ラウラが訓練に一緒に参加するようになってから数日が経った。
学園から織斑教諭が追い出されたことについては
「…そうか、そのような形になったのだな」
そう呟いて終わりだった。
だがティエル先生が言うには、本人からの依願退職だったらしい。
それでも深夜の退出に関しては疑問に思うが、考えるのを辞めた。
嫌悪する相手の事を考えるなど時間と思考の無駄でしかないだろう。
ラウラも思うところは在った様だったが、本人は折り合いをつけていたらしいので、俺としてはそこから先は特に問わなかった。
だが、
「…やっぱり強ぇ…!」
そしてこれまたどういう流れかは判らんが、ラウラとの模擬戦闘をする事になった。
だが、やっぱりと言うべきか、真正面から戦っても話にならなかった。
「当然だ、私は元々が軍人だ。
技術者志願の者に負ける道理は無い」
まあ、確かにそうだ。
1対1600などという、想定外の奇策ともいえるミネルヴァが無ければこんなものだろう。
しかも現在はアルボーレは酷使による各所の摩耗が原因でクロエとヘキサさんによって本国に送り返している状態だ。
来月には修復が終わるらしい。
受取は大使館になると連絡も入っている。
話を戻そう。
真正面から国家代表候補生相手にしても太刀打ちなんて出来ないだろう。
1対1であれば、ラウラの扱う
そんなわけで今は整備室でアンブラのメンテナンスをしているわけだ。
「それで、実際に真正面から打ち合ってどう思ったのよ?」
ニヤニヤしながら煽ってくるティナには悪いが、ちょっとだけカチンと来ながらも作業に没頭した。
メンテナンスが終了した後には、大所帯になりつつあるメンバーと一緒に朝食に向かうことにした。
メンバーとしては、メルク、鈴、ティナ、簪、楯無さん、布仏姉妹、そこに更にラウラとシャルロット・アイリスだった。
なんでこんな大所帯になるんだか、そう思うが生徒会室を占拠しているメンバーがそのままこっちに来ているような状態だ。
とはいえ、テラス席に入れる人数には限りがあるので、相席するメンバーは実際にはその日その日によって違う。
「今日は…ミネストローネにするか!」
「アンタ本当にそのメニューが気に入ってるのね…」
俺が購入する食券を見ながらの鈴の言葉がそれだった。
ミネストローネは大好物だ、メルクも同じメニューにしているから、俺に対してだけ言える言葉ではないだろうとは思う。
「この学園でもこの料理を味わえるのは嬉しい限りだよ。
ヴェネツィアでもよく食べていたんだよな…」
メルクも母さんもこの料理を作るのを得意としていた。
俺も真似して作るときはあるが……何か一味足りないような気がしてならないんだよな…。
「そうですよね、私もシーフードも好みですけど、お兄さんと同じようにミネストローネが気に入ってます!」
思えば、俺がミネストローネを好物にしたのは、病院生活の中でのことだった。
意識不明の昏睡状態から回復はしたものの、内臓だの消化器官が弱っていたらしく、しばらくは流動食ばかりだった。
通常の食事が許可されたその日、病院のキッチンを借りて姉さんが作ってくれたのが始まりだった。
あの時の味への感動は今も忘れていない。
だからだろうな、大好物として俺の頭にインプットされたのは。
右隣に居る鈴の手の上のプレートには…チャーハンとかいうピラフに似た食事を選んでいるらしい。
朝食はガッツリと食べるようで、ISを使用する稼働訓練授業は誰よりも動いているイメージが染みついている。
実質、クラスメイトへの指導には誰よりも力を入れている。
「ラウラは…俺達と同じメニューか」
「うむ、味に興味を持ったのでな、物は試しだ」
元々ラウラは朝からステーキを頬張る毎日だったが、流石に卒業してくれたらしい。
それもタッグを組んでいたパートナーによる指導でもあったのか。
そこに関しては触れないでおこう、わざわざ鮫の群れに飛び込む程、俺は無謀ではない。
「テラス席にするのか?」
「ああ、海が見える席だからな」
実質、海が見える景色なんてそれこそ見飽きているほどだが、それでも気を損ねることはなかった。
港街育ちの人間の性だろうか、こういう所は。
しかし…
「釣りがしたい…」
苦節…と言うには短いか、たしか4ヶ月程、もう全然釣りをしてないんだよなぁ…。
こんなにも近くに海があるのに釣りが出来ないんだぞ、苦節なんて言ってられずに苦痛でしかないんだよ。
「釣り?」
「ああ、うん、ウェイル君ってば釣りが趣味らしいのよ」
「釣り竿だって何本も持ってますから。
この学園でも、許可をもらったうえで廃材を利用して釣り竿を作ってますから…」
「え!?そこまで!?」
そんな話を耳にしながらタブレット端末に視線を向ける。
そこには新聞部が発行した学園内の報道が記されている。
見出しのタイトルは『織斑教諭がVTシステムの開発に着手、愛機【暮桜】に内蔵させていた疑いが』『織斑教諭が学園より退去 本人からの依頼退職と判明』『織斑教諭 VTシステム開発・所持に関しては完全黙秘』だとかあの人のことばかりだな…。
こういうゴシップには、さして興味が向かない。
別の事に思考を向けよう。
釣り竿に関しては、ティナにとっては初めて聞いた話なのかもしれないな。
実際に作ってみた、オリジナルの釣り竿を。
この学園で出ている廃材で優良そうなものを使わせてもらっているが、やはり場所が場所なだけになかなかに優良な材質が転がっていたりする。
それらを集めて釣り竿を作り上げた。
実のところ、ヘキサさんやクロエに見せている。
次に会える機会があれば、あの二人にもプレゼントしよう。
「実践出来てはいないんだが、なかなかの
「自分で作ってここまで言うって、ねえメルクちゃん、君のお兄さんって一種の奇人じゃない?」
「そうでしょうか?ヴェネツィアでは他にも釣りに情熱を持つ人は沢山いましたから」
「むぅ…港街育ちはこんな人種が集うのか…?」
ラウラの言葉には流石に頭を抱えた。
「お前ら本人を前にして、なかなかに失礼なことを言ってるよな。
奇人変人だの好き放題言っているが、それは楯無さんの代名詞だろ」
「そのタイミングで私に流れ弾を当てるのはやめなさい!
そしてもっと言い方を考えて!」
あ、そういえば隣のテラス席に居たな、この人。
思考を切り替えよう。
故郷には釣りが好きな人は多く居るのは確かだ。
そういった人達に囲まれて生きていたからか、俺にとって釣りは生きる上で欠かせない生活の一環に入っているわけで、それができない日々は苦痛だ。
「はぁ…釣りがしたい…」
そんな堂々巡りである。
タッグトーナメントが中止となり、数少ない対戦でのレポートを各自作成するために数日間の休みがあてがわれた。
俺もメルクのサポートありきだが、ティナと一緒にレポート作成に勤しみ、週末の今日は丸々一日がオフ同然。
そんな日の朝から訓練をしていたが、こんな状態になってしまっているわけだ。
テラス席といえども、やはり入れる人数には限界がある。
俺が席に着けば、メルク、鈴、ティナ、ラウラも同じ席に入ってきた。
残りの生徒会メンバーは隣のテラス席に入っている。
「そうだ、まだ廃材が結構余っているから、みんなの分の釣り竿を作ろうか?」
「考えとくわ…」
ティナからは保留判断を下された。
え、なんで?
「釣りって私は経験した事が無いから…。
それにアメリカの内陸の出身だから使う機会もないのよ…」
「私も所属している基地周辺には魚を釣れるポイントの有無さえ知らんのでな…」
ううむ、この学園では釣りを起点とした交友を広げるのは難しいのか…?
これはこれで悔しい話だ。
釣りのブームは広げられそうにない。
プロイエットはほんの数日で学園全体にブームを広げられたのだが…ううむ、やはり悔しい。
「鈴はどうだ?釣りに興味はあるか?」
「私は…無いわけじゃないけど、あんまり向いてないかも」
よし、鈴のために
それこそカジキだって釣り上げられるような耐久性をもった竿を作り上げ、鈴にプレゼントしよう。
廃材はまだ余っているんだ、ロッド本体と、リールも作り上げる。
それと一緒に竿立ても作っておかないとな。
あ、疑似餌を使うのか、生餌を使うのか、それも聞き出しておかないとな。
だが電動リールだけは付けない、釣りの感覚を楽しんでもらうには、電動リールは不要だ。
「よし、やる気が出てきたぞ!」
「お兄さん…」
食事そっちのけで設計図を描こうとカバンからルーズリーフを広げ
ガギャァァァァッッッ!!!!
ペンを握った瞬間、真後ろから派手な音が俺の鼓膜を叩く。
「…痛っ!」
遅れて走る首の鈍痛。
隣に居るメルクが引き寄せてくれていたらしいが、それが無ければ…いや、それでも大丈夫そうだった。
だが、今は首の痛みなど気にしていられない。
見れば、楯無さんが立ちはだかるように俺に背中を向け、誰かが振り下ろしたであろう金属バットを槍で受け止めていた。
「まったく、毎度毎度面倒事ばかり起こしてくれるわね!」
「貴様…そこを退けぇっ!」
やはりと言うべきか、そこに居たのは篠ノ之だった。
だが、目付きが異常だ。
「お断りよ」
以前に比べ、さらに禍々しく俺の目には見えた。
そこには…明らかなまでに憎悪が見えた。
「は?…な、に…?」
ティナは驚きのあまりに声がまともに出てない。
鈴とラウラは…戦闘態勢に入っている。
「この…
再びバットが振り上げられる。
狙いは…また俺らしいが、繰り返し振り下ろされる金属バットを楯無さんが槍で受け止め続ける。
「こんの…!」
織斑は俺をテロリストに仕立て上げ、コイツは…理由こそ知らないが放火魔に仕立て上げようとしている。
なんでこうも冤罪で人を犯罪者として仕立て上げようとしているのか知らないが、そろそろ俺もやり返し…
ドゴォッ!
俺が槍を展開した瞬間には篠ノ之の側頭部に…見知らぬ上級生の上段回し蹴り蹴りが撃ち込まれていた。
鈍い音にもそうだが…事態の急激な変化に頭が追い付かない。
「死角からなんて卑怯な…!」
「五月蝿ぇんだよ、他人の得物を使って何やってンだテメェはよぉっ!」
金髪の女子生徒、しかも結構言葉使いが荒い。
どうやらあの金属バットの本来の持ち主……か?
振り回される金属バットを平然と避け、拳を篠ノ之の鳩尾に撃ち込む辺り、手加減なんかしていないようにも見えた。
「そこぉっ!」
楯無さんの手が横薙ぎに振るわれ、数本の黒いナイフらしきものが投げ放たれる。
ドカカカカッッ!
突き立ったは…織斑の足元だった。
左手が右手首に翳されて…まさか、こんな場所で機体や兵装を展開させるつもりだったのか…!?
コイツ等…!
「なんのつもりだ、お前…!」
そんな声が出ていた。
同じテラス席にはメルク達も居た、それだけでなくこの食堂には大勢の生徒達も集まっている。
そんな中で、こんな騒ぎを起こし、俺を犯罪者に仕立て上げようっていうのか…?
もうそろそろ俺も我慢の限界がきているのかもしれない。
練習用の槍を仕舞い、右手にウラガーノ、左手にクランを展開する。
「…
その言葉に額の傷が疼くのを感じる。
それどころか頭痛までしてくる始末だ…!
「俺が…何をしたっていうんだ…!」
返答など期待していない。
槍の切っ先で奴を串刺しにしてしまいたい。
その考えが頭を支配し、床を蹴っていた。
頭が怒りで煮えくり返る。
コイツ等は繰り返し、直接的に、間接的に危害を加えてきた。
姉さんをも侮辱した…!
その都度間に人が入って処分をしてもらった。
試合にもなり二度にわたって刻み付けた。
それでもコイツ等は…!
もうこれで何度目になるのかなんて数えるのも面倒だ…!
「やめなさい」
「…ッ!」
槍の穂先は…水の障壁で止められていた。
「なんで止めるんだ!」
こんな事が出来るのは、楯無さんしか居なかった。
肝心の張本人は、左手で俺の槍を防ぎ、右手に握る槍を織斑に向けていた。
「君の技術は、勝つためのものであったとしても、その手を血で汚すためのものではないはずよ」
流し目を向けながらそう諭してくる。
今更な綺麗事だ、だが、そんな言葉程度で…俺は…!
「武器を向けられたんだ、今でも」
「正当防衛、なんて言葉を吐ける立場だと思ってるかしら、織斑君?
いえ、知らなかったとしても言い訳はさせないわ」
「…ッ!」
どのみち、俺と奴の乱戦を起こすつもりは無さそうで、俺はやむなく槍を仕舞う。
「動くな」
ラウラが、アーミーナイフを篠ノ之の首に突きつけるのが視界の端に見えた。
この女、こんな状態になってもまだこっちに手出しをするつもりでいたらしい。
どんだけ俺に恨みを向けてきているんだよ…!
こっちはお前らのせいで迷惑を被り続けているというのに!
「なんで貴様らはコイツを庇うんだ!
コイツは!千冬さんを学園から追い出し!
あまつさえ!千冬さんと全輝の家を焼き払ったんだぞ!」
…は?
コイツが最初に俺を放火魔扱いしたのは、そんな事が起きてるからか?
今の今まで知らなかったな、というか完全に冤罪じゃねぇか。
「何それ、完全に八つ当たりじゃん」
鈴ですら一蹴している程だ。
まあ、それもそうだろう、俺はコイツ等の実家なんて場所も知らない、そもそも興味すら無い。
そもそも学園から離れてすらいないのに、どうやって放火なんてやるんだってーの。
そもそも動機も無い。
付け加えて言うと織斑教諭は本人からの依願退職だと聞き及んでいる。
「謂れもない無いことを言わないでください」
「全く、迷惑なんだよ、お前らは!」
知らず、声を荒げていた。
自分自身、どれだけ怒りや苛立ちをため込んでいたんだろうか。
「そうやって吠えてろよ、この犯罪者が」
「そうだ!全輝と千冬さんの家を焼き払うような犯罪者を裁いて何が悪いというんだ!」
テメェ等…!
両手にトゥルビネを展開、
もう限界だ………撃つ…!
プシュッ!
そんな中、唐突に空気の抜ける音がした。
「痛ッ!なんだよ、コレは…!」
織斑の右の二の腕に針のようなものが突き立ち、そこから細いワイヤーのようなものが伸びている。
そして
「グ…が…ッ!?」
痙攣し、倒れた。
「あれ、
ティナの呟きに、そのワイヤーが伸びる先へと視線を向けた。
「遅くなりました、怪我人は居ませんか?」
我らが担任、ティエル先生だった。
「ええ、怪我人は…」
見回してみるけれど、篠ノ之以外にコレと言って怪我人は居なさそうだった。
その篠ノ之もラウラと見知らぬ上級生に蹴り飛ばされたのか、気絶している様子。
「そう、なら良かったわ。
いえ、こんな事態に至ってしまった時点で……よろしくもなんともないわね。
それと、ウェイル君は銃を仕舞いなさい」
…不服だが従うことにした。
射殺してしまいたいと思いながらも、結果的には引鉄を引くことが出来なかった。
ああ、どう言い訳しようとも俺は戦士ではなく技術者で在り続けようとしていたのかもしれない。
なら、俺が抱えた怒りは…!
「お兄さん、気持ちを抑えてください」
「ああ、判ってる…!」
背中に触れるメルクの手に、気持ちが落ち着いてくる。
深く、深く深呼吸を繰り返すこと3回、ようやく気分もよくなってきた。
「ティエル先生、いくつか確認したいことがあります」
「ええ、昼休みにでも話しましょう。
もう隠す事も出来ないでしょうからね」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
とんだ失態だったと思う。
こんな事態に陥ってしまった。
私もダリルちゃんも『間に合った』などと言い訳をするつもりは無い。
織斑先生…いえ、あの人が居なくなりさえすればあの二人は当面おとなしくなるものだろうと思っていた。
だけど、制御なんて最初から出来なかったのだから、かろうじてリードを握っている人がいなくなれば暴走に至る可能性を甘く見ていたかもしれない。
「はい、差し入れよ」
「あ、はい、どうも」
朝食を完全に食べ損ねたウェイル君に差し入れを持っていく。
とは言っても、購買で売っているビスケットくらい。
あの時、あの木偶が振り回すバットは机の上を薙ぎ払い、そこに並んでいた料理も食器も散乱してしまった。
そのせいで、あのテラス席にいた人たちは全員朝食を食べ損ねてしまっている。
中でもウェイル君は大好物のミネストローネを台無しにされたんだから、ストレスが爆発寸前に突入している。
整備室で作業の間を縫って簡単な食事なんて用意できないし、こんなものでも無いよりはマシだろうとは思う。
イライラしている時には甘いものを口にして少しでもストレスを和らげてもらいたい。
鈴ちゃん、メルクちゃんも普段以上にピリピリしているし、もうちょっと気配りをしないとね。
とはいえ、一人になるのも、二人きりにさせるのも嫌なのか、整備室からは頑なに出ようとしないらしい。
「ウェイル君大丈夫~?」
「ああ、大丈夫だよ。
心配かけてすまない」
私が心配しているのはウェイル君だけでなく、その周囲の反応もそうだった。
食堂ではウェイル君は『放火魔』だの『犯罪者』などと罵倒されていた。
その言葉で周囲が冷たくなったりしていないかの危惧もしていたけど、大丈夫そうだった。
整備室で午前中を過ごしているウェイル君に気遣ってクラスメイトが顔を見せに来ているくらいだったから。
ちょっと安心できた、だけど油断なんてしていられない。
「で、あの連中はどうなったの?」
鈴ちゃんが鋭い視線を向けてくるのが少し辛い。
「織斑くんは謹慎半年、もう一人は無期限謹慎処分となったわ」
「それで、当面脅威の排除が出来る、とでも?」
メルクちゃんの指摘は確かに核心を突いていた。
十中八九、日本政府が干渉してくる。
既にイタリア政府からの抗議文が届いていたにも拘らず、二人への処罰をまた軽くしてくるでしょうね。
「保証は何も出来ないわ、悔しいけどね。
謹慎処分というのは建前ね、正式な処分を下すまでの仮の処置よ」
織斑千冬への対処に関してもすでに画策が始まっているのは暗部側でも察知していた。
忌々しいけれど、私たち暗部でも始末を負えない。
どいつもこいつも好き勝手にして…!
「なら、コレで終わりってことじゃないのかよ…!」
ウェイル君も本気で頭を抱えていた。
私だって頭が痛いわよ!
ウェイル君に差し入れをしながらも、多めに購入しておいたビスケットを行儀悪く一枚丸々口の中に放り込んだ。
アレでかつては神童と呼ばれていたようだったけれど、その化けの皮が剥がれている。
今回は特に悪質だ。
「でも、安心出来る要素は在るわ。
先にも言ったけれど、謹慎処分は『建前』よ、正式な処分を伝えるまで部屋の外には出さないということよ。
そして、正式な処分を
なので、謹慎をいつまで与えるかは学園側の裁量次第。
これで自由を奪った事になるけれど…。
千冬さんがこの学園から排除されたことすらもウェイル君の画策であると謂れもない罪を着せようとした。
あの場でウェイル君を叩きのめす事が出来なかったとしても『放火魔』『犯罪者』のレッテルを貼り付け、孤立させようとしていた。
他者の気持ちを利用して、他人を動かし、自らは動く事も無く、自身の目的を達成しようとする、悪質な愉快犯。
それが彼の正体だ。
まったく、姉弟揃って…いえ、篠ノ之 箒も含めて厄介だわ。
「それじゃあ、昼休みだけど…生徒会室でお話ししましょうか。
それまで空腹なのは我慢して頂戴ね」
「あー、はい、わかってますよ。」
30分毎に休憩を入れながらも何を作っているのかと思えば…。
「コレ、釣り竿よね?」
「ええ、そうですよ。
鈴とメルクの釣り竿を作っているんです」
…廃材で釣り竿?
器用だこと、というかなんでそんなものを作っているんだか。
というか、どこで使う予定なのよ?
「鈴さんが釣りに少しだけ興味を持っていると知ったら、急に作り始めて…」
「ロッドだけでなく、リールも作るって…しかも私たちの手のサイズに合わせるっていうから断りづらいのよ…」
へんな気遣いしちゃって…。
それだけでなく、コンパクトにできる収納機能も搭載させているわね…。
君にそんな技術を持たせたのは誰…?
「でも学園の周辺に釣りのスポットが無いってのは辛い話だよな…」
「君にとっては釣りはライフワークなの?」
「勿論」
別の意味で頭が痛くなった。
そう、なら良いことを教えてあげましょうか。
彼の抱えるストレスが少しでも解消されることを願って、ね。
「来月、1年生には『臨海学校』が予定されているわ」
「『臨海学校』?なんですかソレ?」
ウェイル君が疑問を返してくる。
うんうん、いい反応ね、そういう無垢な反応をお姉さん待っていたわ。
「海の間近にある旅館に宿泊しながら過ごす3泊4日のツアーみたいなものよ。
勿論海水浴だって予定されているから、水着姿の女の子と一緒にイチャ…フキャァッ!?」
一瞬、それも一瞬で私はウェイル君に両肩をつかまれていた。
え!?もしかして整備室だなんて色気の欠片も無い所で、そんなピンクな雰囲気に!?
いや、せめて部屋にまでエスコートしてほしい…。
あ、それともまさか…今の話で私の水着姿に期待されてるとか!?
そう、それならそうと…また私がビキニでも用意して…
「釣りのスポットは在りますか?」
…………白けた。
なぁに、この子、私の水着姿よりも釣りスポットのほうに期待してたの?
こんな間近にまで迫ってきておきながら、そっちが重要なの?
なんかガッカリ…。
後ろに控えていた鈴ちゃんとメルクちゃんが苦笑いしてるわよ…。
「ええ、多分ね…」
ガッツポーズをしてまで喜ぶウェイル君に…呆れるしかなかった。
ちょこっとだけダリルも登場しました。
バットを持っていたのは、この後にソフトボールの部活動が控えていたから、という設定です。
スパーダ・クィント
73歳 誕生日 7月3日
ウェイルとメルクが釣りで知り合った気のいいご近所さんのシルバーエイジの老爺。
ウェイルとメルクの二人を孫のように可愛がっている。
また、ウェイルに海釣り用極太ロッドをプレゼントした張本人。
だが、その実はイタリア暗部の長官。
いわば国の闇の中枢の人物。
体は老いに逆らえなかったが、その深く鋭い思考能力と眼光は衰えていない。
GW直前、傾いたガチョウのデフォルメ絵が記された手紙でプッツン状態に。
ヘキサを始めとした独自の情報網から、ウェイル達の現状を詳細共々知り、徹底的に裏付けまで完了させている。
怒りのあまりに不気味な笑い声をあげたことで、暗部のメンバーを恐怖に震え上がらせた。
ヘキサに指示を出し、暗躍を始めており、GW直後から空港、飛行機、日本到着後の護衛も派遣していた。
学園内部にまでは侵入出来ない為、かなりヤキモキしているらしい。
後日、新たに増援として、暗躍、潜入、変装、偽装工作に特化した精鋭たる暗部メンバーを日本に送り込んだ。
送り込む際にも、アメリカ、シンガポール、ニュージーランド、中国など様々な方向から向かわせる事で気付かれにくくしていた。
だが増援のメンバーが、送り込まれた先の空港でスパルタクスのメンバーの一人と偶々接触。
目的とターゲットと利害の一致から合同で共同作戦行動を開始することとなった。
その始まりの狼煙が織斑邸全焼事件だった。
これも束の計画だが、彼等の誰も気付いていない。
複数のルートからの侵入しての潜入した事で、日本暗部には未だに行動を悟られていない。