IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第33話 影風 相対

メルクちゃんとウェイル君の仲の良さに少しだけ辟易しながらも、ピットにまで同行させてもらう。

向かい側のピットの人影を見た途端にウェイル君の様子がおかしくなる。

彼の視線の先には、向かい側のピット。

そこに私からも判別出来る人物達が居た。

織斑 全輝。

篠ノ之 箒。

織斑 千冬。

その三名だった。

接触すら拒まれている三人だけれど、この『公式戦』は、イタリアが要求してきた事案からは例外になる。

だから目につく場所に居たとしても彼等からすれば不都合にもならないのだろう。

けど、どうやらウェイル君からすればそうでもないみたいだった。

一度は乗り越えた筈の精神の平静が崩れていた。

声をかけようとしたけれど、メルクちゃんの行動のほうが早かった。

何とか持ち堪えたらしい。

兄妹らしいけど、その仲の良さが眩しい。

私も簪ちゃんと仲直りが出来たのなら、あんな風になれるのかな…?

 

「大丈夫だ、じゃあ行ってくる」

 

織班先生達二人が立ち去ったのが確認出来たのか、柔らかな笑みを零しながら、眼鏡を直す。

そして

 

「来てくれ、風影(テンペスタ・アンブラ)!」

 

燐光が周囲を照らす。

でもそれはコンマ1秒にも満たない時間だった。

 

「これって…!」

 

外見としてはイタリアらしいテンペスタ。

でも、その姿は異形に思えた。

メルクちゃんのテンペスタ・ミーティオには二対4基のスラスターが鵬の翼のように非固定浮遊部位として取り付けられていた。

けれど、ウェイル君の機体である風影(テンペスタ・アンブラ)は…その背面翼が左右()対称だった。

右翼3基、左翼2基という前代未聞の搭載だった。

 

「…機体バランスとか操作が難しそうね…」

 

そんな私の呟きにウェイル君は目元だけが隠されたバイザーの向こう側から視線を向けてくる。

その口元は、楽しんでいるかのような年相応の屈託のない笑みになっていた。

そして返す答えはというと…

 

「ええ、まあ確かに最初はそう言われてましたけどね、今ではすっかり慣れてしまっています。

慣れると結構簡単になってきますよ、全行程のマニュアル操作(・・・・・・・)も」

 

…はい?

マニュアル操作?

しかも全行程が?

物は試しにメルクちゃんに真偽を問おうと振り向いてみるけれど…苦笑していた。

どうやら真実らしい、ウェイル君はすべての操作を逐一マニュアル操作しているのだと。

 

「セミオート操作での操縦ができないわけじゃないんですけど、どうしてもしっくり来なくて」

 

「そ、そうなの…」

 

「ただし、そのセミオート操作は別の方面にリソースを回しているんですよ」

 

「…?」

 

別方面に?

それはいったいどこなのかが皆目見当がつかない。

全行程マニュアル操作をしているといった手前、スラスターなどの操作でないことは明白。

だとしたら機動性だとか?

それとも…腕の外側についているシールドピアースに似た形状の兵装とか?

 

「今回はまだ見せるつもりは在りませんので悪しからず」

 

「あら、残念♡」

 

やや暗めの紫に染まる機体の背を向け、彼は僅かに床から浮遊する。

左手に(ランス)を握り、

 

「…よし、行こう!」

 

そう呟き、アリーナのグラウンドへと飛翔する。

マニュアル操作をしているらしいのに、その動作には淀みが欠片も見当たらない。

自然にそういう動きができるように訓練を繰り返したのかもしれないわね。

二人には内緒だけれど、学生寮も二人の隣室に捩じ込んでいる。

二人の事を調べるため、という名目はあるけれど、本質は別の方向に在る。

 

「ねぇ、メルクちゃん」

 

「何ですか?」

 

「ウェイル君、勝てると思う?」

 

「勝てます、絶対に!」

 

兄への信頼は絶大らしい。

ちょっと羨ましいな…、それに比べて私達はといえば…いえ、原因は私にあることを自覚してるから猶の事…。

 

「二人は、イタリアのどこの出身だったかしら?」

 

「ヴェネツィアです、私もお兄さんもそこの工業高校に通ってましたけど、それが何か?」

 

「こそこそ調べるつもりはないのよ、ちょっとした興味よ。

どんな風な日々を送っていたのかな、なんて」

 

最初の出逢いは衝撃的なものになっちゃったけれど、せめて『頼りになる先輩』とか『友人』とかの印象を持ってもらえるようにしたい。

 

「ほぉら、そんな警戒するような眼をしないの♡」

 

「し、してません!」

 

さてと、ウェイル君の初陣はどうなるのかしらね。

視線をグラウンドに向けた瞬間と、試合開始を告げるブザーが鳴り響くのは完全に同時だった。

 

「さあ、見せてもらうわよ、君の実力を」

 

そして…光と影を象徴するかのような機体同士がぶつかりあった…。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ピットから飛翔し、グラウンドに飛び出す。

強い陽光が目に飛び込んでくるが、センサーが光量処理をしてくれるお陰で直ぐに目が慣れる。

反対側からも同時に一機の機体が飛び出してきた。

 

全体的に白い機体だった。

エッジや、手、脚部に青の配色が施されたツートンカラーのようだった。

そして、兵装は解析に利用した映像と同じく、ブレードが一振りのみ、それが既に抜刀されていた。

 

「へぇ、恐れもせずにのこのこ来たのかよ」

 

駆動系、良し。

マニピュレーター動作問題無し。

スラスター出力問題無し。

ハイパーセンサー、エネルギー出力問題無し。

PIC、各種センサーも異常無し。

システム、オールグリーン。

 

「ん?なんか言った?」

 

「てめぇ…!」

 

えっと…?

俺、何か気に障るようなことを言っただろうか?

何も喋らずにいたはずなんだが、あいつはなぜ額に青筋を立てているんだろう?

 

「それにしてもなんだよその機体、張りぼてをくっつけてるのか?」

 

「失敬な、自分にとって扱いやすいように色々と手を施したんだよ。

多少テンペスタの予備パーツを回してもらったりしたけど、そこまで逸脱したものじゃないんだっての」

 

「へぇ、テンペスタかよ。

第一回大会で千冬姉に惨敗したっていう踏み台(・・・)の機体かよ。

こりゃ好都合だ、お前も踏み台にしてやる、もののついでにスクラップにしてやろうか」

 

イラッとした。

 

「その人がテンペスタの搭乗者に勝利したんだろうけど、お前が(・・・)勝ったわけじゃないだろう。

そもそも出来るのか、そのお下がり(・・・・)の機体でさ」

 

だから、挑発には挑発で返した。

こいつは嫌いだった。

いや、過去形で語るものじゃない。

こいつは嫌いだ、初対面の瞬間から。

今も嫌いだ。

 

お下がり(・・・・)

違うね、これは特権さ。

偉人を身内に持つ者にだけ与えられた特権だよ」

 

「なるほど、身内の脛に嚙り付いて甘い汁だけ啜っている羽虫の類か」

 

もう一つ額に青筋が浮かんだ。

なんだ、その年で高血圧か?食生活を改めるべきだと思わないか?

 

「お前がその甘い汁を啜るためだけに、その予算、人員、資材に機材を掠め取られた挙句に、それらを用いた機体開発計画が無期限凍結処理されたのを知ってるのか?」

 

「だから?

そんなもの(・・・・・)よりもオレを優先するのは当たり前だろ」

 

開発側がどれだけ苦労しているのかを知らないからそういうことを言えるのか。

やはり…コイツと俺とは相容れないようだ。

語るべきはもう尽きた、もうこれ以上こいつと言葉を交わすのは精神力の無駄だと理解した。

 

「っと、もう試合時間かよ。

さっさとスクラップにしてやるか」

 

「そういうお前こそスクラップにされないように気を付けるんだな」

 

テンペスタ・アンブラに今回許された兵装は、標準兵装のランスと、アイルランド支部謹製『クラン』に、スラスターピアース(イーグル)、そして射撃兵装の三点バースト式アサルトライフル『改良型トゥルビネ』だけだ。

アウル、アルボーレ、ウラガーノの出番は暫く先にお預けだった。

けど、これでもかなり鍛えてきたんだ。

 

「始めよう、嵐影(アンブラ)!」

 

左手に握ったランスの穂先を前方に突き出しやや下方向に、体勢もそれに合わせて前かがみになる。

空いている右手は槍に添える。

ヘキサ先生に教わったランスの構えだ。

 

構えてから深呼吸を一度

 

ヴィ―――――!

 

「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」」

 

俺と奴の声が重なる。

とった手段は瞬時加速(イグニッション・ブースト)

これも解析した映像と同じ。

あいつの白い機体は、高機動近接格闘型。

というよりも、それしか無い。

あのブレードが無ければ徒手格闘にまで手段が絞られてしまうという一種の欠陥機だ。

 

そしてバリアー無効化攻撃。

それもあのブレードを媒体にして発動するという機能限定が発生している。

さらにはその能力は、エネルギー無効化という驚異的な能力ではあるが、自身のエネルギーすら消費し続けているというもの。

そんな厄介な機能を搭載しているからこそ、使うタイミングは、試合開始直後が最も効果的。

そして、二度目は無い(・・・・・・)

直撃させようと、回避されようと、バリアー無効化攻撃を発動させ続けている間は、自身のエネルギーも消費し続けていくから。

なら、後は容易だ。

 

こういう情報はみっちりとメルクに叩き込んでもらったからな!

 

刀と槍

その二つの武器の違いは何といっても間合いにある。

槍の穂先は、刀よりも短いが、それでも長柄(ポールアーム)は刀よりも先に相手の懐に入り込める。

 

背面のスラスターの出力を微調整。

体を捩じり、その倍以上の速度で半身とともに槍を突き出す!

 

「フッ!!」

 

それでも、まだ槍の間合いの外側だ。

奴の口が歪む

 

 

どこかで見たような繊月(悪魔の笑み)に…!

 

 

やめろ…!

その笑みを…俺に見せるな!

 

 

 

 

 

 

ドゴォォンッ!!

 

「ガハァッ!?」

 

 

槍と刀では間合いが違う。

それは言葉通りの形で現された。

だけど、俺が刺突を繰り出したのは、その間合いの更に外だった。

なら、何故?

その答えは至極単純だった。

 

「やっぱりISで振るうのならこれ位の長さがないとしっくりとこないんだよな」

 

ウラガーノであれば標準兵装のランスと変わりはなかったんだけども、それ以外のランスだと軽すぎるように感じてしまい、しっくりとこなかった。

現在使用している『クラン』は、通常のランスではなく長槍(ジャベリン)だ。

そしてそれを隠すためにも、長さを調整していた。

とっさの時にはシングルアクションで長槍(ジャベリン)に切り替えられるように。

体を捩じってから突き出したのはそのためのプロセスだ。

織斑から見れば、急激に槍が伸びたかのようにも見えただろう。

 

「なん、だよ、それは…」

 

衝撃が身体に貫通したのか、腹を抑えている。

スピードとそれによる衝撃を考慮すれば仕方のない話だろうけどさ。

 

「ただの長槍(ジャベリン)だよ

取り回しやすいように、伸び縮みさせられるように改良されている物だ」

 

参考にしたのは『銛』…だと思う。

俺は魚を捕まえるのには釣り竿一択であって、銛は使わない主義だ。

これをFIATの皆にしたら大笑いしていた。

「そうか、槍じゃなくて銛か!」だとか言って笑ってたっけ。

 

「けど良いのか織斑、今は試合中だ。

おしゃべりしてる暇は…無いっての!」

 

「くそッ!雑魚の分際でイキがってんじゃねぇっ!」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「凄いわね、ウェイル君…。

ランスの扱いもそうだけど、あれだけの動きをしながら全てマニュアル制御だなんて…」

 

背面に搭載されている右翼3基左翼2基という非常識な出力調整をもマニュアル制御で行い、その間にも戦闘行動や、周囲の把握も忘れない。

ウェイル君は確かに何かに特化しているようには見えない。

けど、周囲への情報の把握に長けている。

そう、ただそれだけ。

 

「槍捌きは、テスターの方に教わったのよね…?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「なら…あの周囲への視線の向け方も?」

 

「ええ、そうですね」

 

ここでメルクちゃんが言葉を濁した。

やっぱり何か隠しているのだろうかと思ったけれど、これ以上の詮索はしないでおこう。

 

こうしている間にも、ウェイル君は織斑君の間合いにまで近づかせないように牽制を続けている。

ウェイル君の戦法はだいぶ把握できて来た。

初手の伸びる槍で相手に必要以上に警戒させ、牽制し、その間に右手に握る銃での射撃攻撃、隙あらば槍での刺突攻撃を繰り出すというもの。

牽制、射撃、必殺を繰り返し、相手に攻撃のタイミングを与えないという動作をひたすらに繰り返すというもの。

更にはテンペスタという最速クラスの機体の為、ほかの機体では逃げ切れない。

中でも、近接戦闘以外何もできない織斑君にとっては天敵もいいところ。

 

「これは…将来は有意義な搭乗者になれそうね」

 

「いえ、お兄さんは技術者志望ですよ」

 

「…はぃ!?」

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

左手の長槍(ジャベリン)に、右手のアサルトライフル、これを両手で使い分けながらの戦闘はなかなかに最初は辛かった。

それでも何度も何度も何度もしつこく練習を繰り返し、ようやく形になった。

もともとは修得に長時間を要する戦法だと姉さんからは教わった。

だけど、右側からの反応が遅いということを見抜かれ、アルボーレの情報処理が完成するまでにこの訓練を費やし続けた。

常に周囲の変わりゆく状況を把握し、対処し、牽制し、その上で切り抜けていくという時間稼ぎの戦術だ。

世界最速の異名を持つテンペスタに求められているのは『回避』と『翻弄』だ。

考えようによっては、多人数から少人数を守るための『時間稼ぎ』の為の専守防衛戦、と言ってしまえば美談かもしれないが俺にはそんな事など出来る筈も無いわけだ。

だけど、俺にはこれが何とか出来た。

何故こんなのが自分に向いていたのかがよく分からない。

それでも、出来る事があるのだと分かった時には嬉しかった。

だから、それにばかり費やし続けた。

 

「まだまだぁっ!」

 

「調子に…乗ってんじゃねぇっ!」

 

奴のブレードがスライドし、そこからレーザー刃が展開される。

そしてその刀身が金色に染まる。

それどころか奴の機体全体が金色の光が…!

 

「『零落白夜』ぁっ!」

 

来る…!エネルギー無効化攻撃が…!

 

「その情報も…把握しているっての!」

 

それが展開されたなら、後方への後退が最善解(セオリー)だ。

だけど、俺は敢えて突っ込む。

 

一気に加速し、肉薄する。

 

「此処で…!」

 

左翼スラスターを緊急停止、その分のエネルギーを右翼に回す。

上段翼、中段翼を真横に向け、下段翼を真後ろへ向け、その状態で最大出力!

瞬時加速(イグニッション・ブースト)と同速での緊急旋回!

あまりの機動力に内臓が悲鳴を上げるけど構っていられない!

 

負けたくない

 

 

 

 

 

負けたくない

 

 

 

 

 

負けたくないんだ

 

 

 

 

 

 

コイツにだけは!

 

右手のアサルトライフルを収納し、左手と同じランスを握り、構える。

 

「は?何処に!?」

 

もう…遅い!

 

「ブチ貫けぇっ!」

 

握りを順手から逆手に握り直し、右手の長槍(ジャベリン)で左翼を、左手の長槍(ジャベリン)で右翼を貫き、そのまま腕部パワーアシストを最大出力!

長槍(ジャベリン)を力任せに、引き裂くように左右に振るう。

 

ドガガァンッ!!

 

両翼の中破を確認。

槍に続けて、両腕をまっすぐに突き出す。

次に使用するのは

 

「もう一発!」

 

腕の外側に搭載されている杭状兵装『イーグル』。

火薬が燃焼し、その爆発力を貫通する力へと変換される。

そのまま鋼の杭はかろうじて残っているその両翼を貫通し、内部を食い荒らし、挙句の果てにはさらなる小さな爆発が起きる。

 

両翼の大破を確認。

 

「お前、何を!?」

 

振り向いてきた(・・・・・・・)

え?コイツもしかしてハイパーセンサー使いこなせてない?

 

けどまあ、もう関係ない。

ここは空中で、さらに機動力の大半を失った機体がどうなるかというと…

 

「まあ、墜ちていくだけだよな」

 

振り向いている最中とて、奴は落ちていく。

けどまあ、姿勢制御ができているけど、推進力の大半を失っているからそれだけでも精いっぱいらしい。

そして試合終了を告げるブザーが鳴っていないのならさらなる追撃を。

 

「行くぞ、嵐影(アンブラ)!」

 

右手の長槍(ジャベリン)を通常の長さに戻し、下降していく白い機体を追いかける。

 

「俺を見下ろすなぁっ!」

 

「お前が下に居るんだ、それを見下ろして何が悪い?」

 

下降しながらでもその太刀筋には曇りが無い。

けど、その一刀を振るうだけで、姿勢制御途中の機体が更に不安定になる。

それだけで刀が大きく反れ、左手の長槍(ジャベリン)を振るう。

どうやらその柄が手と刀の間に入ったようなので、これ幸いとばかりに力任せに振るう。

刀が手から離れ、グラウンドの端に転がる。

これで織斑は兵装が無い。

そしてそのまま右手の長槍(ジャベリン)の穂先を織斑の機体の右脚部に向け

 

ガスゥッ!!

 

貫通させ、引き抜き、

 

「せ~のっ!」

 

左右の長槍(ジャベリン)の柄から穂先までぴったりと合わせてからのフルスィングッ!

 

ゴシャァッ!

 

あんまり宜しくない音を響かせながらカッ飛んだ。

…野球も面白いかもしれないな…!

ピッチングの自信は無いけど!

 

「お、まだ気絶してないみたいだな。

それにSEも尽きてなかったか」

 

兵装が無いのは把握しているけど、試合中は最後まで気を抜くな、と姉さんやヘキサ先生からは言われている。

無論、メルクも同じように教えを受けているから、油断はしないだろう。

 

「くそ…嘘だ…俺が、俺がこんなポッと出の雑魚にやられるなんて…!」

 

何かボヤいているようだが、構っていられない。

これ以上手の内を見せるのも癪に障るし、あいつの顔を見るのも癇に障る。

あいつの笑みなんて以ての外だ!

 

「この…雑魚がぁぁぁぁぁっっ!!」

 

右の拳を突き出してくる。

フェイントも何も無い

だけど

 

「チィッ!」

 

左手で土を握っていたのか、それを即席の土煙にしてくる。

だけど、それがどうした

 

その程度で俺は止められない。

勢いそのままに土埃すら突き抜ける。

その速度のままバレルロール。

拳がスラスターを僅かに掠め、一瞬だけ金属音が耳を突き抜ける。

だけどその瞬間には俺の長槍(ジャベリン)が白い機体の左肩を貫通していた。

地面に向いていた右スラスターを最大出力。

盛大な土埃を挙げながらアンブラの軌道を真上方向に捩じ上げる。

急激な進路変更に骨や筋肉が悲鳴を上げる。

それでも俺は…

 

「お前にだけは負けない!」

 

穂先に貫いたままの織斑をも持ち上げ、更に体を捻り

 

「墜ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!!!!!!」

 

鉄槌の如く、グラウンドへと叩き付けた。

 

まだだ、まだ足りない!

 

白い機体が距離を離そうとする。

その瞬間に、三重瞬時加速で一気に詰め寄る!

両腕への指示伝達を加速させる!

瞬間、両手に握る長槍(ジャベリン)にもエネルギーを叩き込む。

 

「刺し穿つ!」

 

さっき地面に叩きつけられた際に拾ったであろう防御に構えられたブレードに強力な刺突を叩き込む!

更に背面翼の出力を増大させる!

 

「突き穿つ!!」

 

右手の長槍(ジャベリン)をこれまた勢い任せに叩き込む!

速さは重さとなって、力となってブレードを襲い、とうとう奴の防御と姿勢を崩す。

 

その瞬間に両手の長槍(ジャベリン)を連結させ、長大な丈になる。

 

ここで初めてセミオート操作を起動させる。

今まで使わなかったそれを急に使用したが、それを回すのは命中補正の為。

長槍(ジャベリン)の石突に仕込まれた内蔵スラスターが展開して熱風と炎を吹き出し、発射を今か今かと待ち受ける。

槍は重さと射程を活かした武器ではあるが、他にも使用用途が存在する。

それは『投擲』だ。

 

この長大な丈に至った長槍(ジャベリン)の形態はそれをするための機構だった。

『ウラガーノ』を開発した際の別のコンセプトで開発された試作品でもあり、遠中近兼用槍型パッケージ『クラン』。

FIATのアイルランド支部が開発したものが送ってきてくれたものだった。

その射程距離は1000m。

このまま放てばクランは真紅の軌跡を魅せながら音速に限りなく近い速度で流星の如く空を駆け抜けるだろう。

 

扱いやすいから重宝しているよ。

 

視界に十字のターゲットマーカーが浮かび上がる。

それが奴の機体に重なる

 

「牙を剥け!」

 

たった一度だけも構わない。

自分の力でコイツに勝利できたという現実が欲しい!

 

ロックオン。

クランを逆手に構え、そして…

 

「『Cardinale Meetior(茜の流星)』!!」

 

パワーアシスト全開で投げ放つ。

貫徹弾となった槍が一瞬にして駆け抜け、白い機体を食い破ると言わんばかりに絶対防御を発動させる。

 

「げはぁっ!」

 

絶対防御が発動していたとしても、その衝撃は逃せなかったらしい。

アイルランド支部もいい仕事をしている。

この槍はそれをコンセプトにして開発されたということか。

 

「まだだぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

駆け抜けた長槍(ジャベリン)を追い、全翼を稼働させる。

姉さんから必死に教わった技術の一つ、連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)

新たに展開したランスの柄を両手に握り、全力の刺突。

その穂先で残る左足装甲を串刺しにする。

そして…背面翼の稼働は未だに止まらない。

背後で幾重にも重なるエネルギーの噴出音、それを聞きながら織斑を地面にめり込ませながら加速を辞めない。

 

「て、テメッ、や、や、辞め…!」

 

ドガァァァァァァァァァァンッッ!!!!!!!!

 

アリーナの壁面へ衝突させた。

槍を引き抜き、モニターを展開させる。

織斑の機体のSEは完全に0を指していた。

 

ヴィ―――――!

 

『試合終了!

勝者!ウェイル・ハース!』

 

「ふぅ…ふぅ…ふぅ…!」

 

途中からは姉さん達に教わった戦術からは完全に外れてしまっていた。

でも、あんまり後悔は無い。

姉さんにいろんな事を教わっていた頃も、鍛えてもらっていた頃も、訓練をしてもらっていた頃も、いつだって泥臭くやっていたんだ。

外面を取り繕うのは俺の在り方じゃないしな。

 

アイルランド支部が開発した連結槍『クラン』に再度視線を落とす。

連結することで音速並の速度での投擲が出来るようになり、投擲してしまえばその速度故に、ほぼほぼ回避不能。

相手機のシールドに衝突した場合、それでも勢いが止まらず、推進力が続く限りシールドエネルギーを食い荒らし続ける。

むろん、槍に込められるエネルギー量にも上限があるけど、それでもあの勢いがあれば、一度投擲すれば相手のシールドエネルギーの大半は削れるだろう。

大袈裟に言えば、『回避不可』『防御不可』の投擲槍ということだろう。

流石に競技用リミッターが施されているから、途中で相手の機体SEが枯渇したら、展開が解除され、拡張領域に収納されるようにシステムが組み込まれているらしいけど。

 

見れば織斑は気絶していた。

それを見下ろしてはいたが、気分が悪くなってくるのを感じた。

 

「お前は特権なんて持ってなかったんだろ。

持ってる者のすぐ傍に居ただけで、同じものを持った気になっていたのか?

そんなもの、何も持っていないのと同じだ。

そんな奴が他者を見下す権利なんてあるわけが無いだろう」

 

依然、額の傷跡はジクジクと痛み続けている。

それでも少し前に比べれば、痛みはマシになっているような気がした。

 

「そもそも『ブリュンヒルデ』は称号であって、権威じゃないんだ。

それを理解しておけ。

少なくとも、俺はそう姉さんから学んだんだ」

 

兎も角、これにてこの試合は終わりだ。

俺は織斑に背を向け、飛翔した。

メルクも退屈そうにしているかもしれないからな。

 

初めて見た瞬間から恐れ続けていた相手への勝利、俺は確かにそれを掴んでいた。

もう、恐れなくていい…そう信じていたい。




パッケージ『クラン』
三つの形態を状況に合わせて使い分ける槍型後付兵装。

第一形態
『短槍』型
クランの最初の形態。
二槍をそれぞれ左右の手に持ち振るう、基本形態

第二形態
『長槍』型
クランの本来の形態。
近接戦闘だけでなく、牽制にも使える状態でウェイルにとっては使いやすいフォルムでもある。
二槍を伸ばしたり、縮めたりを切り替える事でリーチを読まれにくくする意味合いも込められている。

第三形態
『投擲槍』形態
二槍を連結させる事で見せる最後のフォルム。
エネルギーを込める事でそれに比例した射程と威力を発揮する。
その速度も在り、放たれれば回避はかなり難しい。
シールドに直撃しても尚、推進力を発揮し続け、相手のSE喰い荒らす。

今回は競技用リミッターが施されている為、相手のSE枯渇を察知すると、自動的に収納されるようになっている。

なお、これら全てのスペックデータをセシリア・オルコットは把握しなかった。

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