IS ただ、それだけを知りたい   作:カーテンコール

35 / 50
水精の想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「揚羽達は幸いにも無事だったよ……だけど、俺は家族を守れなかった」

「…………」

 

 

 陽は殆ど沈みかけ、暗がりの中で久々津の表情は窺い知れない。

 楯無はただ、彼の話に耳を傾けていた。

 

 

「それからすぐ、揚羽に「ここを出よう」と言われた。こんな組織に何時までも居たから、蠍は死ぬ羽目になったとな」

「……それで」

「ああ。揚羽を連れて組織を抜けた……蛇と蜘蛛を置いて」

 

 

 蠍を目の前で失った彼は、怖かったのだ。

 

 組織から逃げ出すと言う事は、当然組織から追われると言う事。

 蠍を失ったばかりの彼には、そんな状況から蜘蛛と蛇を守りきる自信が……無かった。

 

 

「あの日の2人の顔は、今でも鮮明に覚えている。忘れる事など、出来ない」

「……久々津君」

「蜘蛛にな……「嘘吐き」って言われたよ。あいつらが大人になるまで守り抜くって約束を、俺の方から破ったんだ……当然さ」

「…………」

 

 

 自嘲する久々津。

 そんな彼の姿を見て、楯無はどうしようもなく胸が痛んだ。

 

 

「それからすぐ世にISが出回った。姿をくらますには丁度いい事に」

「そうだったの……」

「俺はずっと逃げていた。揚羽と傷を舐め合う様に生きていた。それはそれで幸せだったと思っちまってる俺は、最低の屑だ」

「……ッ」

 

 

 夕陽が、地平線から姿を消す。

 夜闇の中、波の音だけが良く響いていた。

 

 

「……その揚羽も、2年前に死んだ。俺には文字通り、何も無くなった」

 

 

 キメラは短命だ。

 そしてそれは、久々津の様に遺伝子強化を受けていなかった揚羽の方が、より顕著であったのだ。

 

 愛する者を2度も、目の前で失う。

 それはどれだけの絶望だったろう。

 

 

「これが俺の知る揚羽の真実。彼女を愛した……俺の過去」

「…………話してくれてありがとう、久々津君」

 

 

 瞼を閉じ、久々津は静かに息を吐く。

 その姿は、何処か疲れているようだった。

 

 

「俺は何時か、報いを受ける。家族を見捨てた報いを。あるいはそうやって罰を受けることさえさせて貰えず、朽ちて消えるのかも知れない」

 

 

 久々津はゆっくりと、ベンチから立ち上がる。

 

 

「先に帰らせて貰う」

「……うん」

「伝えるべき事は、伝えた……出来ることなら、もう俺に関わるな」

 

 

 最後に彼はそう言って。

 宵闇の中に、その姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 楯無は1人、浜辺で思案していた。

 それは母の事でも、久々津が居たと言う組織の事でも無く。

 

 

「……久々津君」

 

 

 彼自身の、事だった。

 

 家族の事を話す際に見せた、穏やかな表情。

 お母さんに向けられていたであろう、柔らかな笑顔。

 蠍と呼んでいた少女を失った時の事を話す彼の、悲痛な顔。

 その全てが、楯無にとって新鮮で。

 

 不謹慎だったが、もっと見せて欲しいと。そう思った。

 

 

「…………」

 

 

 そして、もうひとつ。

 母に愛情を向ける彼を見た時に、胸に響いた小さな痛み。

 家族を何より大事に思う彼を見て、心が締め付けられるようだった。

 

 

「…………」

 

 

 私は嫉妬している。

 かつての彼の家族だけじゃない。

 誰よりも大好きだったお母さんにまでも。

 

 彼が一心に愛を向けてくれるその人達を、浅ましくも妬んでいる。

 

 

「…………」

 

 

 思えば、初めて会った時。

 秘密の場所で、本を読んでいた彼をひと目見た時から。

 私は彼に対して、特別な感情を抱いていた。

 けどその感情が何なのか、ずっとずっと分からなくて。

 でも一緒に居たくて、何かと理由をつけて傍に居ようとした。

 

 迷惑がられても、怒られても、鬱陶しく思われても。

 それでも、周囲に対して無関心を貫いている彼が私を見てくれるのが、とてもとても嬉しかった。

 

 そう、それはまるで――

 

 

「……あぁ」

 

 

 そっか。そうなんだ。

 思い至ってしまえば、ひどく簡単な事だったんだ。

 

 今……やっと分かった。

 確かめたかったもうひとつの事。

 

 

「私は……」

 

 

 私は。

 更識楯無……いいえ。

 

 

「私……そう、『私』は」

 

 

 生まれて初めて抱いた思い。

 楯無じゃない本当の『私』が抱いた思い。

 漸く、気付けた。

 

 

 

 

 

 『私』は……『更識刀奈』は。

 

 彼の事が、好きなんだ。

 どうしようもないぐらい、久々津君の事が好きなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。