IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第18話 隠風 あの日に重なって

私に、兄が出来た。

妹より遅れて産まれてくる兄は居ない、それは世界レベルの認識であることは私も知っている。

でも、その人は…私と、兄には…血の繋がりなんて無い。

 

その日、その男の子は、四肢を鎖で縛られた状態でヴェネツィアの運河を漂っていた。

秋に入り、海も、運河の水温ですら低くなっているそんな時期に。

そんな時期にわざわざ運河の中に飛び込む人なんてこの街には居ませんでした

オマケに、四肢を鎖で縛られているだなんて明らかに異常そのもの。

 

「…助けないと…!」

 

思い立った瞬間に、私の体は動いた。

水温なんて気にしていられない、死んでしまっているのなら、せめて引き上げてあげないと。

もしも生きているのなら助けないといけない、そう思ったから。

 

でもその人は、私の体よりも大きくて、助けようとする私までもが溺れそうになる。

それとついでに言うと、鎖が邪魔でした。

 

「ケホッ!ケホッ!…はぁ…」

 

それでも必死に格闘して、運河に続く階段の場所にまで泳ぎ着き、近くにいた人にお願いして、両親を呼んでもらう。

国家代表候補生になるための訓練は伊達じゃありません。

それから車にずぶ濡れの二人も一緒に乗り込み、大病院へと運搬し、その容体の確認までもが完了しました。

 

「性別は、男性。

年頃はお嬢さんと同じ…9歳か10歳くらいでしょう。

海水を飲んでしまっており、低体温症に陥っていましたが、辛うじて生きています」

 

生きていた。

その言葉に私は安堵した。

でも、続く言葉に深い絶望を感じた。

 

「ですが…現在の彼は昏睡状態で意識不明に陥っています。

意識が回復する目途は…ありません。

そして…身元を特定できるものも所持していないため、名前すらも…どこの誰なのかも特定が出来ませんでした」

 

助かったのは…命だけ。

助かったその人の名前すら、私達は呼んであげることが出来ないという悲劇が待ち受けていた。

 

容体の確認をしてから、私は両親と一緒に、彼が眠る病室に来てみた。

そこには、機械に繋がれ、それによって生命を維持し続ける男の子の姿が。

 

きっと…きっと助かる。

そう思って、信じるしか私には出来ませんでした。

もしかしたら、親族の人がすぐにでも迎えに来てくれる、そんな都合のいい展開にも期待していたかもしれない。

すぐにでも目覚めて、何かを話してくれるかもしれない。

寝言か何かで、手掛かりになるような情報が手に入るかもしれない。

 

そんな…そんな根拠も何もない妄想を膨らませていたのも確かな話。

でも…現実は非情でした。

後々、教官役を担ってくれたアリーシャ先輩が独自の情報網を以ってして調べてくれたその情報を見て、私は思わず泣いてしまった。

 

それは、本名『織斑一夏』、日本の中で『織斑家の出来損ない』と言われ続けた男の子の生きる絶望の話だった。

武道に優れた姉と、十全に満ち足りた兄、そんな二人に比べられ続ける日々。

謂われも無い誹謗中傷、暴力、差別、偏見、虐待、理不尽、逆境と挫折。

理解者の不在、助けてくれる人の不在、同じ屋根の下の他人、血の繋がった比較対象(・・・・)

誰もが彼自身を見ていなかった、先に生まれたであろう二人をレンズにした状態で見たつもりになっているだけ。

あんまりにも、あんまりすぎる。

本人は、必死に頑張り続けただけなのに、その努力を根こそぎ徹底的に否定し続けた。

結果が出せなければ罵倒され、結果を出せれば否定されるという救いのない循環。

それどころか…その悪循環を作り続けているのが、実の兄だったという真実。

あまつさえ、姉である織斑千冬は、その真実どころか状況さえ知らずに放置し続けているという状況だったと。

 

もう、『織斑 一夏』は救いを求めていなかったのかもしれない。

それでも、少ない友人が居た。心を開いた女の子も居た。

だけど、自分のせいで巻き込まれるのが嫌で、関わるのも最低限にしていたという情報もそこに在った。

同時に、その女の子が助けようとしてくれていても、それを自ら遮り続けていたことも。

 

「彼は誰かを救う事が出来ても、自分が救われる事を望んでいなかったみたいサ。

とは言っても、救いとは言えないが、この情報の一部を持ってきた人物によると、逃げ道を作ろうとしていたらしいサ」

 

アリーシャ先生のその言葉に私は顔を上げた。

 

「その逃げ道というのは…?」

 

「ミドルスクールを卒業した時点で、家を出ようとしていた形跡があった。

賃貸住宅情報誌と、求人情報誌を隠し持っていたらしいサ。

それがこの写真に写っているもの、絶望の中に居ながらも、『死に場所』を求めていたわけじゃなさそうサね」

 

でも、それでも15歳になってからのミドルスクール卒業をしてからという条件を聞いて私は気が遠くなった。

書類を見た感じであれば、彼はまだ10歳になったばかり。

こんな状況に居ながらも残り五年間も耐えられたのだろうか、と。

仮に耐えられたとしても、その先に求めていたのは…

 

自分が知る人が居ない、自分を知る人も居ない場所での生存。

自分を取り巻く全てが何も無い場所を…自分の居場所を求めていたと…!?

 

「私としては、何処の誰なのかが判明はしたけれど、其処に帰すつもりは無い。

そんな所に居させたら、間違いなく壊れちまう。

それに…日本ではその『織斑一夏』の葬儀も終わっている」

 

「…え?…葬儀って…」

 

一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。

例え理解なんて出来たとしても納得なんて出来る筈も無い。

 

「…判るだろうメルク、あの少年は日本では既に『死者』として見做されているのサ。

モンド・グロッソが終わってそんなに経ってない時期に、サ」

 

…なんで?

あの人は生きているのに?

遺体が日本で発見されたわけじゃないのに?

なんで家族が真っ先に生存を諦めるんですか?

これじゃあまるで…死なせるべくして諦めたかのような…。

 

「情報は可能な限り今後も収集していくサ。

それに連れて、あの少年の今後の処置も決め…」

 

「いいえ、決めています」

 

その言葉に私は父さんの顔を見た。

大きな手が私の頭の上に乗せられ、ワシャワシャと撫でつけられる。

 

「…そうだったサ…愚問だったサ」

 

処置というわけではないけれど、私の家に引き取られるようになりました。

家族として、長男として、私の兄として、『ウェイル・ハース』として。

誕生日も、織斑千冬に感づかれないように偽装されました。

私よりも一日早い日に、…12月1日という扱いで。

 

それからも私は暇を見つけてはお兄さんのお見舞いに行くようになりました。

放課後に講義が予定されることもあり、頻度としては二日に一度といった具合で。

私が助けた日からどれだけ経っても、お兄さんは目を覚ますことはありませんでした。

髪の色は抜けていき、夜のような黒から、雲のように真っ白に。

肌の色も少しずつ悪くなっていき、痩せこけ、骨に貼り付いたかのようになっていく。

それでも私は諦めずに何度も何度も学校の後に病院に通う日常を繰り返し続けた。

いつの日か、いつの日か、きっと目覚めてくれるという奇跡を信じて。

 

例え、目が覚めていなかったとしてもきっと、夢の中では暖かに過ごせているかもしれないと信じていたから。

 

その報せが届いたのは、冬の真っただ中でした。

12月1日、雪の降る朝、お兄さんが目覚めたとの電話が病院から入ってきたのは。

偶然か皮肉か、お兄さんのために偽装されて作られた誕生日その日に。

 

両親に急いで伝え、車を用意してもらう。

そのまま病院に急行し、この一年と二か月で慣れてしまった道を駆け抜けた。

行儀悪くもノックの一つもせず、転がり込むようにして入った部屋の奥、彼が起き上がっていた。

真っ白い髪と、其処に隠れた大きな裂傷、肌が骨に貼り付いたかのように思えるほどに痩せあがった素顔。

見慣れてしまっている筈なのに、初めて見せるその表情に安堵し…大泣きしてしまった。

 

だけど、話にはまだ続きがあった。

お兄さんは、全ての記憶を失ってしまっていた。

家族も、友達も、自分すら失っていた。

本当に助かったのは、命だけ。

そして持ち合わせているのは、自分の肉体だけだった。

なにもかもが空っぽだった。

 

アリーシャ先生いわく、あまりにも都合がいいというか、悲劇的ともとれたらしい。

でも、このまま空っぽのままで居させるわけにもいかず、いろいろと教えていかなくてはならなかった。

この国で生きて行ってもらおう、と。

 

イタリアの言葉に、常識だとか。

それと世情だとかも一緒に。

さらに並行してリハビリをしていかなくてはならなかった。

痩せ衰えた体では、歩くのも不自由で、走ることなんて以ての外。

両手に杖を握り、室内を、それから室外の廊下を歩いていく。

でも、途中で倒れるのを見てしまい、手を出そうとして

 

「触るなっ!」

 

そう返された。

 

「で、でも…」

 

「大丈夫だ…まだ…やれる…」

 

私よりも細い腕で、杖を立て、それに縋りつくようにして立ち上がる。

時に、壁に爪痕を刻み、爪が剥がれて血を流してでも歩くのをやめようとせず、その痛々しさに私はまた泣くしか出来なかった。

痛々しさを見せるお兄さんを、アリーシャ先生が止めるまで、私は何も出来ずにいた。

また少し経った頃

 

「ウェイル!あんたそんな所で何してるのサ⁉」

 

「お兄さん⁉そんなところで何してるんですか⁉」

 

雪で真っ白に染まった病院の中庭にお兄さんが倒れてしまっている状況を見てしまった時には、少しだけ呆れちゃいましたけど、そんな思考はすぐに吹き飛びました。

凍え死んでいたらどうしようとか、早く病室まで運ばないと、とか、温かいものを用意しないと、とか、そんなことばかり考えることになりした。

 

リハビリをしていくうえで、並行して行っていた勉強は、結果は順調でした。

アリーシャ先生が見せてくれた『織斑一夏』氏の学業成績に関しての報告書は見せてもらいましたけど、そんなにいい方面ではなかったので、今の出来とは大きく違い、驚かされている。

そのことについても訊いてみましたが

 

「環境が悪かったのサ。

努力しても比較され、それが延々と続くだけ続いていた。

どれだけ頑張っても否定され、褒めてもらうこともマトモに無かったんだろうサ。

だから、本人としては『努力は報われない』とか考えることになってしまったんだろうサ。

だから、『報われない努力』のせいで、頭打ちになってしまい、自分の限界を早々に決めてしまったって事サ。

そんなところも綺麗サッパリ忘れてしまったのは皮肉というかなんというか…」

 

本当に生きる環境が悪かったのだろうと私も思います。

結果が出せなければ否定するのに、努力そのものまで否定できるほどに周囲の人は努力を続けていたのだろうかと。

 

目覚めてから四か月、春が来た頃に、お兄さんは病院からの退院が出来ました。

歩くのにはまだ杖が必要ですけど、あの頃から比べると体つきも少しだけふっくらとして、標準体型に近いとのこと。

身長も少しずつ伸び今は私よりも少し高いくらい、このままなら数年後には、私よりもずっと高くなるかもしれない。

その時がちょっとだけ楽しみです。

初めて家に入るときに両親に迎え入れられただけで何か感動しているようでしたけど、何となく察していました。

きっと、そんなやり取りですら新鮮だったのかもしれません。

 

部屋に案内するようになり、二階の真南の部屋へと連れていく。

そこは、運河も、海も臨める絶景の部屋で、私としては少しだけ羨ましい。

部屋の中にも家具がそろっていて、まるで昨日までこの部屋に居たかのようにも見える。

実のところを言うと、これらの家具はお父さんが自力で作り上げた自作の家具。

机も、寝具も、クローゼットも、何もかもが手作り。

日曜大工も趣味の一つで、お母さんや、私の部屋の家具の大半がお手製家具。

ちょっと頑張りすぎかなぁ、とは常々思う。

 

学校にも一緒に通うようになり、杖が要らなくなってからは、自転車での登下校を繰り返す日常になった。

その時には、私はいつも一緒に寄り添う形での登下校、荷台に横座りになり、お兄さんにしがみつくのが日常になった。

友人も出来、近くの家のクライドさんとキースさんとも親しくなった。

帰り道に近くの書店に寄ったりとか一緒に笑いあったりとかの親しい友人関係もできるようになった。

でも、どこかお兄さんの表情はいつも固かった。

なんというか、作り笑いのソレでした。

 

いつかは、心の底からの笑顔を自然に浮かべられるようにする。

それが私とアリーシャ先生の気の長くなるような目標でした。

 

一緒に生活する中で、お兄さんにはある一つの趣味が出来た。

それは…釣り。

病院に入院していたころに、廊下に置かれていた雑誌に影響されたものらしいですけど、お兄さんはそれをいまだに部屋に置いている。

黒の釣り人(ノクティーガー)』氏に憧れたとか何とかで、お父さんからもらった釣り竿を持ってご近所の釣り場に行くのも見慣れた光景になっていた。

そんなお兄さんの姿に影響されたのか、近所の人たちも集まるようになり、その釣り場はいつしか、お兄さんにとっての憩いの場になっていきました。

 

「この手応え!」

 

そういってお兄さんが急に立ち上がる。

引きずり込まれそうになる体を私たちで引っ張り、何とか耐える。

その間にもお兄さんは釣り竿を右に左にと振るい、糸を巻いていく。

それからどれだけ経ったのかは判らないですけど、私も道連れになって水面に飛び込む形に。

そして引き上げた魚は、この釣り場に住む大きな『ヌシ』だった。

 

「やべ、俺、夢釣っちまった」

 

嬉しそうな表情をしていましたけど、まだまだ上を目指しているようにも見えました。

何せあこがれている紙面の人が掲げているのは『カジキ』だったから。

いつの日か釣りあげてしまう日は来るのかなぁ…来るんだろうなぁ。

それと、私のお気に入りのワンピースがビッショリです。

この後、お兄さんに付き添ってもらってクリーニングに出しておきました。

 

それからもお兄さんは釣りによって周囲の人とも仲良くなっていき、気付けば同年代の人よりも、年配の知り合いの方々が増えていく一方。

アリーシャ先生は頭を抱えている時もありましたけど、私にはよく原因が判りません。

人との繋がりを広げていく広さと速さなのか。

それとも、繋がった人に何か問題があったのかは…正直、怖くて聞きだせません。

それでも、お兄さんが釣り上げる魚のおかげで、お母さんの料理のレパートリーも広がっていき、その調理方法を私とお兄さんも一緒に学ばせてもらう。

そんな形での家族とのやり取りもとても楽しい。

けど、実は捌ききれなくてご近所さんにお裾分けもしてましたけども。

 

お兄さんの人同士の繋がりは、釣り場だけではなく、少しずつですけど、学校の中でも広がっていくのは私にも判ってきていました。

その原因は、アリーシャ先生がいつも連れている飼い猫のシャイニィ。

お兄さんのことがとても気に入っているらしく、いつも一緒。

学校に行くときも、自転車の前籠に飛び乗ったり、私の膝の上で丸くなっていたり、

授業中も、授業を邪魔する事も無く、教室後方のロッカーの上で眠っていたり、お兄さんや私の机の上で背筋を伸ばして授業を聞いていたりと、どこか猫らしからぬ仕草。

 

「お、どうしたシャイニィ?」

 

「なぁ…」

 

「いや、授業が暇って言ったってだなぁ…」

 

時折、お兄さんはシャイニィの言葉を理解しているのではなかろうかと思うこともしばしば。

先生はそんな様子を見て苦笑していたり。

そこのところをアリーシャ先生に尋ねてみたところ

 

「ああ、やっぱりウェイルはシャイニィの言葉を理解してるって事サね…」

 

ほとんど呆れてた。

お兄さんに訊いてみたところ

 

「いや、完全に理解は無理だって。

シャイニィは俺達の言葉を完全に理解してるかもしれないけどさ。

そこのところ、どうだシャイニィ?」

 

「なぁ?」

 

…盛大にはぐらかされた気がしました。

 

 

お兄さんがハース家に迎え入れられて数年、家族の仲は良好。

それどころか、暖かな風が流れているようで、毎日が楽しかった。

お父さんと、お母さんと、お兄さんと、アリーシャ先生とシャイニィと私、五人と一匹。

ずっと、ずっとこんな日が続けばいいとさえ思えてくる。

この暖かな輪が私の生きる現実、生きる世界だと思っていた。

でも、いつの間にかその日は近づき、気づけばその年の秋を迎えていた。

アリーシャ先生…改め、お姉さんは第二回国際IS武闘大会『モンド・グロッソ』に出場することになっていた。

 

私は、あの大会にはいささか複雑な思いを抱えている。

4年前のあの日、お兄さんはヴェネツィアの運河を流れ彷徨っていた。

それも、体を鎖で縛られて、死の一歩手前に至った状態で。

体を縛られていたということは、何者かの手によって連れ去られたということを、お姉さんから指摘された。

しかも、何らかの形での人質にされた挙句に見()てられた。

国からも、家族からも。

私が一番悲しんだのは、その家族がわずか一週間程度で生存を諦め、故人として扱っているという点だった。

お兄さんは、生まれた場所があまりにも悪過ぎた。

そんな事はあの日から知っていた。

だから、暖かな家族にしようという決意を皆でした。

私だって、お兄さんの心の底からの笑顔を見たいから。

 

お姉さんが出発する少し前、私たちはローマの議事堂とホテルを使って生活を送ることに。

それもこれもお姉さんの身内だからということで、きっちりと身辺警護をしておく為なのだとか。

街の中をホテルの窓から見下ろせば、見覚えのある人が幾人かがチラホラと姿が見える。

ああ、お兄さんの釣り仲間のオジさん達でしたか。

何故ヴェネツィアではなくローマにいるのかが少し気がかりでしたけど、訊ける機会がいつになったら来るのやら。

 

「あ~…釣り場に行きたい…」

 

「なぁ…」

 

お兄さんはこんな感じになってましたけど。

お姉さんが手配してくれた家庭教師の方は苦笑い。

それでも、分かりやすく勉強を教えてくれる中、お兄さんの左手に握られたペンは止まらない。

 

「お姉さんが帰ってくるまで我慢です」

 

「なぁ」

 

「仕方ない、か」

 

私とシャイニィの二人でその点は慰めることにしました。

シャイニィまで残念そうに見えたのはどうにも不思議でしたけど。

 

「それじゃあウェイル、メルク、次の教科に入って行くわよ!

お次は二人が受験する学校でも習うことになるであろう機械工学関連!

もちろんこの授業も私が、新任テスターのヘキサ先生が二人のために直々に用意したものだから、安心安全大丈夫!

この先に就職にもバイトにも応用活用何でもござれよ!」

 

…家庭教師の方が少々ハイテンションなのも、少しばかり気がかりでしたけど。

なんでお姉さんはこんな方を手配したのでしょうか?

 

「さあさあ、授業を始めるわ!」

 

何度言葉遣いを聞いてもハイテンションでした。

 

「なあメルク、この人、なんでこんなにハイテンションなんだろ?」

 

「…さあ?」

 

「なぁ…」

 

そしてこの家庭教師の方、お姉さんが頂上戦(タイトルシップ)に出場する数分前、緊急の要件が入ったとかで退散しちゃいました。

何があったんでしょうか?

 

「大会もこれで見納めか。

またあの蹴り技を披露してくれるのかな」

 

「私も楽しみです」

 

でも、お兄さんからすれば、義姉と実姉。

因縁を持つ二人の全力の戦いになる

 

 

………………筈だった。

 

 

 

戦いは、繰り広げられる事も無く、始まるよりも前に終わってしまいました。

それも、相手選手の棄権によるタイトル奪取という拍子抜けの形で。

 

「お兄さん、私トイレに行ってきます」

 

そう言って席を離れる。

ホテルの部屋を出ても、強面の黒服の人達が並んでいて、来る場所を間違えたのではなかろうかとさえ思う。

 

「んを?お嬢、どうした?」

 

その一角に、お兄さんの釣り仲間のガリガさんが。

何故こんな人達が並んでいる中で平然としていられるのか私には判らないです。

訊いた話だと、ボランティア団体を率いている方だったんですけど、どうしてこんな風景の中、当たり前に溶け込んでいるのやら。

…世界はまだまだ広いみたいです、私には知ることが出来ていないことがまだまだ沢山あるみたいで。

 

翌日、お姉さんが帰ってきても、どこか表情が不機嫌そうでした。

頂上戦(タイトルシップ)があんな形での決着でしたから、不完全燃焼だったのかもしれません。

 

「メルク、ちょっと話がある」

 

一緒に食事をした後、私だけ別室に呼び出される事になった。

 

「あの、お話って何ですか?」

 

「あの女、頂上戦(タイトルシップ)で棄権した理由サ」

 

その話は、あまりにも酷過ぎた。

憤りで頭がクラクラする、目の前が真っ暗になりそうだった。

 

対戦相手であった織斑千冬選手は、弟が誘拐された事を知り、ドイツ軍と共にその救助に向かった。

早い話、お兄さんは実姉の手によって二度(・・)()てられたということだった。

 

「どうして…なんなんですか、この扱いの差は…」

 

「あの女の肩を持つ気はサラサラ無いが、この件は私としてはまだ裏があると考えてるサ」

 

裏?

そんなのが在ろうと無かろうと、お兄さんとの扱いが天と地ほどに差があるのは判り切ってるのに…?

 

「フランスがどんな扱いを受けているか、知ってるサ?」

 

「知っています、お兄さんの誘拐の件にて、情報を把握しながらも常態で大会を敢行したことで世界中からバッシングを受けている、と」

 

その後、情報の把握をしていた件を隠蔽する為に躍起になっているのが露見し、全世界から非難されている。

 

同時に、日本政府が、大会参加者の身内を警護していなかった件は、フランスの一件でうやむやにされているのは私も教わっていた。

 

第二世代機でもある『ラファール・リヴァイヴ』の開発をしていながらも、各国からの扱いは一向に良い方向へと向いていない。

東洋にある、あの学府にて訓練機として導入されながらも、取り扱いの要領が良くても、それだけだという烙印を焼き付けられている。

数か月後には、お兄さんが設計考案した『補助腕(Albore)』によってさらに株価が暴落するだろう、との事も。

 

「私としてはあの女には失望したし、ほとほと呆れているサ。

いや…失望と言うよりも、『絶望』かもしれないサ」

 

「私もです」

 

「IS学園に入学しても可能な限り接触は避けるようにしなよメルク」

 

「そうします」

 

その数か月後、お兄さんが設計考案した補助腕が量産されるようになった。

それに伴い、流通も行われたけれど、ドイツからの受注には、最低限度のサンプルを発送するに至った。

フランスは、その流通が完全にシャットアウトされ、再びフランスの企業の株価が暴落したのだとか。

 

月日は流れ、冬が来て、私とお兄さんは14歳に。

冬を超えて、また春が。

進級祝いということで、クルーザーに乗って少しだけ離れた海域にまで出航しました。

挙句の果てにお兄さんってば、さっそく補助腕を使ってまで大物を釣り上げる始末。

 

「う~ん、やっぱり今のままじゃ使いにくいよな…。

両手が塞がってるのに、片足使ってたら片足立ちになって操作もし辛いし、バランス崩して転びそうだ。

まだまだ改良の余地がありそうだ」

 

そんなことを言いながら、銀色フレームの眼鏡を拭いていた。

 

「…お兄さん、何を作ろうとしてるんですか…」

 

「ああ、補助腕の今後の発展を、な」

 

でも、機械を眼前にした時にはお兄さんは楽しそうな表情をしている。

願わくば、この笑顔が続きますように…。

 

そして…織斑一夏さんの友人の皆さん…本当に…ごめんなさい…


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