「…………雌臭い……最悪、だな」
教室に入った最初の感想としては、これが最も適切だろう。
一瞬前と比較してあからさまに空気が凍りついたが、別に気にするような事じゃない。
本当のことだ。
「複数の香水やらコロンやらが混ざり合って、花が腐ったような酷い臭いだ。これが普通だと言うのなら、俺は明日からガスマスクを持参する必要がある」
「……ふ、ふえぇ……」
俺の横に居る背の低い副担任……確か山田。
そいつが何か言いたげに涙目で俺を見ているが、生憎発言を改める気は無い。
黒髪の担任は、今のところノータッチを決め込んでいるみたいだしな。
「ああ、済まない。自己紹介だったか? だがしかし、ただクラスが同じだけの腐臭を放っている輩どもに、果たして名前を教えてやる必要があるのだろうか」
「何という暴君、ラウラより酷い」
「銀崎! 私と比べるな!」
教室の後方に居た男のぼやきに、眼帯を付けた銀髪のチビが怒鳴る。
……何で小学生が混ざってるんだ?
「銀崎、ボーデヴィッヒ、黙れ。それとお前も、自己紹介ぐらいまともにやれ」
流石に目に余ったらしく、黒髪の担任から咎められた。
けれど足りない。まだ俺の人格を知らしめさせるには、少しばかり。
「ふん……自己紹介、自己紹介ね」
やる意味は無いが、やらない理由も無い。
そしてやらなければ、いい加減横の副担任が泣きそうだ。
……仕方ない。いつものアレで決めよう。
「こいつが表なら、やるとしよう」
ポケットから出したのは、愛用のコイン。
それを親指に挟んで、弾いた。
くるくると回り、落ちてきたところをキャッチする。
手の甲と掌で挟まれたそれを――
「……………………っ」
祈るような目で見てる山田が居た。
……必死過ぎるだろう。
担任の方は、やはりノータッチだ。
山田に任せてるのかどうか知らないが、少しは助けてやったらどうだ?
まあ、原因である俺が言えた義理ではないが。
「…………ちっ」
どうでもいい事を考えつつコインを見てみれば、表。
これで俺は、自己紹介する事を余儀なくされたわけだ。
「ふん、運が良かったな」
「はふぅ……」
安堵する山田。小動物を連想した。
ポケットにコインを戻し、改めて教室を見据える。
……とは言えど、俺の駄視力では精々人数ぐらいしか把握出来んが。
「担任。自己紹介とは名前だけでいいのか?」
「目上には敬語を使え……散々待たせたんだ、多少は面白味を付けろ」
「自分勝手だな。まあいい」
よく見えはしないが、恐らく教室内の殆どが「お前が言うな」と思っているのだろう。
俺の最初の発言からして、歓迎ムードとは程遠い空気だしな。
「久々津・オテサーネクだ。好きなものは無い、嫌いなものはたった今からお前達だ。特技は絵」
我ながら何とも投げ遣りな自己紹介。
当然誰も何も言わない。異質にして異物な俺に対して、持ち得る感情を見失っていると言ったところか。
だがこれでいい、これで。
「で、副担任。俺の席はどこでしょうかね」
「…………あ、ふえ、はいっ! あ、ああああそこですっ!」
言葉を失っていた山田が、慌てたように教室の隅を指す。
無言の室内を歩き、俺は席へと向かった。
「な、なんなのあの人……」
「怖いよ……」
ぼそぼそと聞こえてくる囁き。
どれも、俺に対して否定的なものばかり。
「(そうだ、これでいい)」
これで――
誰も俺に、近付かない。