久し振りに、夢を見た。
まだ俺が、久々津・オテサーネクと名乗るずっと前。
13年以上も前、『蚣』と呼ばれていた頃の夢を。
「い、いてて! うぅ……蚣! もうちょっと優しくしてよ!」
薬液のにおいが漂う医務室のような場所で、1人の少女が涙声でそう言う。
まだ10歳を幾らも過ぎていないであろう彼女は、身体のあちこちに切り傷や擦り傷を作っており、手当てを受けている最中だった。
「仕方ないだろ? 消毒液はしみるんだ。菌が入って化膿でもしたら痛いじゃ済まなくなる、これぐらい我慢しろ」
「んぅ……私も蚣みたいに、すぐ怪我が治ればいいのに」
「はははっ。痛いのが嫌なら、あんまり無茶をするなよ蜘蛛。今日の訓練だって、見てるこっちが冷や冷やしたぞ?」
蜘蛛と呼ばれた少女は、朗らかに笑う蚣を拗ねたように睨んだ。
「……だって私、蛇や蠍より訓練成績悪いから。その分いっぱい頑張らないと、足を引っ張っちゃうし」
「悪いって程の差も無いだろうに。それにお前達が実戦に投入されるまで、まだ数年はある。そう気を張るな」
「……蚣が」
「ん?」
ぼそぼそと、蜘蛛が言葉を続ける。
「蚣が私達の分まで実戦に出てるから。だから私達は時間があるんだろ?」
「……俺は少し、特別だからな」
この研究施設に居る4人の『兵士』。それぞれに与えられた名は、『蠍』、『蛇』、『蜘蛛』、そして『蚣』。
その中でも、蚣は確かに特別だった。
他の3人は遺伝子強化のみを施された
遺伝子強化だけで無く、肉体改造により極限まで性能を強化された
故に蚣は、生まれてから1年後には現在と全く変わらない外見をしていた。
成人男性と比較しても遜色ない1歳児。知られざる事実だが、彼がいわゆる『転生者』であった事が、その外見に相応しい精神をも備えさせていた。
そんな彼を研究者達は初の『キメラ』成功体として喜び、様々な戦場へと駆り出した。
生まれてからたった数年の間に蚣が殺した人の数は、彼が生きた日数よりも多い。
「俺がお前達の中で1番強くて頑丈だ。だから俺がお前達の分まで戦うのは、当り前だろう?」
「けど! ……蚣ばっかり辛い目に遭って……」
「いいんだよ。俺は最初から大人で生まれた様なもんなんだから」
蚣は優しく、蜘蛛の頭を撫でた。
彼女はそれが心地よかったのか、眼を細めて頬を染める。
「無茶するのは大人の特権だ、焦る必要なんて無い。お前は将来絶対美人になるから、傷なんか残したら大ごとだぞ?」
「ふぇ!? ホ、ホント!? ホントに私、美人になると思う!?」
「ああ。今だってこんなに可愛いんだからな」
いよいよ真っ赤になってわたわたと慌てる蜘蛛を見て、蚣はくすくすと笑った。
今ではもう出来なくなってしまった、本当に優しい笑みで。
蜘蛛の柔らかい前髪をかき上げ、その額にキスする。
「お前も蛇も蠍も、大事な大事な俺の家族だ。お前達が大きくなるその時まで、俺が命を懸けて守って見せる。だから……ゆっくり大きくなれ」
「……うん」
照れて下を向き、蜘蛛が頷く。
「……あのさ、蚣」
「どうした?」
「その……私がさ、大きくなって蚣に追い付いて……それで蚣の言う通り美人になったら……そしたら――」
彼女の言葉を遮るかのように。
医務室の扉が勢い良く開かれ、薄い金髪の少女と、桜色の髪の少女が駆け込んできた。
「蚣さん! 蜘蛛は大丈夫ですか!?」
「大怪我……したって……聞いた……」
「……はぁ?」
2人は息を切らせていたが、蜘蛛の姿を見て眼を丸くする。
「あら蜘蛛……元気そうね?」
「……怪我、は……?」
「蛇、蠍……何処で何を聞いてきたか知らないが、こいつは大怪我なんてしてないぞ。精々が擦り傷切り傷だ」
「……うぅ」
言葉を遮られた蜘蛛は、涙目になって落ち込んでいた。
意図を察した蚣が、またくすくすと笑う。
「そうしょげるな。お前を心配してくれたんだからな」
「……うん」
蜘蛛の手当てを終え、蚣は道具を棚に仕舞った。
「さ……そろそろ昼飯だ。食堂に行くぞ」
「はい」
「……ごー」
「……ん」
三者三様の返事をして、少女達は蚣の後に続く。
その姿はまるで、仲の良い家族そのものであった。
「…………」
暗闇の中で、目が覚めた。
酷く気だるい。最悪の気分だ。
「……なんで」
何で今更……あの日の夢を。
『お前達が大きくなるその時まで、俺が命を懸けて守って見せる』
守れなかった約束。
……否。俺が自ら破った約束。
「…………」
俺はいつか、その罪の報いを受けるのだろう。
あるいは罪を背負ったまま、朽ちて消えるのかも知れない。
「今日から、夏休みか……」
16回目の夏。
もう時間は、そんなに多く残されていない。
無理矢理な急速成長、拷問に等しい肉体改造。
その全てが、俺と言う人間の未来を削った力なのだから。
『キメラ』は長く生きられない。
20回目の夏を迎えたその時、俺の生命は尽きるだろう。