久々津は少々苛立っていた。
……原因は、今も自分の目の前に座り、にこにこと笑顔を振りまいている少女。
そう、更識楯無の所為である。
「ねえ久々津君。貴方っていつもロールパンとサラダしか食べてないけど、それだけで足りてるの? 良かったらおねーさんの唐揚げ分けてあげる、はいあーん」
「要らん」
「はいはいはい! 俺! 俺欲しいです!」
……ついでに、横で騒いでいる
「(チッ……変に懐かれちまったもんだ)」
連日手合わせを挑んで来るのはいい。
言い出したのは自分からだし、何よりこれは自分の我儘を叶える為の事。
……だが、それが終わった後もこうして纏わり付かれるのは別の話だ。
久々津は元々静寂を好む。喧騒を嫌い、不必要な会話を嫌う。
そして何より……人との深い関わりを忌避している。
「(けどどうにも揚羽の面影をチラつかせるこいつに、強く言えないし……どうしたもんか)」
せめて幸いなのは、似ていると言っても親子似の容姿な事か。
揚羽はもっと憂いのある顔立ちで、どちらかと言えば気弱そうな雰囲気を漂わせる女性だった。
それに楯無と違い、決して口数も多い方では無く。
つまり一緒に居ても、煩くなかったのだ。
「(いっその事このバカ……ええと、中山? とにかくこいつ辺りとくっ付いてくれれば楽なんだが)」
ちなみに銀崎である。
どうにか仲良くなろうと、必死に楯無と話している姿は久々津としても見ていて少しだけ面白かったが、出来ればもっと遠くでやって欲しかった。
人の喚き声ほど喧しいものは無い。
「……んぐ」
気を紛らわそうと、ロールパンを齧る。
そんな彼の姿に、ふと楯無が首を傾げた。
「あら? 久々津君、ロールパン真ん中から食べるの? お母さんと同じなのね」
「……そもそも揚羽に食い方を教わった」
何故か彼女は、ロールパンを真ん中から食べる事に異様に拘っていた。
ハンバーガーを齧るのにも苦労する様な久々津の小さな口では、正直食べ辛いやり方だが……もう習慣である。
「ふぅん……お母さんと仲、良かったんだ」
「まあな」
「ねえ、お母さんとは何時会ったの?」
「……教えるか、バカが」
「むぅ」
こうして隙あらば聞き出そうとしてくるのだから、抜け目ない。
「何時か絶対聞き出すんだから」
「……なら当分無理だな」
「くすんくすん……久々津君がいじめる……」
「ゴルァ久々津っ! なに楯無会長泣かしとんじゃおんどりゃあっ!!」
彼女の嘘泣きに反応し、久々津へと飛びかかった飛竜。
1秒後、彼はテーブルに顔をめりこませていた。
「ん〜、ごちそうさま。……そう言えば久々津君、来週だったかしら?」
食事を食べ終えた楯無からの、唐突な問い。
主語を抜いて話すものではない。
「何がだ」
「何って、臨海学校よ。来週からでしょ?」
……臨海、学校?
……………………。
「知らん、今初めて聞いた。それにどうせサボる」
「勿体ないわよ? 折角外に出られるチャンスじゃない」
「海になんぞ行っても仕方ない」
確かに、外出許可の無い久々津にしてみればそうは無い機会だろう。
しかしながら、彼の反応は今ひとつだった。
「俺には授業への出席義務も、行事への参加義務も無い。単なるモルモットとしてここに来たんだからな、必要無い」
「それは……」
久々津の言葉に、少なからず彼の内情を知っているであろう楯無は口籠る。
「……いちいち気にするな、鬱陶しい」
「……ええ」
気にしてない、ようには見えない。
生徒会長としては、一生徒の不遇に思うところがあるのだろう。
……そんな、僅かに目を伏せた彼女の姿は、母親のそれによく似ていて。
「……チッ」
面倒そうに舌打ちした後、久々津は席を立つ。
どうにも……あの顔には弱い。
「……考えておいてやる」
「え……?」
「フン、じゃあな……それと、手合わせ以外で余り絡んで来るなよ」
言った事に対し、楯無が何かを返す暇も無く。
久々津は、足早に食堂を去ってしまった。
「……あ、あ! ね、ちょっと待ってよ久々津君!」
突然の行動にしばし放心するも、久々津の後を追いかける楯無。
……楯無が追いついた時、彼がとても迷惑そうな顔をしていたのは、言うまでも無い。
「……ぅ、痛てて……」
飛竜が目覚めた時、周囲にはもう誰も居なかった。
「オチ担当かよ!? チクショー、グレてやるーっ!!」