『ん? あ、お前もしかして何か別のことと勘違いして――』
『ん、な!? 何っ、んなわけっ――こ、こっ、このバカぁぁぁぁぁっ!!』
購買のアイスを求めて寮の廊下を歩いていた久々津の耳に、バシーン!と誰かが平手打ちでもされたような乾いた音が届く。
音の発生源は、1025号室。
自分と
「……夏だから、な」
くあくあと欠伸して、久々津は購買に向かう。
今日もIS学園は、平和だった。
「それにしても、クソ暑い」
購買でアイスを買い溜めし、ガリガリ君を咥えながら呟く久々津。
その肉体構造ゆえに汗はかいていないが、放熱機能を備えた彼の長い赤髪は、普段の3割増しの熱を帯びている。
アイスを齧っているのも、冷却の為だった。
「強化繊維も
現在体温セ氏46℃。60℃を超えるとオーバーヒートで強制スリープ状態となり、体内のナノマシンが急速冷却を開始する。
改造人間たるキメラとて、完全では無いのだ。
……まあ、髪を括って意図的に放熱効率を落としでもしない限り、そうそうそんな事態には及ばないが。
「所詮俺も、人が作ったもんだからな……」
手っ取り早く、冷水のシャワーでも浴びよう。
そう思い、久々津は自室の扉を開けた。
「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」
「…………」
何故か
しゃりしゃりしゃりしゃり。
暑さでこの際考えるのも面倒だった久々津は、取り合えず咥えていたガリガリ君を素早く食べ終え、無言のまま部屋に入った。
当然、頭にキーンとなど来ない。
キメラは高温にはやや弱いが、低温にはとても強いのだ。
「…………」
「ちょ、ちょっと!? ねえ、せめて何か反応してよ!」
「……あ、これを冷凍庫に入れといてくれ。溶ける」
大量のアイスが入ったビニール袋を手渡し、足早に脱衣所の扉をくぐる久々津。
ついでにどうでもいい事だが、飛竜は出かけているのでこの場に居ない。
後日この事を知り、死ぬほど後悔したらしい。
「アイスなんてどうでもいいのよ! 下に水着とか着てたら何となく負けな気がして、本当に裸エプロンにしたのに! ノーリアクションとか、まるで私が普段からこういう事してるって思われてるみたいじゃない!!」
「事実だろう。喚くな痴女」
「違うわよぉぉぉぉぉぉっ!!!」
楯無の叫びなど無視して、彼は冷水シャワーを浴び始める。
やはり今日も、IS学園は平和だった。
「……ん、体温正常。アイスと冷水が効いたな」
「くすんくすん……」
「まだ居たのかお前」
久々津がシャワーから上がると、彼のベッドに腰掛けて泣き真似をしている楯無が居た。
服は制服に着替えており、アイスもしまってくれたらしい。
「酷い、酷いわ久々津君……おねーさんが肌まで晒してあげたのに、よりによってノーリアクションなんて……」
「過剰な反応を期待するなら、五所川原にやればいいだろう。あいつなら恐らくと言うかほぼ確実に、理性を崩壊させて襲ってくれるぞ」
「……イャンクッ君に見せるのは、いや」
正式名称は銀崎飛竜である。
この2人、実のところ本気で飛竜の名前を覚えていない。
「で、何の用だ。今日の仕合いは2時間ほど前にやったと思うが? サマーソルトキックを顎に食らってノックアウトしたお前の敗北で終わった」
「あれ、痛かったわ。咄嗟に身を引かなかったら顎が砕けてたじゃない、私じゃなかったら入院ものよ」
「お前だからやったんだ。現に受け身は出来たろう?」
「……その言い方は、おねーさんずるいと思うの」
暗に、実力を信用していると言われた様なものだ。
ついと目を逸らした楯無の顔は、少し赤い。
「……で? 本当に何の用だ」
対面となる様に椅子に座り、楯無を見る久々津。
「……それは」
「それは?」
「……その」
「……?」
いつになく歯切れが悪い。
何故か楯無はさっきよりも頬の赤みが増しており、様子がおかしかった。
もじもじと身体を揺すり、手をポケットに伸ばしては引っ込めている。
「何かあるならはっきり言え。用が無いなら帰れ」
「あ、あるわ。あるの。いま言うから……」
すぅと息を吸い、意を決したらしくポケットに手を突っ込む楯無。
「……あの、ね? 良かったら、本当に暇だったらでいいんだけど」
そこから何か取り出し、そして――
「あ、明日の土曜日っ! 私と……ここに、行きましょう?」
今月オープンしたばかりのウォーターワールドのチケット2枚と、『特別外出許可証』と書かれたカードを、久々津に突き付けて。
ふるふると指を震わせながら、そう言った。