「おい、スポポビッチ。ここはどこだ」
「目ぇ覚ましていきなりそれか!? 銀崎だよ! 誰が魔導士の下僕か!」
教室で眠っていた筈の久々津が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所であった。
辺り一面木造の、畳が敷かれた広間。
そして前方には、互いに胴着と袴姿で向き合う一夏と楯無の姿が。
「武道館の畳道場だよ。寝てるお前を、楯無会長が運んできた」
「アイツが、か? 妙だな、俺は一応眠っている際に接触を受けたら攻撃するよう訓練を受けているんだが」
「訓練の賜だったんかい! や、でもお前楯無会長と山田先生には攻撃しねーじゃん」
「…………」
首を捻る久々津。
山田は分かる。あれには殺気と呼べる物がまるで備わっていない、言うなればハムスターみたいなものだから。
だが、何故自分は楯無に攻撃をしないのか。
分からなかった。
「(揚羽に雰囲気が似ているからか……?)まあ、いい。ところで、俺は何故ここにいて、あいつ等は何をしているんだ」
「ん? いやー、織斑の奴がさ、楯無会長に弱いから稽古付けてあげるってストレートに言われてさ。そんでムッと来て、あの人に試合吹っかけたわけ。俺らは客、若しくはサクラ」
「下らんなぁ……纏う空気からして、弱いのは事実だろうに」
「ほら、そこは男のプライドだよ。誰だって弱いとか言われりゃイラッと来るって」
飛竜の言葉に、それもそうかと納得しつつ。
どうせ暇だった久々津は、見物を決め込もうと畳の上で頬杖を立てて横になるのだった。
「行きますよ」
「いつでもどうぞ♪」
手合わせが始まり、最初に一夏が動いた。
基本に忠実なすり足移動。そうやって確実に間合いを詰め、楯無の腕を取ろうとして。
「!?」
しかし刹那の間に返され、気付けば床に叩き付けられていた。
「ウッ……!」
「はい、まずは1回」
圧倒的な技術の差。
おー、と隣で感心する飛竜を尻目に、久々津は小さく欠伸する。
「遊ばれているな」
「まー、そうな」
移動法の奥義のひとつ『無拍子』で瞬時に間合いを詰めた楯無の攻撃を捌けず、連撃の締めに双掌打を食らい吹き飛ばされる一夏。
立ち上がるが、関節に麻痺が残るよう打ったのだろう。動きが覚束なく、ダメージが残っていることは明白だった。
「ファイトー。やれやれ一夏、サービスシーンを期待してるんだよ俺は」
「煩悩剥き出しだなお前」
飛竜の野次とも言えるような応援に答える余裕もないのか、再度楯無へと向かう一夏。
しかし今度は、動きが違った。
楯無は言うなれば『静』の者である。水面のように落ち着き、石を投じられれば波紋で応える。
同じ土俵では勝てないと判断したのか、彼はその『静』を崩壊させる動き――『動』の攻めに転じたのだ。
「先の先の更に先、か? 成程、典型的なインファイターだな」
「お、お、いいぞ一夏! そのまま行け!」
けれどさっきも言った通り、根本から技量が違う。
増してや楯無はこの数ヶ月の間、彼を遥かに凌ぐ『動』にして『剛』の者……久々津と、幾度も拳を合わせている。
マーシャルアーツ、古武術、カポエラ、中国拳法。
幾つのも格闘技を組み合わせた攻撃は、とてもではないが一夏に見切れるものではない。
『学園最強』の称号は伊達でも酔狂でもないと、深く思い知らされた瞬間であった。
武術の乱取り稽古では、勝ち目などない。
それでも一夏には、男としての意地があった。
「(こうなったらもう、型も何も関係ない! 絶対に1本取ってやる!)」
「…………」
「ん? どした、久々津」
ごろりと横になっていた久々津が、億劫そうに立ち上がる。
そんなことには目もくれずに、一夏は飛び出した。
殴りかかるような勢い。
その勢いのまま、彼は楯無へと掴みかかろうとして。
ガッ……!!
「っな!?」
不意に横から伸びてきた細く白い指に、手首を絡め取られた。
驚いた一夏が、ばっと横を振り向く。
「く、久々津!? 何で邪魔するんだよ!!」
何を考えているのかまるで分からない無機質な瞳を見据え、吼える一夏。
対して久々津は、掴んだ腕を勢いよく弾き飛ばして。
ふー、と息を吐いた。
「あのまま掴んでいれば、コイツの胴着が乱れていた」
「え?」
「そしてこのバカを良く見ろ。下着を着けていない」
「何ですと!? あ、ホントだ!!」
いち早く反応した飛竜が、じっと楯無の胴着を凝視して。
本来あるべき筈の僅かな下着の線が、ない事に気付く。
「あー、うん。まさか掴みかかられるとか思ってなかったから」
「一夏ぁぁぁッ!! 行け、突撃しろ! そして引ん剥くのださあ早く!!」
「お前は黙れ」
「あんばれんとっ!!?」
ショートアッパーで宙に舞い、ノックアウトする飛竜。
一夏はどう反応したものか分からず頬を赤らめさせ、楯無は少しバツが悪そうに笑う。
「油断し過ぎなんだよお前は。自分だって大して強くも無いくせに」
「む……私はこれでも生徒会長よ。その言い草は――」
久々津の言葉に、機嫌を損ねたのか。
少しムッとした口調で、楯無が言い返そうとした瞬間。
余りにもあっさりと、久々津が彼女の間合いへと踏み込んだ。
「え――」
「幾つ武術を修めていようと意味は無い。古武術だのなんだの、下らない。要は」
するり、と。
彼の細い指が、美しい手が。
楯無の顎を、持ち上げる。
「こうして触れてしまえばいいんだろう? 武術ってのは突き詰めれば、相手を効率よく殴る為の手段に過ぎない。俺はそれを知っているから、お前に勝てる」
後ほんの少し。
ほんの僅かに近付けば、唇が触れてしまいそうな程に近くで。
静かに、久々津は囁く。
「だから、油断するなよ? 相手もお前も同じ人間、だったら絶対に勝てるなんてことは有り得ない。こんな風に噛み付かれるぞ? 俺だって、余裕は見せても油断はしない」
放心した様子の楯無の肩を、トンと押す。
ただそれだけで、彼女は畳の上に尻餅をついた。
「じゃあ、俺は飽きたから帰る。……それと、余り肌を晒すなよ。俺は最近お前のことがそんなに嫌いじゃない。だが貞節の無い女は、好きじゃないんでな」
そう言い残すと、彼は振り返りもせずに道場を後にした。
楯無はしばらくの間、立ち上がることさえも忘れていたが。
「……一夏君。私、ちょっと着替えてくるわ。今後長袖ロングスカート手袋付きで生活する」
「それちょっと極端じゃないですか!?」