楯無が一夏へと付きっ切りとなり、必然的に飛竜もそっちへと流れ。
残った久々津は、1人静かな時間を過ごせることが多くなり。授業に出なくてはならないストレスにも慣れ、少しばかり上機嫌で居ることが増えた。
そんなある日の昼休み。食事を摂るべく、彼が食堂へ向かうと。
「あら、久々津君。今からお昼?」
「…………」
楯無と、飛竜。
そして一夏、更には箒達の鈴を除いた計7人と出くわしてしまった。
「私達もなの。ね、一緒に食べましょ? いいわよね、一夏君」
「え?」
「…………」
突然話を振られ、困惑する一夏。
久々津は僅かに眉根を寄せ、「断れ」と言いたげに彼を睨むが。
「あ、はい。人数多い方がいいですしね」
生粋の朴念仁で通っている一夏にアイコンタクトなど通じる訳も無く、大人数で食事を摂る羽目になるのだった。
「じゃあ、今日の放課後はまず昨日やったことのおさらいからね。シューター・フローでの円軌道から、
「は、はい……」
昼食をつつきながら、授業後に行う訓練の予定を立てる楯無と、それに頬を若干引き攣らせながらも頷く一夏。
周りはその難易度の高さと要領の良さに、感心半分と同情半分で話を聞いていた。
その中で、未だ楯無に対し警戒を解いていないラウラが、眉間に皺を寄せてサラダのプチトマトを口に放った久々津を見、小声で話しかける。
「おい久々津、この女をどうにかしろ。こいつの所為で私は嫁と一緒に寝ることもできん」
「……あ゛? クソガキが、俺に命令する気か? 何で俺がコイツのお守りみたいな真似をしなきゃならねえんだ」
「貴様の女だろうが! 貴様がどうにかするのが筋と言うものだ!」
双方の食事の手が止まり、互いを睨み付ける。
どちらも根の気性が荒いこともあり、周囲に一触即発の空気が流れる。
「訳の分からん勘違いしてるみたいだがな。コイツは別に俺の女でもなんでもない、訂正しろ殺すぞ」
「揃いの制服まで着て何を抜かす。『ぺあるっく』とやらは恋人同士がやるものだと、ちゃんと私は知っているのだ!」
「ら、ラウラ! ちょっと落ち着いて!」
「そうですわよラウラさん! それに多分、その情報は間違っていると思いますわ……」
「今時ペアルックとか、余程のバカップルでもやらねえって」
シャルロットとセシリアが殺気立ったラウラを諌め、その傍らでうんうんと頷く飛竜。
だが以前楯無に敗北を味あわされて以来、ずっとピリピリしている彼女はどうにも止まらず、放って置けば久々津に掴み掛かりそうな勢いで。
せっかくここ最近は静かに過ごせて上機嫌だった久々津も、いきなり喚き散らされてかなり苛立っていて。
まずいと思った一夏は、多少強引にでも話をそらすことにした。
「そ、そう言えば久々津! お前、サラダとパン食ってるとこしか見たこと無いけど、それで足りてるのか!?」
「余計なお世話だ。俺は肉類が嫌いでな、主食と野菜があればなんだっていいんだよ」
「見た目に反してベジタリアンな男、久々津・オテサーネク」
「黙れ」
要らん合いの手を入れた飛竜が、断末魔さえも上げずに星となった。
しかしながら、単に話題反らしの為に振っただけの話題だが、自他共に認める健康志向の一夏としては、気にかかったらしい。
身を乗り出して、久々津に向き直る。
「それは良くないぞ。食事はバランスよく摂らないと身体に悪いし、動物性たんぱく質の摂取は重要なことだ。ほら、俺の牛カツ一切れやるから食えよ」
「必要ない」
箸で突き出した肉を見ようともせずそっぽを向き、頑なに拒絶する久々津。
それで却ってムッと来たのか。
「んなこと言うなって……ほいっ」
「しつこ――むぐっ」
彼が口を開いた隙を突き、一夏がその口腔へと肉を詰め込んだ。
味付けも揚げ時間も申し分ない、中々の逸品である。
「どうだ、うまいだろ? 食わず嫌いは直さないと。栄養偏らせると後々苦労するんだぞ」
食生活について人一倍うるさい一夏にしてみれば、良かれと思ってやったことだった。
けれど。
「――――ッ!!!」
「……久々津?」
病的に白い肌をした顔が、いっそ蒼白とも言えるほどに血の気を失い。
見開かれた目は瞳孔が完全に開き、震えながら立ち上がる。
そんな彼の様子を見て、最初に動いたのは楯無だった。
「久々津君!? ねえ、どうしたの!? しっかりして!」
「お、オイ! 久々津!?」
「ァ――か、ハァ、ッ……」
膝を突いて床に倒れた久々津を、楯無と飛竜が支える。
相当なショックを受けたのか、呼吸さえも不規則になっていて。
周りの生徒達も、何事かとざわめきながら彼の姿を見遣った。
「イャンクッ君! 医務室まで運ぶわ、手伝って!」
「分かりました! けどせめて、こんな時ぐらい名前で呼んで下さい!」
医務室に連れられた久々津は、胃の中の物を全て嘔吐し。
しばらくの間、虚ろな瞳で小刻みに身体を震えさせていたが……やがて落ち着いたのか、静かに息を吐いた。
「……チッ。こんな醜態晒すとは」
「もう、大丈夫なの?」
不安げな楯無の問いに対し、彼女へちらと視線だけを向けた後、コクリと頷く久々津。
現在、部屋にはこの2人しか居ない。飛竜や一夏達も付いて来てはいたが、楯無が人払いしたのだ。
プライドの高い久々津はこのような姿を見られたくないだろうし、聞きたいこともあった。
小さく喉を鳴らし、苦々しげに水を飲む彼に。
楯無は、問いかけようと口を開いた。
「……あの――」
「黙れ。聞きたいことは分かっている、答えてやるから少し待て」
目を硬く閉じ、皺の寄った眉間に指を当て。
心底屈辱だとでも言わんばかりの態度を見せつつ、大きな溜め息を吐いて。
久々津は、ポツリと話し出す。
「思い出す」
「え?」
「肉を見る度、思い出す。焼け焦げ、四散した蠍の骸を。あの娘の最期を」
楯無は、目を見開いた。
以前聞かされた彼の身の上話。彼が居たと言う組織を抜け出す切実となった、忌まわしい事件。
「蠍が死んで以来、肉は食えなくなった。獣も、鳥も、魚も。まるであの娘を咀嚼しているようで」
「…………」
家族の悲惨な死。
それにより刻まれた、決して消えることの無い傷跡。
どれだけの痛みを抱えているのだろう。
どれほどの悲しみを抱えているのだろう。
久々津・オテサーネクは、どれだけ苦しめば救われると言うのだろう。
「同情なら要らん。俺はそもそも4桁単位で人間を殺した悪人だ。悪党の末路など、碌な物じゃない」
「そ、そんなこと――」
「無い、等と軽々しくは言わせない!!」
吼えるようなその声音に、ビクッと楯無が震えた。
「いいか。この際だから言っておいてやる。俺はただの殺人鬼だ。お前達のような裏世界の住人の中でも、取り分け薄汚い部類に入る屑だ」
「…………」
「……お前のことは嫌いじゃない。関わるなと言っても無駄だろうから、それももういい。だが、それだけは覚えておけ」
そう締めると、久々津は徐に立ち上がる。
つい先程まで嘔吐し、憔悴していた名残など欠片も見せない確かな足取り。
振り向きもせずに退室した彼の背を、楯無は涙を含んだ瞳で見つめ。
「……ッ」
何もしてあげられない自分が悔しく、少しだけ泣いた。