P.N.クー・ラー=アッスさんより
A.いえ、してません(笑)
というより、『ロマンティクス』を隠語にするのは如何なものかと…
電車を幾つか乗り継ぎ、俺は6年振りにその場所に降り立った。
忌まわしくも懐かしい、出ていきたいと思い続けながらも忘却の彼方に追いやった…この場所に…。
「着いた、か…」
念には念を入れ、ウィッグを着用してから眼鏡もサングラスに取り換える。
傍らに居るメルクもストールを首元に巻いて変装は充分だ。
俺もサマーコートの襟を上げ、頬まで隠れるように注意しておく。
何処で誰が見ているかはハッキリとは判らないからだ。
この場所には、旧友が居るのも確かだが、全輝の取り巻きだって居るだろう。
アイツが今は逃亡しているとのことだから、どこで人を動かしているのか、警戒をしておきたい。
「待ってたわよ、メルク、ウェイル」
「大使館でのお話は終わったみたいね」
駅では鈴とティナが待ち構えていた。
IS学園も閉鎖され、学園指定の制服ではなく、私服の姿だ。
どこかで着替えてきたのだろうか。
「お兄さん?大丈夫ですか?」
「ああ、今更だ…」
変装もした、俺よりも腕の立つメルクが居る、『
生身の人間相手には過剰防衛かもしれないが、それでも身を守る用意だけはある。
恐れる必要なんて無い、相手はただの人間で、ただの暴徒でしかない。
旧友達に逢ってみたい、などと言ってみたが、それでも多少の緊張はある。
「…行こう」
その言葉は、まるで喉の奥に鉛でも結わえ付けられているかのように重くなってしまったのは…きっと、気のせいではないだろう。
道は、記憶の中に焼き付いている。
だから迷う事は無い…筈なのに、足取りは重く、道程はあまりにも遠く思えてならなかった。
『五反田 弾』『五反田 蘭』『御手洗 数馬』
その三人は俺の境遇を知りながらも、親しくしてくれた親友だった。
俺の身に起きている境遇を知りながらも、決して見捨てることもなく、常に傍らに居てくれた。
今更、どのツラ下げて逢えというのか…。
だけど…今更だよな…
俺の右手を握っているメルクも心配そうな眼をしているから、余計に見栄を張りたくなる。
左手は鈴が握ってくれいるが、その握力がメルクよりも少し強く感じるのは気のせいだろうか。
「なあ鈴、俺達は変装してまで此処に来ているんだが、鈴はその様子は無いよな?
警戒しておかなくても良いのか?」
「全輝の取り巻きの心配でもしてるの?
ならその警戒の必要は無いわよ、アイツ等は悉くが社会的抹殺とかされているから」
穏やかじゃないなぁ…社会的抹殺って何が起きているんだか。
知ってみたいような、知りたくないような複雑な気分だ。
「現状、アイツの取り巻きは一人残らず、その家族も含めての社会的抹殺よ。
デジタルタトゥーは永遠に消えないからね、一家離散、蒸発、夜逃げ、勘当、そんな感じらしいわ。
この街にはすでに誰一人として残ってないわ」
…ホントに何が起きてるんだよ。
「何が起きてるのかもう知りたくないっての…」
先程までの俺の覚悟はほぼほぼ無意味になってしまった。
少なくとも俺がコソコソする理由はもう無いらしい、だが念のために変装は続けておこう。
「それで鈴はどこに向かって歩いているの?」
「『私達』の活動拠点よ」
活動拠点、とか言われてもなぁ…その足の向く方向には覚えがある。
この方向にあるのは『五反田食堂』、それ一択である。
確かに俺も何度も訪問…という名義で避難させてもらっていた経験がある。
右腕を骨折させられ、利き腕を左手に変えなければならなくなり、あの場所で左手で箸を扱う練習をさせてもらった経験もある。
その内容も至って地味で、左手で持った箸で、大豆をつまんでは皿から皿へと移し替えるというものだった。
学校の宿題をするにしても、弾の部屋でしていた覚えもある。
時折、蘭、鈴、数馬も一緒になって学校の課題をしたり、鈴と蘭の手料理をご馳走してもらったりとかも。
小学生の作るものだったから、本格料理人の厳さんには敵わなかったみたいだったが、今となってはいい思い出だ。
「ああ、そうだな…この街も…悪い記憶ばかりじゃない、か…」
割合的には
それすら俺は忘れてしまっていたかもしれない。
「此処よ」
鈴が俺の手を引きながら先導し、到着したのは懐かしい『五反田食堂』だった。
あの頃とは…店の看板が少しだけ色褪せてしまっている位しか違いが見えない。
普段ならこの昼日中は営業し、繁盛しているはずなんだが…今は客足は全くなく、店先には『本日貸切』の看板が立てられている。
過去にこんな札を出していた記憶など俺には全くない。
臨時で用意していたのか、手書きのそれから墨汁が垂れて道路を少しだけ汚していた。
「みんな、約束通りに来たわよ」
そして鈴は遠慮も無く扉を開いてズカズカと入っていく。
「…大胆だなぁ」
さて、俺達も入店しようか。
中では懐かしき旧友達が待ってくれている筈だ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
あれから私は千葉県警へと連行されていた。
旅館で私は確かに全輝と箒を警察に引き渡した筈だった。
なのに…それはまるで『無かった事』のように扱われていた。
『旅館の玄関』で私は二人を警察に引き渡した。
なのに、その場所を見ていたであろう監視カメラには誰も映されていなかった。
玄関前を見ていたであろう監視カメラには、そこに停まったであろう警察車両すら映っていない。
なのに…旅館の裏口には、私が『二人を逃がす』瞬間が映り込んでいた。
その際に、全輝に何かを告げ口をするという、何一つ身に覚えのない瞬間も含めてだ。
「どういう事か説明してもらおうか!」
今日も取調室では、担当をしている刑事が怒鳴り散らしている。
もうこれで3日連続で同じことが続いている。
「私は本当に何も知らない!」
それでも、私にはこれ以外に返せる答えなど何一つ持ち合わせていない。
だから、それ以外に答えられなかった。
「今更『知らない』で済む事だと思うな!
よりにもよってテロリストに資金提供だと!?
それでどれだけの人間が死んだと思っている!?」
全輝と箒の二人は早くも国内だけでなく、国際指名手配されることが告げられた。
私の知らぬ二人が抱えた闇は、推し量る事も出来ぬほどに暗く、深かった。
あの二人は、『私に守られている』のをいいことに、多くの人達を傷つけていたということか…。
確かに、身内だからと甘くなっていた可能性も否定はできない。
だが、事此処に及んではその甘さを捨てる、そのつもりでいたが…何故、こうなるのだろうか…?
「失礼します!」
取調室に女性刑事が飛び込んできた。
だが、何か妙だ、顔を青くし、息も荒れている。
その人物が持っているのは
「それは、私の携帯…」
「貴女はっ!自分が何をしたのか理解しているんですか!?」
視線が重なった瞬間に怒鳴り散らされる。
この人物が私に向ける視線の類は『軽蔑』などではない。
『憎悪』だった、なぜ見た事も無い人間にこのような視線と憎悪を向けられるのか私には理解できなかった。
「いったい何事だ?」
「つい先程、彼女の携帯端末に届いたメールの書き写しです。
とんでもない内容ですよ」
差し出されたA4用紙には何が記されているかは私の座っている場所からは見えない。
「逆探知をしてみましたが、世界中のサーバーを経由しているようでして探知が叶わず…、ですが内容は…」
「まったく面倒な…!アンタは何を考えているんだ!」
怒鳴り声とともにその用紙が机の上に叩き付けられる。
その音の強さに耳鳴りがするも、それに耐えながら用紙の内容を見る。
「なん、だ…コレ…は…!?」
そこには、先ほど耳にした凛天使のメンバーの名が。
『貴女が事前に依頼してきた通り、織斑 全輝と篠ノ之 箒を国外へ脱出させた。
前払いの報酬金3000万円を使用し、依頼された二人の運搬、身柄の保護を行っている。
だがその内の一人は、篠ノ之 束博士との繋がりが途絶えた為、不要と判断し、こちらの判断で処置をした。
事前の契約通り、例のポイントで落ち合おう。
これまで通り、これからもより良い協力関係を維持していきたい。
シーリア・ウェルディーヌより』
何がどうなっている…!?
私が事前に全輝と箒を逃がす契約をしていた!?
なんの冗談だ…!?
私と接触するだと…!?
私には本当に何一つ心当たりなど無い!
「さて、奇しくもテロリスト張本人が保証人になったわけだ。
間抜けな話ではあるがな…!」
「待て…、わ、私は、本当に何も…」
「織斑千冬、『外患罪』で再逮捕する…!」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
報復は成された
事前に警告はしておいた
それを知りながらも、アイツはウェイ君に手出しをした
危害を加えた
剰え、殺そうとした
だから、これは正当なる報復だ
個人への報復
国への報復になったのは、ただの
国家上層部に蔓延っていた害悪な腫瘍は、抉り取った挙句に炎上させている。
あの日、全てを把握したうえで、いっ君を見捨てると判断し、黙殺し、何もかもフランスに責を負わせ、何もしなかったクソどもを。
あの女が知ってか知らずしてか繋がっていた膿どもを。
「これで良かったのですか、束様…いえ、ビーバット博士?」
「うん、一通りは気が済んだよ。
正直…もっともっと
在る事を無い事の様に言われ
無い事を在る事の様に言われ
謂れも無い誹謗中傷を浴びせられ
悪罵の掃き溜めにされ
誰からも冷たい視線に晒される
かつて、いっ君を襲い続けた地獄にあの女を閉じ込める。
けれど、その檻を『街単位』ではなく『世界規模』にしたもの。
いっ君と違うのは、その地獄の円環に『救いが無い』というもの
「テロリストにアイツの財産が流れたと思っているようだけど…本当は私の懐に流しておいたんだよね…。
あのメールも、私が勝手に名前を騙って作ったものだけど、私には辿り着けないだろうね」
行く宛も、帰る場所も無い、頼れる人など居ない。
そして何より救いも無い。
「さぁ、お前はどんな風に
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「お前…一夏、だよな…!?」
『本日貸切』の札を提げた日の昼、扉を開いて入ってきたのは茶髪の男だった。
サングラスまで着用していたから表情はあまり読めない。
口元は微笑を浮かべ…ん?あの髪はウィッグか?
茶髪の下からは、雲のような真っ白い髪が…それに黒い双眸…。
記憶の中に浮かぶ一夏に比べれば、確かに成長すればこうなるだろうという姿には思う。
6年前も会ったんだ、そりゃぁ成長してるだろうけど…変わるには充分過ぎるほどの時間ではあるが…。
「…ああ…久しぶりだな、弾」
声も低くなっている、だけど…。
「一夏さぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!!」
凄まじい勢いで蘭が飛びついていった、というかミサイルの如き突撃だった。
驚いたのだろうが、一夏はフラつきながらも受け止めていた。
なんか手馴れてないか?
ミサイルの如き突進を受け止めるのに手馴れるってどんな状況の中を生き抜いてきたんだよこいつは?
そのままワンワンと泣き続ける蘭をそのままに…ってちょっと待て、鈴はともかくとして、美少女が…二人!?
「おい、何がどうしてそんな両手に花の状態なんだよ!?」
「弾、何を怒ってるのさ…」
荒れそうになる俺を数馬が引き留めるというシュールな現場が出来上がってしまっていた。
数分後
「何もかも全てを話そう、それで良いよな?」
爺ちゃんと婆ちゃんも苦笑しながらも席に着き、貸切状態にしている店の中がようやく落ち着いた。
「先に言っておくよ、皆の期待を裏切って悪いが俺は…『織斑 一夏』として生きていくつもりは無い。
今の…5年前から俺の名は『ウェイル・ハース』、それで把握しておいてほしい」
なんか、複雑な事情があるらしい。
それだけは察した。
「聞かせてくれ坊主、あの日以降に何があったんだ?」
「ああ…6年前の朝、俺は誘拐された。
誘拐犯の目的は、モンド・グロッソに於ける織斑千冬の棄権。
だがその目的は叶わず、人質にされた俺は…鎖で縛られたまま海に蹴り落された」
誰もが息を飲んでいた。
この点については知らなかった。
誘拐されたことは鈴から聞いて知っていたが、そんな事になっていたのか…。
鎖で縛って海に蹴り落とすとか、何を考えてんだよ…。
「それと補足、その誘拐事件を全輝の奴は、事件の事を何もかもその日の内に把握していたらしいわ。
多分、誘拐をしていた連中が自宅にも電話とかしていたんだと思うわ。
それを含めて、ずっと黙っていたってわけ」
「あの野郎!知ってて黙ってたのか!」
「はいはい、お兄、ドウドウ」
馬扱いすんな!
とはいえ気分を落ち着けておかないと…。
だがあのクソ野郎は次に会ったらブン殴ってやらぁっ!
「その事件後、半死半生状態のままイタリアの街の運河を流れているのを発見されて…保護されたんだよ。
そのまま1年以上も意識不明の昏睡状態が続き…『記憶喪失』状態で目覚めたんだよ」
1年以上も…昏睡状態って、マジかよ…。
「意識を取り戻しても、名前も過去も何一つ覚えていない状態で目覚め…イタリアでハース家の養子として迎えられたんだ」
養子として迎えられた、か。
なら、じゃあそこの二人の女の子は…家族ってことか…?
桜色の髪をした女の子の頭の上に手を乗せて撫でる。
「この子はメルク、俺が養子として迎えられた家の長女で…俺の妹だよ」
そうなのか…。
似てないのは当然だよな、一夏…じゃなくてウェイルの妹か…。
じゃあ、そっちの金髪の女の子は?
「あ、こっちはアメリカの代表候補生よ、今回は付き添いってだけでね」
「どうも☆アメリカ代表候補生のティナ・ハミルトンです!
ウェイル君とは友人なのよ、学園では色々とお世話にもなっていてね」
へ、へぇ…友人がただの付き添いかぁ…、交友範囲を広げているんだなぁ…。
にしても、美人揃いだなぁ。
「それで、今日は時間が出来て挨拶に来たってわけじゃないよね?」
「ああ、IS学園が閉鎖される事が決まってな、イタリアに帰る事になったんだ。
つい先日に記憶を取り戻して、帰る前に逢おうと思っていたんだ」
記憶が戻った、か。
けど、今の生活を手放せないだろうけど…。
イタリアに家族が居るのなら猶更、さ…。
だけど、皮肉ではあるよな…。
あの日、俺は一夏の部屋を見てしまったから、そう思ってしまう。
賃貸住宅情報誌とか、アルバイトの情報誌だとか…。
9歳の子供が持つものではない、持っているのが異常なんだ。
『自分を知る人が誰も居ない場所』
『自分が知る人が誰も居ない場所』
『自分を示すルーツが存在しない場所』
そんな場所を自分の新たな居場所として求めていたのに、思わぬ形で手に入れてしまった。
それも全ての記憶を代償にして、自分の名前を改めてまで、さ。
「何の因果か、全輝がISを動かし、イタリアで事故のような形で俺が発掘され、IS学園に編入するようになって…あの連中のせいで散々だ…」
「ご愁傷さま、としか…」
蘭も言葉を選んでソレらしい。
というか俺も返せる言葉が無いぜ…。
あの野郎、国際学校の場でも問題を起こしていたのか…。
「篠ノ之の奴も相変わらずだった、気に入らなければ平然と暴力を振るうのは以前の通り。
学園の備品を壊し続けていたよ」
「ああ、そうかい…」
「挙句、テロリスト集団に俺の名前を教えるわ、ネットワーク上に俺の顔写真を載せて晒すわで…」
すげぇ、犯罪行為じゃないのか?
「新宿のテロも、学園が壊滅したのも箒がテロリストを手引きしたせいだった」
「流石にちょっと待て坊主!」
事ここに及んで爺ちゃんが待ったをかけた。
流石に情報量の濁流で俺の頭もキャパオーバーだっての!
テロも学園壊滅もあの女の仕業かよ!
「箒は、俺一人を排除するためにやったらしい」
「それであの爆撃テロだろ!どれだけの人間が死んだと思ってんだ!」
「お兄さんに怒鳴らないでください、しかもその本人は織斑千冬の手によって逃亡しているんですから」
あの人はぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!
何を考えているんだ!何も考えてないのか!?
頭の中に糸蒟蒻でも詰まってるのかぁっ!?
「あの人にとって、俺の生存は
一夏が………いや、ウェイルは溜め息と一緒にそんな台詞を吐き出した。
「………なるほど、だとするなら保険金狙いだったかもしれねぇな」
爺ちゃんは何かを悟ったらしいが…どういう意味だ?
数馬に目を向けると…
「一夏を探さなかった理由はそれか」
こっちもこっちで何か理解してるらしい。
オレが理解出来ないでいるのを悟ったらしいが、その哀れむような視線を止めてくれぃ。
「一夏が何かの理由で…自殺以外で死亡したと判断されたら、その保険金を受領出来るようにしていたんだろうね。
だからあの人は、行方不明になった一夏を捜さず、死を早々に受け入れたんだと思うよ」
「なら、私達が捜索している中で、中止するようなイタズラ電話とかが在ったのは……」
織斑 千冬の差し金だったんだろうな。
一夏の生存が証明された場合、保険金の不正受領になっていただろうから。
「なら俺は…あの人に殺される為に生きていたって事かよ…」
ホント、救いが無いな…。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
流石に弾も頭がオーバーヒートをする直前になってるらしい。
確かに頭の痛くなる話ばかりだというのは理解できてる。
『たった一人の人間を殺すために、街一つとそこに居る人間全員を巻き添えにするテロリスト』は現在も野放しの状態。
『テロリストを手引きした人間は、身内の手によって逃亡させられている』
結局、
その為に、全輝を選び、一夏を捨てた。
モンド・グロッソの時点でそれは証明されている。
先の保険金狙いの話に関してはただの推測でしかないけど、真実だと思う。
第二回大会の時は、全輝を助けたけれど、それは今度は美談として作り上げる事も出来るのだから。
そして旅館に留まっていた理由も今になってようやく理解出来た。
あわよくば、ウェイルを始末するつもりだったのだろう。
実際、ウェイルはあの女の差し金によって瀕死の重傷を負わされただけでなく、出血多量で意識不明となり、動けなかったのだから。
「くだらない女よ、最後は大勢の生徒達の眼前で警察に逮捕されたわよ」
でもそれは、婦警が自らを手錠であの女と繋がっていたから、思案が頓挫し、動けなかったのだろう。
「自分は逮捕されないって考えていたのかもしれないわね…」
迂闊よねぇ、そして残念だわ…私も一発ブン殴ってやりたかった。
あとは法が裁いてくれると信じておこう。
「まあ、難しい話はいったんここで切り上げよう。
ちょっと待ってな小僧共、美味いもの食わせてやるからよ」
そういって厳さんが厨房に入っていき、料理を始める。
そのすぐ後になって漂ってくる香りで何を作っているのかが理解できる、常連客に人気の業火野菜炒め定食だ。
包丁の出す音、油の音、そういったものをここで耳にし続けていた過去を思い出す。
横目でウェイルを見てみれば、ウェイルも何かを思い出しているようにも見える。
視線の先を確認してみれば、店の隅の方にある席、あそこは…一夏が左手でお箸を使う練習をしていた場所だった。
豆をつまんで、皿から皿へと移す練習をしていた場所、それすら今となっては懐かしく思えてくる。
「この人数だし、出来上がるまで時間がかかりますよね。
テレビでも見て気晴らしをしてみませんか?」
「それも、そうだな…」
ウェイルが視線を店の隅からテレビへと移し…そして
『速報です、IS学園爆撃テロ、新宿爆撃テロに深く関与していたとして、元日本代表選手である織斑 千冬女史が再逮捕されました。
また、共犯者である【織斑 全輝】容疑者、【篠ノ之 箒】容疑者の両名が国外逃亡をしている可能性があり、国連はその両名を国際指名手配とし、懸賞金を懸けると宣言が出されています。
この三名は国外のテロ組織に関与してたとされ、続々と証拠も挙がってきており、また、今年になって崩壊したフランスとイギリスにも関与していたとされ…』
とうとう行き着く先に行きついたらしい。
「懸賞金が出るって事は…」
弾、目がユーロマークになってるわよ。
どうせ面倒事にしかならないんだから関与するんじゃないわよ。
けど、懸賞金の金額は魅力的よね。
なにしろ、
総額一億五千万円だ。
それを二人分だから………3億円?
「証拠も挙がってるということは、裁判も略式でトントン拍子に進んでいくんじゃないかな。
国際テロに関与したってことは動乱罪も入るだろうし、十中八九は外患誘致は初犯だろうと死刑は確定だ。
国際指名手配といっても銃社会のアメリカの巨大組織があの宣言を出したのなら、『生死問わず』という言葉を隠してると思うよ」
数馬の言葉に誰もが言葉を失った。
慌てて蘭がチャンネルを変えるけど手遅れだってば。
けど結局は何処のチャンネルも同じニュースを速報で出すから結果は変わらないし。
諦めてテレビの電源を切っときなさいよ。
そうこうしている内に、人数分の料理が机に並べられる。
ああ、この料理を目にするのも懐かしく思えてくる。
「これで、私達のお話は終わりです、お兄さんがかつて暮らしていた場所だから、もっとゆっくりと見て回りたかったんですが…飛行機の時間が迫っていますので…」
メルクが時間に急いでいるのにも理由がある。
テロリストはウェイルを殺したと思って堂々と宣言した。
なら、次は収監されたであろうあの女に干渉しようとするのは明白、そうなれば…。
「アンタ達に先に言っとくわね。
テロリストは学園に配備されていたISとコアを全て奪取していったわ。
全輝一人を狙ってIS学園をテロリストが襲撃したついでにね。
今後は日本を戦場として奴等が暴れだす戦場になる。
早いうちに国外に脱出したほうが良いかもしれないわよ」
誰もが表情を凍り付かせる。
だけど、コレは私の予想というだけではある。
それでも…。
「テロリストは間違いなく日本国内に居る。
あの女に干渉しようとするなら、都合がいい場所でもあるから、ね」
だから、どうか早く逃げてほしい。
私の予想だって外れていてほしい、でも万が一の事を考えれば…。
これで、私達にできる話は本当にお終いだった。
私とティナは飛行機の時間は明日に回しているから、店の前でウェイル達と別れる事になった。
「あ!あの!ウェイルさんは誰かと交際されてたりとかするんですか!?」
別れ際、蘭からのそんな質問が飛び出してくる。
「ああ…それなんだが…」
ウェイルは頬を少々赤くしながら私の頭に手を乗せた。
うん、自覚しているなら宜しい、そうでなかったら引っ搔いていたけどね!
「まあ、そういう訳なんだよ」
「そうかよ、蘭の兄貴としては殴ってやりたいところだが…」
「ゴメンね、蘭…でも私はこの居場所を譲る気は無かったのよ、それは知ってたでしょ?」
「鈴さん…」
ずっと追いかけていたことは知ってる。
生存を信じていた事も知ってる。
でも、近くに居られたのは私だった、それが決め手だったかもしれない。
「お兄さん、迎えの車が来ましたよ」
「ああ、判ってる。
じゃあ皆、また逢おうぜ、叶うのなら、もっと平和な時にでも、さ」
そう言って、タクシーに乗り込む。
…メルクも会釈をしてから車へと乗り込んでいき…手を振ってから車は走り出した。
「気付いたかい、弾。
一夏…いや、ウェイルは昔よりずっといい笑顔をしていた事に…」
「ああ、気付いてるよ。
アイツ…本当にいい場所に居るんだな…安心したよ…」
それについては私も同感だった。
でも…
「…まったくもう…また、鞄を返し忘れちゃったじゃない…」
その翌朝だった。
中国大使館に泊まっていた私のもとに、一通の手紙が届いたのは。
学園残留組の容態
更識 楯無
右眉の上から、左頬にかけて裂傷。
その他にも手足に擦過傷多数
布仏 虚
左目の上から左頬にかけて裂傷を負うが、幸い眼球には異常無し。
左足に軽い火傷を負った。
ダリル・ケイシー
校舎崩壊に飲み込まれ、右腕を欠損した。
全身に打撲。
フォルテ・サファイア
左腕骨折。
流れ弾により、右目を失明した。
轡木 十蔵
左足を欠損。
他にも、裂傷、擦過傷、火傷が多数。