「…………っ!」
……鈍痛を残す首を押さえながら、私は夜の闇を歩く。
目指す場所は、学生寮。
この網膜にその姿を焼き付けた『彼』と、今日もう1度会う為に。
「…………」
私の母、16代目『楯無』こと更識揚羽は。12年前の秋、任務中に行方不明になった。
更識家は、当然総力を挙げてお母さんを探した。
けれど手掛かりの欠片さえも掴めず、時間だけが無闇に過ぎた。
そんな折に突如現れた最強の兵器、インフィニット・ストラトス。
世界各国が荒れ、その水面下で更識家も大きく動いた。
……お母さんの捜索をしている暇なんか、無いくらいに。
「やっと……」
私は脇目も振らずに鍛錬に明け暮れた。
一刻も早く『楯無』を継いで、お母さんを探す為に。
大好きだったお母さんが、このまま居なくなってしまうのが嫌だったから。
私の、妹……簪ちゃんなんて、お母さんの顔さえ満足に覚えていないと言うのに!
「やっと見付けた、お母さんへの手掛かり……!」
お母さんを仲間と言った彼、久々津・オテサーネク。
彼が転入して来る際にそのデータを調べ、結局何ひとつ確かな事が分からなかった不透明な存在。
だけど今は、もうそんな事どうでもいい。
「逃がさない……絶対に」
厳しいところもあったけど、本当は誰よりも優しくて。
そして誰よりも強かったお母さん。
今もまだ、絶対にどこかで生きている。
……だから。
「…………」
彼がお母さんの事を知っているのなら!
例えどんな事をしてでも、居場所を聞き出してみせる。
「首を洗って、待ってなさい……!」
学生寮の屋上で、久々津は1人空を見上げていた。
黒天に浮かんでいる、零れ落ちて来そうなぐらい大きな満月。
それを見据えながら、持っていた炭酸飲料の缶をひと口、ぐいと呷る。
「…………」
彼の無機質な瞳は、いつもと違いどこか優しくて、そして悲しげだった。
小さく吹いたそよ風が、乾いた髪をぱらぱらと散らす。
「……揚羽。お前とは、良くこうして月を見たよな」
酒に弱いくせに月見酒と称して何杯も飲んで、倒れた挙句2日酔いで使い物にならなくなる。
そしてそれを『蛇』や『蜘蛛』に怒られつつも、懲りずに繰り返す。
……そんな馬鹿を、2人でしょっちゅうやった。
『仲間』の中で出会ったのは1番最後だったが、絆は1番深かった。
久々津にとって揚羽は、文字通り特別だったのだ。
「お前の娘に会ったよ、揚羽……てかお前、ガキ居たのか。知らなかったぜ」
当然だけどな……と続け、更にひと口ジュースを呷る。
揚羽に娘が居た事は、久々津にとっても初耳。
否。恐らくは久々津の知る揚羽も、自身に娘が居たなど露とも思っていなかっただろう。
何せ彼らが出会った時、揚羽は
「お前の居場所は教えなかった……悪いな、感動の親子再会をさせてやれなくて」
ふっと久々津は月から目を逸らし、項垂れる様に下を向く。
その姿はまるで、懺悔をしている咎人のようだった。
「……なあ、揚羽――」
彼は言葉を最後まで紡ぐ事無く、後ろを振り返る。
開け放たれた屋上の扉。
そして久々津を射抜くような視線で見据える、水色の髪の少女。
「よう、意外と早かったな」
更識楯無が、そこに居た。