「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「…………」
コンクリートの地面に仰向けで倒れ、楯無は息も絶え絶えとなっていた。
そしてその姿を見下ろす久々津は、特に疲労した様子さえ無く。
ただひとつだけ、深いため息を吐いた。
「3時間。俺を相手によく粘った。正直途中何度か殺しそうになったが、ただの人間にしては大したもんだ。素直に感服したよ」
「はぁ……はぁ……」
答える事も出来ないのか、彼女はただ久々津を見上げるのみで。
けれどその眼光は未だ闘気を失っておらず、身体さえ動けば再び向かってくるだろう。
……ここまでやられて折れないか。
強い……寧ろ強情だな。
見れば、腕が弱々しくも動いている。
立ち上がるつもりなのか。まだ。
「もうよせ。既に全身疲労で動く事もままならないだろ? これ以上無茶すれば、本当に死ぬぞ」
久々津はある程度加減した、ゆえに楯無には目立った外傷が殆ど無い。
しかしトップギアで動き続けた反動だろう、最早身体自体が限界なのだ。
ここから先は、命に拘わる。
「……まだ……よ……」
それでも楯無は立ち上がろうとする。
その狂気染みた行いに、久々津は再三ため息を吐いた。
「無理だってのが分からないか? 意地でどうこうなる問題じゃない。諦めろよ」
「……い……や」
よろめきながら、ゆっくりと。
それでも確かに立ち上がり、彼を睨み付ける楯無。
何故この状況でそんな目が出来るのか……けれど。
久々津はそんな彼女に、揚羽を……そして嘗ての自分を、知らず重ね合わせていた。
「…………」
今のあいつは、昔の自分だ。
揚羽と最初にやりあった時、例え何度打ち据えられても、どれだけ圧倒的な力の差を見せ付けられても、決して退こうとしなかった嘗ての自分だ。
『蜘蛛』に『蛇』、『蠍』の3人を自分だけで守っていた時の自分だ。
あれは絶対に退かない。
まだ守るべきものがあった時の俺が、そうだったように。
抱いている思いは違っても、きっと決意は同じだ。
だからあいつは退かない。例え死んでも。
あいつと同じ目をしていた時の俺が、そうだったように。
「……やれやれ」
最悪、だな。
俺はどうやら、この女を少しばかり見くびっていたようだ。
揚羽の事は、別に教えて困る事じゃない。
教えなかったのは俺の我儘。ただのエゴだ。
……彼女はきっと、俺の知る残酷な真実に耐えられるだろう。
そう思った。
思ったからこそ、俺は――
「ほらよ」
自ら地面に、膝をつく。
「……え?」
当然楯無は、驚きで目を丸くした。
彼女を見据え、久々津はほんの少し口の端を上げる。
「条件は俺に片膝をつかせる、だった。けれど俺は自分から膝をついた。つまり引き分け、ノーゲームだ」
「…………?」
「訳が分からないって顔してるな。要するに、またチャンスをやる
って言ってるんだ」
意地と気迫だけで立ち上がった楯無だったが、正直もう彼に膝をつかせるどころか、まともな一撃を入れる事さえ絶望的だと理解していた。
そんな彼女にこの場を退かせ、尚且つ自分の我儘を少しだけ叶える為の手。
それが『再戦』だった。
「身体治したらまたかかって来い。俺は大概お前と最初に会った場所に居る、何時でも相手をしてやる」
「…………」
「1度でもお前が俺に膝をつかせられれば、揚羽の事を教えてやるよ」
だから今は退けと続け、彼女の返答を待つ。
……ここで退き際を見極められないようなら、適当に気絶させて今後一切相手にしないつもりだった。
楯無は数秒の間、葛藤をしていた様子だったが――
「……わかっ……た……わ」
その案を肯定し、直後倒れ込んだ。
地面と接触する前に、久々津は楯無をそっと受け止める。
「……すぅ」
「眠ったか。無理も無い」
そのまま彼女を抱え、久々津は屋上を後にした。
……彼が小さく、本当に僅かだが笑っていた事を知る者は――誰も居ない。
「……ところで、こいつの部屋は何処だ」