昼寝をした後、暇潰しに本を読んでいたら、人の気配を感じた。
顔を上げてみれば、ぼやけた視界の先に女が1人。
……水色の、髪?
「…………」
「…………」
向こうはこちらを凝視している。
何故ここに俺が居るのか、そんな類の視線だ。
大方こいつが此処の利用者、と言うかここを作った張本人か?
1人になりたい時には、この上ない立地だからな。
「…………」
しかし……あの、髪の色。
水色なんてそうそう居るものじゃないし、よく見れば瞳の色も赤い。
……丁度あれと同じ色合いをした女を、俺はたった1人だけ知っている。
「…………」
まあいい。今はそんな事はいい。
取り合えず目の前に居るこの女は、容姿こそ似ているが『彼女』では無い。
そして見た所、カタギの人間でもなさそうだ。
立ち居振る舞いに、不自然過ぎるほど隙が無い。
……丁度いい。どうせ退屈してたし、試してみるか。
「……っ!」
「クク」
ああ、ビンゴだ。
試しに懐へ手を伸ばしてみれば、一瞬だが構えを取ろうとした。
この女が平常時だったらこれくらい冷静に対応しただろうが、どうにも少しばかり戸惑っていたようで、簡単に引き出せた。
間違いない。こいつは裏の世界の人間だ。
「まあ、こんな物騒な施設だ。
「……なんのことかしら」
しらばっくれるか。当然だな。
だがその反応は、イエスと言っているのと何も変わらない。
「貴方、転入生の久々津君よね? ここを見付けたのは驚きだけど、こんなところで何してるの?」
「御明答、見付けたのはたまたま。何してるかなんて、見れば分かるだろ? 読書だ」
「…………」
ああ、あからさまに警戒してるな。
……さてどうするか。正直言葉を選んで話すのは疲れるんだが、それでいらない誤解でもされたら面倒だ。
生身の戦闘じゃあ人間相手に負ける方が難しいが、だるい。
こいつ、それなりに出来そうだし。
「怖い怖い、何を警戒してるんだ。別に俺は何か企んでる訳でも、お前をどうこうする気も無いんだぞ? 蚣は確かに攻撃的だが、手を出さなければ噛まない」
「…………」
面倒臭い。こっちにやる気は無いんだ、警戒を解けよ。
豆知識まで教えてやったのに。
「最悪、だな。ただ読書に勤しんでただけだってのに、こう怪しまれるとか」
「貴方には不明な点が多すぎるのよ。名前さえ本名かどうか分からない人間を、信用できると思う?」
「……ふー」
かったるい。
そもそもこいつに根掘り葉掘り聞かれる筋合いも無ければ、それに答える義理も無い。
一瞬だけこの女にかつての『仲間』を幻視して、少しだけ相手になってやろうかなどと考えたのがどうかしてた。
……本当にどうかしてた。こいつを――
「揚羽と重ねるなんてな……」
「……え?」
「?」
……どうしたってんだ。
揚羽の名前を出したら、驚いたように目を見開きやがった。
「……今……揚羽って……」
「……気安く俺の仲間の名を口にするな。それがどうした」
「なか、ま……? あなた……貴方、お母さんを……知って……るの……?」
「……お母、さん?」
何と。こいつは凄い偶然だ。
確かに揚羽は、俺達『5人』の中で唯一『外部』から連れられてきた人間だった。
過去の経歴も一切が消されている。外に子供がいても驚きはすれど辻褄が合わないことは無い。
だが……これ位のガキが居るには、若過ぎる
「……世界は狭いな」
「…………教えて! お母さんは今どこ? どこに居るの!?」
「何だ、いきなり不躾だな……お断りだよ」
誰がどこの馬の骨とも知れない輩……ああいや、揚羽のガキか。
だが揚羽の実子だってんなら、尚更に。
……教えてやる訳には、行かない。
「俺は、帰らせて貰う。……夕食の時間だ」
「待ちなさい!」
……あ゛?
この女、誰に掴み掛かって来てんだ?
蚣は手を出せば噛み付くって、さっき言ったよな?
「きゃ、あっ!!」
「ッと……やべ」
不用意な事するから、思わず首に手刀を叩き込んじまった。
咄嗟に加減はしたが……これはしばらく起きないだろう。
取り合えず、ベンチに寝かせておくか。
「……チッ」
……揚羽の、娘。
こいつが真実を知れば、どんな顔をするのやら。
知らない方がいい。
知れば……どうなるか分からない。
「最悪、だな……」
ああ、全く。
本当に最悪だ。
……またひとつ、厄介な事になってしまった。