどうしようもない。
誰もがそう自覚したのだろう、身一つでこのホテルに来ているわけだから、どうしようもないだろう。
どうあっても、この決定を覆すような代案が出てくるわけもないようだ。
「俺とメルクは…イタリアに帰ることになるだろうな」
食事を始めることにしたが、学園の食堂に比べれば味が落ちる。
やはり慣れてしまった味が少し懐かしく思える。
「メルク、この後はどうする?」
「臨海学校に行くにあたり、荷物はそこそこ揃えていましたから、それをもって大使館へ行くのが妥当だと思います。
テロ組織への対抗手段なんて私達にはどうする事も出来ませんから」
それもそうか。
なら、食事を終わらせたら部屋に戻って帰り支度をしよう。
そう決めた以上は手早く食事を終わらせよう。
だが…学園の食事と比べるとな…。
食事を終わらせてからは、昨晩同室になった二人もちょうど部屋に戻ってきていた。
「それにしても、前代未聞な事になったわね。
学園閉鎖って事は、各国の『代表候補生選抜制度』も失われ、ISはそれこそ軍人以外は触れられない軍事物資になったってことになる」
「ですね、そうなればモンド・グロッソは今後は開かれる事もありません。
学園で出会った人達とは、会う機会も殆ど無くなりますね…それはやっぱり…寂しいです」
ティナもメルクも声に元気がない。
せっかく仲良くなったのに、その友人と会えなくなるのは確かに悲しい話だ。
俺も来年は整備課に進もうとしてたってのに、あの連中のせいで進路が一つ消えてしまった。
かつての実兄、実姉、幼馴染
…もう辞めよう、憎むのも、恨むのも苦しいだけだ、もう感情そのものを向けないようにしておきたい。
「鈴は今後はどうするんだ?」
「私は…そうね、日本で挨拶しておきたい人が居るからその人達に会っておくわ。
それから一度は
「挨拶しておきたい人、か…。
俺達はどうするかな、なぁメルク?」
鈴が言う『挨拶をしておきたい人達』というのは予想がつく、弾達だろう。
俺にとってはよき友人だった人物達だ。
叶うのなら、俺も逢っておきたい。
「それじゃあ、私も同行していいかしら?」
「ついてくるつもりか、ティナ?」
「ええ、皆の話には私も興味があるのよ。
中途半端な状態でお別れっていうのも味気が無いもの」
そう言ってトランクスクーターを手に取ったが、その直後、俺に振り向いてきた。
「そ・れ・に♪」
「ん?どうし…」
Chu
そんなリップ音が俺の右頬を襲う。
「…………!?」
ティナの急襲だと気付くのに数秒
「…………………!!??」
何をされたのかを理解するまでさらに10秒を要した。
「こういう意味合いも含め、ね♡」
「…………」
「…………」
鈴の眼差しが冷たくなり、そんな鈴とメルクがティナに飛びつきキャットファイトが始まった。
ここで俺が部屋から逃げ出そうものなら、被害は室外にまで及ぶだろう。
下手すりゃホテルが倒壊しそうだ、「テロリストの仕業です」なんて言い訳は流石に通じないだろう。
こうなったらこの三人のキャットファイトが終わるまで待ってるほうが平和だ。
Prrrrrr!
そんな折に俺の携帯端末にメールが1通届く。
そのメールを確認してみる。
「喧嘩はそこまでだ。
メルク、大使館からの召喚要請だ」
「じゃぁね、指定した駅で待ち合わせだから!」
キャットファイトを無理やり終わらせ15分後、俺達は一旦別れる事になった。
大使館で大使と話をした後に、鈴とティナと合流する流れになったからだ。
再び鈴と合流した後、弾達に会いに行こうと話をつけた。
ティナは興味本位での同行らしいからちょっと考え物だ。
メルクも已む無く承諾し、これには納得を示してくれている。
だが、簡単に話を付けたら夜には飛行機で飛び立つことになるだろう。
「大使館に来たのは一週間振り、なのになんだか懐かしい感じがするな」
「ふふ、そうですね」
守衛に身分証明書を見せるとあとは顔パスだ。
建物に案内され、大使とすぐに話を着けることになった。
ほかにもイタリア出身の生徒、ミリーナも控えているようだが、先日のショッキングな出来事ゆえにかぐったりしている。
「『織斑 全輝』『織斑 千冬』『篠ノ之 箒』、その三人がその様な事を…承知しました、本国には通達をしておきます。
では本日はここに宿泊を?それとも本国へ?」
「私達は、本日中にはこの国を出る予定にしています。
ですが、その前に挨拶をしておかなくてはならない人達が居ますので、少しだけ寄り道をします」
それから学園で起きた事、クロエから教えてもらって知った事を話しておいた。
無論、イギリスとフランスの崩壊についても含めて、だ。
これからイタリアも忙しくなる、ISの思考転換、新しいプロジェクトも立てなくてはいけない。
生産にしても大幅な計画変更が伴い、一時的には大赤字にもなってしまいかねない。
これからは、これまで以上に軍事関連に力が注がれる事になるかもしれないが、そうなれば軍事国家になってしまうかもしれない。
そうなれば周辺諸国からも必要以上に警戒されてしまう。
だからこそ、軍事とはまた別方向の計画が必要になる。
俺は…その計画の端にでも名前が載っていれば良い。
考える事は色々と在りそうだ、あまり気乗りはしないんだが…鵞鳥の人にでも相談に乗ってもらおうかな。
「さて、行くか…」
6年間も離れ、今の今まで会話をする事も無かった。
それどころか、薄情なことにも思い出す事すら出来なかった。
綺麗サッパリ忘れていた、かつての友人達に…多分、殴られるな。
ま~た記憶喪失にでもなりそうだ…まさか、な…ハハハハハハ…
「これからイタリアはどうなると思う?」
「難しい情勢に立たされる…そう思います」
バスに揺られながら俺達は鈴が指名した駅まで移動することになった。
凡その光景は俺が覚えている、ここから先は俺がメルクを案内する番だ。
大使館で急遽用意してもらったウィッグを装着し、お互いに茶髪の別人に化けている。
さらには薄いカラーのサングラスを着用しているため、そう簡単にはバレる事は無いだろう。
「やっぱり、か…モンド・グロッソでメルクが優勝出来るまで裏方で応援したかったんだけどな…」
掴もうとしていた目標がまた一つ、手からすり抜けていく。
この虚無感は何度経験しても嫌になる…。
剣道を辞めて野球をやりたいと思っていた。
だが、腕を折られ、始めるよりも前に挫折した。
義務教育を終えた後は一人でどこかへ旅立ち、独り立ちしようとした。
だが、耐えようとしている最中に事件に巻き込まれて、帰らぬ人扱いされた。
学園で平穏に目立たずにいようと思えば何かと邪魔をされた。
そのことごとくがかつての身内の仕業だったというわけだ。
俺が何をしたというんだろうか…?
これから行く場所で待ち受ける人達は、かつての俺のために憤慨してくれていた。
身内よりもよっぽど暖かな人達だった。
あの頃と何も変わっていなければいいな、と思う反面、俺のことをどう思っているのかが不安でもある。
「なるように、なれ…」
俺の心の内は、もはやヤケクソ感が強かった。