コツコツと靴音を響かせ、久々津は珍しく1人で校舎を歩いていた。
元々静寂を好む類である彼だが、
……尤も、ほぼ10割方向こうが勝手に付き纏っていたと言ってしまえば、それまでだが。
飛竜は現在、楯無を探して学園内を放浪中。
どうにも部屋割りを勝手に変更したことに対し、抗議があるらしい。
本音を暴露してしまえば、自分を楯無と同室にして欲しいと意見したいのだろう。
ああも自分の欲望通りに行動できる人間は稀だ。ある意味では尊敬に値すると、久々津は考える。
そして楯無だが、実の所ここ数日は殆ど完全に別行動だった。
織斑一夏にISの訓練をつける為、専属コーチをやっているのだと、聞きもしないのに話していた。
『ホントにそれだけだから。他に意味なんて無いから。織斑先生とか、他からもちょっと秘密裏に頼まれただけだから。だから変に誤解しないで欲しいの』
これでもかと言うぐらい真剣に、そんなことを何度も繰り返し言われれば嫌でも覚える。
別に久々津の方から一緒に居てくれと頼んだ訳でもないので、彼からすれば「好きにしてろ」なのだが。
後、何故かは知らないが最近、制服の仕様を大きく変えていた。
自分と同じ黒が基調の、長袖にロングスカートタイプの制服。
手袋までしていたが、あれはどう言った趣向なのだろうか。
相も変わらず、意味の分からない行動を取る女だと思った久々津である。
さて。珍しく静かな時間を満喫できる機会を得た久々津は、久々に絵を描こうと思っていた。
あの2人が居ると、必ず茶々を入れてくるので筆が全く進まない。
画材を取りに行こうとして、寮の方へと足を進めていると。
「……あ」
「!」
少々苦手な相手に、出会ってしまった。
更識簪。更識楯無の妹にして、他界した久々津の妻……更識揚羽の実子。
その、余りにも揚羽と似通っている容姿を見る度に。
久々津の心は、揺さぶられて軋みを上げる。
「こんにちわ……久々津君」
「……ああ」
愁いを帯びた顔立ちに、微かな笑みを湛える簪。
内心では戸惑いながらも、それを表に顕わさぬよう久々津は短く返した。
「……また整備室か? 熱心だな」
「うん……早く、完成させたいから」
髪が熱くなるのを感じつつ、努めて平静に会話をする。
以前楯無から少しだけ聞いたが、この少女は人見知りが激しく会って間もない人間に対し、饒舌に会話したりすることができるタイプではないらしい。
だが、久々津に対しては見かければ自分から話しかけたり、小さく笑って見せるなどの反応を見せていた。
「そうか。事情はよく知らんが、精々やり過ぎない程度にしておくんだな。お前は放っておくと、倒れるまで根を詰めそうだ」
「……言い返せない」
「だろうよ」
一見冷たげな口調の久々津に、しかし簪はふわりと笑う。
何故、彼女はこうも彼へ心を開いているのか。
そこに決して小難しい理由はない。
常日頃から姉と周囲に比較され続け、何時しか強い劣等感を抱えていた少女。
けれども、心の奥底で彼女は決して姉を恨んでも憎んでもおらず。
そんな彼女は、初めて久々津と出会った時。
とあるひとつの感情を、彼に対し抱いていた。
「(なんだろ……やっぱり久々津君って、お兄ちゃんみたい)」
最初の邂逅からさほど時は経っておらず、会った数も精々10を超えるかどうかの相手だが。
簪は、言うなれば兄を慕う妹のような感情を、彼に抱いていた。
無論簪に兄はいない。
けれど、もしも居るのならば久々津のような感じだろうと。
そんな確信のような思いを、胸に持っている。
「(……お姉ちゃん……あの人とも、またこんな風に話ができるのかな)」
コンプレックスを持ちながらも、内心では昔のように姉と仲良くありたいと願う簪は。
だからこそ、己の専用機を己自身の手で作り上げようとする。
そうすれば……きっと、また昔のようになれると信じて。
「……じゃあ、私行くね」
「そうか。ま、医務室の世話になるなよ」
最後に、ぽんぽんと。
久々津が簪の頭を、軽く撫でた。
見方によっては子供扱いのようだったが、特に不快には思わない。
靴音を響かせ、ピンと立った背筋で歩く彼の後姿を見て。
「またね……お兄ちゃん」
彼に聞こえないような小声で、そっとそう呟くのだった。