IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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あ、FGOでデスティニー福袋回すの忘れてた…。


ISコアの完全封印。
もう二度とISを使用したテロを起こさないために、全てのISコアの封印が執り行われることになった。
全てのコアを一か所に集め、その処置は極秘裏に執り行われた。
だが、その翌日に封印を何者かが突破し、すべてのISコアを奪取していった。
そして、扉の内側にはへたくそなウサギのデフォルメ画が描かれていたらしい。
そしてそこにはこう記されていた

『力とは、手放すために手にするものである』と


第108話 涙風 星と風の行く先

私は…何をしていたのだろうか…………?

 

大切な家族も守りたかった

 

モンド・グロッソに参戦したのは、この大会で得られる賞金で、弟達との過ごせる日々を少しでも良くしたかったからだった。

 

勇ましくあったのも、『良い姉』で在り続けたかったからだった。

 

名を馳せたのも、弟達に、誰にも手出しさせたくなかったからだった。

 

全て、全ては弟達の為だったのに…

 

なのに……全輝()は、一夏()を排除しようとしていた。

 

知らなかったんだ。

 

二人が…そんなにも歪な事になっていただなんて…

 

帰国するまで、事件が起きていただなんて、知らなかったんだ…。

 

一夏の葬儀を執り行った後、ポッカリと空いてしまったような胸の内は、治まる事が無かった。

 

残された全輝を支えに、私は立ち上がった。

 

それは、一夏を過去にしたのか、一夏を切り捨てたのか、一夏を諦めたからなのかは、判断は今になっても出来ない。

 

折り合いを付けられたのかも判らなかった。

 

なのに…時を越えてその姿を見た。

 

面影は…はっきりとは重ねられなかった。

 

それでも、彼が私の弟だと信じられた。

 

それなのに、近付く事も叶わなかった。

 

全輝が因縁を付け、危害を加えようとしたのは不本意だった。

 

けれど、好機であるとも考えられた。

 

これを起点に近付く事が出来れば、それが叶わずとも、向こう側から接触してくるように仕向ければ。

 

なのに、見透かされたように事態は悪化していった。

 

嫌悪されたとしても、そう言った感情を向けられているだけでもホッとしていた。

 

例え、近付く事が叶わずとも、思いを向けられているだけでも。

 

だから私は、あの刃を彼に押し付け(与え)た。

 

全輝と箒に、真剣を与えたのと同じように、今の一夏に相応しい刃を。

 

だから、殺気を向けられるとは思わなかった。

 

その殺気に反応して、私は拳を振り抜いた。

 

それが、私と一夏の最後のやり取りだった。

 

私が最後に与え(向け)たのは、『暴力(否定)』だった。

 

 

 

ああ、そうだ………………そうだったな、私が一夏に最後に刻んだ記憶は、『最悪』だった

 

それを挽回したくて、あの旅館に居座ろうとしていたのに…声を聞く事も、姿を見る事も叶わなかった。

 

知ったのは、身内が化物だったという真実だけだった

 

「逃がせたら良いんだがな…」

 

あの一言は、終わりの無い円環から離れたかったからと口にした言葉だった

 

なのに、円環から離れる事が出来たのに、その先は地獄だった

 

全輝と箒の振る舞いを知った後に、その言葉を思い返せば、それこそ最悪の言葉だっただろう

 

あの言葉を私は悔やむしかなかった。

 

 

 

第一回大会の時に自宅に電話をした時の事を思い出す。

 

あの時、一夏は電話で何を言っていただろうか…?

 

いや、私から通話を終わらせたのだったか。

 

あの日、続く言葉を聞けていたら、何もかも変わっていただろうか?

 

 

私は、一夏にとっても、良い(家族)でいられたのだろうか………?

 

 

「私は…どこで、間違えたんだ…。

私は…………何をしていたんだ……………………?」

 

 

そして

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

その日、アメリカで新たにスペースシャトルが打ち上げられようとしていた。

幾重にも続く確認項目がクリアされ、発着場にその巨体が聳え立つ。

モニターの前ではNASAの職員や、一般人達がカウントダウンを続けていた。

蒼穹の向こう側、悠久の星空を夢見る白亜の方舟は、業火と轟音を巻き上げながら飛び立つ瞬間を向かえようとしていた。

その方舟の下部、発射台の片隅に転がる粗雑な木箱になど誰も気付かなかった。

まして、その中に死刑囚が閉じ込められているなど。

 

当然だった。

宇宙開発は、時に国家を超えた事業にも成り得る。

そんな中、態々余計な積荷(ゴミ)を載せる手間を生じさせるわけがない。

宇宙空間で、余計な作業を増やす理由など無い。

廃棄予定の人工衛星に近づくなど、危険性の高すぎる作業を負わせるわけがなかった。

 

ロケット燃料が莫大な燃焼を行い、熱と気流を生み出す。

だが、その中にその木箱が巻き込まれているなど気付かなかった。

粗雑な作りのそれは、業火に耐えられる筈もなく『燃焼』という過程を省略してまで蒸発する。

中の死刑囚の肉体も、それに耐えられる道理など無い。

血も、歯も、皮も、骨も、肉も、刹那にて燃え尽き…………塵すら残らなかった。

 

その木箱に気付いていた者はこの場に居ない。

知っている人物は、この場に居合わせて居ない、極一部の者だけだった。

 

アリーシャが知り得た情報すらダミーだった。

人工衛星諸諸共に海に落とすのではない、無限の星空に放つのでもない。

燃料のついでに(・・・・・・・)焼き付くすというものだった。

 

方舟は、蒼穹の向こうへと旅立った。

発射台は燃料の燃焼によって黒く染まっていた。

そしてそこに………それ(・・)が残っている筈も無かった。

こうして…誰にも知られる事も無い公開処刑によって、かつては世界最強(ブリュンヒルデ)と呼ばれた彼女は、誰にも知られることもなく、誰にも看取られることも無く、塵も残さずこの世から消滅した。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

ザザァ…ザザァ…ザザァ…

 

寄せては返す波の音でその男は目を覚ました。

体に纏うのはボロボロになっているISスーツ一枚、だがあちこちが裂け、その面積故に体の多くが見えていた。

 

「…う…あぅ…」

 

ボロボロなのはその衣服だけでなく体もだった。

無事と言える場所こそ見つけるのが難しいとも言えるくらいだった。

体も、顔も、青痣だらけ。

いつの間にか生えていたであろう髭も伸び放題で整えられてなどいない。

瞼も腫れ、右目に比べ、左目はうまく開いていない。

 

おふぉ(どこ)だ…ふぉふぉ(此処)は…?」

 

どこかの海岸のように見えるが、それだけだった。

見覚えは無い、そもそも海に訪れる経験もそこまで多くなかったからか、猶の事だった。

 

痛む左足を引きずりながら、フラフラと歩いていく。

裸足で歩く夜明け前の砂浜は冷たいが、自分が今居る場所がどこなのかを知るためにも歩みを進めていく。

 

直近の記憶には、どことも知れない埃だらけの部屋だった。

そこで、いつまでも続く拷問と空腹、そして恐怖と絶望に苛まれ続けていた。

それが今ではどことも知れぬ海岸だった。

 

言葉を発しようとも、顎が痛み、発声も苦痛だった。

それでも、歩みを止めれば何も判らぬまま倒れてしまいそうだと思い、歩み続ける。

 

東の空から光が差してくる。

夜明けの光に照らされた視線の先には…廃村が見えた。

目に映るそれは、日本家屋のように見える。

 

「もふぉ()ってきたのか、オレは…?」

 

拷問を受け続けた場所は日本国内なのかと思っていたのも確かだった。

それが今なぜ放り出されているのかもわからなかった。

それでも、戻ってこれたのは幸運だと信じられた。

痛む足と体を叱咤して歩み続ける。

廃村の向こう側の道路を歩き続け、森を越えた。

その先には…

 

「なんだよ、ここは…」

 

世闇の中に見えるのは古い漁村の街並。

かつては喧騒に包まれたな街だったであろうそこは、夜間は静まり、廃墟が幾つも乱立しているかのよう。

 

怖気が走る、此処に居てはならないと直感が告げる。

走ることさえできないからだが疎ましく思えたが、それでも歩き続けた。

空腹が続くが、それでも歩む。

骨に皮が張り付いただけのような体で歩めば、少しの距離でも息が切れる。

 

「あそこは…?」

 

帰るべき場所、暮らし続けていた実家を思い出す。

ニュースでは不審火によって焼け落ちたともいわれていたが、それでもあの場所を最後まで自分の目で確認していなかったのを思い出した。

もしも、あのニュースが誤報で、もしも今も残っているとすれば…。

もしかしたら、千冬が自分を探してくれているかもしれない。

あの場所で待ってくれているかもしれない、そう信じこみ、歩み続けた。

 

昼を超え、夕方になり、日が沈む。

その間に訪れる空腹を無理やり忘れこんででも歩き続けた。

再び夜明けが来る頃には、記憶の中に微かに残る街並みが見えてきた。

 

「あと、もう少し…」

 

空腹に悲鳴を上げるが、目をそらし続ける。

傷跡が疼き、足が悲鳴を上げ、空腹に胃袋が鳴り続ける。

そんな中でも、ようやく見覚えのある場所までたどり着いた。

 

「何、だよ…これ…?」

 

記憶の中に残っている場所には、見覚えのない建物が存在していた。

自分が過ごしていた場所ではない、新築の住居がそこにあった。

だが、その瞬間だった。

 

(ショ)オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ()イイイイイイイィィィィィィン(クビ)イイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィッッ!!!!!!』

 

耳障りな絶叫が周囲に響き渡った。

 

「な、なんだよこの声!?どこから…!?」

 

咄嗟に耳を塞ぐが、その声は未だに響き渡り続けている。

 

()ィィ()エエエエエェェェェェェ()(ハイ)のオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッ!(ショ)オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ()イイイイイイイィィィィィィン(クビ)ガァァァァッッ!!!!!!

ここに居るぞオオオオオオオオォォォォォォォォォッッッ!!!!!!』

 

声が響くたびに首元に振動を感じる。

触れれば、そこには覚えのない何かが巻き付いていた。

急いでそれを取ろうとするが、首に固定されたそれは金属製のようで、外す事すら叶わない。

ただ自分の首を絞めただけだった。

 

「ゲホッゴホッ!何なんだよこれは!?」

 

だが、その首元からは、本人が忘れたがっている情報を見境なしにブチ撒ける。

 

()エエエエエエエエェェェェェェェェェェ死()ォワズノォォォォォォォォォォッッッ!!!!(ショ)オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ()イイイイイイイィィィィィィン(クビ)イイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィッッ!!!!!!

首を獲ってエエエエェェェェェェェェッッッッッ!!!!!!4億()ェェェェェェェェェェェェェンッ!!!!!!』

 

「止まれッ!止まれよ!」

 

『生け捕りにしてエエエェェェェェェェッッッ!!!!!5億()ェェェェェェェェェェンッッッ!!!!!!』

 

あの日、狭すぎる部屋の中のモニターで見せられた情報が、彼の脳裏に思い起こされる。

自分は、高額の懸賞金がかけられた、生死問わぬ賞金首、多くの賞金稼ぎが血眼になり、命を狙われ続ける指名手配犯であり、賞金首であるということを。

 

『殺して突き出しィィィィィィィィッッッッ!!!!!!()()オオオオオオォォォォォォ(ショ)(トォォク)ウウウウウウウゥゥゥゥゥ!!!!!!

捕らえて突き出しィィィィィィィィッッッっ!!!!!!オォォォ()ォォ(ヅゥゥゥカァァァァァ)イイイイイイイィィィィィィッッッッ!!!!!!』

 

もはや倫理観など微塵も無い。

周囲の人間を焚きつけて、仕留めさせようとするのが目的だろうと察することができた。

だが、圧倒的に分が悪い。

どこかに隠れようとも、この凄まじい叫び声があれば、確実に見つけられてしまうだろう。

この声であれば、屋内に居る人間にも必ず届いてしまうことも察してしまう。

そして現に

 

「ママァッ!家の前に変な人が居るよっ!」

 

この絶叫に興味を持ったであろう家の玄関に姿を現した子供が自分を指さしてくる。

『変な人』と言われて頭に血が上るが、自分の姿を見下ろして渋々納得する。

その子供の母親であろう人が子供を大急ぎで抱えて玄関へと飛び込んでいく。

 

「もしもし、警察ですか!?

家の前に奇妙な姿をした不審者が…」

 

通報されていると感じ取り、男はその場から逃げようと歩き出す。

 

「うぐっ!?」

 

急激に息が苦しくなるのを感じた。

息を吸おうとしたのに、それすら叶わない。

原因を探ろうと首に触れる。

今になってようやく気付く、自身の首に覚えもないチョーカーは喚き散らすだけでなく、自身の首を締めあげていることに。

外そうと首に手を回すも、チョーカーは首に深くめり込み、指を差し込む隙間すらない。

 

「…く…ぁ…」

 

絞まる、緩め…途端に絞める、一瞬解放されたと思えば、先ほどまでよりもきつく絞める。

 

見覚えがない、だとするのなら…自分に対して執拗に拷問を繰り返してきた男達の仕業であると。

 

解放などされていなかった、あの場所から放り出されただけであると察して膝をつく。

 

その醜態に涙が滲んできた、なぜこんな事になっているのだろうかと。

 

自分は他者より強い

 

自分は他者より上だ

 

自分は他者より先を行く存在だ

 

他者を利用し

 

他者を欺き

 

他者の気持ちを利用し

 

他者を蔑み

 

他者を動かし

 

他者を陥れ

 

自らは決して動かず

 

他者を見下し

 

自らの目的を達成し

 

誰をも愚かと言って嘲笑い

 

君臨する側であると、そう信じていた。

 

「なん、で…」

 

遠くからサイレンが聞こえる。

明け方の街に鳴り響くそれは破滅へのカウントダウンにすら聞こえてしまう。

血を流し、激痛を起こす足を引きずりながらも逃げようとするも、早くも四方を警察官に包囲されてしまう。

 

「近隣の住民から不審者の通報が相次いでいる、お前だな?」

 

パトカーは未だに到着していない。

なら、この警察官達はどこから現れた?

空から(・・・)だ。

よくよく見れば、彼等の足元、靴からは燐光が漏れ出し、地面に触れてすらいない。

そして肩に翼を休めている機械仕掛けの小鳥の姿。

 

「ち、ちが…ッ!」

 

よりにもよってこの瞬間にチョーカーが急激に締め上げられ、声を出すこともかなわない。

もう立っていられず、声を上げることもできずに倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目が覚めた場所は、見覚えのない天井を見上げてのことだった。

体を動かそうとするが、体がベルトで固定されているのが見えた。

動けない、起き上がれない、逃げられない。

それを察して周囲に視線を走らせる。

ライトブルーのカーテンで遮られているが、ここはどこかの病院なのだろうと察した。

なら、自宅があった場所からはそう離れていないだろうなと考えておく。

 

カシャァッ!

 

仕切りが開かれ、ドクターらしき人物と、屈強な人物が同時に姿を見せる。

 

「アン、タは…」

 

「警察だ。

…織斑 全輝、お前の逃亡から16年が経過した。

だが、ようやくだ…『殺人未遂』で緊急逮捕する、そうは言っても裁判は既に終わっているがな。

お前さんに下された判決は『死刑』だったそうだ」

 

恐怖と激痛と絶望、その旅路の最果てはさらなる終局の絶望だった。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

ガッ…ガッ…ガッ…ガッ…

 

もう何度、何十度、何千度、何万度、この音を繰り返し聞いてきただろうか。

それすら本人ですら忘れてしまったか、数えなくなったのかもわからない。

天井に開いた穴から、決して出られない部屋へと叩き落されてからは絶望の日々だった。

謝らなければ、償わなくては、贖わなければ。

その気持ちで心そのものが潰されそうになった。

それから、彼女は食事に付属されていた金属スプーンを手に取った。

 

ガッ…ガッ…ガッ…ガッ…

 

あれから機械のようにスプーンを壁に打ち付け続けた。

何も変わらぬ窮屈なそこに居続ける恐怖を感じ、少しでも心を保てる何かを求めてのことだった。

その中でたまたま見つけた、爪の先にも至らない程度の小さな亀裂が目に入った。

 

そこへスプーンを食い込ませる。

メッキがはがれたかのように表面がほんの僅かに削れた。

 

ガッ…ガッ…ガッ…ガッ…

 

その偶然の発見から今に至る。

少し掘っては、少しでも脆い場所を見つけてスプーンを食い込ませる。

スプーンが割れ、崩れてしまっては、同じスプーンが食事と共に支給される日を根気よく待ち続けた。

折れ、曲がり、歪み、朽ちたスプーンはこれで何本になるかはわからない。

それでも彼女は横へ、上へと掘り続ける。

 

かつては輝いていたかのような美しい髪は見る影もなくボロボロ。

きめ細やかだった肌も今はあれ、シミが大量に浮かんでいる。

それすら気にもしないほどに本人は機械のように穴を掘り続けた。

 

ガッ…ガッ…ガッ…ガッ…ガリッ…

 

掘り続けてから、今まで感じた事のない手ごたえをスプーン越しに感じた。

 

明かりもないこの場所では正確には判らないが、岩盤とはまた違うそれを感じた。

そっと、耳をそこにつける

 

ザァァァァァァ……

 

水の流れる音がかすかに聞こえた、外の世界に近い場所にまで来ていると感じられた。

 

それからも一心不乱にスプーンを振るい続けた。

朝も、昼も、夜も、その感覚などとうに消え失せている。

時間の感覚がすでに消失していた。

この先にあるのは『外』なのか、『希望』なのかもわからなかった。

 

ガッ、ガッガッ、ゴガァッ

 

指先がようやく入る、そんな穴が開き、そこから今まで忘れていた感覚が頬を流れ、髪を揺らす。

 

「風が…」

 

けれど、光など見えない。

向こうは夜なのだろうか…?

それでも、それに構ってなどいられなかった。

それからもスプーンを振るい続けた。

 

光が東から差し込む頃には、肩幅程度の穴が出来上がっていた。

 

「……ふ…ぁ………」

 

掘り続けた洞穴から、体を捻じ込み、這い出る。

豊かだった胸が岩盤に擦れて出血する。

飛び出した胸の次は臀部だった、そこでも引っかかるが、細くなりすぎた手で無理矢理に這い出る。

 

「キャッ!?」

 

バシャンッ!

 

穴から出た向こう側にはやはり水路が通っていたらしく、勢い弾み、落ちてしまった。

だが、水かさは足首程度にしかないが、受身もとれず体は一瞬でずぶ濡れだった。

ボロボロの体を起き上がらせ、周囲を見渡した。

どれだけぶりになるのかわからぬ風と、冷たい水に体を濡らしながらも、光を目指して歩き続けた。

 

右も左も判らぬ水路を歩き、陽光に目が眩むも、歩いた場所の先に梯子が見えた。

いつまでも足を濡らしながらも歩くのもよくないと判断し、梯子を上り始める。

登り切った頃には息が切れ、ボロボロの布に包まれた体がコンクリートの上に横たわる。

 

「おいアンタ、大丈夫か」

 

「…ぇ…?」

 

陽光に目が眩み、相手の顔もろくに見えない。

それでも、その声に名はなぜか懐かしさを感じた。

 

「…ぁ…」

 

横たわった際に布の端が切れたのだろう、辛うじて隠されていた胸元も、臀部も…身体すべてが、文字通り、白日にさらされた。

尤も、その本人はそれも自覚もせぬままに意識を失った。

どれだけぶりになるのかもわからぬ、自分以外の人間の声に安心しきってしまっていたのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば、見知らぬ天井を見上げていた。

痛む体を起き上がらせ、周囲を見れば、どこかの病院なのだろうと察しがついた。

今まで暗い、狭い部屋の中に居たからだろうか、たとえ個室の病室であったとしても、まるでどこまでも広がり続けているかのような錯覚に陥ってしまう。

体を見下ろしてみれば、あの些末なボロ布ではなく、清潔なパジャマに着替えさせられている。

 

「あの方は…?」

 

気を失う寸前に聞いた男の声を思い出す。

その人物に着替えさせられたのだろうかと思うと顔が熱くなっていく。

気を静めようと、窓を開いてみてみる。

 

「この場所は…?」

 

かつての自分の故郷、イギリスの首都ロンドンなのかと思っていたが、そうではないようだった。

ロンドンは内陸であり、この街のように海が見える場所ではなかったのだから…。

 

「ここは『ドーバー』、26年前までイギリス領だった場所の一角さ」

 

「…!?」

 

背後から聞こえた声に思わず背中が震えた。

それでも、聞き覚えのある声であり、此処ではないどこかで聞いた声でもあるような気がした。

 

「…だ、誰…!?」

 

扉もいつの間に開かれていたのかすら気付かなかった。

そして、そこに人が居ることでさえも

 

「驚かせたんじゃないの?」

 

「そうかもしれないな…そんなつもりは無かったんだが…。

とはいえ、日課の早朝ランニングで人を拾うことになるだなんてな」

 

どうやら自分は彼に救われたらしい、それをなんとなく察し

 

「でも、裸の女の子(・・・)を担いで帰ってきた時には驚かされたわよ。

自分の旦那が人攫いをしただなんて、ご近所になんて言えばいいのよ」

 

「慣れない場所でもあるからな、救急車を呼ぶにも目印になる場所なんて、あのホテルくらいしか思いつかなったんだよ」

 

聞いている限りでは、この夫婦はこの場所の生まれ育ちでもないらしい。

どこかイギリス以外の国から来たのだろうか?

 

「あ、あの…ドーバーはイギリス領では…?」

 

「世間知らずね、旦那も言っていたでしょう。

2()6()年前まで(・・・・)の話よ。

イギリスといえる場所は現在は首府であるロンドンだけ、それ以外の領土、領空、領海は周辺国家に切り取られたわ。

ここドーバーは現在はベルギー領よ、歴史の勉強で習わなかった?」

 

それは、彼女にとって故郷の喪失とも言えるような情報だった。

 

「ロンドン以外の、全てが…?」

 

「ああ、そうだ。

26年前に、極東で事件があって全世界からバッシングを受け、剰え、繰り返し不祥事が発覚し、イギリスが賠償が出来なくなり、領土を明け渡す他に手段がなかったんだ。

ロンドン以外の全てを引き渡し、自分達が救えなくなった国民への救済を他国に頼る以外になかったんだよ」

 

背筋に寒気が走る。

極東での事件ともいえば、何よりも彼女の心に突き刺さり続けていたからだった。

それが発端となったのは間違いないのだろう、それの行く末がこれだとは…。

よもや、あれから四半世紀も経過していたなんて…。

 

「イギリスだけじゃない、フランスもパリ以外の全ての領土を手放したわ」

 

「フランスまで!?」

 

「…君はいつの時代の人間なんだ?」

 

白い髪の男性が苦笑いを浮かべる。

自分の言葉はそれほどまでに非常識なのだろうかとさえ疑ってしまう。

 

「冗談はここまでにして、だ。

まさかとは思うんだが…………君は『セシリア・オルコット』、じゃないのか?」

 

「そ、そうです…わたくしは…セ、…セシリア・オルコット、です…」

 

四半世紀ぶりに呼ばれ、名乗る自分自身の名前…なのだが、なぜか自分のことなのに他人のようにも感じられてしまっていた。

視線を向ければ、夫妻らしき人物は顔を顰めていた。

自分の名乗りによるものなのだろうが、だがそれだけでそんな表情をされてしまうものなのだろうかとも思ってしまう。

 

「まさか、君とこんなところで会うことになるとはな。

26年ぶりだな…俺はウェイル・ハースだ」

 

「…………え…?」

 

その名前は決して忘れていなかった。

かつて、自分が八つ当たり同然に銃口を向け、剰え…引鉄を引いた男だったのだから。

 

気に入らないから、自分が選ばれるべき場所に先に居座っていたから

 

そんな加害妄想で排除をしようとしていた人物が目の前に、しかも自分を救ってくれた人物であるなど…

 

「驚いたよ、まさか君があんな場所に…しかも、あの頃の姿のままで現れるなんて思わなかった」

 

そう言ってベッド脇に置かれていた鏡を渡され、それを覗き込んでみる。

そこに映っていたのは、少女の姿…IS学園に在籍していた頃のままの自分の姿だった。

投獄されていた四半世紀の間、肉体が齢を重ねていなかったかのように…………いや、それよりも大切な事を思い出す。

 

「何と言ったかな、何かの物語にもあったな。

極限状態にあったことで、肉体が成長を拒むことによって、生命を保とうとする現象があったとか、だったか…」

 

「あ、あの…あの時は、本当に、本当に申し訳ございませんでした…!」

 

恥もなく、外聞もなく頭を下げる、それも手をそろえ、ベッドの上であったとしても構わずに土下座をして見せる。

起き上がったばかりの体で、あちこちの関節が苦痛に悲鳴を上げていようが構わなかった。

長すぎる収監生活の中で、いずれは詫びなくてはならないと思っていた。

頭を下げて、それで何になるのかと問われれば返せる答えなど存在していない。

自己満足と言われればそこまでだというのも自覚していた。

自分のせいで多くの人が路頭に迷い、生活を失ってしまったことも理解している。

それでも、と…自分に言い聞かせ続けていた。

 

「それで、アンタに何ができるの?」

 

「差し出せるものは、何も在りません。

私の命と…体くらいしか…」

 

()の眼前で、旦那を不倫に誘わないでくれる?

元とは言え、国家代表候補生の言うべき言葉じゃないでしょ」

 

「…え?あ、あの…貴女も…」

 

頭を上げ、目元を滲ませる涙をぬぐい、女性に視線を向ける。

長い茶髪を背に流す女性は腕を組んだまま苦笑いを浮かべている。

そして

 

「鈴音・H・ハース。

中国最後の国家代表候補生だった者よ、今は国際結婚をしてウェイルの妻だけどね」

 

旦那、ウェイルの腕に抱き着いている様子を見るに両名ともに幸せそうに暮らしているのだろう。

あれから四半世紀も経過しているというのなら、二人は40ほどの年齢なのだろうがそれを感じさせない躍動感が見えた。

 

「俺は君に詫びを要求するつもりは無い、君一人が命を投げうって贖える事態でもないんだ」

 

「では、どうすれば…このまま何も出来ずになんて…」

 

これでは、穴を掘り続けたあの日々は、暗闇の地獄で過ごす日常は何だったのだろうかとさえ思ってしまう。

せめて、自分に出来る何かをしたくて、悪夢のような日々を超えてきたというのに…。

 

「一つ、例え話をしようか」

 

下げ続ける頭に、暖かな、大きな何かがのせられるのを感じた。

それは髪に触れたまま優しく左右に揺れ…いや、優しく撫でてくれるのだと察した。

そのままその手は肩に触れ、体を起き上がらせる。

 

「昔、ある一人の少年が居た。

彼には、双子の兄と、年の離れた姉が居た」

 

紡がれる言葉に、それをぼんやりと思い浮かべた。

 

「その少年は、兄と、姉と比べられ、『劣っている』と誰からも蔑まれ続けていた。

実際、兄と姉は決して彼を助けようともしなかったから、その嘲笑は加速し、誹謗中傷へと至り、差別、迫害へと変わるのは時間を要さなかった。

どれだけ努力しても、励んでも、周囲からの蔑視は止むこともなく、家族も彼を救う事が無かった。

彼は、数少ない友人を心の拠り所にして、日々を辛うじて過ごしていた」

 

拠り所はあれど、救いだけは決して与えられない少年とは誰の事かは判らなかった。

それでも、その冷たい時間を過ごす誰かのことを考え続けた。

 

「だけど、彼には希望もあったんだ」

 

「希望…ですか…?それは…?」

 

名も顔も知らない人物が掲げていた希望、それが何なのかはハッキリとは判らなかった。

 

「未来だ。

その少年は、その時が来れば、何もかも全てを投げ捨て、逃げようと決めていたんだ。

自分を知る人が誰も居ない、自分が知る人が誰も居ない、そんな場所で名も、姿も変えて、自分の人生を再構築して生きて行こうと決めていたんだ。

そんな不鮮明なれど、強い決心を…10歳になるよりも前に明確に掲げていたんだ、それこそ、誰にも告げることもなく、ね」

 

そんな年齢の頃、自分はどうしていただろうか?

親の跡を継ぐのだと、それこそ親によって定められた人生のレールを歩むのが当然だと思っていた。

だから、信じられなかった…そんなにも壮大な事を考える子供が居ただなんて…。

 

「逃げることは恥なんかじゃない。

それも一つの選択肢だと思えばいいんだ。

逃げればいいさ、『セシリア・オルコット』として生きるのが辛いというのなら、別の人間として生きていく道を探せばいい。

罪や後悔から逃れろとは言えないけど、新しい何かを求めることは、誰だって出来るだろう」

 

「……………」

 

良いのだろうか、災禍を引き起こしたのは自分なのに。

国を滅ぼした歴史上最大の愚者だというのに…そんな自分が、新しい可能性を求めても……

 

 

【挿絵表示】

 

 

「名前に困るのなら、俺が名付けよう…ネーミングに自信は無いけどさ。

君の名は…ディーネ…ディーネ・プレギアーレ、なんてどうだ?」

 

それは、新しい星の光だったのかもしれない…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「あれ、義姉さんと同じことをしたのよね?」

 

7日後の朝、空っぽになってしまっている病室を確認した鈴に肘で脇腹を突かれた。

実際、その通りだから返す言葉もない、そうしたかったから、行動に移した。

26年前、マトモに話も出来ず、理解しあえずに終わった彼女とこんなところで遭遇するとは思ってもみなかった。

 

「あの時の俺と同じ感じがしたんだ、31年前の俺と…。

自分を構築していた全てが失われ、何処に行って何をすればいいのかも判らず、何もない場所へ放り込まれた迷子のようだった俺と重なった……のかもしれないな……」

 

「そう、アンタって昔から変わらないわね」

 

どうなんだろうな。

確かに俺は自分を構築するすべてを投げ捨ててでも、自分だけの居場所を求めようとしていたからな…。

 

 

 

 

あの話をした後、彼女は戸惑いながらも話の続きを求めてきた。

 

「その…話に出てきた男の子は…どうなったのですか…?

掲げていた目標を叶えて、自分だけの人生を歩んでいますの…?」

 

「いや…彼は行方不明よ、10歳の誕生日に…姉と、双子の兄による酷い裏切に遭ってね…ある事件の渦中に放り込まれ、行方不明になり、今もまだ見付かっていないわ」

 

「彼の姉と兄は最初からその陰謀に深く関与していて、捜索活動を一切せず、さっさと空っぽの棺を見送ったよ」

 

それはつまり、その少年は、公的には死者として扱われている事を示す。

そう締めくくり、話を終えたその結果…セシリアは涙を流し続けていた。

彼女は知らないが、その少年とは俺自身のことで、こうして平然と生きているのだから笑い話もいいところだ。

それでも一夏(アイツ)の為に涙を流す人がいるのだと思うと、なんだか気分が複雑だった。

 

「だが、実際には死亡が確認されたわけでもないんだ。

君はどう思う?30年以上も経過しているが、彼は今も生きているのか、それとも…」

 

「生きていますわ!わたくしは…今も彼が生きていると信じますわ!

でなければ、その男の子があまりにも報われない………!」

 

その言葉が、病室に響き渡ったのが、一週間前だった。

 

 

改めて、病室に視線を向けてみる。

綺麗に畳まれたベッド上の布団の上には、病室備え付けのメモ用紙が残されていた。

そこにはこう記されている。

 

『大変お世話になりました。

  この御恩は必ずお返しいたします

    ディーネ・プレギアーレより』

 

そして、ベッドライトの近くにはこれまた見覚えのある便箋が1枚。

もしかしたら、あの人(・・・)も手を貸していたのかもしれない。

 

「ここ、2階なんだけどな」

 

彼女が目覚めた翌日から、街への観光よりも優先してステラが話し相手になっていたけど、セシリアが突然居なくなったことをどう話せばいいものやら…。

鈴の視線の向かう先は開け放たれた窓だ。

見下ろしてみるが、彼女の姿は見受けられない。

何かの道を見つけられたのなら良いのだが…、彼女のことだ、きっと大丈夫だと信じていよう

 

それに、彼女を陥れようとする輩も、もう居ないのだと信じよう。

それをした馬鹿野郎が居たが、既にこの世にもう居ない。

篠ノ之 箒は死刑執行がなされた。

織斑 千冬は収監中に精神崩壊し、ベッドに縛られる日々となり、そのまま死刑が執行された。

織斑 全輝もまた、死刑が執行された。

 

それを人から聞かされた日は、俺は他人事のように思っていた。

あの人たちによって希望を失った人が多く居た。

食べる為に、生きる為に、その日を、その時の飢えと渇きを満たすために盗みを働く人も多く出てきていた。

 

皮肉にもクィリヌス計画はその人達の救いにもなっていた。

多くの人を雇用することにもなり、そういった人たちも雇うことになり、救済手段にもなっていた。

だが悪く言ってしまえば、あの連中のやらかした事に対しての尻拭いだ

 

「メルクも…ステラもそう言うかもしれないな」

 

ドーバーに来たのはクィリヌス計画の仕事の一端だった。

一週間後にはイタリアに帰る予定だが…まずは寝坊しているステラを起こすところから始めようか。

 

それでも俺は、誰かを見捨てる事なんてことは出来そうにない。

そんな事をするくらいなら、俺は誰かを救える人になりたい。

 

そしてそれが

数が少なくても構わない。

 

「これからはまだまだ忙しくなるぞ、クィリヌス計画は宇宙を目指すための星空への扉だからな」

 

人の数がどれだけ増えようと、星の数には及ばない。

なら、それほどに至る祈りを届けられる先へと俺は至りたい。

たとえ、流れ星の行方が暗闇だろうと、照らせない闇はないのだから。




これまでのストーリーをお読みの皆さんであれば気付いているかもしれませんが、今回は冒頭から終端にかけて、実は25年程の時間が経過していました。

冠城 悟 32歳
織斑 全輝を逮捕する際に空から舞い降りた警察官の一人。
近隣の警察署の署長を勤める人物。
なお、チェーロ・ブルーを使用していたが、こちらも自主訓練の果てに特別に支給されたもの。
彼が勤務する警察署にて少数支給されたものだった。


織斑 千冬の処刑について
一般回線には『大気圏外から海への投げ入れ』としており、アリーシャのような重要人物に対しては『宇宙へ放流』と伝えていたが、それすらもダミーだった。
宇宙へ運ぶ手間すら生じさせず、スペースシャトルの打ち上げの際のロケット噴射で塵も残さず焼き尽くした。
これは欧州統合防衛機構総長『レイ・L・コーネティグナー』による極秘の指示によるもので、NASA側も把握していなかった。
その際の運搬は、イタリア暗部によるものである。

クィリヌス計画
ISを用いず、宇宙を目指す新たなる計画。
計画立案はウェイル・ハース博士とラニ・ビーバット博士となっている。
地表、海上に円形の人工島を数か所に築き、そこから大気圏をも超える長大かつ巨大な柱を作り、それを以てして宇宙を目指そうという世紀を超えることになるであろう計画。
人工島建造の後には、地球全土からランダムで選ばれた家系の人物達が移住することも可能になる。
これにより各地の人口増加問題にも終局を打とうとする。

また宇宙に出ることで多くの雇用も抱えることになる世界的プロジェクトにもつながっている。
宇宙進出後は、太陽光パネルが広げられ太陽光発電が行われ昼夜を問わずにエネルギー開発が行われ、多くの世界全土のエネルギー問題にも解決策になると期待されている。
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