飛竜との約束を果たした久々津は、喧騒を嫌い1人屋上へと上がっていた。
階下より響くざわめきも、ここなら木の葉が擦れる程度の物でしかない。
フェンスの上に立ち、彼は空を見上げる。
長い長い赫の髪が、風ではらはらとはためいた。
「……けほ、けほっ」
不意に、咳が出た。
それは気に留めなければ気付かない程度の、微かな澱み。
残り数年の命しか持たない彼をそろりそろりと蝕む、死神が与えた傷。
「あぁ……」
今はまだ、その程度。
けれどあと3年もすれば、床から上がることさえ難しくなる。
確実に己へと這い寄ってくる『寿命』に、けれど絶望は無かった。
あるのは後悔と、自罰。
だがどれだけ己を苦しめても、彼の痛みは晴れない。
「罪を償うか、それとも何も果たせないまま朽ちて消えるのか」
どちらにせよ、久々津に生き続けようとする意思など存在しない。
彼にとって殺人の罰とは、家族を裏切った罰とは。
己が殺されること、ただそれだけでしか償えないのだから。
「探しに行くつもりだった。探して、罰を受けるつもりだった」
揚羽が死んで以来、久々津が探していたのはかつての家族。
自分を唯一裁くことのできる、彼の罪そのもの。
だが2人を探し当てる前に、彼は自身でさえ知らなかった特異体質を、『IS適性』の存在を世界に認識されてしまった。
故に彼には、裁かれることもできなくなった。
最後の願いを、果たせなくなった。
「本当に、儘ならない。償わせてさえ、貰えない」
それともこれこそが、罰なのだろうか。
償いさえもできず、傷みと悔いを抱えたまま朽ちて果てることが。
「…………」
なんとも受け入れがたい、汚れきった最期を強いられるのか。
これが天の仕業だと言うのなら、この上ない罰だった。
「俺は……」
頬の蚣に、そっと触れる。
そして。
足元に蛇が這い回る様を、幻視した。
「10年と4ヶ月21日、8時間33分29秒」
「ッ!!?」
それは聞き覚えのない声だった。
けれど、耳に懐かしい声音でもあった。
「私は今までずっと、己の中で時を刻み続けていました。貴方と会えなくなった瞬間から、ずっと」
声の囁いた時間は、久々津も刻んでいた物と1秒たりとも違っていなかった。
彼もまた、ずっと時を刻んでいた。
振り返ることが、すぐにはできなかった。
身体がまるで錆び付いたかのような、全身を包む形容のし難い感情。
喜びか、恐れか、悲しみか、何なのか。
しかし彼は、振り返る。
それが自身の、義務だとでも言わんばかりに。
「…………」
「……ああ。その眼差し、その相貌。何ひとつ、変わっていない」
声の主は、薄金色の髪をした美女だった。
そうだ。如何に時を経ようとも、見紛う筈など決してない。
深くスリットの入ったドレスから、女がするりと右脚を曝け出す。
「お久し振りです。再会に感謝を……――蚣さん」
その真っ白な腿には、『蛇』のタトゥーが絡み付いていた。