とある国に置かれた、人体研究施設。
当時『蚣』と呼ばれていた彼は、そこで生まれ育った。
「キメラ? 俺以外のか?」
「ああ、そうだとも。今日から君達と共に生活をさせる、仲良くしたまえ」
彼と揚羽の出会いは唐突で、劇的だった。
「……揚羽、です。よろしくね……蚣」
「…………」
最初に対面した時、蚣が揚羽に対して抱いた印象は、気弱。
見目麗しくはあったが、何処か幸薄そうで頼り無い。
こんな奴が本当に『使える』のかどうかが疑わしく、本当に彼女がキメラなのかどうか確かめる為に、軽い気持ちで手合わせを挑んだ。
その結果は、惨敗。
手も足も出ず、敗れた。
「彼女はね、元々はとある国の暗部組織の頭領だったのだよ。記憶こそ失っているが、戦闘技術は今の君とは比べ物にならん。色々教わるといい」
後に揚羽の改造を担当した技術者の1人に、そう告げられた。
それからも事ある毎に、蚣は揚羽に挑んだ。
「俺と戦え、揚羽ッ!!」
「……いいよ」
何度倒されても、何度打ち据えられても。
蚣は幾度でも立ち上がり、揚羽へと向かって行った。
何が彼をそうさせるのか。
ある日揚羽が、彼に尋ねた。
「……どうしてそんなに、頑張るの? 貴方はどうして、戦うの?」
「俺がッ! 俺が負けたら、蜘蛛達が戦場に出されるんだッ!! あんな小さな子達が! だから俺は負ける訳には行かないッ! 誰が相手だろうと、絶対に!!」
施設で生まれ育った蚣にとって、同じ境遇の少女達は掛け替えの無い仲間であり、守るべき家族であった。
自分が負け、壊れてしまえば、次は彼女達が戦場に出される。
そうさせない為に、勝ち続けなければならない。
「勝てなきゃ、何も守れないんだ……!!」
「……むぅ」
蚣の言葉に、揚羽は少しばかり首を傾げ。
そして、殴りかかって来た彼の足を払い、地面に押し倒した。
「チッ! この、放せ!」
「……ねえ、蚣。もうそんなに頑張らなくて、いいよ?」
「あぁ!? なに訳の分からねえ事言ってやがんだ!」
暴れる蚣を完全に押さえ込み、彼女は言葉を続ける。
「私も一緒に守ってあげる。貴方の守りたいもの」
「……あ?」
「蜘蛛ちゃんと、蛇ちゃんと、蠍ちゃん。私も一緒に守ってあげる」
蚣はこの後10年近く揚羽と共に時を過ごしたが、ずっとそうだった。
いつもは気弱なくせして、たまにこうして自分の意見を強引なまでに押し付けてくる。
その時の彼女を言い負かせた事が、蚣には無い。
だけどこの時の彼は、まだ揚羽を信用してなくて。
「ふざけんな!! 手前みたいなどこの馬の骨とも知れねえ奴に、自分の背中預けるような真似できるか!!」
「信用、して?」
「断る! 発想が図々しいんだよ!」
押さえ込まれたまま、精一杯の抵抗をする蚣。
彼の拒絶に、揚羽は悩んだ。
「どうすれば、信じてくれる?」
「不可能だ! さっさと放せこのアバズレ!」
「……むぅ」
揚羽は一生懸命考えた。
この頑固者は、どうすれば自分に心を開いてくれるんだろうと。
家族を守ろうと必死な彼を、揚羽はとても好ましく思った。
だからこそ、一緒に彼の家族を守りたい。
けれど肝心の蚣がこうでは……
「……そうだ」
考えて考えて、揚羽は素敵な打開策を思いつく。
蚣は家族が大事。だから守りたい。
だったら。
「蚣」
暴れる彼に呼び掛けて。
「夫婦に、なろう?」
そう言った。
彼にとって、何より家族が大事なら。
いっそ自分も家族になってしまえばいい。
そうすれば、きっと一緒に守らせてくれる。
揚羽は少々天然だった。
「……は?」
「うん、そうしよう」
「そうしようじゃねえよ! 何をどうすればそんな馬鹿馬鹿しい発言が出来るんだ手前は!? 本気でバカなのか!!?」
「バカじゃない……本気」
「って、うおい! なに顔近付けてんだ、やめろ!」
まずは、夫婦になる為の第一歩。
揚羽は蚣の顔を両手で挟み込むと、自分の目を閉じて。
「むぐっ!?」
強引に、その唇を奪った。
「そしてそれから1ヶ月ぐらいして、俺達は夫婦になった」
「……え、冗談?」
「そう聞こえるかも知れんが、至って事実だよ」
揚羽との出会いを語る久々津に、楯無は半ば呆然としていた。
衝撃の事実で硬直している彼女をよそに、彼は話を続ける。
「……そんなあいつと一緒に組織を抜けたのは、10年前……つまりあいつと出会って1年くらい経った後だ」
「切っ掛けは、仲間の……蠍の死が、そうだった」