概ねは原作通りに進んだ筈だった。
織斑一夏は福音に落とされ、残された少女達は敵討ちを誓う。
されど福音は何処までも立ち塞がり、少女達の翼を捥ぐ。
少女達を救ったのは、新たな力を得た一夏であった。
そして全ては原作通り、篠ノ之束の思う通りに進んだ。
筈、であった。
たったひとつのイレギュラー。
久々津・オテサーネクの存在を、除いて。
岬に立ち、互いの方を向かず話している人影がふたつあった。
篠ノ之束と、織斑千冬。
彼女等は静かに、互いしか知らない事を話していた。
「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ。それに際して、新型の高性能機を作戦に加える。天才の妹は華々しく専用機持ちとしてデビューと言う訳だ」
「へえ、不思議なたとえ話だねぇ。すごい天才が居たものだね」
「ああ、すごい天才が居たものだ。かつて、12ヶ国の軍事コンピューターを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな」
束は答えず、千冬も言葉を止める。
そのまま暫く、時間だけが過ぎた。
「ねえ、ちーちゃん。今の世界は、楽しい?」
沈黙を破ったのは、束だった。
「……そこそこにな」
「そうなんだ」
吹き上げた風が、強くうなりを上げる。
「――――」
その風の中で、束は何かを呟き――
「何処に行くんだ? 急ぎの用事でもあるってのか?」
「「っ!!?」」
突然聞こえて来た、男の声。
2人は同時に振り返る。
「せっかくこんなにいい月夜なんだ。もう少しゆっくりして行っても、いいんじゃないか?」
「久々津!? お前、何故ここに!?」
そこには赤い髪を風に棚引かせ、コーラを傾けていた久々津が居た。
くるくると指先で缶を回しながら、彼は2人の方へと歩み寄る。
「手前等に用なんざ無いさ。たまたま夜風に当たりに来たら、先客を見かけたもんでな。珍しい面もあったことだし、話しかけてみただけだよ」
ぴっと、彼はそう言って束を指差す。
その左手の人差し指には、赫い鴉の嘴を模したアーマーリングが填められていた。
「……、それは」
その指輪を見て、束は軽く目を見開く。
悪戯が成功した子供のように口の端を吊り上げ、久々津が微かに嗤った。
「察しの通り、『ブラッディ・ウィッチ』だ。お前が正式名称をつけなかったから、仮名をそのまま使わせて貰ってる」
「! 貴様、どこでそれを!?」
驚きを露わにする千冬に向け、久々津はまたもくっくっと笑う。
「旅館の近くをうろついていた。最近身体をあまり動かしていなかったから、運動代わりにちょいとな。ぶっ壊して、言うこと聞かせたんだよ」
何て事無いように、骨が粉砕していた筈の左腕を軽く回しながら。
彼はそっと、指輪を撫でる。
「そんな筈……その子は確かに戦闘スペックは低いけど、それでもただの生身の人間に負けるなんて――」
「あり得ない、か? よく覚えとけ、あり得ないなんて事はあり得ない。矮小な人間が作ったものを、同じ人間がどうこうできないと本気で思ってるのか?」
退屈そうな声音で、久々津は呟く。
「篠ノ之束。あらゆる意味で規格外な
「…………」
「おお、怖い怖い。そんな目で睨むなよ」
彼は、何処までも無表情に。
闇の中を覗いているかの様に、2人は久々津の内を読めないでいた。
「あ、そうだ。折角だからお前達にひとつ警告をしておいてやろう」
「警告……だと?」
怪訝な顔で、千冬が呟く。
「今回の件、派手に動き過ぎたな篠ノ之束。どれだけ痕跡を消したって、この事件はそれなりの奴等の耳には入っただろうよ」
「……それは……どういう意味かな?」
「
その名が出た瞬間、2人――特に千冬の表情は、一気に強張った。
久々津はまた一瞬だけ、口の端を上げる。
「突然2機も現れた第4世代IS。それも片方は、
「どう言うことだ! 貴様……何を知っている!?」
「喚くなよ、怖いじゃないか。流石に手前等2人を同時に相手取るのは面倒臭いんだ、相手にする理由も必要も無いしな……俺に絡む暇があったら、大事な弟と妹のお守りでもしてろよ」
「……くっ」
あの2人は、未だ殻を被ったひよこ以下なのだ。
久々津はそれを、あえて辛辣な言葉で伝えていた。
「……よくよく考えとけよ。じゃあな」
「ま、待て久々津! お前は、お前は一体なんだ!? 何故亡国機業の事を、いや違う。お前は、どこまで知って――」
「……ねえ」
千冬の言葉を遮って、久々津に声をかけたのは束だった。
歩き去ろうとしていた彼は、首だけを振り返らせる。
「束さん、聞きたい事は色々あるけど……どうして、警告なんてしてくれたの?」
「……さて、な。俺は言うなればお前の所為で静かな余生を奪われた訳だが……だからって、みすみす他人を見殺しにする理由にはならないだろう?」
ほんの少し。
そう言った久々津の声は、ほんの少しだけ悲しげだった。
再び正面を向き、彼は歩き出す。
今度はもう、振り返らなかった。
いずれ必ず、亡国機業は来るだろう。
……その時が、痛みを伴う再会とならないように願う。
「ムシのいい、話だな」
10年前、「行くな」と泣いた蛇と蜘蛛を、「連れて行ってくれ」と泣いた彼女等を置いて、揚羽の手を引き亡国機業から逃げ出した俺に。
そんな事を願う資格が、ある筈も無いのに。