夕刻。久々津と楯無は、海に来ていた。
オレンジ色に染まる浜辺を歩き、久々津が呟く。
「今日は、それなりに楽しかった」
色々騒ぎもあったが、やはり外に出るのは嫌いじゃない。
そう言葉を続け、彼は海原へと石を投げる。
「そっか……良かった」
楽しかったと言われ、楯無は安堵する。
くすりと笑みをこぼすと、久々津に怪訝な目で見られた。
「おかしな奴だな」
「あら、おかしくなんて無いわよ? 貴方が楽しんでくれて、嬉しいって思ったんだから。誘った甲斐があったわ」
「……やっぱりおかしな奴だ」
理解し難そうに、彼は首を傾げる。
「何故お前は俺に構う。北村もそうだが、俺と一緒に居て何が楽しい。俺が幾ら迷惑がっても、幾ら邪険に扱っても、また寄ってくる。……理解出来ない」
「……どうしてかしらね」
繰り返し言うようだが、銀崎飛竜である。
それにしても、夕陽が久々津の心を少しだけ溶かしているのか、彼からは普段の刺々しさや辛辣さが感じられない。
……否。やもすれば、これが本当の『久々津・オテサーネク』のあるべき形なのかも知れなかった。
考えてみれば彼はずっと、常に気を張っているかのようだったから。
そんな事を、楯無が思っていたら。
「……遠ざけているのに。近寄らない様にしているのに。何故だ。どうして歩み寄ろうとしてくるんだ。……迷惑なんだよ」
「…………!」
背を向け、押し殺して呟かれた声。
けれど聞こえた。しっかりと。
「……もう、失うのはたくさんだ」
楯無は確信する。仮定だった真実が、正しいものであると。
久々津・オテサーネクは、本当は優しい人だ。
けれど、そんな彼は過去に誰かを失った。
失ってしまったから、繋がりを怖れた。
だから拒絶する。再び失ってしまう事を、怖れて。
そして。久々津が失った人とは。
……確かめなくては、ならない。
「ねえ、久々津君。お母さんの事で、聞きたいんだけど」
「……あ? 教えねえって言ったろうが、勝っても無いくせに――」
「お母さん……更識揚羽は、もう死んでるんでしょ?」
「!!!」
久々津の身が強張った。
楯無はひとつ嘆息し、言葉を続ける。
「私、色々考えたの。どうして久々津君はお母さんの事を隠すんだろうって」
「…………」
「貴方と最初に出会った日、ボロボロだった私に貴方はチャンスをくれた。そんな事する必要無かったのに」
背を向けたままの彼の肩に、楯無はそっと触れた。
「あの時は、どうしてそんな事を言ってくれたのか分からなかったけど……あれは貴方の優しさだったんだって、今なら自信を持って言える」
「違う……俺は……俺は優しくなど、無い」
否定の声を、喉から搾り出す久々津。
けれどその声は悲痛で、いつもの余裕が失われていた。
「いいえ、優しいわ。そんな優しい貴方が、娘の私にお母さんの事をひた隠しにする理由なんて、ひとつしか無い」
既に死んでいるから。
だから、未だ母が生きていると信じて疑わない楯無に、真実を教えなかった。
それが全ての理由ではないだろうけど、間違いではない筈だ。
「お願い、久々津君。お母さんの事を教えて」
「…………」
久々津は暫しの間、何も言わなかったが。
「……最後の。最後の抵抗を、させてくれ」
消え入りそうな声音でそう呟き、ポケットからコインを取り出した。
「表だったら……全て教える。……いいか?」
「……ええ」
ピィン、と弾かれるコイン。
空中でクルクルと回りながら落下し、久々津の掌に収まったそれは。
「…………」
表だった。
当然だ。このコインもまた、彼の捻くれた優しさのひとつ。
「久々津君、教えて? お母さんの事を。12年前、私達の前から居なくなってしまったお母さんに、何があったのかを」
「……掛けよう。少し、長くなる」
浜辺に置かれた、ひとつのベンチを久々津が指差す。
楯無は頷き、それぞれ腰掛けた。
「まずは……お前の言う通りだ。揚羽は既に他界している、2年前の話だ」
「……そう」
半ば確信していた事だったからだろうか。
慕っていた母の死を告げられても、そこまでの悲しみは感じられなかった。
「そして、俺が揚羽と出会ったのは……11年前になる」
ゆっくりと沈んでいく夕陽を見つめながら、久々津は続けた。
「あいつは、揚羽は。俺と同じ改造人間……『キメラ』だった」