「……Zz」
制服のままベッドに寝転がり、寝息を立てている久々津。
変わり無いいつもの光景。
けれど、いつもとは決定的に違うところがあった。
「久々津君……久々津君っ、起きて下さいぃ〜!」
涙目になりながら、必死で彼を揺り起そうとしている女性。
久々津の所属する1年1組の副担任、山田麻耶。
彼女が何故、ここに居るのかと言えば……
「起きて下さい久々津君! もう晩御飯の時間ですよぉ〜!」
早い話がそうなのである。
ついでに言えば、部屋もいつもの寮では無く。
IS学園臨海学校の宿泊地である、『花月荘』の1室であった。
「……Zz」
「うぅう……起きてくれません……」
最早半泣きで呟く麻耶。
対して久々津は、起きる気配さえ無い。
……楯無に「考える」と言った通り、彼は臨海学校には参加した。
行きのバスでも始終テンションが低く、これを機に仲良くなろうとでも思ったのか頻りに話し掛けて来た一夏への対応も、かなり辛辣だったが。
『話し掛けるな屑』
『黙れ、縊るぞ』
大体こんな調子で、流石の一夏も頬を引き攣らせていた。
寧ろ彼に好意を寄せている少女達の方が怒りを露わにしていたが、久々津はそんなもの羽虫程度にしか思っていない。
旅館に着いた後も、自由時間中に泳ぐどころか早々部屋で眠ってしまい、夕食の時間になっても姿を見せない彼を心配した麻耶が訪ねて来て、今に至るのである。
「…………」
ちなみに久々津は個室だ。
一夏と飛竜は夜中に女子が押し掛けて来かねないとの事で、2人とも担任である千冬と一緒の部屋になっているが、転入時にクラス全体に辛辣な言葉を吐き、以降は姿さえ碌に見せない彼を訪ねる生徒は皆無だろうと教師間で結論が出され、そうなっている。
麻耶は暫くの間、久々津を何とか起そうと揺すっていたが、終ぞ目覚めず。
「うぅ……久々津君の分は取っておいて貰いましょう……ぐすっ」
結局泣きながら、彼の部屋を後にするのだった。
夜も更け、食事と入浴を済ませた生徒達が各々の部屋で談笑に興じている頃。
「……ん」
すっとその双眸を開き、久々津は目を覚ました。
「…………」
音も無く、手を使わずに身体のバネだけで起き上がる。
今の今まで寝ていたとは思えない、敏捷な動きであった。
「9時前か……」
暗い部屋の壁に掛けられた時計を一瞥し、首を鳴らす久々津。
昼から食事を摂っていないが、ずっと寝ていた為か特に空腹は感じない。
やや固まっていた身体をしならせ、ほぐす。
「…………」
どうするか。
眠気を残していないクリアな思考で、久々津は考えを巡らせる。
これ以上は暫く眠れそうにも無い。食事も別に要らない。
かと言ってここに居ても退屈を持て余すだけ。
絵の道具も持ってきてない。どう時間を潰すか……。
「……海でも、見に行くか」
夜の海は嫌いじゃない。
結論を出し、久々津は部屋を出た。
「出入り口は……確かこっちだったな」
静かな動作で廊下を歩く久々津。
誰かに見付かっても困る事は無いが、面倒ではあると思っていた。
故に余り人目につかぬよう、少しだけ注意して歩く。
……そうしていると、角を曲がったところで。
「…………?」
奇妙なものを見付けた。
「「「…………」」」
「何だあれ……」
3人の女子生徒が、部屋の扉に耳をくっ付けて息を潜めていたのだ。
何故か通夜の最中の様な、暗い表情で。
「…………」
多分関わると面倒だ。さっさと行こう。
そう思い、未だこちらに気付いていない彼女等の後ろを、足音を立てず速やかに通り過ぎ――
バンッ!!
「「「へぶっ!?」」」
ようとしたところで、突然ドアが勢いよく開けられ、ぴったりと耳を寄せていた3人がそれに殴られた。
一様に悲鳴を上げ、衝撃に倒れる女子達。
そして。
「何をしているか、馬鹿者どもが」
部屋の中から、呆れたような顔をした千冬が現れた。
「は、はは……」
「こんばんは、織斑先生……」
「そしてさようならっ!!」
聞き耳を立てていたのがバレた事により、脱兎の如く逃げ出す3人。
だがその内2人は襟首を掴まれ、残る1人は浴衣の裾を踏まれ、すぐに捕まった。
「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」
「「「えぇっ!?」」」
「(……体術は揚羽の娘より若干上、ぐらいか……やるな)」
それを見ていた久々津は、千冬の生身での実力にやや関心を見せた後、俺には関係無いとばかりに立ち去ろうとするが――
「おい久々津、何処へ行く。お前もだ」
「……あ?」
「「「え?」」」
彼に向けてちょいちょいと手招きする千冬。
何で俺が、関係無いだろと言いたげな顔を向ける久々津。
そして今になって漸く久々津の存在に気付いたのか、素っ頓狂な声を出す3人。
「ああ、そうだ。ついでだから、他の2人――ボーデヴィッヒとデュノアも呼んでこい」
夜の海を見に行けそうには、無かった。